私と運命のルーティン勝負1
窓から降り注ぐ暖かい日差し。
腕に触れるテーブルの感触はちょっとだけ固いけれど、穏やかな木漏れ日が私の上半身を優しく温めてくれる。
何だかこの雰囲気、学校の図書館を思い出すなあ....。
前世で私はよく学校の図書館に入り浸っていた。才能ある者は勉学を優先すべしと、中・高と部活動をさせてもらえなかった私は、放課後は決まって図書館の机でノートと参考書を広げ、窓越しに見える運動部の練習風景を日が暮れるまで眺めて過ごすのが日課となっていた。ーーああ、懐かしくて。でも、少し寂しい記憶。
「姉上?....眠って、おられるのですか?」
少し戸惑うような、誰かの声が聞こえたけれど、今はいいや。
ーーー私の意識はそのまま、
深い深い夢の底へと沈んでいった。
「ねえ!ーー貴女ねぇ!何でちっとも思い通りに動いてくれないの!全っ然!こっちの予定通りに進まないじゃないのよ!」
ーーはい? いきなり、だ、誰?
「そんなのどうだっていいでしょ!ホントにもう!悪役ポジが開始前になっても悪役に育ってないなんて、一体どういう事なのよ!せっかくゲロ甘でわがまま放題のお家に産まれさせて!地位も美貌も与えたのに!何でちっとも傲慢なお姫様に育ってないのぉ!?」
...............
「ちょっと!ガン無視はないんじゃないの!? 私だけこんなに怒鳴ってて!これってば私、超イタイ人になるじゃないのよ!っな、なんか言いなさいよ!そのっ、...とっても虚しいし!」
.........き...
「き? な、何よ? “き”って、どういう、」
ーー気持ち、悪、いっ....
「えええ!? 貴女、気持ち、悪、いっ、のおおおーー!? ちょ、ちょっと大丈夫なの!? ここに合わなかったのかしら? ああもうっ!何だかしつこく呼ばれてるみたいだし、今日はもういいわ!貴女、いったん元の世界へ戻って! 」
ーーも、元の世界に戻るって...?
しつこく呼ばれてるって、誰が、私、なんかを.......
「ーーさい!目をお覚まし下さい!ユーフェリア姉上!」
「っ!?」
フレイ君が真っ青な顔で私の肩を揺さぶっている。
象牙で誂えられた遊戯テーブルの上にはパラリと広がる私の黒髪。椅子に座った状態で顔を伏せる私を、ビスクドールそのものの美少年が慌てた様子で覗き込んでいた。
「ななな、何っ!ど、どうし...!?」
ーーあ!わ、私、うたた寝してた!?
うそっ!仮にも一国のお姫様が何たる醜態!ああ、そうだ!昨夜はあの狸な王様の所為で少しも眠れなくって!でもだからって!王城の広間の一角でこんな無防備にお昼寝しちゃってたなんて!しかも事前に申し込まれたルーティン勝負を前にして....!
うわあああ!何て恥ずかしいっ!赤っ恥もいいとこっ!
できる事なら今すぐ脱兎の如くこの場から逃げ出したい!そんな私をよそに、フレイ君の翠玉の瞳にはほっと安堵の光が差し込む。
これはどうやら、品の良い彼をかなり驚かせてしまったようだ。そ、そりゃそーだ。淑女がこんなだらしない姿を....
「やっと目を開けられた!よ、良かった...!僕の勘違いかもしれませんが、息が完全に止まっておられたように見受けられて...本当に肝が冷えました。ユーフェリア姉上、お身体は何ともありませんか?」
え? 私の息が、止まって、いた....
ーーそれっ!“睡眠時無呼吸症候群”じゃないの!?
そんな生活習慣の乱れた中高年のかかる病気!精神年齢はともかく、私の実年齢はまだ若いのに!それにそんな醜態を晒す前にこの広間の執事は何故私を起こしてくれなかった!? そもそも扉前で待機させていた私専属の近衛騎士は、今、どーーこーーにーーっ!?
私のきょろきょろと助けを求める視線に、勘違いしたフレイ君は容赦なくとどめを刺す。
「他の者をお探しでしたら、僕がこの場から席を外させました。姉上の無防備であられもないお顔など、僕以外に目に触れさせたくはありません。」
「え。ーーそ、そうですの。わたくし、そんなに、無防備な...」
他に見せられんって!どんだけ私の寝顔は酷かったってのよ!それにどっちかっていうと、対立関係にあるフレイ君にこそ一番晒したくなかったんだけど!
不覚を取った私の顔はボンッ!と沸騰したように熱くなる!
ーーだけども、それと同時に。自分でも予想外に、目尻の端からはらりと滑り落ちていく水滴が....
「え。あ、姉上っっっ!?」
「あ、あれ...!?」
「っ!ーーユーフェリア姉上!何故、お泣きに...?」
胡麻化そうにも、目前でしっかりと見られてしまった!た、多分、眠る直前に前世の感情を思い出していた影響もあってか、感情が高ぶってパニックを起こしている!ど、どうしたらいいのっ!?
ーーけれども。すぐにそこへ、彼らの助け船が。
「フレイ殿下!失礼します!ーー私、アルバート・キットソンとエルディアス・ギュンターの2名、勝負の見届け人として参上致しました!入室しても宜しいでしょうか!?」
扉の外からハキハキとした少年の声が響いた。フレイ君の取り巻きでご学友の彼ら2人が、今日も私達の勝負を見に来たらしい。
ああ、いけない。アルバ君の言う通り、今からこの遊戯広間でルーティンの勝負をする約束で。だから動揺してる場合じゃない、しっかりしなきゃだ!
私は素早く薬指の先でサッと涙を払い、毅然と居住まいを正す。
そう。今の私は、ユーフェリア・レストワール・エルドラシア。
名を再確認したとたん、私の動揺は完全に収まった。
だけど真逆にも、今度はフレイ君が取り乱したような様子で扉外の彼らに向かって制止の声を張り上げた。
「いや!しばし待て!ま、まだ誰も入ってはならんっ!」
「いいえ、構いませんわ。フレイ様、どうぞ入室のご許可を。お約束のお時間ですもの。わたくしならばこの通り、もう大丈夫です。」
ハッと扉から私へと視線を戻したフレイ君は、不思議とガッカリとした顔になった。いや、大丈夫と言ってるのに何故その反応?
「?ーーお見苦しいところをお見せして、誠に申し訳ありませんでした。さあ、フレイ様。約束の勝負を始めましょう?」
「.........はい。」
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さて。思わぬトラブルはあったものの、王城ではもはや恒例となっている第一王位継承者同士である私とフレイ君の勝負。
この勝負、最初は些細な天気当てから始まって、王家系譜の暗唱やら隠しもの探しに茶葉の産地当てと、まるでお遊びのような勝負内容がコンセプト。時には一見運頼みと思われる勝負もあれど、私の勝率は余裕で7割強の現在。そして勝者は敗者に、小さなお願いを一つだけ叶えてもらうというのがこの勝負事のルールだ。
遊戯広間専属の執事兼ディーラーさんの見るも鮮やかなカード捌きによって、目の前のテーブルにはルーティンのパネル札が裏返しに配置されていく。私と向かい合う椅子に座るはもちろん、勝負相手のフレイ王子殿下。その左右にそれぞれ立つは勝負の見届け人の彼ら。フレイ君の取り巻きのお堅い真面目アルバちゃんとツンデレも加わった毒舌エルディちゃん。
ーーそして今回は何故か、新たにもう2名が加わっていた。
「いくらフレイ王子殿下であろうと、我が主のユーフェリア殿下と白昼堂々、密室で二人きりになるなど!」
「超だめっスね!ユーフェ様は未婚で未成年の汚れなき姫天使!俺ら近衛騎士らがやはりお傍でガッチリ(貞操を)守らないと!」
何故か昨日会話した近衛騎士さんらが頑固として居座っていた。
汚れなき姫天使? いや、王族専属の近衛騎士が私を守るのは任務で当然だけど、何かニュアンスが違ってるような.....
「ちょ、ちょっと、そこのあんた!今、ユーフェ様って!もしかして殿下をユーフェ様って、愛称で呼ばなかった!?ーーな、馴れ馴れしいんだけど!」
「気の所為です。真横にいた私はそうは聞こえませんでした。ギュンター様は昨日から少々、頭のお具合がよろしくないのでは?」
ど、どうして今日は、こんな賑やかなの!?




