私と寒々しい王家団欒5
どうやら私、ユーフェリアとリュカさんはヒースクリフ王の秘宝の力によって二十年以上前の過去の王宮へ飛ばされてしまったようだ。
そして何故かこの流れでいくと、私はこの当時のエルドラシア王国のトップ、アメリア女王陛下の晩餐の給仕を務めなくてはならないらしい。
あー、うん。意味が分からないよね。それにそんな面倒事、別に引き受けずにどこかに隠れてれば?、と思うよね。
でもね、アメリア女王陛下は血の繋がった私のお婆様にあたる人。若くして退位し、御隠居された現在は遠い地で人知れず慎まやかに暮らしているという話で。
何だか私と通じるものを感じるし、誕生日プレゼントや新年祝いなどの定例の贈り物やお手紙を頂くものの、私は今まで直接お会いした事がないのだ。
ならばせっかくのこの機会。現役時代のお婆様を一目見てみたいと思う。
ーーでもその前に。
お婆様、アメリア女王陛下について頭の中で少し整理してみよう。
先ず、アメリア女王は先代のエルドラシア女王で現在のオルストフ国王と血の繋がりはない。そしてエルドラシア王家の血さえも引いていない。
実は彼女は南方の砂漠国ベリスタス共和国の第一王女として産まれ、政略結婚でこのエルドラシア王国に嫁いで来たのだ。
けれど嫁いだ先々代のエルドラシア国王には既に寵愛を受けた側妃がいて、 しかもこの側妃は今現在も圧倒的な権力を誇っているセヴォワ公爵家の姫君だったのだ。
他国であれど王家の姫であったアメリアはその身分から王妃という地位は得たが、当時の王宮内においてエルドラシア王国の後ろ盾を持たない、しかも育った環境も文化も価値観も異なるよそ者の王妃。その王妃と側妃、2人の王宮内での影響力も権力も、側妃の方が実際は上であったとされる。
そしてアメリア王妃が王との間に産んだのは私の母にあたるクレメイア第一王女、ミュゼット第二王女と女子のみ。
しかしその一方、王の寵愛を受ける側妃が産んだのがオルストフ王子とコルセア王子(※不幸にも5歳で病死)の男子2人。
このエルドラシア王国の法律では、貴族も含めて継承順位は男女のそれよりも血筋が優先される。けれど実際に先々代のエルドラシア国王に跡継ぎの王位継承者第一位へと指名されたのは、王族産まれのアメリア王妃が産んだ王女達ではなく、側妃の産んだオルストフ王子だったのだ。
そんな複雑な王家の家族関係だったわけだが、問題は流行り病による先々代国王とその側妃のあまりにも呆気ない早世。
この時、王子王女達はまだ十歳にもなっていなかった。そして他の王位継承権を持つ成人以上の王族らは政務が全うできないほどの持病持ちだったり随分と高齢だったり。また、いずれかの貴族家の夫人として穏やかに暮らしていたりと、どう見渡しても王に適切で相応しい者はいなかった。
そんな理由でオルストフ王子が成人するまでの期間、という条件付きで中継ぎの王として即位したアメリア女王なのだが…………
「ーー私が、今からそのお婆様の晩餐の給仕を、本当の本っーー当にしてしまっても宜しいのですか? つまみ出されたりしませんか?? 」
「お、お婆様?? むむっ、おっしゃっている意味がよく分かりませんが、もうとにかく一刻も早く食堂へ向かって下さい!いくら女王陛下付きで侍女長でもあるベルマーレさんといえど、いい加減に怒られちゃいますからね!」
本殿宮の厨房へ行くと、執事長のオルウィンさんにキャスター付きのキャビンを押し付けられ、さっさと厨房から追い払われた。
スライド式の引き出しの中には、これからアメリア女王が召し上がる予定の晩餐の料理が収納されている。
サイドのポケット部分には食前酒や高級赤ワインボトルがずらっと並んでいて。いい香りだけど、ちょっと重いよぅ。
「ところでリュカさん。私はベルマーレさんという名に聞き覚えがありません。現在は王宮を退職された方ですか?」
そもそもなんで私がベルマーレさんという見知らぬ赤の他人に見えているんだろう? その本人は今どこに??
というか、それどんな人? と、首を傾げる私にリュカさんが丁寧に答えてくれる。久しぶりに装着したと思われる左目のモノクルがとっても邪魔そうだ。
「ベルマーレ侍女長はアメリア女王がベリスタス共和国から連れてきた腹心の侍女で乳兄弟だそうです。女王への忠誠心が高く、温厚で生真面目。アメリア女王が最も信頼されていた方といえるでしょう。……確かに現在は王宮勤めはされておりません。」
「そうなのですか。ところで話は変わりますがリュカさん、秘宝の使い方をご存知ですか? うっかり大失敗してしまったら、パネルカードのⅨ番の“草の王冠”を使ってトンズラしようかと思いまして。」
恩恵の絶大過ぎるカリスマ効果はもう実証済みだしね!でもホンモノの現役女王様に勝てるかしら?
「ほお!すでにユーフェ様はパネルカードを所有しておられるのですか。使い方など…所有者であれば呼べばいつでもパネルカードが手元に来る筈です。」
「因みに効果を加減する方法は?」
「ううーむ、存じ上げません。」
「…………」
まあ、いいや。
本当に困ったら奥の手で使う事にしよう。
*********
王族専任医師である“御殿医”という役職柄、リュカさんは王宮内のほとんどの場所にフリーパスとなっている。
彼と連れ立って食堂へ辿り着くと、すでに王家の面々はテーブルに着席されているとのこと。親切なドアマンに扉を開けてもらって、重いキャビンを押して入室した途端、ーーーアメリア女王の叱責が飛んできた!
「王子!料理にまだ手を付けてはいけません!クレメイア!相変わらず姿勢が悪いですね、もっと毅然と背筋を伸ばして!ミュゼット!どうして決められた席に座らないのです!貴女の席はもうそこではないと何回も言ってるでしょう!!」
私に、じゃなかった。
まだ幼くあどけない3人の王子王女達への厳しい指導の声。
女王が特に目くじらを立てていたのはプラチナブロンドで翡翠色の瞳、フレイ君によく似た面差しの妖精のように可愛らしい女の子。6歳くらいのミュゼット王女だ。
似ているのも当然だった。彼女はフレイ君のお母様だ。
「…いや。そこ、コルの席。コルが座っている。」
ミュゼット王女は実母である女王のきつい叱責もなんのその。顔も向けずと反発し、そのまま無表情を貫いている。
可愛い反抗期?
目も合わそうとしない末姫その態度に、深いため息をついた女王は更に声を荒げた。
「残念ながらコルセア王子は神に召され、天国へと旅立ってしまったのです。私も非常に心を痛めていますが、もうあれから半年。ミュゼット、彼はもうこの世にはいません。そろそろ貴女もそれを受け入れなさい。」
「それは、分かっている。でもコルがそこに座ってるから。ミューゼは座れない。だからここに座る。仕方ない。」
ーー電波姫だった!!!
いや、もしかして幼くして亡くなったコルセア王子は、本当に成仏されていないのかもしれない……
私と同じ考えに至ったらしい壁にずらりと控え並ぶ使用人一同、そしてテーブルに座る王家の面々も、全員一斉に顔を青ざめさせた!
食堂内は体感的に氷点下まで下がり、見えない猛吹雪きが襲う!
テーブルを彩る豪華で温かい筈の料理は、心なしかお皿ごとカチカチに凍ってしまったよう。いや!幻ではなく本当に凍ってしまったらしい。つれなくフォークをステーキに弾かれたオルストフ王子がキョトンと驚いた顔をする。
因みに悔しいけどこの幼少期のオルストフ王子、文句なしの美少年だ。現在と同じくキラキラの金髪に生き生きと輝く菖蒲色の瞳。その王子様が元気にツッコミを入れる。
「いやいやいや!何だこれ!本当に俺のステーキが凍ってるんだけど!ちょっとクレア姉!また魔力が暴走してないか!?しかも前回よりも威力が上がったぞ!おめでとう!!」
ーーガチャンッ!!
そのフォークでさえ、あまりにも冷た過ぎて手から落としてしまったアメリア女王が、オルストフ王子に続いて叫び声を上げた!
「つ、冷たっ!ーークレメイアあああ!貴女って娘は!こう何回も料理を無駄にしては罰が当たりますよ!」
「ご、ごめんなさいーーーっっっ!!だって怖かったんですもの!ミューゼがコルがそこにいるとか言うから!だから、とっても怖かったんですものおお!ああ!自分の弟なのに怖いだなんて、私はなんて酷い事を!!う、うわあああーーーんっ!!」
料理を凍らせてしまった犯人らしいクレメイア王女は、びゃあびゃあと大泣きしてしまった。
え? 私のお母様って、こういう人……?
「ーーっああ!ちょっとそこのベルマーレ!そこのキャビンの赤ワインも!まさか全部凍ってしまったのかしら!?」
ん? ベルマーレって私か。
アメリア女王が必死な形相で私にお尋ねになられた。
「ええと…はい。残念ですが、ボトルは全滅です。」
「あああーーー……」
アメリア女王、突っ伏しておしまいだ。
お婆様、赤ワインが大好きなんだ。
赤ワインは一度凍らせると香りも風味も格段に落ちてしまうのだ。色も鮮やかなルビー色から淡色に渇変し、濁りが発生する。白ワインならば大した変化はないと言われているんだけど。
「まあ、気弱なクレア姉だから仕方ないか。でも俺、まだ一口しかご飯食べてないんだけど。あっ、ねえ、ベルマーレさん。他に直ぐ出せる料理はないの?」
オルストフ王子、食べ盛りな君は前菜のサラダもムシして一口目からステーキに食い付いてたのか。相変わらずフリーダムな伯父さんだね。ていうか、普通ならメインディッシュは最初からテーブルに出されていない筈なんだけど。
しかし、ううーーーん。
直ぐに出せる王家晩餐用のメニューって。なんて無茶ぶり!
黙して見守っていたリュカさんも肩を竦めている。
「お任せ下さい。直ぐに厨房の料理人に手配させましょう。それまで……そうですね、先に軽くフルーツでもお召し上がり下さいませ。」
テーブルの中央の銀トレに飾りのように置かれている果物。葡萄やチェリーに木苺にブルーベリーをささっと四つの硝子製の取り皿に盛りつけると、女王を始めとする王子王女達に順番に配膳していく。
凍ってても美味しいフローズンフルーツだ。
「あら、まあ!凍った果物もなかなか美味なのねえ。」
「冷たい!でも美味い!でもやっぱ冷てえ!」
「ひぐっ、……う?お、美味しー。」
「美味。うん、満足。」
この世界では珍しい冷感スイーツはお気に召したようで何より。
ところで急ぎの晩餐のメニュー、どうしよう?
うんうんと頭を悩ませながら、私は厨房へと駆け足で戻った。




