私と寒々しい王家団欒1
「ぼく、きゅーたん。このおっきなつのがちゃーむぽいんと。ゆうふぇちゃん、よろしくね!」
手の平サイズの真っ白い男の子が可愛いらしくコテンとお辞儀をした。
愛くるしいアーモンド型の瞳は神秘的に煌めくメタリックシルバー。ほんのりと淡いモスグレーの髪は短めだけど、後ろの一房だけは鬣のように艶やかで長い。頭のてっぺんには針のようにぴんと鋭く伸びた角が生えていて。あれが刺さったらさぞかし痛いだろうなとリアルに想像していると、男の子がニコッと笑った。
あれ? 笑顔がものっっすごく黒いぞ?
「うん。ごめんね、ゆうふぇちゃん。ちょっといたいだけだから。ちくっとするだけだから。あとものこらないし、ね?」
は? ちくっと、て、ーーえええ??
「...ぶっさすよ?」
ひぇえええええええーーーっ!!
可愛いのは見た目だけぇ!?
まさかの毒針装備、一撃必殺系モンスターだった!?
ぶっ刺すよと言われて誰が大人しく刺されるものか!一目散に踵を返してその場から駆け出すと、何故かヒヒーーーン!とそれはそれは大層ご立派ないななきが響き渡る!
ーーゾクッ!、と首筋が震えた。
ダメだ。振り返ってはいけない。これ、見たら即アウト的なヤツだ!
古今東西、鶴の恩返しは言うまでもなく、死んだ妻イザナミを黄泉に迎えに行くも、決して見るなと忠告された後ろの妻の姿をついつい振り返って見てしまった日本神話のイザナギ、同じく冥府へ下ったギリシャ神話の竪琴の名手オルペウスしかり。うっかり見てしまったら絶対にいけない系のヤツだ。私の第六感がそう警告している。全身に粟立つ鳥肌が、ブワリと滲み出てくる嫌ーな脂汗が、後ろの角モンスターっ子が絶対的に危険なヤツだと明確に告げていた。というかあれらのお話って、どうして見ては絶対ダメだとあんなにも忠告されたものを、結局まんまとお約束通りに見てしまうのかなあ!?
ーーん? あ、あれ!?
突然ふと、ルーティンパネルカードのあの草の王冠を思い出す。
後ろから追い掛けてくる“きゅーたん”と名乗る角モンスターっ子が、あれと同じ気配を纏っているような気がしてしょうがない!
なるほど。早速その手のお客様、というわけなのかも。え? 言ってる意味が分からない? まあ、でも想像はつくでしょ?
ルーティンパネルカードの図柄は大きく分けて三種類。
秘宝アイテム系と、
大自然物系と、
あと...。ええと、つまりはーーーーー
「 ーーお待ち下さい! ユーフェリア姉上!」
「え!? フレイ君?ーーはっ、はい!」
ーーあ。 振り返って、 見て、 しまった....
そこには真っ白な一角獣。または、ユニコーンとも呼ばれる聖獣。
してやったり!とメタリックシルバーの瞳を細めた一角獣の“きゅーたん”は、次の瞬間、私めがけて猛突進してきた。
「ひぃ!うっぎゃあああああーーーっ!!」
ーー痛ッ!やっぱそれなりに痛いじゃない!なあーにが“ちくっと”だよ!ていうか、どうして刺す必要が!?意味が分からない!!
ジクジクと痛む額を手で抑えながら“きゅーたん”を睨み付けた。
「てへっ☆しんあい、こうどう?」
「それおかしい!奇蹄目馬科の親愛行動は“噛む”、だから!」
「うん。でも、ゆうふぇちゃん、“かむ”はもうされてたんだもん。」
「え?ーーいや、え、えええっ!??」
いつ!誰に!どこで私が噛まれたと!??
けれど、そこで私の視界は真っ白な光の洪水に飲み込まれる。
ーー悪夢は、そこで終わった、筈だった。
*********
ーーん、ううぅ...すっごく恐い夢、見たよ...
でも夢で良かった。さっきのは全部、夢だったんだ、よね...?
ーーけれど、それよりも、あれ?
私は、何故、寝ていたんだろう?
だって、眠った覚えがない。ううん、それどころか私は確か、王立学園の中央棟にいた筈で。ーーそうだ!魔法学科適性試験の後、ヒースクリフ王のルーティンパネルカードに関する事情徴収があって、アドロス学園長にエフィー先生、そしてエルディ君...に、最後は転位魔法で驚かされて。
そして、その後、ーーーーー
「ーーもう一度、お願い申し上げます。陛下、それをこちらにお渡し頂きたい。」
「いやいや!フレイ、ちょっと落ち着こうか。第一これはもう、ユーフェが主で正当な所有者となったようだ。もしかしなくともお前、これを渡したら即刻破り捨てる気だよなあ!?」
「...オルストフ陛下、お義父上。」
「...うわっ!罰当たりにも本気で王国の秘宝を破棄する気かよ!そもそも手で簡単に破けるような、そんなやわな代物じゃねえぞ?」
「でしょうね。それどころか一瞬で天罰が下されるやもしれません。ですが、それが何か?」
「お、お前なあ...!」
カタコトと揺れる馬車の中で、左右に向かい合って座るフレイ君と国王陛下が何故か一触即発で睨み合っていた。
ーーこれ、どういう状況???
ぼんやりと目線だけを動かして車内を見渡せば、どうやらフレイ君と王様と私の三人だけ。特別仕様なのかコの字型となった三面ある座席のうち、私は扉から向かって正面の座席で、大きめのクッションに頭を乗せて横に寝かされた状態だった。
扉以外の三面が座席となっている所為で窓がない、加えて素人目で見ても普通の馬車よりもはるかに堅牢な造りになっていると思われる。
これは国王陛下専用、というよりも犯罪を犯した貴人更迭用、もしくはお忍びでの視察用の馬車?
というか、う、うわあ...!
私はこの二人の前で無防備な寝顔を晒してしまったの!?
校舎内で倒れた私を王城まで一緒に帰宅させる流れ? それは大変有り難い心遣いだけれど!でもよりによって何故このメンツで!?まあ、形式上は親と弟で家族三人なわけだけど!まあ、なんて寒々しい初の一家団欒風景!そもそもこういう場合、王女殿下を送り届けるのは専属護衛騎士さん達の仕事だと思うんだけど!?
ああ、けれど二人はまだ私が目覚めた事に気が付いていない。
えーと、気まず過ぎなんだけど。ーーどうしよう!?
「ーー申し上げますが、陛下。それがどういうものか自分は詳しくは存じ上げません。けれど貴方が手にされているそのルーティンパネルカードは、決してただのパネルカードではありませんね?」
「詳しくは、か。その言い方から察っするに、聞き分けが良くて甲斐性なしのフレイ、お前は独自である程度の情報を入手していたようだな。まあ、あのリュカが専属侍医で、更にはギュンスターの小倅とはお友達だし?」
「いいえ。リュカもエルディも頑固で口が固い。貴方と彼らがひた隠しにしていた王国の秘宝の事ならば、偶然別のルートから知りました。そして今の状況から分析するに、どうやらユーフェリア姉上のお気持ちを無視されて、あまつさえ人前でお倒れになるまでの精神的負荷を負わせたこの事態、自分が怒りを感じていないとでもお思いか?」
え? フレイ君が...私の為に怒ってくれている...!?
「うっ、まあ、俺だとて、そのっ、ユーフェが倒れたと聞いて、とても平常ではいられなかったぞ。だからこうして俊敏に駆け付けて来ただろう?」
「駆け付けて...ですか。そもそも本日、陛下は何故王立学園にいらっしゃったのでしょうか? いえ、仮にも王国が出資して運営が成り立っている教育機関ですから、貴方が始業式に視察されていても何らおかしな事ではないのでしょうが。けれど、まるでこうなる事があらかじめ分かっていらしたように、場所も時間もピッタリとタイミング良く。」
「おい!馬鹿言えっ!仮にも娘が倒れるってあらかじめ分かってて、それで何食わぬ顔でのこのことそこへ現れるほど、俺はひとでなしでも薄情な父親でもない!」
「その発言には説得力がありません。...娘とおっしゃいますが、自分も含めてあくまで形式上で義理の一家、でしかない筈です。陛下はこの自分やユーフェリア姉上よりも、真っ先に優先すべき大事なものがお有りなのでしょう?」
「っ!ーーフレイ!!」
あ。ちょ、ちょっと待って。
ーー何か、コレ、ヤバい気がする。聞いちゃいけない気が...って!今度は聞いちゃったらいけない系ですか!?
「自分の、このスキルがはっきりと告げているのです。そのルーティンパネルカードに、ユーフェリア姉上を関わらせてはいけないと。勿論、陛下はご存じでいらっしゃっいますね? 生れつき持った自分の、この、 」
「あわわわわっ!!聞いてない!聞いてない!聞いてないったら聞いてません!私の耳は!何も!全然聞こえていません!これっぽっちも聞いちゃってませんからねーーーっ!!」
「「えっ!??」」
両手で両耳を塞いでガバッ!と跳ね起きた!
突然の私の奇行に、二人はビクリと反射的に身構え、そのまま目を大きく見開いた状態で固まってしまった!
あ、やっぱ叔父と甥だからなのか、そんな表情がどこかかしら似ている。というより、案外実の親子よりも中身がそっくりかも!?
ーーなんてのんきに考えてる場合じゃない!
「ええと!重ねて申し上げますけれど!私は、たった今、こうして目を醒ましたばかりでございますわ!ーーま、まあまあ!もしかしますと私、情けなくも人様の前で昏倒する、などという淑女ならぬ醜態を晒した上に、どうやらお二人には大変なご面倒をおかけしてしまったようですわね!?」
精一杯の作り笑顔を張り付けて、何とかこの場を乗り切れそうな発言を並べ立ててみた。
うん!無意味でムダな悪あがきだと分かっているけどね!
先に覚醒したのはフレイ君の方だった。
座席から滑り落ちるように足元に片膝を突くと、下から私を見上げる。
手はいつの間にか包み込まれるように握られていて。
「ユーフェリア姉上、お加減は如何ですか? 昏倒された際、咄嗟に抱き止めましたので頭は打っていませんが、吐き気や痛むところなどはありませんか?」
「え、えええ!? フ、フフフフレイ君、ーーあ、いえ!フレイ殿下が私を!?ーーうああ、有難うで、ございます。だ、...大丈夫、です、ええ、はい!」
何だ!この体勢とシチュエーションは!?
でも恥ずかしいからって恩人の手を無下に振り払えない!そして絶対真っ赤になってるであろうこの顔も隠せやしないし!い、いやあああっ!どうして手を握られただけで、こんなに心臓が破裂しそうなくらいバクバクするの!??
「ーーあのな、フレイ。お前はユーフェを再び昏倒させるつもりか。ほれ、いいから取り敢えず離れろ。」
呆れた声で王様がやや強引にフレイ君を私から引き剥がした。




