私と至福らしい晩餐と白い婚約2
「ーーでは、姉上っ!カトラリーは底の深いこちらのスープ用の皿とスプーンで良いでしょうか? え? スープレードルも、ですか?ーーああ、こちらの。へえ、この鍋から具を掬う為の大きなスプーンが、スープレードルという食器名でしたか!ははっ、お恥ずかしい話なのですが、僕は料理に関してはサッパリでして。」
フレイ君が大はしゃぎでキャビンをあさり、晩餐の準備をしている。
セヴォワ公爵家のやんごとなくお育ちの若様に、そりゃあ調理器具の名称など誰も進んで教えたりはしなかっただろうね。
けれど、なんだかな。こういう中学生男子みたいな面を目の当たりにすると、本当に彼はまだ14歳なんだなあ、と改めて実感する。
ーーあ、でも確かフレイ君、来月に誕生日だった筈。
義理の姉弟関係となった2年前より、お互い誕生日プレゼントのやり取りをしている(というか向こうが贈ってくれたので、私もお返しをして以下ループ中)。なので、そろそろフレイ君の欲しいもののリサーチをした方がいいかな?
などと考えていると、リュカさんが飲み物の準備を終えていた。
「では、フレイ様。鍋に加熱魔法をお願いできますか? 火系や風系の魔法は確か得意でいらっしゃいましたね。」
「ああ。分かった。姉上、温めながら鍋の具を掻き混ぜた方が良いのでしょうか?鍋の中の空間に適当な強弱の振動を加わえれば、具材の撹拌が可能です。その他にも、そちらの飲み物を冷やす液体急速冷却の魔法も使えますよ?」
「なんと!空間に干渉する魔法と液体の温度変換の魔法を…!!これは驚きました!フレイ様は、一体いつの間にそのような魔法の習得を!?」
「つい最近だ。ユーフェリア姉上にはご無理をお願いして、この度は王立学園に編入学していただいたのだ。姉上が授業でお困りの際はこの自分が役に立てるよう、数ヶ月前よりエルディから魔法の手ほどきを受けている。けれど、その、不甲斐ない事にまだまだ大した魔法は使えない。」
「それは…教える者が規格外過ぎるだけなのでは? 小規模なれど、空間干渉を引き起こせるという点では、それはかなりの使い手といえましょう!」
「空間干渉を!? そんな難しそうな魔法を、しかもそんな短期間で!フレイ君って、私と違って魔力コントロールが凄く上手なんだねぇ!」
「えっ、いいえ!これらは生活魔法レベルの、些細な威力のものですし。」
便利な生活魔法を色々と扱えるフレイ君……?
ーーその言葉を聞いて、あっ!と思い当たった。だってそれはフレイ君そっくりの、あの偽者の彼の言っていた言葉通りでは?
彼は私やリュカさんの事についても、よく見知っているような口振りだった。もしかしてだけど、あの彼の正体は……!
「空間干渉……その空間魔法自体、大変稀少な属性の魔法でございますよ。確かオルストフ王もフレイ様と同様に、その空間魔法を得意としていらっしゃいます。」
へえー、やはり叔父と甥だから得意属性も似通るのかな?
けれど彼らの姪で従姉妹である筈のこの私は、魔力コントロールの段階からして大きく引っ躓いた状況で。ーーっ何でだ!!
「よし!姉上、温めと冷却が無事完了致しました!」
「おお!これでようやく晩餐にありつけますな!」
心の中で地味に拗ねていると、鍋を魔法で温めていたフレイ君が弾んだ声で調理終了を告げ、それをそわそわと待っていたリュカさんが、濡れ布巾で鍋の蓋をよいしょ!と持ち上げた。
途端、もくもくと上がった温かい湯気と鍋からの美味しそうな香りに、2人は「ほうっ!」と感嘆の声を漏らす。
ーーうん。だからどうしてこの鍋がそんなに食べたいんだろうか??そしてやっぱり何だか気恥ずかしい!アメリア女王一家に振る舞った時よりも、はるかにドキドキと緊張してきた!
これで、「ええと、新しいタイプの鍋料理ですね」とか、「この味付けは大変ユニークで画期的で…」などというモヤっとした感想を言われたら、本気で私はしばらく落ち込んじゃいそう!
ーーううっ!せめて料理が美味しく見えるような盛り付けを!
「はい!私が鍋をよそいます!リュカさん、フレイ君、嫌いなものはありますか? 外しますから、どうぞ遠慮なく申告して下さい。」
「大丈夫です。僕は嫌いなものは特にありません。」
「反対にお好きな食べ物も特にないでしょうに。ああ、ユーフェ様。私めは柔らかそうな、その“すいとん”とお野菜を中心に……む、いえ。そ、そういえばまだ!この身体は歯も胃袋もしっかりと丈夫でした!ーっ肉!っ肉を!ユーフェ様、肉を特大の大盛りでお願いできますか!?」
「あ、はい!特大の肉盛り一丁!」
あららー。リュカさん、歯と胃があれなんですね。うん、せめて若返ったこの時だけでも、大好きなお肉をいっぱい食べて下さいね!
「「「では、頂きます!!」」」
全員のスープ皿に私が鍋をよそい終えると、早速そのまま晩餐開始。
ーーはたして、彼らの口に合うのだろうか?
スプーンを持ったまま、ちらちらと様子を伺っていると、ーーー
「ーーお、美味しい!姉上!とても美味しいです!!」
「ええ!大変美味でございます!柔らかく存分に煮込まれたこの牛肉に、鍋の中の様々な具材の出汁のハーモニーがより奥深くまで浸透していまして!咀嚼する度に肉片から溢れ出る至福の味わいが……!ユーフェ様、これはお世辞抜きで肉が大変美味しい鍋料理ですよ!!」
「凄く饒舌な肉限定の感想だ!しかし、リュカの言う通りです!」
「ーーほ、本当……!?」
口に合って、よ、良かったああああ!!
ーーホッと胸を撫で下ろすも、急にフレイ君はその顔を歪めた。
「ーー痛っ!」
「え、大丈夫!? 何か変なものが入ってたかしら!?」
「あ、いいえ!違います!…その、実はここに来る前、少々つまらないものを殴って利き手を傷めていまして……」
ん?見れば彼の右手の指が数本赤くなっている!?
私ったら!全然気付かずとその彼の手を握ったりなんかしてた!
「それに殴ったって、どこの誰を!ーっええ!? いつも品行方正なフレイ君が、何でそんなやんちゃをしちゃったの!?」
「ほう。この私めに黙っていたという事は、治療の必要がないとご勝手に判断されたのでございますな。けれどフレイ様、そのように腫れ上がってしまっては見過ごせません。食事を中断して、今すぐに治療を行いましょう。」
「いいや!治癒魔法による施術は多少なりとも時間がかかる。それではせっかくの姉上の手料理が冷めてしまう!この程度の打ち身など本当に何の問題もないし、痛みは我慢できる。」
「しかしフレイ様、無理に動かしては更に悪化してしまいますぞ。」
「だから大丈夫だと言っている!」
「あの!じ、じゃあ!私がフレイ君の給仕をします!」
「「えっ、ーーー!!!」」
珍しく意地をはり続けるフレイ君とリュカさんのこの終わらないやり取りに、気付けば自然に声を上げていた!
「ええと、だって、美味しいって言ってくれたし!やっぱ冷めちゃうと味が落ちちゃうし!そもそもフレイ君は今は私の、お、義弟なわけだしね!うん!怪我をしている家族の食事の世話をしてあげるのは、世間では当たり前の常識だもんね!」
「ユーフェリア姉上が、えっ、僕の給仕を?ーーはっ!?」
「ふー、ふー、はい。あーーーん。」
手を動かしてはいけないのなら、代わりに私がフレイ君の口まで料理を運んであげればいい。ちょうどすぐ横の席だし手も簡単に届くし。だから私は鍋の具の入ったスープ皿からスプーンで掬って、彼の口元まで持っていく。
ーーけれどフレイ君は、スプーンを自分に向かって掲げた私の姿を凝縮したまま、ピキリと硬直してしまった!おーーーい。
「フレイ様!フレイ様!これは紛れもない現実のユーフェ様でございます!しっかりなさいませ!またとない機会でございますよ!」
「はっ!!これが現実だと!?ーーあ、いえ!でで、では!頂きます!」
ーーし、至福ですっ……!!
と、感無量の体で大袈裟過ぎるコメントをするフレイ君。
嬉しいけど、両手で顔を丸ごと隠しちゃったよ。まだ一口しか食べてないよー?もっとどんどん食べてほしいんだけどなあー。
「うむうむ、素晴らしき晩餐ですな。孫が2人も出来た気分です。」
「リュカが僕のお爺様か?ま、まあ、それは言うまでもないが!」
今度は孫発言に照れるフレイ君。表情がコロコロと忙しい。
「ふふっ。家族で一緒にお食事するって、こんなにも楽しいんだねえ!ーーね!フレイ君、このすいとんも良かったら食べない?それとも白菜がいい?ううん、やっぱり成長期なフレイ君は、お肉がいいかな?」
「……どれも、その、お、お願い、します!」
ーーその後、私はせっせとフレイ君の口に鍋料理を運び続けた。
*********
「ご馳走様でした。姉上はお料理がとてお上手だったのですね。またこのような機会があったら、是非とも作っていただきたいものです。」
「ええ、ユーフェ様のお料理の腕に関しましては、私めもとても意外でございました。きっと将来は良い奥様におなりでしょうな。」
リュカさんもフレイ君も鍋を美味しいと言ってくれた!
気に入ってくれるか不安で不思議と凄く緊張したけど、 これでほっと一安心。胸を撫で下ろした私は、自然に口から本音が漏れ出ていた。
「はい、こちらこそお粗末様でした。……あのね、私、本当は家族揃っての晩餐、楽しくお喋りしながらの賑やかな食事風景に憧れていて…。だってそれは、一枚の絵に描いたような幸せそうな家族の象徴そのもので。ーーだから今回のこの晩餐は、まるでその夢が叶ったみたいで、ちょっと不思議な心地でした。」
「ユーフェリア姉上………」
「そうだったのでございますか……!ユーフェ様はこちらのフレイ様同様に、公爵の親の政略結婚でお産まれになった、お互いに独りっ子でいらっしゃいましたね。」
「うん、そう。だから将来、私も政略結婚なのだとしても、出来うる限りはみんな揃ってご飯を食べる、そんな習慣の家族を作りたいと思うの。よし!そうなるよう、頑張って呪いを解こう!」
レストワールの両親は不仲で、家族揃って食卓を囲むだなんて一度もした事がない。前世でも似たようなものだった。
私はそれで寂しかったから。私の未来の家族にそんな思いは絶対にさせたくない!
ーーそう固く決心した私に、けれどフレイ君はとんでもない提案をしてきた。この先の将来の、私の運命を大きく変える提案。
「姉上、僕もそれは素晴らしいお考えだと思います。きっと姉上ならば、理想の温かい家庭を築き上げる事が可能でしょう。」
ニコッとそう断言した彼は、何故か突然に席を立ち、ソファーを少し後ろに引いてその空いた空間にスッと片膝を突く。
そしてその姿勢で唖然とする私の手を取り、ーーーーー
「ーーならばユーフェリア姉上、その夢を叶える為にも、この僕、フレイ・セヴォワ・エルドラシアと婚約してくれませんか?」
「うん。そう言ってくれてあり、ーーえ? えええーーーっ!??」
ーー何か婚約とか言った!?こ、婚約って、婚約だよね!?
今!!フレイ君が私に、婚約してとか言ったの!??
「即OKとは驚きです。まさか姉上に簡単に承諾いただけるとは。」
「ち、ちちち、違う!いや、だって!それに、それ、有り得ませんっ、て!」
ーーフレイ君は、私との結婚は「有り得ません」て言ったって!!だのに、その私に向かって婚約してだなんて!どうして!??
「僕でなければ姉上の婚約者は、すでに4人の子持ちでけれど未婚の将軍か、新興宗教を今にも立ち上げそうな教祖王子か、邸宅中男だらけの男色家の公子、だそうです。姉上はそのどれかで宜しいのですか?」
「何その恐い婚約者候補の選択肢!?勿論、フレイ君が絶対いいに決まってるよ!!ーーって!ああっっ!!」
ボオオオオオオオーーーーーン!!!
ボオオオオオオオーーーーーン!!!
ボオオオオオオオーーーーーン!!!
ボオオオオオオオーーーーーン!!!
ボオオオオオオオーーーーーン!!!……………
「柱時計が起動しました。これでどうやら元の時間軸に帰還できるようですね。ーーではユーフェリア姉上、これからは義理の姉弟兼、婚約者という間柄で、どうぞ宜しくお願いしますね?」
「だから!どうして!?」
ーーそして現代に戻った私達。
その次の日、本当にフレイ君の婚約者になっていると侍女メイリーから聞かされた私は、三日もそのまま寝込んでしまった。




