私と焼きカナッペの王様2
「はーれむえんど、ですか? そのような食べ物も魔法文も、わたくしは存じ上げませんわね。不思議な響きですけど、お父様はそのお言葉をどこでお聞きになったのですか?」
「食べ物? 魔法、文..... 」
嘘はついてないよ。
ゲーム用語としてはもちろん知ってるけど、はーれむえんどっていう同音異句の食べ物や魔法文は知らない。ちょっと卑怯かな?
でも引っかけ問題で、こういうのよくあるよね。
「いや、違うな。おそらくそういうのではないらしい。そっか、ユーフェは知らんか。変な事聞いてスマンな。」
「いいえ。お義父様のお役に立てず、心苦しい限りですわ。不勉強で申し訳ありません。」
何とか切り抜けられた...?
だけど、そのゲーム用語の出どころに関してはスルーされた。もしやこの王様も私と同じ前世日本人の記憶持ち?
いや、それは絶対に違う筈。何故なら.....
私は引き攣りそうになるこめかみを気合いで押し留め、心を落ち着かせようと侍女の煎れた紅茶をさりげなく口に運ぶ。おっ。乾燥させた苺とキウイとオレンジの入ったドライフルーツティーだ。疲労回復と美容に良く効くんだよね。紅茶マニアな侍女さんかしら。
ん? その侍女さん、何か?
「はい。あの、宜しければお切り分け致しましょうか?」
ああ。この目の前のお皿に置かれたぶつ切り燻製肉カナッペね。
ーーでかっ!ぶつ切りとはいえ、燻製肉でかっ!!
だけどこれを薦めた王様は手掴みでガツガツ食べているし、この場は無礼講とのこと。気を配ってくれた侍女さんにやんわりと手を翳して断り、少し考えをまとめてみる。
“ハーレムエンド”
それはもちろんゲームや物語で迎えるエンディングの一つ。
私が知る限りでは、バッドも含めた全てのエンディングを達成後に初めてそのルートが開示され、鷹揚にして超鈍感モテ主人公が様々なタイプの異性を節操なしに知らぬ間に落としまくって虜にし。優柔不断にもキッパリと一人を選べずと、最後の最後にはそれら全員と一緒に幸せに暮らしましたとさ、で終わるトンデもないエンディング。
え? 別にハーレムエンドに批判的なわけじゃありませんよ?
ゲームや物語でなら別にあっていいと思う。見てるだけ読むだけなら面白い。でも、実際現実でそれやられちゃあねー。世の中って、2人いれば必ず諍いが起こる。それ以上なんて、そりゃもう大変。
現実でハーレムやっても許されるのは、お世継ぎが必要なこの王様くらいだけど.....
「何だよ、その快晴の空に雨を見たような顔は? おい、ユーフェ。手が止まってるぞ。せっかく焼いたんだから冷める前に食えって。」
「...はい、頂きますわ。」
この王様、ハーレムどころか一人も側妃を持たない。7年前に溺愛の王妃様を突然の病で亡くした後、「俺はあいつ以外に伴侶はいらない!誰とも生涯再婚するつもりはない!」と宣言してしまったのだ。
だから私とフレイ君がこうして後継者に撰ばれたわけだけど...。
とんだいい迷惑だけど、ロマンチストな王様だよね。
「ーーああ。そんで、あと一つ相談。お前が以前俺に提示した案件、基礎教育無償化と病や怪我などを負った非労働者への積み立て保険制度、実現するならどちらが優先だと思う?」
「え!ーーよ、よく憶えていらっしゃいますね。ものを知らぬ幼子が生意気にも申し上げた戯言。しかもわたくし、どちらも提案したわけではなかったのですけれど。」
うーん、そうなんだよ。
随分昔、こんなカンジで王様と喋ってたら「え? そういう制度、やってないんですか? 福祉関連、遅れてますねー」というような事を、ついポロッと言ってしまったのだ。
その時の王様の反応は、「へえー!何だソレ!そんなの思いつきもしなかった!」という顔をガチでしていた。
だからこの王様は転生者ではない。
少なくとも地球という星の情報は持っていない筈なのだ。
権力も人材もお金もある程度自由にできるこの国の最高権力者、それがもし転生者だったのなら、前世でちまたに溢れていた流行りものの小説に倣って、すでにこの国でそういう改革と制度がバンバン施行されていなければおかしいでしょ?
そうでなくっても、あちらであった便利な道具や料理に医療と、何かとそれらしいものでも作らせていなければ辻褄が合わないのだ。
「二つのうち優先する方、ですか。それならば断然、非労働者への積み立て保険制度です。基礎教育無償化も今後の国の発展へ寄与する優秀な人材育成には不可欠なのですが、まずは病や怪我を負った者への国あげての手厚い救済、これが何といっても先決ですわ。もしこの制度が実現すれば、大黒柱である親や家族が病や怪我で働けず突然一家が困窮、それによって学校も行けずと働かねばならない憐れな子供が確実に減ると思われますので、就学率も今より上がるでしょう。引いてはスラム街に堕ちる子供も減り、将来的には国内の治安も向上するかと。」
スラム街。実は一度お忍びで行った事がある。
生ぬるい生活を送っていた元日本人として、あの貧困層の彼らは見捨てられないものがある。実家のレストワール領では炊き出しなどのボランティアをやってくれている慈善団体があるけど、他の多くの領地では捨て置かれているのが現状だ。
このエルドラシア王国はそこそこ豊かな方だけど、やっぱりちゃんとした福祉制度が敷かれてないと、たった一つの不遇で人々の生活は簡単に一変してしまうものだ。だからもし可能ならば、是非この保険制度を実現してもらいたい。
ーー頼むよ!狸なそこの王様っ!
「む?...コホン!な、なるほどな。とても参考になった。ーーそうそう、教育でふと気になったんだが、ユーフェ。そういえば、お前は何で王立学園に入らなかったんだ? 勉学は嫌いではなさそうなのに。 」
「ええと...王城でも充分学べますので....」
この話し方が肩凝る!フレイ君もいるから派閥争いめんどくさい!
ーーとは絶対言えん。
「そうか、変だな。ユーフェはすでに学園にいなければおかしいのに。なら、これから中途入学か?...強制力があるにしても本人が行く気ないって、どうなってんだ?」
ーーカチャッ!
思わず私の手からカップがソーサーへと落ちる。
い、今っ!この王様、な、何て言った!?
強制力!? 私が学園にいなければ、おかしい???
「なあ、ところでユーフェ。王立学園、というところには必ずお前のような姫君がいるんだよなぁ。実際、王太子時代に俺が学園に籍を置いていた時もいたしな。」
「ーーえ、は!?」
「派手な金髪、ないしは黒髪の巻き毛の身分高い御令嬢が、取り巻きを引き連れて学園の女王様気取りでわがまま放題。」
「派手な、巻き毛...学園の、女王。な、何の事をおっしゃっておられるのか、分かり兼ねますわ....。」
自然と目線が自分のボリューミーな巻き毛へといく。は、派手だな。でもこれ100パー天然なんだよ。記憶形状ヘアーなんだよ!
い、嫌な予感がひしひしと.....
「“悪役令嬢”って、言うんだっけ?」
「!!っ、...な、何の事、でしょう...?」
だ、大丈夫!動揺は顔には出てない!
ここはトコトンしらばっくれるんだ!王様の目が捕食寸前の猛獣のようにギラついているけど!今私がその言葉を知ってるって、絶対バレてはいけない気が、ものっっすごくするんだ!!
「ユーフェ、あのな。 」
「は、はいっ!!」
「ドレスにカナッペ、落ちそうだぞぅ。」
ーーーあ!ぶつ切り燻製肉が、
ぽろり、すっころーーんと......
*********
「ユーフェリア様、随分とお疲れでございますね? ミント入りレモネードをお持ちしましょうか? 」
部屋に戻って汚れたドレスを着替えると、専属侍女のレイリーが心配げに言葉をかけてくれる。
ああ、優しいレイリーお姉ちゃんっ!癒されるぅ!
「狸の皮を被った猛獣の相手は苦手ですの...」
「狸...はあ....?」
何だったんだ、あの王様?
わざわざ私を呼び付けて口から出た言葉が、
“ハーレムエンド”
“強制力”
“悪役令嬢”
“学園”
とくれば。ーーもう、アレしかないよねぇ。
そして、それをあの王様に教えた者がいる。
一体何の目的で? まさかここが乙女ゲームの世界だとでも?
「ーーとにかく。間違いなくあの王様の知人に乙女ゲームを知る転生者がいる、というわけよね...」
「あの、お悩み中のところ申し訳ありません。フレイ王子殿下よりお手紙が届いております。」
「え、また、ですの!?」
今朝、戦利品の贈り物と一緒に届いたばかりなのに。まだその返事も返してないのに! そしてまた封筒が分厚いなぁ.....
「ええと...要約すると、明日の午後にルーティンの再戦申し込みをと。もちろん、それは受けて立つけれど...」
“ーー追伸。僕がファンくらぶ会員2号です“、って...何!?




