私とフレイ君の内緒話
後半は第10話「私と理不尽な再戦勝負」
の続きとなっています。
色々と話が前後していてすみません。
王立学園の春休みは3月~4月いっぱいまでと長い。
春は国王陛下のご生誕パーティーやらお花見主体のお茶会など、王都の貴族らは社交で大忙しになる。なので入学式も新学期も春半ばの5月スタート。
私は侍女のメイリーが用意した王立学園の藍色のブレザーを羽織り、鏡の前でクルッと一周回ってみた。
うん。プリーツスカートが膝下って超レトロだ...
でも西洋風な顔立ちにはこの丈は合ってると思うし、貴族女子がナマ足晒しちゃあさすがにNGだしね。
ブレザーの中は白の長袖ブラウスに襟元は紫色のリボン。このリボンの色は身分階級よって区別されていて、王族はこの紫色なのだ。
「まあ!良くお似合いです。明日からいよいよ王立学園の生徒になられるのですね。ユーフェリア様は学園には通われないと思っておりましたので、とても不思議な気分ですわ。」
「有難う、メイリー。うーん、でも編入学なのよ? 一年生をスキップで、それで授業に付いていけるのかしら?」
「大丈夫です。一年生のカリキュラムの大半は全学科共通の基本教育です。読み書きや四則演算に貴族のマナーやエルドラシア王国の歴史や地理など。教鞭すら可能レベルのユーフェリア様には無用のカリキュラムです。フレイ殿下も基本教育は免除されて、去年は政治学科のニ年生からスタートされたようですし、むしろユーフェリア様も編入学でちょうど宜しいかと。(...同じクラスになりたいフレイ殿下がそう学園長を説得したとか何とか...)」
「けれどフレイ君は、その政治学科をたったの一年で全過程履修したと聞くわ。それに今の魔法師学科はあの天才児エルディ君もいるし、全体的にレベルが高いそうよ。私は魔法を学ぶのは未経験だし、取り敢えず支給された教材の内容は全て頭に入れておいたけど.... 」
「きょ、教材全て!? ま、まあ。ご冗談を(...マ、マジか...!)」
私の執務机の上には魔法師学科の教材が山と積まれている。魔法の基礎から応用までの教材本がおよそ20冊。
本当に魔法が本格的に学べる日が来るとは思わなかった。
このエルドラシア王国では、貴族女子に魔法は不要とされている。下手に身につければかえって危険とされ、教科書や専門書も王国が認可した教育機関や特別な施設などでしか手に入れる事ができない。そして独学で魔法を修得するにはよっぽどの魔法の才能と高い魔力がなければ不可能とされている。
だから私は魔法が使えるけど、実用レベルにはほど遠い。
ああ、いよいよ明日から初登校!王立学園に編入学する事になったいきさつはどうあれ、やっぱり魔法を学べるのは楽しみ...!
「えー、ところでユーフェリア様。男子はリボンタイですけれど、その紫色のリボン、フレイ殿下とお揃いになってしまいますね。最近はそれはもう何かと噂となっておりますし。くれぐれも節度を守ったお付き合いを、どうかお心掛け下さいませね。」
「......あ、う、はい。」
わくわく気分から一転、後ろめたい感情が胸いっぱいに押し寄せてきた。
実のお姉さんも同然な、この私の一番大好きなメイリーを騙している現在の状況はとても心苦しくって...!
うん。そうなのだ。
『私とフレイ君はどうやら秘密の恋仲らしい』
実は今、そういう噂が立っていた。
あのカードゲームのルーティン勝負で負けた私は、フレイ君のお願い通りにこうして王立学園に編入学する事となった。
けれどその勝負後には、お互いに膝を突き合わせて本音で話し合う、という機会が設けられて。ーーー
*********
「ついに捕まってしまったんですか!だがまだ可能なら逃げて下さい!」
「おおお邪魔様!でも前回以上のマーキングはダメだからね!」
アルバート君とエルディ君が意味のよく分からない捨て台詞を吐いて立ち去っていった。逃げてって、どっちが?マーキングって何?
有り得ないほど間近まで私に迫っているフレイ君は、あの友人達に向けて今、とんでもない大嘘を口にしたぞぉ...?
ーー場面は一ヶ月前に遡る。
私の王立学園編入学を賭けて挑まれたルーティン再戦勝負。
フレイ君がイカサマを使ったのだとしても、それをゲーム中に見破れなかった私の負けだ。なので彼のお願いを叶えなくてはならないのだけど...
「私とフレイ君がクラスメートとして王立学園に通う事となれば、レストワールとセヴォワの派閥争いは今まで以上に激化してしまう。だから、その...フレイ君とはせめて別の学科にしてもらえない?」
もう私の庶民的な本性はフレイ君にはバレてしまっている。
だからありのままの素の自分で話す事にした。勿論、こうして二人っきりの時だけね。
「僕は姉上、そうやって互いを避ける事が良策とは思いません。姉上が別の学科であろうと、例え春から王立学園に通われなくとも、王権争いは将来どうあっても避けようのない問題なのです。それこそ、あの国王陛下が再婚されて後継者でも誕生しない限り。ーーそしてもっと、別の重大な問題でも発生しない限りは。それに比べれば、今の嫌がらせ程度の派閥争いなど取るに足らないものなのです。」
「え? 王様の再婚云々はともかく、“もっと別の重大な問題”って、それは何!? 」
私の問いに、けれどフレイ君は応えてはくれない。
「そうならないよう、現在全力で最善を尽くしてはいます。その問題回避も含めて、ユーフェリア姉上には王立学園に在籍してもらう方が都合が良いのです。そしてその間は僕が相手ではお嫌でしょうが、恋仲という事にしておいた方がお互いの利害が一致するのです。」
利害の一致...それを聞いて私は拍子抜けした。
先ほどのルーティン勝負中に、何だかフレイ君に本気で迫られていたような気がして...だ、だって、その!左手の小指にキスはしてくるし!み、耳元で囁くし!
ん?ーー“耳元”でふと、何かとんでもなく重要な記憶を思い出しかけ...ああ。けど、今はそれどころじゃないか。
「ええと。利害の一致って、具体的にはどんな?」
「そうですね。まず第一に、こういった風にお互いの意見交換や情報の共有が可能となります。家同士が犬猿の仲とはいえ、僕と姉上同士は実際には不仲でも嫌い合っているわけでもありません。...それとも、姉上は僕の事がお嫌いでしょうか?」
「え!? ううん。嫌いだなんて、全然思ってないよ。ええと、フレイ君の事は、とてもいい子だなって思ってる。年下なのに凄く考え方もしっかりしてて有能で、でも偉ぶったところもないし...」
褒めているのに何故か表情が曇っていくフレイ君。
うーん、この際だから、もっと本音を言っておこうか。
「あのね。ーーあの時、軍馬の熱病騒動の時に私の意見をすんなり受け入れてくれたでしょう? それ以外でも、いつも決め付けや身分とかそういう固定観念なしで相手を見て、きちんと人の話を聞いてくれる。フレイ君のそういう点、私は好きだなっ!」
あれ? 今度はなんで口元を押さえてそっぽを向いちゃうの?
あ。照れたの。そ、そう...。
「ーーっ、次にはっきり申し上げますと、王権争いの現在の状況はレストワールはセヴォワにかなり劣勢です。そうですね?」
「あー、うん。そうだね。劣勢だったからこそ、私はゲームでフレイ君に勝負を挑んで、上手くバランスを取っていたんだよ。知能と記憶力重視のゲームは負けないから、私が勝つ事で劣勢によるレストワール派閥の不満感情を、ある程度は解消させる事に成功していた。でもこの作戦はフレイ君には見透かされていたのよね...」
それで恥ずかしくなって勝負を逃げ出し、引き込もっていたわけで。
「はい。ですから今後もバランスを取る為に、僕がユーフェリア姉上に恋していて、姉上の言いなりになっているというフリをしませんか? そうする事で、引き続きレストワール派閥の不満を抑える事が可能になります。」
「ええっ!?」
フレイ君が私に恋しているフリ!?
「姉上と僕のどちらかが次代の後継者に選ばれるまで、まだ数年はあるのです。その間、極力争い事を避けたいのは、この僕も同じ。これがお互いの利害の一致となるわけです。」
「............」
二人の間にしばし沈黙が訪れた。
ここはきっと、大事な選択肢だ。
王立学園編入学をあくまで断固拒否する?
恋仲のフリをしようという、この提案を受け入れる?
それで本当に上手くいくんだろうか?
「ーーフレイ君。その前に一つ、どうか聞かせて。私は包み隠さずに言うと、女王になるつもりは微塵もない。フレイ君は? このエルドラシア王国の王様になりたい?」
ピンと張り詰めたような緊張感が二人を支配する。
お互いの背筋が自然と伸び、今あるのは真摯に相手に向き合う感情のみ。望むと望まずと、生まれながらに公爵家の重圧を背負い立つ、私とフレイ君の二人にはある共通の想いがある。
あの熱病騒動にお互い自らが赴いたのがその何よりもの証拠で。
私達はきっと、その点においては同じなのだ。
「僕は...いいえ。ーーユーフェリア、俺はこのエルドラシア王国が好きだ。だから、王になろうとなるまいと王国の為に生涯最善を尽くし続けるだろう。だから正直、王冠はどちらが手にしても構わないと思っている。それは貴女が例え望まずと女王になっても、この王国を安心して任せられる人だと信じているからだ。」
「.....あ、は、はい!」
あれ...ユーフェリアって、呼び捨てだ...
しかも口調が、友人のあの彼らに向ける本来の話し方で。
「ーーけれど、それと同時に大事に想う人がいる。その人は将来きっととても危険な立場に置かれる。それこそ、場合によっては自らの命さえ自身で落としかねないような、とても危なっかしい身の上の人で。」
「へ!?...フレイ君が、大事に想う...人。」
「はい。だから王になりたいかという姉上の問いには、僕はその人次第だと答えざるを得ません。」
ーー実は、いい加減でしょう?...と。
そう自重するように口にしたフレイ君は、もう元の口調に戻っていて。
何故か、それに。私は酷く残念な気持ちになった。
でも。彼の提案に乗ってあげよう、ーーううん。どうしようなく、乗ってあげたくなってしまった。




