王子になった友人を持つ僕の災難3
勝負に勝ったってのに、お願い事を聞いてくれないままどこかへ走り去ってしまった覇王竜のはーちゃん。
3日間だけ待てと言われたけど、そのちょうどぴったり3日後には、僕らの通う王立学園で郊外オリエンテーション実践演習、という学園行事が行われた。
毎年恒例の行事で要はこれ、ピクニックを兼ねたクラス親睦会ってやつでさ。だって、今回の行き先のグレイスケルの森といえば、魔物も害獣も危険指定生物も生息していない、まさに貴族子息令嬢達の郊外授業にうってつけの安全でのどかな森。
取り立てて危険な事といえば、うっかり足を滑らせて川や谷底に落ちるとか、夏の真っ盛りなら運が悪いとスコールに遭遇してずぶ濡れになっちゃうとかだけど、今はまだギリギリ春だしね。
後は……昆虫が多い森だから、もしかしたら蜂が襲ってくるくらい?
ーーて、たかをくくってたら!先頭を進むユーフェ嬢のチームが、何故かそのフルコース全部に遭遇しちゃってんだけど!?いや!何で急にスコールや台風並みの爆風が巻き起こってんの!?
あっ!谷底への転落は樹木や蔦を自在に操る魔法で回避した!?
けど、あ、あれ!?……ユーフェ嬢以外のあの女子2人、貴族令嬢なのにめちゃくちゃ運動神経良すぎない!?
約束のスタートロスで10分経過後。ユーフェ嬢達のグループよりやや離れたところを進む僕らの前方で、次々と巻き起こる異常事態の連発!
ーーつい呆然と立ち止まった僕に、フレイ殿下が叫ぶ!
「エルディ!ユーフェリア姉上のチームを陰からサポートせねば!ーーこの自分が気付かれぬよう、姉上の魔法の威力を最小限に押し下げる!エルディはすでに影響を受けて暴走してしまっている危険なものを排除していってくれ!」
「はあ!?危険なものって、何……!?だってこの森は今、アドロス学園長の侵入防止結界で魔獣や害獣が侵入してくるのはほぼ不可能だし、森の中には攻撃的な動物はいない筈でしょ!そもそもユーフェ嬢が現在展開中の魔法は、数だけはバカみたいに多いけど全て低レベルの雑多な魔法ばかりなのに!?」
「いいや!確かにエルディの言う通り、姉上の魔法はおよそ全てが下級魔法!ーーがしかし!とにかく威力、いや、影響力が桁違いに凄まじいのだ!上空から大音量で放出させているあの音魔法は、森の生き物らを煽り焚きつけ、良くも悪くも興奮状態に陥らせてしまっている!スピードを上げる為のあの風魔法も、様々な悪条件が重なったのか真上の上空に大きな雨雲を呼び寄せて発達させ、この季節に起こりうる筈のないスコールを引き起こしてしまい!そして自ら大騒ぎされている以上、無駄で無意味になっているあの隠遁魔法によって、アドロス学園長が潜ませていた上位使役獣らが、逆に彼女達に遠慮して動いてくれない!!」
「はあああああああッ!??」
「ーーちなみに森の各ポイントに配備されている守備兵達は、姉上達のあの台風並みの爆風スピードに追い付けてすらいない!!」
「な!う、嘘でしょーーー!!!」
ていうかフレイ殿下の状況分析力が半端ない!
さすがユーフェ嬢の事となると一段と輪をかけて優秀だ!…………実践演習開始前には、彼女にとんでもない事しでかしてたけど!
「ーーああ、でも!たかが魔法の影響力がどうとかで、やっぱどうしてこんな事になってんの!?雨ならともかく、スコールなんて普通は狙ってもなかなか起こせるわけないし!追い風魔法が何で途中からスコールやら爆風へと発達しちゃってんのぉぉぉーーー!??」
「エルディ……それは仕方ない。今回は珍しく、ユーフェリア姉上が本気を出されてしまったのだから。」
「ほ、本気?ユーフェ嬢の本気が、こんな事態を!?」
「そうだ。この程度で済んだのならばまだマシな方だと言えよう。」
「!!、ど、どこがマシなのーーーッ!!!」
*********
その後、僕とフレイ殿下で気付かれぬよう裏から手を回し、負傷者を1人も出さずと何とかこの事態を収拾させる事に成功。後ろから次々とやって来る男子グループらが、スコールやら台風並みの爆風にいちいちぎゃあぎゃあと立ち往生してたんだけど、君達いくらなんでもちょっと情けなくない?
アドロス学園長やエフィー先生も動いていたようだけど、僕らがあくせくと必死で行動する様子を遠くから生暖かい目で見ていた。
ーーいや、ちょっとなんで!?ちゃんと仕事してよね!!
そんなこんなでユーフェ嬢達のグループはミッションクリア1位。
でも“雨降って地固まる”、とはいかなかったみたいで、ユーフェ嬢と女子クラスメート達の間には依然として大きな溝が消えないまま。
さくらんぼ色の珍しい髪色の子はちょっと怯えたカンジがマシになったみたいだけど、けどやっぱりユーフェ嬢に打ち解けてない様子だし、一番問題ありの、あの眼鏡の子なんて最悪だ。ユーフェ嬢の手作りだとかいうお菓子を拒否したばかりでなく、ーー??、内容はよく聞こえないけど、何だかユーフェ嬢に難癖を付けている?
遠めで見てても、ユーフェ嬢の顔が傷つき歪み、次第に下を向いていってるのがはっきりと分かるほどで。
ーーえ!?あのユーフェ嬢が、な、なな泣く……!??
いつも澄ました顔で毅然と前を見てる、あの聡明で頭良すぎてでもどこかすっぽ抜けてて、時に自業自得のおバカな貴族子息らでも絶対に捨て置けなかった、そんな甘くてお節介焼きのユーフェ嬢が!ま、まさか人前で泣くっての!??
「ちょっと、フレイ殿下!あれはもう、明らかに不敬罪だし!はーちゃんの助言なんて待たず、厳重処分にっ…………」
「………………………」
ーー!? う、 嘘……… えっ、
「エルディ………」
「………あ、は、はい………」
「なあ、エルディ、おかしい、視界が、おかしい、ぼやける。」
「………う、うん。」
「あんな悲しそうな、あ、姉上を、見ていたら、何故か、この胸が、まるで押し潰されるようで、けれど、ぎりぎりと引き裂かれるようで、とても、苦しい……」
ーーし、信じられない………
だって、有り得ない、有り得えるわけがない。
でもフレイ殿下が、僕の目前で確かに泣いている。
翡翠色の瞳のその目尻が僅かに潤む程度だけど。それでもこうして彼が泣く姿を、ーーううん、特別な何かに思い入れ、共に共感して悲しむ姿でさえ。僕は、産まれて初めてこの目にしたのだ。
そんな彼の姿は、前回でも、1度も見た記憶はなくて…………
*********
「ダーリーンーッ!3日経っても訪ねて来てくれないから、ババーン!と、思い切ってこっちから来ちゃったぞー!そしてそして!ボクのビフォーアフターなこの姿を見て驚くがいい!!」
郊外オリエンテーション実践演習が終了し、その後は行きと同じく、アドロス学園長が用意した巨大転位魔法陣にて魔法学科の生徒達は王立学園へと帰って行った。
けれど、1人だけグレイスケルの森にポツンと残っていた僕のもとへ、あの覇王竜のはーちゃんが空を飛んで会いに来た。
ーーああ。はーちゃんの竜形態が一段と大きくなってて。
きっとこの数日間で、すごく頑張ってレベルアップしてきたんだね。もうちびっこ竜だなんて言えないくらい、逞しく勇壮な蒼い竜が一周だけ辺りの上空を旋回した後、鮮やかに滑空しながら降りて来る。
一度だけ躊躇うように空中で立ち止まり、けれどすぐにその大きな翼を畳んだはーちゃんは、人型へと変容しながら大地に足を着けた。
………そうか。やっぱり君は、あの“彼女”だったんだ。
少しもじもじしながら僕の前へと降り立ったその美しい女性は、もうあの小柄なミニマムサイズの少女なんかではなく、ーーーー
華やかに足先まで流れ落ちる長く美しい蒼い髪、背はグンと伸びて僕よりも頭一つ分は高く。思わず視線が止まってしまうたわわで豊満な胸部と腰元は、でもウエスト部分だけが見事に細く引き締まっていて、きっとこの世界の誰よりも妖艶な美女。ぷっくりと艶やかなオレンジ色の唇にクルンとカールした優美な睫毛。麗しくセクシーで、美麗な女神そのものな彼女は………
「ハーシェンヌ、懐かしいね。その姿、昔の君そのままだ。」
「え!?………ダ、ダーリン!思い出したの!?ボクの事、やっと思い出してくれたんだあああ!!嬉しい!!嬉しい!!」
パアッと満面の笑みを浮かべるはーちゃん、いや、ハーシェンヌ。
その表情だけは無邪気で単純なちびっこ竜のままだけど、でも背後に惜し気もなく舞い散るエフェクトは、ムダに妖花で色気たっぷりで。
……あはは。相変わらず中身と見た目のギャップがユニークで笑える、“蒼月より産まれし麗しの覇王竜ハーシェンヌ”。
ーーそう。はーちゃんはその前世でも覇王竜の地位にあり、“ハーシェンヌ”という名の美しい覇王竜だった。そしてその時も、この僕の幼なじみという存在で。
………ああ、思い出した。全て、思い出した。
あともう1人、“明けの明星招く光の王”ーーと呼ばれたヒースクリフ王の彼と共に、僕のとてもとても大事な戦友で、かけがえのない友、だったんだ。




