竜生時代の僕と解放戦争1
「思い出した。君のその姿を見て、ようやく思い出せたんだ………ああ……ごめん、ごめんね、ハーシェンヌ。君は僕の身代わりで殺されてしまった。ーーなのにっ!、愚かにも僕は今の今まで、そんな大事な事も忘れ果てて……!」
「ええ!?ーーち、違う!違うよ!もしかしてダーリンはあの後、そんな風に自分を責めちゃってたんだ!?けどそれは違うの!あれはね、ボクが自ら望んで勝手にやった事。絶対にダーリンの所為なんかじゃない!ね!頭を下げないで!」
足元で膝を突いて懺悔する僕に、彼女は必死に首を大きく振った。
サラリと僕の肩を掠め零れ落ちる彼女の髪の長さが、今世での圧倒的な僕と彼女の生きてきた年月の差を物語っていて。
前世での命の恩人に対し、今まで何も知らず、いや、思い出そうともせずに、ただのんきに接してきたこの自分に心底嫌気がさす。
「うああっー。ダーリンがそこまで悔やんでたなんて思いもしなかったよ。ねえ、頭を上げてよ? もう終わった事だし、お願いだからそんなに気にしないで。こんな事なら忘れたままの方がよかったね。ボクの事を思い出してくれて嬉しいだなんて、単純に大喜びしちゃって。あはは。累計して何百年と生きてても、ボクはやっぱり大馬鹿のままだよねー。」
ーーそんな事、ない。君は大馬鹿なんかじゃないんだ。
そう言葉にしたくとも、この口が上手く動いてはくれず。
堰を切ったように次から次へと押し寄せる膨大な記憶の波に、今生の僕の人間の脳ではとても対処しきれなくて。
「でも、何をおいても僕は君に一番に謝りたかったんだ。……ああ、けれど!ヒースクリフ王は、あの僕の友のヒースクリフで!秘宝のルーティンパネルカードは、選ばれた竜達の神力をそれぞれカードに籠めたもの。王家にかけられた呪いは……彼の賭けで、人間へ課した裁定………」
「!!、ダ、ダーリン!顔が真っ青だよ!?だいっ……………」
耳元で必死なハーシェンヌの声が聞こえれど、僕の意識はそこでぷっつりと途切れてしまった。
*********
僕は覇王竜はーちゃんの成体姿を見て、前世の記憶を思い出した。
彼女は前世での彼女、そっくりそのままの姿だったから。前世の僕は実は人間なんかではなくて竜族、しかも魔法を創造し、この世界で最も魔力の高い竜、“魔竜”として存在していた。
今より数万年と昔。まだこの世界には様々な形態や属性の竜達がたくさん暮らしていて。そんな竜達の中からある日のこと、“神力”と呼ばれる神と等しき力を持つ竜が突然に次々と産まれ出て来るようになった。
ーーその数、全て合わせて13体。
“13の神竜”、と後の世に呼ばれる事となるわけだけど、彼らの備え持つ神力は竜ごとにそれぞれ異なっていて、基本は1竜につき1つずつ。
そして約千年単位で神力を持つ竜達は寿命を迎え、その時期をまるで見計らうかのように産まれ来る後継の竜へと代替わりしながら、綿々と永久に受け継がれていくシステムとなっている。
僕を含めてそんな特別な力を持って産まれた竜達なんだけど、けれど特にそれらを使ってこの世界の平和を維持するだとか、時おり発生する天変地異や未曾有の大災害を食い止めるだとか、はたまた別世界から侵略してくる外敵を殲滅するだとか、実はそういった成さねばならない重大な使命があるかというと、実際は全然そうでもなかったりする。
そもそも自然災害というものは、この世界のバランスを取る為のチューニングのようなものだからさ。例えば大地の底に流れるエネルギーが限界まで蓄積すればマグマとなって噴出するわけだし、大気や気流のコントロールが乱れれば雷や嵐に竜巻や台風、時に大津波を発生させて自動調整する。万物の生き物を育む大地は脈動して実際に生きているわけだから、当然数十年、数百年規模で呼吸をしていて。その呼吸による振動が地の底や海の底のプレートを少しずつ動かし、やがてその結果に大地震が発生する。
それらの必要不可欠な調整活動を食い止めたりなんかすれば、世界はやがて大きくバランスを崩し、次第に壊れていってしまう事になる。
ーーん? ならせめて、その天変地異から人間や動物を守らないのかって?
そんなの冗談じゃない、メンドクサイよ。
だってさ、僕らが人間の国に行って下手に動くと、逆に跳ね橋とか煉瓦作りの屋根とか石や土やらの城壁とか、あんな脆いものうっかり踏んでペシャっと壊しちゃうし、それにいつも決まって性懲りもなく現れるのが、僕ら竜達の鱗やら爪やらを奪おうとする図々しい盗人の奴ら。
聞けば何やら色々と効能があるらしいけど、執拗に狙われるこっちは堪ったもんじゃない。病気の家族の治療の為とか、戦地に赴く友や家族へのお守りにとかならさ、まあ、ちょっとくらい分けてあげてもいいけど、でもあいつらは決してそうじゃない。大金が手に入るだとか名声やランクが上がるだとかの、そういう虚栄心や私利私欲。
全てとは言わないけど、知り合う人間の多くは必ず僕に頼みや願いという要求を突き付けてくる。そして呆れるほど際限がない。
神と同等の力を持ち、人間よりもはるかに知能が高く力の強い竜達は、できれば人間と深く関わるべきではないんだ。
他の竜達もそんなカンジで大半は人間には不干渉で。僕が先代から聞いた話では、人間の国の王や大司祭らと色々問題を起こした竜も過去にやはりたくさんいたらしい。
そんなわけで、気まぐれに人型になって彼らの国の港や市場とかにはこっそり遊びにいくものの、大半は人間が容易に立ち入れない奥深い森の洞窟の中を棲みかとし、基本的に僕は毎日寝てばかりで過ごしていた。
ーーけれど、そんなある日の事。
数百年と平穏続きですっかり油断していた僕は、自分のテリトリーとする森でのんびり居眠りをしていたところを、ハンターというタチの悪い人間の集団らに襲撃されてしまい、あろう事かこの左目の眼球“竜眼”を奪われてしまった。
「ダーリン!大怪我したってホント!?ーーっ、ぎゃああああ!!」
いつからか勝手にこの僕をダーリンと呼ぶ、幼なじみ竜のハーシェンヌが心配して文字通り飛んでやって来た。
壮大なる空色の蒼い鱗に蒼い翼、そして堂々と光輝く黄金色の竜眼。
“蒼月より産まれし麗しの覇王竜ハーシェンヌ”、と称されるほど美人竜な彼女は、けれど戦えばやっぱり世界最強の竜だったりする。
ちなみにこの“覇王竜”という仰々しい呼び名は称号なわけだから、彼女が実際に先代から受け継いだ本来の属性は妖。幻術や幻を作り出して操るのが得意な妖竜で、他竜の心の中まで読み取る事ができる。
けれど彼女いわく「心の中なんて読んだら読んだで頭がこんがらかるの!相手と普通に話してても意味分かんない事ばっかなのに、こんな神力、使えないー!」だそうで。
そんな裏表のない、単純お馬鹿竜……根っから素直な性格の彼女は、負傷したこの僕を見て一瞬で激昂した。
「おのれぇ!愛しのボクのダーリンの目を奪った悪しき人間め!絶対に赦せない!こうなったら人間なんて一人残らずこの地上から滅ぼしてやる!」
彼女は怒り狂って騒ぎ立てた。
あー、ちょっとうるさい。そんなにギャースカ吠えたら、洞窟の奥にあるこの僕の棲みかがぺしゃんこに壊れちゃうんだけど。
ていうか、過去にもう何回もやらかしてるし。
「やめて。滅ぼすとか後がメンドクサイ。蟻んこはほっといて、それよりヒースクリフを呼んできてくれない?とにかく目の傷が痛くて死にそう、探し出して治療をお願いしてきてほしいんだけど。」
「あ!そうだね、わ、分かった!光竜のひーちゃんをすぐにここに連れてくるから!ダーリン、絶対死なないでね!死んだらボク、腹いせで人間滅ぼす!だから死なずに待っててねーーー!」
ホントに実行しそうで恐いよハーシェンヌ。
そしてムダにバタバタと騒々しく飛び立っていった彼女は、一刻も経たずとその光竜ヒースクリフをしょっぴ……引き連れて戻って来た。
優美なる白金の鱗に翡翠色の穏やかな瞳。13の神竜のいずれの竜とも広く交流を持ち、誰よりも聡明で常に冷静沈着。癒しと再生の神力を持っている親友竜の彼は、僕の傷口を診て珍しく顔を顰めた。
「これは……手の込んだ複雑な術式がかけられているようだ。この状態だと、元通りに君の眼球を再生させる事はできない。自分が仮の眼球を作って空いた眼窩を埋める事は可能でそれで視力は戻る。けれど、君の絶大な保有魔力量は恐らく本来の半分になるだろう。何はともあれ、かけられた術式をまず解かなければ。ううむ、これは最悪な事に、仕掛けた張本人にしか解けない仕組みのようだ………」
「そんなぁ!むむ!やっぱり復讐だ!人間を根絶やしにすればダーリンの呪いも解けるかも!」
「ハーシェンヌ、もういいから黙って。ヒースクリフ、取り敢えず仮の眼球でいい。落ち付いたら自分で襲ったあいつらを見つけ出して、こんな陰湿な術式は即刻解除させる。魔竜であるこの僕に喧嘩を売った事を、本気で後悔させてやる。」
「そうか。目星は付いているのか?お節介でなければ、知り合いの他竜を回って情報を集めるが?仮にも竜相手に呪いなどかけられる人間など、そう多くはない筈だ。」
「うん。そうしてくれると助かるよ。頼んだ。」
「ダーリーン!ボクは?ボクは?ね、ボクは何をすればいい?何でもいいから何かお願いしてーーーっ!」
特にない、と言ったら泣きそうだ。
「じゃあ、僕の大好物の虹色の葡萄を採ってきて。食べたい。」
「任せて!虹色?の葡萄だね!絶対探して見つけて、いっぱい食べさせてあげるからねーーーっ」
あっという間に飛び立っていったハーシェンヌを見送りつつ、ヒースクリフが呆れたように口を開く。
「虹色の葡萄?もしかしてそれはヴェレゾンという葡萄が熟していく過程に見られるものではないのか?さすがに虹色は稀にしか見られないし、もう完全に熟した今の時期に見つかる筈はないと思うのだが……。あれほど好意を示されていて、アゼルはつれない事を言う。単純なところはあれど文句なしの美人竜。お似合いだと思うのだが、一度本気でハーシェンヌと番う事を考えてみては?」
「余計なお世話だよ。そーいうの、まだ興味ない。それに昔から数多の竜からひっきりなしに言い寄られてる、それこそ竜族一、つれない竜の君なんかにだけは言われたくない。」
「うーん。それを言われると返す言葉もない。では差し出がましいこの余計な口は閉じて、さっさと治療を済ませてしまおうか。」
苦笑しつつも僕の治療に取り掛かるヒースクリフ。
彼はいつもこんなカンジだ。誰にでも乞われれば分け隔てなく病気や怪我の治療を施し、時に聞きたくもない的確なアドバイスまでしてくる。
だから昔から色んな竜から慕われるんだけど、本気で執着されたり言い寄られたり、時にさっきのように反論されればすぐにのらりくらりとかわしてばかり。誰か何かに固執する、我を忘れて必死になる、ムキになって本気で怒ったり拗ねたりする事など、僕は出会ってより一度も見た事がない。
冷静といえば聞こえはいいけど、その実際の心の内は何に対しても淡泊なように感じられる。僕の事だって、本当は友とも思っていないのかも………
ーーけれどそんなヒースクリフに、運命を変える転機が訪れる事となる。




