私と緊急!手作りスイーツを作る会
「うーん。無難にクッキーかカップケーキかそれとも創作チョコか!?この選択肢が、彼女達の好感度アップの別れ道……!」
郊外オリエンテーション実習日前日の昼下がり。
事前申請してお借りした王立学園淑女教育学科の厨房室で、銀ボールを前に私はうんうんと唸っていた。
ーーそう。冒頭で並べ上げたのは、お出かけ先で友達&彼氏にプレゼントすると喜ばれる定番手作りスイーツランキング上位3つ!(※前世調べ※だが適当)
因みにこのエルドラシア王国にこれらのスイーツは普通にある。巷でよく見かけるスイーツチートなど、前世パティシエでもない限りそうそう簡単にできるものではない。うん、世の中そんなに甘くないのだ。現実はひたすら努力あるのみ!
「ねえ、ユーフェ。張り切ってる貴女にこれを言うのは、水を差すようで申し訳ないのだけど……」
「ん? 何かしら、キャメル?」
「あのね、その素気ない態度のクラスメートの彼女達、何だか話に聞くけば聞くほど不可解なのよ。だって自国の王女様である貴女にそのような不遜な態度を取っても、利が何もないじゃない? このままだと学園の教師陣やレストワール派閥、いえ、上位貴族家のそのほとんどから反感を買うのは誰の目から見ても明らかだわ。親からの指示だとしても、ちょっと考えられないわね。そんな不可解な彼女達を、たかがスイーツ程度の差し入れでどうにかできるものかしら? 」
「え? 何となく私の事が気に食わない、王女に下手に関わると面倒そう、ってわけじゃ……」
「う″うーーん。まあまあ、キャメリーナさん。不可解だなんて、彼女達をそんなまるで変わり者のように言ってはダメよ? 多感で難しいお年頃のお嬢さん達ですもの。お姫様相手に、ついつい緊張してつっけんどんな態度を取ってしまったり、うっかり思ってる事と真逆の言葉を吐いちゃう、なんて事はよくあるものよ。貴女だってそうではないかしら?」
「えっ。ま、まあ。……ええ、シルヴェスト殿下のおっしゃる通りね。考えてみれば、それは確かに一理あるわね。」
「やだ!殿下だなんて仰々しいわ!私の事はどうぞ、シリーと呼んで。だってユーフェのお友達なら、私とも当然お友達になるわけでしょう?」
「あら、光栄なお言葉ね!では、改めてシリーさん。今日はよろしくお願い致しますわ。お恥ずかしながら料理の事はサッパリなの。私の家は弟妹が多いのですけれど、ファフテマ候爵家ではお料理なんてさせてもらえなくて。」
「ええ!お料理なら任せて!昔から私、スイーツを作るのはちょっとした趣味なの。あ、ねえ!もしかしてキャメリーナさんは彼氏さんへのプレゼントに? 美味しいスイーツを作って差し入れして、その彼氏さんをメロメロにしちゃおうって作戦かしら? ふふっ、だったらバッチリ協力しちゃうわよ!」
「か、彼氏さん……そ、そうね!これっぽっちも乙女心の分からない脳筋馬鹿の朴念仁を!この私の手作りスイーツで、今度こそデレッデレにさせてやるわ!」
「あら!その意気よ!是非とも頑張って!」
ーーうん? なんかこの2人、変なスイッチ入っちゃったね?
明日、オリエンテーションに持っていくスイーツを作ると言ったら「「是非私も参加したいわ!」」と名乗りを上げたこの2人。
初等科の生徒会長を務めるキャメリーナ・ファフテマ候爵令嬢のキャメルと、隣国からの留学生のシルヴェスト王子のシリー。
そしてユーフェリアのこの私と3人で、現在ーー“緊急!手作りお菓子を作る会”ーーを開催中という運びとなっていた。
しかし、この予想外な参加者のシリー、背も高くて見た目は文句なしの美形王子なのに、こうして女子に混じってエプロン姿でお料理してても何の違和感も感じない中身が100%女子!
母国の事情があって出会った時に女装の美少女姿だったとはいえ、長年に渡る彼との手紙のやり取りにおいても、私はこのシリーを女子だと疑いもしなかった。
でも、どうなのだろう? 昔とは違って微妙なお年頃だし、このままシリーの事は“女子友”扱いでいいのかしら?
「やーーん!そのユーフェが持ってきた、お手製“カラーシュガー”とか言うピンクや黄色や水色のお砂糖!キラキラしててスッゴく可愛い!ねえ、それどうやって作ったの!? 教えて!教えて!」
ーーうん。シリーは女子だ。女子でもういいね……。
実はこのカラーシュガー、目の荒い種類のお砂糖と色粉で簡単に作れちゃうのだ。今回作成するスイーツのトッピングに使おうと、事前に作り置きして持って来たわけだけど……
「で、ユーフェ? 作るスイーツは何にするか決まったの? そろそろ取り掛からないと利用時間が過ぎてしまうわ。実はこの厨房室、私達の後も予約がいっぱいなのだそうよ。郊外オリエンテーションはそれぞれの学科によって目的地は違えど、日程は共通してどこも同じ明日。婚約者やお目当ての殿方に差し入れを狙ってる女子生徒は、毎年どうやら多くいるみたいね。」
「え? 自分は何だけど、貴族のお嬢様方って、お料理をするの? 淑女教育学科のカリキュラムに、お茶の煎れ方や女主人に必須の晩餐給仕マナーの授業はあるみたいだけど、その程度じゃないの?」
このエルドラシア王国では客人を招待した晩餐で、屋敷の女主人がメインディッシュの肉料理や食後のアントルメオケーキを切り分けたり、また、上位貴族や王族相手ならば、夫人自らが彼らの給仕をしなければならないという慣習がある。その為の包丁の扱い方や給仕マナーを学ぶ授業はあるものの、やはり料理そのものはしないものでは?
因みのこのキャメルはその淑女教育学科の生徒だ。
ストレートで腰下まで届く長く美しい赤毛と色鮮やかなルビーレッドの瞳からして“赤薔薇のお姉様”、と呼ばれている。
「それは…こう言っては何ですけれど、一概に貴族令嬢といっても様々でしょう? 聞けば十分な数の使用人を雇う余裕のない下級貴族家もあるようだもの。それに、貴族と一般市民との婚姻は特に違法ではないのだから、お母様が貴族のお生まれでない場合は、ご一緒にお料理をされる事もあるのでしょう。」
なるほど。貴族子息や貴族令嬢といっても、皆が皆、貧乏とは無縁の裕福な暮らしをしているわけじゃないんだ。
仮にも私はこの国の王女。色んな境遇の人達の暮らしに目を向けてみるべきなのかも………
「うん!その為にもここはやっぱり!張り切って美味しいスイーツを作らないとね!ーーよし!決めた!私は今からカップケーキを作ります!」
「「はーい!!賛成!!」」
そうと決まれば早速スイーツ作り開始!
銀ボールの中にカップケーキの材料を順番に入れて混ぜ合わせ、それを用意しておいた完全密閉の頑丈な大瓶の中に七分目まで投入し、ーーーー
「さあ!きゅーたん!君の出番よ!出てらっしゃい!」
ーーパアアアアアッ!!!
ーーヒヒーーーンッ!!!
「え? は? “きゅーたん”、ですの?」
「何で厨房室で馬のいななきが、え?え?えええーーー!?」
主である私の喚び出しに応じたのは、前回登場したあのヒースクリフ王の秘宝、ルーティンパネルカードⅤ番の“一角獣”。
私の使役獣となったそのきゅーたんは、前持って仕込んでいた通りの姿でこの王立学園の厨房室に現れた!
「まあ!なんて美しい白馬なのかしら!……けれど、頭が……」
「珍しい色合いの素敵な使役獣さんね!……だけど、頭が……」
いきなりの白馬の登場で目をひん剥くものの、様子からして私の使役獣だと察すると、瞬く間に冷静さを取り戻すキャメルとシリー。
そして彼女達の視線は、きゅーたんの頭に流れていき………
「!!、ゆ、ゆーふぇちゃん!やっぱりこのあたま、おかしいよ!なんでこのぼくがっ!へんてこりんな、こんなぼうしをかぶんなきゃいけないのーーー!」
だって流石に使役獣が幻の聖獣の一角獣だなんて大問題だし。うん、そこはちゃんと隠しておかないとね。
きゅーたんには、あご紐付きの細長ーいとんがりぼうし(※この私、ユーフェ作)を被ってもらっていた。
「しんじらんない!ぜんだいみもんなんだけど!ほこりたかき、このぼくに、こんなもの!」
「うん。時間ないからさっさとこれ胴体に括り付けるね。ーはい、OK。じゃあ、きゅーたん、軽く学園内をマッハで一周して来て下さい。」
「だから!ぜんだいみもんなんだけどぉ!きしょうな、このぼくをっ!みきさーがわりに、つかうなんてっっっ!!」
「異議は受け付けませーん。はい、ではきゅーたん!しっかりそのカップケーキのたねを混ぜてきてね!できれば「サックリ!」をイメージしてお願いしまーす!!」
「それ、いみわかんない!もお!うそでしょおぉおーーー!!」
「……………も、文句言いながらも、行ったわね。」
「……………いえ、主絶対命令で行かされたのよ。」
実はこの世界にはハンドミキサーがないのだ。材料の撹拌はひたすら泡立て器による人力か、魔法に頼る事になるわけで。しかしこの私にそんな繊細な魔法を使えるわけがない。だったらせっかくの秘宝の有り難ーい一角獣獣様、是非ともここは役に立ってもらおうじゃないか!
一角獣は地上のどんな獣よりも速く駆ける事ができるのだ。
まあ、単純にそのスピードと様子がどれ程のものか、実際に見てみたかったのが本音なんだけど……
「ねえ、いいのかしら……? あんな凄そうな白馬を、こんな料理なんかの雑用に使って……?」
「ダ、ダメなんじゃないの?あ、ちょっと!あっという間に一周しちゃったみたいよ!もう帰って来ちゃう!?有り得ないレベルの神速の駿足ね!ーーけどその前に、あんな方法がそもそも泡立て器の代わりになるの??」
「え?分かんない。だから実験して研究するのよ?」
「「……………………」」
*********
ーーそして翌朝目を覚ませばついに郊外オリエンテーション実習日!全学科の集合場所は移動召喚陣の用意された学園校門付近とのこと。
心は弾むものの、私は馬車の中でうつらうつらと舟を漕いでいた。
ああ、眠い……そして実は時間がなくて朝食を食べ損ねてしまったのだ。
そんな私の膝元には、昨日キャメルとシリーとで一緒に作った手作りカップケーキの包みともう一つ、約束したフレイ君への愛妻弁当の包みがあった。
そうなのだ。今日は今日とて早起きし、ご迷惑ながらも外殿宮の厨房の一角をお借りした私は、侍女メイリーと共にこの愛妻弁当作りに精を出していた。
「あ、愛妻弁当を!? あの、ユーフェリア様はもしかして、ついにそういったご覚悟を……?」
「あー、うん。婚約者になっちゃったわけだし、まあ、うん。」
国家機密なので、メイリーには呪いの事も秘宝の事も教えられない。
だから、政敵である筈のフレイ君と婚約に至った今の事情も、彼が提案した“白い結婚”の約束も話す事ができないでいた。幼い頃から実のお姉さん同様に思っているメイリーに、ああ!何と心苦しい事か!
「ーーふん!とうとう外掘りを埋めにかかってきたわね!けれど私はまだ認めないわよ!私の可愛いユーフェリア様にちゃんと相応しい殿方か、しっかりとこのメイリーが、厳しく見極めさせてもらいますからね!」
メイリー?? 急に恐い顔してどしたの?
ーーそんな朝の一幕を回想しながら王立学園の校門先に到着すれば、馬車の窓からは驚きの光景が私を待ち構えていた。
「シリー様!是非、私達の作った差し入れを食べて下さい!そして的確で忌憚のない感想を聞かせて下さいね!参考にしたいんです!」
「あらあら!エルディちゃん、昨日はちゃんとよく眠れた?忘れ物はなあい?わたくし達、熱中症予防に新鮮フルーツドリンクを用意してきたの、良かったら持っていってね?」
「きゃあああ!アルバート様!料理人にケバブを作らせました!お昼にどうぞお召し上がり下さいませ!この間は残念でしたけど、今後のご活躍を期待しておりますわ!」
ここはアイドルの握手会場か!?
それぞれの学園の人気どころに、それぞれのタイプのご令嬢がわんさかと群がっていた。賑やかー。見ているだけで目が覚めてきた。
ーーん?
この様子だと、当然王子様であるフレイ君のところには………
「あ、あ、あの!ただ受け取ってくれるだけでいいんです!」
「ずっといつも見ていました!見てるだけで満足なんです!」
「ああ!尊い……!傍にいらっしゃるだけで目眩が……!」
「崇拝しています!け、献上品をどうぞお納め下さいませ!」
ーーいらっ。
ーーいら、いらららっ。




