私とエルドラシア王家の呪い2
ーー引き続き、アドロス学園長はエルドラシア王家に掛けられた呪いについて語り続けた。私の心境は場違いにも一瞬別の事で一杯になったけど、頭を振って意識を彼の話へと集中させる。
「そもそも“子が産まれない”、というエルドラシア王家に掛けられた呪いは、我らが推測するに恐らく今より十年ほど前の筈じゃ。つまり、今年で14歳となられるフレイ王子殿下のご誕生が最後、という事になるの。現在そのゼヴォワ公爵家にも、ユーフェリア王女殿下のご生家であるレストワール公爵家にも、そのような兆しは一切ないと思われる。」
オルヴィナ王妃が身罷られたのは私が3歳の時。
直接お会いする機会もなかったけど、お世継ぎに恵まれない事を病になるほど気に病まれていたとはお気の毒に。そして自分が将来結婚してもオルヴィナ王妃同様にその呪いの所為で子ができないだろう、という話はかなりショックだった。
けれど、アドロス学園長の少し的外れな指摘に思わず苦笑する。
「いいえ。呪いの存在があってもなくても、私には弟や妹は絶対にできないと思いますわ。腹違いの、なら別ですけれど。」
「む? ユーフェリア王女殿下よ、それはレストワール公爵夫妻が不仲であると言いたいのかの?...はて?当学園に在籍していた頃、既に婚約関係にあったそなたのご両親は、確かそれはそれは良好な関係を築いておった筈、じゃぞい...?」
「ねえ、話が横道に逸れてない? そもそも余所の家庭の事情なんてどうでもいいし今は関係ないし!」
「むむむ? 元クレメイア王女殿下といえば確か...」
エルディ君が話の脱線に苛立った声を上げるも、アドロス学園長は顎に手を添えて真剣に唸り始めた。母が王立学園に通っていた頃は今のように父上と不仲ではなかった? 婚約者と良好な関係を築いていた?
ーーいや、それはちょっと信じられない。
レストワール公爵夫人であるクレメイア、つまりオルストフ国王陛下の姉であり、エルドラシア王国元第一王女であった母は、もう随分前から公爵家敷地内の別邸に移り住んでしまっていて、公爵家当主の父上とは完全に別居状態だ。夫婦の関係など聞くまでもなく最悪、この先あの二人の間に子供が産まれる筈がない。最低限の義務として産んだ娘の私に対しても無関心で全て侍女や家令任せ、育児や教育方針に口出しした事もない。体裁を装う為の、母親らしき言葉すら掛けられた記憶が私には皆無なのだ。
だから私は昔からレストワールの総領姫と呼ばれてきた。仮にもしも、この先父上が妾を作って男子を産ませたとしても、王家の血統である私よりは絶対的に格下となってしまうのだ。この王国の後継問題に関する法律では女子であろうと血筋が最優先。王族筋である私、もしくは私の伴侶となる夫がレストワール公爵家を継ぐ事となる。私がレストワール公爵家以上の家格の家に嫁入りすれば話は別だけど、現在それに該当するのはセヴォワ公爵家のみ。うん、有り得ない。
「ユーフェリア嬢、お話を続けさせてもらって宜しいでしょうか?ーー呪いに関して幾つか判明している事を申し上げたいのですが、そもそもこの呪いをかけた張本人は、」
「いえ!その先は結構です!」
聞いてしまってはもう容易に後戻りできないであろう機密情報(今までのお話も相当な機密情報だったけど!)を、話し始めたエフィー先生に私は待ったをかけた。
ーーま・だ・観・念・し・な・い・の・か!!
と、応接室で対峙する3人の顔に揃って書いてあるように見えるのは決して勘違いなんかではない気がする。うん、絶対に。
そしてにじり寄る包囲網.....!
「なるほどの!その先をお教えするまでもなく!王女殿下は呪いの黒幕について目星が付いたとおっしゃる!やはり神に選ばれたお方ですのぉ!」
「まあなんと!流石は“高貴なる知の姫君”ですね!他事で恐縮なのですが、実は私、王女殿下がプロデュースされた王都の果実ベリー専門店や香草美容茶店、あの猫ちゃま天国の幸せ猫カフェ店の大ファンなのです!そんな素晴らしいアイデアをお持ちの貴女様ならば!この陰湿で恐ろしい呪いもきっと、その類い稀な賢知にて颯爽と解決されてしまわれる事でしょう!」
「僕だってホントは面倒臭いんだけど!どうしても首を立てに振らないってんなら、この先ユーフェリア嬢に会う度に貴方の思考を読み上げよっか?」
全員一致団結しての、黒い笑顔での圧力を浴びせられた。
ーー学園長、黒幕など分かりません。白旗なら上げたいんですけど。
ーーエフィー先生、あれらのお店のファンだったんですか有難うございます!でも商才と呪いを解く才能は別ものです!そしてその恥ずかしい二つ名でだけは呼ばないで下さい!
ーーそしてエルディ君!君もやっぱ面倒臭いんだ!そしてそんな嫌がらせは自分にもダメージ大きいよ!
「は? なんで僕にダメージ?」
「こうして心を読まれると分かっているのなら、私だって相応の対策を取らせてもらうから!この先エルディ君に会う度に、般若心経とか聖書正典とか漢詩とか儒教の教えとか!特殊相対性理論とかアリストテレスの四原因説とか光速度不変の法則とか確率論における大数の法則などの学説を!君が理解するまで懇切丁寧に私の持論を交えてご教授して差し上げます!」
「はああ!? 何言ってるか一つも意味が分からない!けれど一つも理解するのに容赦なさそうってのは何となく分かる!ホント、腹立つくらい頭いいらしいね!」
「とにかく!せめて考えるお時間を私に下さいませ!ええと!今日はこの辺で失礼しますわっ!」
「な!? こ、これ!王女殿下っ!」
「お待ち下さい!ユーフェリア嬢っっ!」
椅子を倒す勢いで立ち上がり、全速力で応接室から逃げ出した!
淑女の振る舞いとは程遠いそれに、けれどなり振り構ってなどいられない!もう何度も言ってるが、私の野望は穏便に片田舎で隠居!そんな大役引き受けたらその真逆の女王ルートまっしぐらじゃないか!でもかといってこんな大災厄を無視して放っておくのもちょっとなあーー!今は情報処理に頭が追い付かないし、取り敢えずここは一度帰ってしっかり考えたい!
ーーしかし私は魔法のエキスパートをナメていた。
小走りで昇降口を目指す私の前方の空間に、突然電波障害のノイズのような乱れが発生すると、なんとそこにエルディ君が現れたのだ!
「ちょっと待って!ユーフェ嬢!これだけは言わっーーー」
「ひっ!ーーきゃあああっっ!!」
ーーて、転位魔法!!
魔法が普通に存在する世界といえど、今までこんな高レベルの魔法をしかもこんな間近で見た経験はなかった!びっくりしてつい甲高い悲鳴が口から飛び出してしまう!
「あっ」、という顔をしたエルディ君が咄嗟に身構えるも、次の瞬間バチッ!と不快な音と共に彼は大きく後ろへと弾かれた!
「え? えええっ!??」
「わ!ーーと。“守りの加護”!? ていうか凄い威力!」
いつの間にか私の左手の小指からキラキラと光る不思議なエフェクトが発生していた!ーーこ、これにエルディ君が弾かれた!?いやいや!どうしてこんなものが!勝手に私の小指から出てるのっーーー!?
小指とエルディ君を交互に見て呆然と固まっていたら、そこにタイミング良くこの術の仕掛け人が登場した。や、やっと来てくれた...!
「そのキラキラは以前僕がルーティン勝負で貴女にお掛けした守りの魔法です。ユーフェリア姉上、遅いのでご心配で迎えに来てしまいました。」
そこで彼はワントーン声を低くした。怒っているような、そんな冷ややかな視線と共に。
「ーーエルディ、姉上に何をしている?」
フレイ君が私をエルディ君から守るように前に立った。
そしてその直前に私に向けた顔は、本当に心配していたという感情が滲み出ていて。誤解とはいえ、自分の友人から無条件で私を庇ってくれるその姿勢に、肩の力が自然に抜けるのを感じた。
「!!、ーーユーフェリア姉上!!」
グラリと視界が暗転した。
自分でも知らぬうちに限界に達していたらしい。だって、色々有りすぎで、もう勘弁してほしい。お願いだからちょっと、休ま、せ...
ふわふわと意識を完全に手放す直前、崩れ落ちる私を温かいものが包み込む。
ーーああ、これ、凄く気持ちい、 い、な....
「えっ...!?」
「はああああ!??」
なんか...騒がし、い、 ど、 ま、いっ.....
*********
もう時刻は夕刻。
茜色に染まる王立学園の中庭を、さくらんぼ色の髪の少女が立っていた。
「おかしい、出会いイベントが発生しないなんて……」
困り果てたように夕日を見つめて彼女はそう呟く。
まるで誰かがここを訪れる筈だったと、自分と出会う予定だったと。そう言わんばかりに眉を寄せて不満顔をしていた。
「ここでヒロインが王子様と偶然出会い、ヒースクリフ王のルーティンパネルカードを彼が落としていく、という重要なスタートイベントなのに……何で?何で発生しなの?これではシナリオがめちゃくちゃ……!」
そもそもと、始業式の今日一日の事を思い返してみれば、回りの全てが異常でおかしかった。
先ず、王子様を始めとする攻略対象者達が、有り得ない事にユーフェリア嬢と仲良く登校して学園中の大注目を浴びていた。というか、王子様とユーフェリア嬢がラブラブだった。意味が分からない。その王子様だっておかしい。彼は顔が似てるけど全く違うキャラなのだ。ユーフェリア嬢にしたって公爵令嬢の設定が、何故か国王陛下の養女になっていて王女殿下の身分だし。しかもおおよそいい噂しか聞かない。それに彼女には確か、別の婚約者がいた筈で。シナリオによって変わるけど、それは、ーーー
そこまで考えて、ああ!と彼女は気付いた。
「まさか逆転もの!?」
ゲーム記憶を持って悪役令嬢として産まれてしまった主人公が、幼少期にその記憶を取り戻して破滅の未来を恐怖し、本来の傲慢で非道な性格を改めて周囲に優しく謙虚に振る舞い、基礎となるイベントフラグを片っ端から叩き折って回避していくっていう、あのヒロイン×悪役令嬢逆転ストーリーになっちゃってる……?
「まあそれはそれでいいけど!でもでも!カード集めが……!」
「君、こんな場所でどうしたのかな?」
「ーーえ!」
立ち尽くす私の耳に、優しい男性の声が響いた。
どこかで聞いた事のある声で、何故かとても懐かしい。心配気に私の方へと歩いて来たのは、鍛え抜かれた凛々しい体躯に堂々とした立ち姿のーーー
ーー風避け兜を被った、年若い騎士様だった。




