僕と人攫い時計と予測外の未来1
フレイ君の裏側のお話です。
第32話「私と寒々しい王家団欒3」の辺りから~
王立学園から外殿宮に戻り、リュカに姉上の診察を要請したその後の僕は、自室で先ほど届いたばかりの緊急伝達文に目を通していた。
その差出人はエルディアス・ギュンスター。
風魔法で窓から飛び込んできたその手紙は、数時間前に王立学園で別れたばかりの彼、エルディの、ユーフェリア王女殿下に対する人権侵害行為を働いた旨の謝罪文と、僕へのその言付け。
また本日、学園校舎内で倒れてしまった彼女のその後の容態を、端的に気遣う内容の文面が綴られていた。
ーーそう。あのエルディは、いつの間にかユーフェリア姉上の事を殊のほか気に入ってしまっているのだ。
他人を気安く寄せ付けない、一見すると懐きにくい猫のような少年と思われがちなエルディだが、実のところそれは大きな間違い。
彼は単に人見知りで口ベタなだけで、一度心を許した人間に対しては逆に驚くほど世話焼きでお節介になる。
物ごころ付いた幼少期よりすでに初代アゼル・ギュンスターの再来、と広く世間に言わしめたあの桁外れにハイレベルな魔法で、時に頼まれもしないのにあれこれと懸命に尽くしてくれるのだ。
だから彼が姉上に対して働いた人権侵害行為とやらの件は、実際それほど酷いものではないと推測する……きっと、言うほど大したものでは…いや、どうだろう?……ああ、よし。明日の朝一番に彼に詳細を確認しておこう。
ああ、それはさておき。ユーフェリア姉上の王立学園初登校の今日。
始業式の後に行われた恒例の魔法学科適性試験の最中に、彼女は思わぬトラブルに遭遇してしまったようなのだ。
由々しき事にその詳細はまだ不明なのだが、あのアドロス学園長も感知できぬ高位レベルの魔法空間から自力で帰還された姉上は、それはもう明らかに酷い精神ダメージを負われたご様子で……
そしてその魔法空間から彼女が持ち帰った不思議な魔法アイテム、月桂樹の草で編まれた王冠は、実に莫大で異様な魔力を放っていた。
何と言うかこう、それを冠した姉上を正面からじっと見つめていると、何故か無性に足元に跪きたくなるような……
なので僕は、そんな場合ではないのに彼女の耳を最大限この視界に入れないよう、全力で気を張っていなければならなかった。
見てしまえばまた、あの時のように自分を止められる気がしない。
何故そこで“耳”で、どういう事なのかは、是非とも聞かないでもらいたい。自分の悪癖をここで説明する気は毛頭ない。
ああと…。ともかくもその魔法アイテムの所為で、姉上は学園長と魔法学科担当教師、それにこの手紙のエルディの三者から、事情聴取まがいの面談を強要されてしまう事となったわけだが。
ーーしかし、あまりにも長引く面談に痺れを切らした自分は、まんじりともせずに待っていた昇降口から校舎内に迎えに向かった先で、ユーフェリア姉上の可憐な悲鳴を耳にした。
止める護衛も振りきって急ぎ駆け付ければ、エルディの人外レベルな転位魔法でショックを受け、その後に危うくふらりと昏倒する直前の彼女を、何とかこの手で抱き止める事に成功した!
ーーああ!間に合って良かった…!
華奢な姉上がうっかり頭を打ち付けでもして大事に至れば、それが例えやむにやまれぬ事情があったのだとしても、僕はこのエルディを簡単に赦せる気はしない。
平常心など到底保てるわけもなく、気を失った姉上を腕にエルディに非難の声を上げようとした、ーーその矢先。
「えっ…!?」
「はああああ!??」
気を失った筈の姉上は、何故か僕に抱き付いてきたのだ!
それはもう、咄嗟に条件反射でこの身を引こうとすればするほど!逆に彼女はむぎゅむぎゅ!ぐいぐい!と強く密着してきて!果てにはこの僕の首元にほお擦りまで…くっ、ーーくすぐったい!けれど、これは堪らない…!
「……な!くっ付き過ぎ!ちょっ!い、如何わしいんだけど!」
「……黙れ。せっかくなのに、姉上が起きてしまう…!」
か、可愛い!何の役得だ!そして意外に胸があるし当たってる…!
ーーそんな至福の回想に思わず耽っていると、要請を伝え聞いたリュカが状況確認の為に僕の部屋を訪れた。
彼はかつて王国一の名医と呼ばれた誉れ高い医師だが、それ故に目の前の患者の症状だけで診断せずに、倒れた場所や環境、その状況や至った経緯まで全て事細かに知ろうとする。
基本、病の原因は一つだけとは限らず、時に様々な要因が重なって起こるケースもあるというのが彼の持論。
けれど、具合の悪い彼女にあれこれと質問しては…という事で、代わって僕が姉上の倒れた状況をできる限り詳細に説明する。
そしてその後。そのリュカと共に連れ立って、星時計の間で休んでいるというユーフェリア姉上のもとへ赴くと、ーーーーー
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「よ!おめでとさん!この、っ対象外!」
「……意味が分かり兼ねます。別段、聞きたくはありませんが、何のご用でしょう…」
仮の身分といえど、一応はこの国の王子である僕の部屋にノックのみで押し入ってきた青年男性。
彼の名はオルストフ・フォン・エルドラシア。
エルドラシア王国第十一代目国王陛下、ーーその人、本人である。
説明するまでもなくこの王国の最高権力者である彼は、この自分、フレイ・セヴォワ・エルドラシアの形式上の義父であり、そんな彼の無遠慮で不作法で厚かましく飄々とした鬱陶しい態度に面と向かって苦情を立てるわけにもいかず。
精々、素っ気ない返事と顔も上げずと手元の書類を書き続ける、そんなあてこすりの意志表明を表すくらいが関の山だ。
ーーだがしかし…何と言うか。
彼の発した“対象外”というその言葉が、自分で思うよりも重く深く鋭く、抉るようにこの胸に突き刺さっていた………
「いやあ!いやあ!フレイ、ユーフェはな、お前の事はこれっぽっちも眼中にないってさ!貴族に生まれた以上、その大多数が必須義務である政略結婚の可能性ですら、フレイ、おまえ相手では、ーーー」
仮の義父上は、そこでわざと言葉をプツリと切る。
聞きたくないのでどうにか聞き流そうと懸命に努力をしようとも、そのように変な間を開けられては、つい、ーっ聞いてしまう…!
「ーー「今まで一度たりとも考えた事がありませんわ」、ーーだって!無関心って、ある意味一番キツイよなー。はっはっは!親愛なる我が義息子よ!この度は誠にご愁傷様!」
「……くっ!」
無意識のうちに、手元の書類がグシャリとひしゃげた。
あ、と一瞬顔を顰めるが、これは僕の友人へのごく私的な手紙。 破れてさえいなければ、何ら問題はないと思い直す。いや。反ってひしゃげていた方が、より心情が伝わって好都合かもしれない。
「なあ、フレイ。ーーちょいと真面目に聞くがおまえ、さっきの話、どのへんから聞いてたんだ? こそこそと立ち聞きしてたよなあ? 星時計の間で、俺とユーフェがしていた会話。ああ、とぼけたってムダだ、包み隠さず正直に言え。」
「こそこそとは、心外ですね。ノックをしようとした矢先に、偶然この耳に入ってしまっただけです。……お義父上がユーフェリア姉上に、その、僕と…結婚するのは嫌かどうかと…そう問いかけたところから、です。」
「だああああ!それ、ホント最後だけじゃねーか!全然聞いちゃってねえぞ!うああ!どうしてもっと前から聞いておかねえんだよ!このヘタレ!め、面倒くせぇぇぇーーー!」
「はあ!? 意味が分かりません!ヘタレとは、一体どういう意味のお言葉でしょう!? そっ、や、ーーああ、もう!聞いてほしい話であったのならば、今ここでおっしゃれば宜しいでしょう!?」
「だから!それが面倒くせえってんだよ!!」
「はあああああ!??」
何故、立ち聞きを冒頭からし損ねた事を非難されるのか!こっちは結婚を考えた事もないという言葉をハッキリと聞いてしまい、泣きたくなるくらい落ち込んでいるのに!!
いや、別にこの先の将来、おこがましくも彼女とそうなる事を、自分だとて非現実的で有り得ない事だと諦めてはいた。
ーーまあ、その、夢を見るくらいは、数えきれない程あったけれど。
彼女、ユーフェリア姉上の望みは慎まやかに暮らす事。
間違っても将来の僕の妻、政敵セヴォワの公爵夫人になってくれるわけなどなく、また、未来のエルドラシア女王の座は果てしなく問題外で、王妃の地位だって絶対に願い下げなのだろう。
けれどそんな平穏を望むべく彼女は、実はこのオルストフ国王陛下の次にあらゆる方面から狙われていて、恐ろしく危険な身の上だったりするのだ。
ーーなればこそ、せめて彼女の身は出来うる限りは僕が守りたい。
その為に、姉上には王立学園へ編入学していただいたのだ。
クラスメートとして共有する時間が増えればその分僕の目が届くし、学生という身分ならば他国からの強引な婚姻の申し出も取り敢えず保留にできる。
そしてその間にあらゆるツテと持てうる限りの手札と考えつく全ての策謀を練り、そいつにまんまと別の良縁を押し付けてしまえば問題ない。
ーーは!もしや自分が聞いておかねばならなかった、その立ち聞きの話の内容とは!それ関係の事か!?
「義父上!まさかユーフェリア姉上に、ついに容易に断れないような筋の、強引な縁談の申し込みが!?」
突然、必死な形相で執務机から勢いよく立ち上がった自分に、王はしばし瞠目した後、呆れたように口の端を引き攣らせる。
「アホだ…。実はユーフェと同じくらい聡明な筈の自慢の甥っ子で俺の義息子が、世界一聡明だけど色々とすっぽ抜けてる自慢の姪っ子で俺の義娘の事になると、途端にどアホになっちまうなあ……。あれ?案外こいつら似たもの同士なのか?」
「………は?」
「もういいわ、その話はまた今度な。晩餐の手配もせんといかんし。」
そう疲れたように退去の言葉を口にする王。
結局何が言いたくて彼はわざわざ自分の部屋を訪ねてきたのか?
ああ、フラれたこの僕を、めいいっぱい嘲笑する為だったか。ああ、そうだ、自分はユーフェリア姉上に今日、間違いなくフラれたのだった………
ーーけれど。王は部屋を辞する直前、ふと振り返って最後にとんでもない爆弾発言を落とした。
「あー、そうそう。俺は確かにユーフェに、容易に断れない筋の、強引な縁談の話をしたぞ?」
「え!?」
「まあ、このままだとほぼそいつに決定になっちまうなあ。」
「ーーそ!っその相手は!どこのどいつです!?」
「あはは。いやあ、フレイ、おまえだよ。」
ーーまあ、それに関しての返答が恐らくは? 一度たりとも考えた事もないという、あの返事に繋がるわけだ?
まるで言い聞かせるようにゆっくりと告げたその言葉が。
すでに一撃受けていた僕のこの胸に、再度とどめの大穴を開けた。




