うちと愛しの足長おじ様
うちの名前は小豆澤雛。
でもこれは以前の、前世での名前で今はかなり地球の日本とは違うファンタジーな世界で、それはもうまるでお姫様のような扱いを受けて暮らしているんだ。
僅か数回だけ、特に夏の避暑地目的で使われているごく囁かな別宅、と皆さんは言うけど...うちからすればどう見ても桁外れの最高級住宅地、いや、もっと率直に言えば絢爛豪華なセレブ邸に住まわせてもらっている。
海外のイタリアやフランスなどに駐在する領事館っぽい建物に立派な噴水池や薔薇のアーチが見える美しい庭園。室内のシャンデリアや燭台はどう見ても純金で、サファイアやルビーなどの天然石が嵌め込まれたロココ調の美麗な装飾の鏡台やローチェアはもはや美術品レベル、極めつけの天蓋付きベッドには、総シルクのベッドカバーがウエディングドレスの裾のように美しく繊細なドレープを描いていて。そのどれもが熟練の使用人さん達の手によって丁寧に磨かれ手入れされ、常に最高の状態を維持されている。
このお屋敷は一体どれだけの数の使用人を雇ってて、どれだけ膨大な人件費と維持費がかかっているのか。ついそんな事ばかりが気になってしまうのは、やっぱ前世が狭くてラフな居住空間暮らしの日本人だったからだと思う。
ーーなのですみませんがどうかうちに言わせて下さい。
こだわりの庭師さん、伝統の家具職人さん、芸術家並の刺繍職人に神技の縫製職人さん、そして何よりも真面目で根気強ーーい世話人の皆様方!ーーそこに住んでるのがよりによってこーーっんなド庶民のうちなんかで!心の底から申し訳ありません!そんでハッキリ言わせてもらいますが、キラキラが物理的にも精神的にもメガオーバーで、ちぃーーーっとも寛げません!四畳半のうさぎ小屋サイズだった前世でのうちの部屋がとーーーっても恋しいです!うああー!手を伸ばせば何でも必要なものには手が届き、寝っころがってゲームしながらポテチを食べる幸せを!うちはもう一度味わいたい!
ーー朝食を終えた後、正直わりと切羽詰まってる居住環境事情を真剣に悩んでいたら、ベルマーレさんがノックと共に部屋に入ってきた。
このベルマーレさんは甲斐甲斐しくうちの世話をしてくれる侍女さん。
素性不明でどう見ても厄介な身の上のうちなんかに、とっーても優しくしてくれる人なんだ。歳はたぶん五十歳前後。そのベルマーレさんは、うちの手前まで歩を進めると両手を前で軽く組み、そこでこちらに向かってお辞儀した。
「ご機嫌ようございます。ヴィーナ様。実は昨日の夜遅くにお館様がいらっしゃっております。良ければ今から朝食をご一緒したいと仰せでございますが、お会いになられますか?」
「えっ...!足長おじ様が!?ーーあ、はい!もちろんお会いします!え、えとベルマーレさん、この衣装で構いませんか? 他の服に着替え直した方がいいでしょうか??」
「どちらでも構いませんよ。お館様は儀礼や形式を余り気になさるお方ではございません。御髪はお食事の邪魔にならぬよう、軽く整えましょうか?」
「はい!ではあの、できれば可愛いカンジでお願いします!」
お館様と聞いて思わず大きく胸が弾む。
ある日たまたま、馬車で通りかかった森で倒れていた謎の少女のうちを、これも何かの縁と自ら所有する別宅で保護してくれているお優しい貴族のおじ様。
記憶喪失で、けれどおそらく天涯孤独の孤児で間違いないと思われるようなうちなんかを、こんなお姫様のような待遇で養ってくれるのだ。更にその上は、将来の為にと王国内最高峰の教育機関、王立学園へうちを無償で入学させてくれると言うのだから、もはやお人よしの慈善家を軽く飛び越して酔狂人。つまり、お館様はうちのとぉーっても素敵な足長おじ様ってわけ。
あはは。まー、うん、普通に聞けばこれってすっごく奇しい人だよね。
記憶喪失である不憫なうちを孤児院へただ押し込むのが後ろめたいのだとしても、それならばこの別宅の下働きとしてでも雇えばいいわけで。見知らぬ身元不明、正体不明の少女をこんなお姫様待遇する理由なんかどこにもこれっぽっちもない。
単純に少女性変態嗜好趣味か実は非合法な人身売買目的か、はたまた恩をたっぷりと売ったところで政略の駒にでも使う気なのか。
ーーでもね、うちは知ってるんだ。
この足長おじ様は、とある目的の為に光属性の魔力を持つ者をずっと探していたワケありキャラクター、なんだってこと。
この世界では、千人、万人に一人しか存在しないと言われる珍しい光属性のうちを絶対手放したくないって思ってる。だってそれがヒースクリフ王のルーティンパネルカードを集めるのに必要な力だから。だからうちを大事に保護してくれる、そういうゲームの基本初期設定なんだからね。
ーーさあ!ヒロインの大事な親代わりで後見人、うちの愛しの足長おじ様に会いに行きましょう!
ーー・ーー・ーー・ーー
「おはようございます!ーーあ、お待たせしてごめんなさい。」
「いや。ヴィーナ、おはよう。身体の調子はどうかな? この別邸の冬の夜はなかなか冷え込む。薪や防寒具は十分足りているだろうか? 世話人のベルマーレ、彼女には遠慮せずと何でも言い付けるがいい。...その方が彼女も喜ぶだろうからな。」
足長おじ様はすでにダイニングテーブルに座ってうちを待っていた。
二十人は余裕で座れそうなムダに大きなダイニングテーブル。貴族の習慣では、普通は一番遠い端と端で座るものらしいけれど、足長おじ様は角を挟んだ一番近くの席にいつもうちを座らせる。ちょうど足長おじ様の端正な右顔が見える位置。
ハリウッド映画に登場するハードアクション系青年ヒーローそのもののような、見惚れるほど逞しい身体の長身金髪美丈夫。ちょっとした荒事くらい軽く乗りきってきたと思わせる力強く堂々とした眼差しは、 きっと異性を虜にする特殊なホルモンでも出てるんじゃないのかと突っ込みたくなるような魅惑的な濃いラベンダー。
年齢は三十を越えているらしいが、そこがまた何とも渋いっ...!
「ヤバい...うち、いい加減マヂで倒れそう!ああ!できればお面か兜でも装備しててほしい...!」
「は? 兜?」
アホみたいな独り言をしっかり聞かれていた。
でも声に出してはいなかった筈だから...うちの唇の動きを読んだ?
そして何でだか、口の端を思いっきり引きつらせていた。足長おじ様、兜、苦手なんだろうか??
「いいえ。何でもないんです。...ええと、うち、あ!いえ、私は寒い環境には慣れているみたいです。軽くストレッチでもして温まってからベッドに入れば直ぐに眠れちゃうので、ご心配には及びませんよ?」
前世は北海道生まれの北海道育ちだ。
ゴキブリとも滅多にエンカウントせず、スギ花粉を飛散させるスギの木自体がほとんど育たない、更に歩いてるだけで髪も睫毛もパキンと凍ってしまう極寒地。
だからこんな寒さはへでもない。
「寒い環境に慣れている? いや、そんな筈は..... 」
「おじ様? あの...?」
フォークを持ったまま、真剣な顔をして小首を傾けている。
そんな仕草もめちゃキュンキュンきます!なんてことだ!一応言っておきますが、うちは別に年上趣味ってわけではありません!この足長おじ様があんまりにもイケメン過ぎるんです!そしてお貴族様なのに気さくで親しみやすい性格のお方なんです。
「あ、いや、何でもない。どうでもいい事だな。ところでヴィーナ、この後遠乗りに行かないか? まだ実は生っていないんだが、君の好きな草苺の花が咲き始めていたんだ。」
「草苺!? わあ!是非見たいです!......あれ? 私、草苺の花が好きって、おじ様に言ったことがありました?」
「ああ。聞いた事がある。......やはり、君は憶えていないんだな...」
ポツリと口零したおじ様は、少し悲しい目をしていた。
最後の方がちょっと聞き取れなかったけど。でもどうか安心して下さい!愛しのイチ押しキャラのおじ様の願いを!このうちが絶対にバッチリ叶えて上げちゃいますからね!
ーーそんなルートはないけど!目指せ!足長おじ様エンド!!




