私という仮の王女の受難2
「ユーフェ、いきなりで悪いが今すぐ人払いをしろ。おまえに急ぎの報告事項と、引き合わせたい者達がいる。」
その人は仮にも王女の身分である私の入室許可も待たず、乱暴なノックのみで突然私の居室に押し入ってきた。
ーーいや。この人が立ち入れぬ場所などこの王城内にある筈もなく。こんな抜き打ちのような無作法な訪問に正直イラッときても、この王国の最高権力者相手では文句の一つも言えやしない。
取り敢えず今の2回ノックは、正式にはトイレノックだという一般常識マナーを教えて差し上げたい。勿論入ってます。
「オルストフ国王へい」「お父さんと呼べ。もしくはパパ!」
「嫌です。ご機嫌よう、お義父様。ーーメイリー、下がって。」
「...い、嫌って...何か義理の文字が見えた気がするし...」
情けない顔で何やらぶつぶつ言う王様。人払いといっても私の居室には基本的に侍女のメイリー1人だけ。先日警備応援を要請した騎士団からは、扉の外と回廊にそれぞれ複数名の騎士を配備してもらっている。彼らはどうすべきかと、そちらへ視線を向けると、
「勝手ながらここの騎士団の奴らはすでに残らず全員下げた。最優先命令権はこの俺にあるからな。ああ、警備の面は心配せんでいい。それ以上の手の者らできっちり固めてある。」
え? 騎士団の騎士様以上の手の者って、何?
そこまで徹底した人払いが必要な、しかも王様が自ら出向いての報告事項...うわあ、できれば全力で拒否りたい!
ーーけれど現実はそうもいかず。
「単刀直入に本題に入るぞ。昨日の夕刻、セヴォワ陣営のキットソンの小せがれが襲われた事件は知っているな? その件でちょっとな。ーーおい!全員こちらへ連れて来い!」
キットソンの小せがれって、アルバート君の事だ。
とある情報筋から聞いた話では、王宮からの帰宅途中に彼が暴漢に襲われ、酷い大怪我を負ったらしいとの事。昨日の夜半過ぎまでフレイ君の居室辺りが異常に騒がしかったから、恐らくガセではないと思う。その事件が私と一体何の関係が?
ーーけれど、残念な事に関係は大ありで。
王様の指示で私の居室を占拠せんとばかりにやって来たのは、全身黒装束に包まれた国の特殊隠密部隊、“影の者”。その者らは物音一つ立てる事なく、ガチガチに震える顔面蒼白の3名の少年達をこの場に連行して、そしてすぐにまたその姿を掻き消した。
ーーその気の毒な少年達は、私もよく見知った貴族子息達で。
ロゼルバイジャン候爵子息アーネスト。
ノベルスター候爵子息ギリアン。
ボルドー伯爵子息パーシヴァル。
いずれもレストワール派閥の傘下に組する貴族家のご子息で、それぞれ私より3~4歳年上。苦労知らずの俺様坊ちゃんタイプのアーネストがリーダー的存在で、他の2人は彼の取り巻きといった典型的な貴族グループ。レストワール公爵家と政治的結び付きが深く、そういった関連で幼少期の頃から頻繁に会う機会が多かったけど。でも事あるごとに貴族上位な考え方を述べる彼らに、私はあまり良い印象は抱いていない。
そして、事件の話と共にこうして連行して来たという事は.....
「彼らがアルバート様を襲撃した犯人、という事ですか。身内とも言える彼らの無分別な愚行を事前に察知できず、誠に申し訳ありません。」
「なっ!ユーフェリア殿下が頭を下げる必要などない!襲撃などと、それは違う!恐れ多くも陛下は誤解されておいでなのだっ!」
「そ、そうなのです!私達は貴兄と学園の週末を利用してあの近辺で狩りをしていただけで!そこへたまたま通りがかった、あのキットソンのアルバートとやらの乗る馬に、不運にも流れ矢が当たってしまったのです!...そのっ、被害に気付かずと立ち去ってしまった点は、私達の不徳の致すところでありますが...」
「ハッ!大怪我といっても後遺症も残らぬ骨折程度のもの。腕の良い医者にかかれば一ヶ月で完治するのだろう!?そもそも流れ矢の一つや二つ、軽く避けれぬ方が不甲斐ないのではないか!?」
「「アーネスト様っ!」」
「入学当初から準騎士だとか王子殿下のお気に入りだとか、大層な注目を浴びて図に乗りおって!その称号だとて、きっと大金を積んで不正に入手したに違いないわ!俺は奴に、」
「ーーお黙りなさいっっ!!!」
「「「!!!」」」
水を打ったように静まり返る貴族子息一同。
聡明で利発ではあるが、基本的に普段は淑やかで温和。そんなお手本のような公爵令嬢を精一杯演じてきた私が一喝した事で、しばし呆然となった彼ら。
ーーけれどそれも仕方ない。
今の私の身分はたかが公爵令嬢などではなく、いかに望まずともこのエルドラシア王国の王女なのだ。この背に重くのしかかる責任と果たすべき義務が、もはや天と地ほど違っていた事を...たった今、自覚した。
そんな私を少しは憐れんだのか、ーーー
「...はあ。どうしようもない奴らだな。まあ、このユーフェに免じて恩情だ。不正だとかの今の発言、ちょいと聞かなかった事にしておいてやる。ーーさて。俺の報告はこんなところだ。それでユーフェよ。おまえはこの事態にどう対処する?」
「どう、とは一体...」
ーー対処って。ああ。そういう事か。
あの継承者指名宣言の時に、この王様は確かにそう言っていた。私とフレイ君の、そのどちらが次代の王に相応しいかを見極めると。
そこで私はようやく気付く。
この変わり者の食えない王様は、私とフレイ君が外殿宮に来てからその動向をずっと監視させていた? ならばこの今の状況も腑に落ちる。監視させていたからこそ、こうも早く襲撃事件の犯人を連行できたわけで。
そしてもしかすると、あのお茶会異物混入事件も私に起こった小さな嫌がらせの数々も、意図的に警備の手を緩めさせ、あえて様々な問題が起こりやすくなるように誘発させた?...確かに王女で筆頭王位継承者となったからには、こんな試すような扱いは当たり前の事かもしれない。でも、なーんか、腹立つわあ~っ!!
湧き上がってくる苛立ちをどうにか抑えながら、私はアーネストを始めとするお馬鹿三子息を見渡す。うん、もうこの子達はお馬鹿三子息で十分だ。
「皆様方、直ちに金貨10枚をご用意なさいませ。被害者であるアルバート様への賠償金ですわ。」
「...賠償金...あ、ああ。それくらいならば皆でかき集めれば....、俺達とて何かはせねばと、その、考えあぐねていた。」
「勘違いなさらないで。それぞれが10、合わせて金貨30枚です。」
「な!そ、それはいくら何でも多過ぎではないか!家紋付きの上等な馬車が十頭は買える金額だぞ!」
「親に泣き付いてみては?お家の財政が多少は傾いても、ご子息が牢に入れられるよりかはマシかと思いますわよ?」
牢という単語を聞いてヒュッと息を呑むお馬鹿三子息。
この様子だと、彼らは本当はアルバート君を脅すだけのつもりだった? けれど予想に反して馬に矢が当たってしまい、振り落とされた彼に大怪我を負わせてしまった。実際はそんなところなのかもしれない。躊躇なく他人を害せるほど度胸のある子達には見えないし、やりようがお粗末過ぎる。
「ご自分達が犯した罪の重さを、まるで認識しておられないようですわね。ならばご説明して差し上げましょう。ーー先ず、最初に一つ目。長年に渡る害獣討伐、その功績を立てたアルバート様を特例で準騎士にと抜擢されたのは、そちらのお義父様ですわよ。」
「「「え!?」」」
知らなかったよね。まあ、こういうやっかみや妬みを考慮して、あえて公にはされていないのだから。でも、本気で調べれば分かる情報なのに。
「つまり先ほどアーネスト様は、国王陛下が不正を行ったと口にしかけてしまったのです。良かったですわね。“俺は聞かなかった”、という恩情が与えられて。それがどれだけの不敬にあたるか、さすがにお分かり頂けますね?ーーそして二つ目。ご自分の領地以外で狩りを行うには領地責任者の許可が必要です。事件現場は王都外壁付近、この場合は王国側に事前に狩りの許可を申請する必要がありましたが、されておりませんね? ーーそして三つ目、大怪我を負わせたアルバート様自身のご身分も非常に問題なのです。彼は王国が認めた準騎士の位をお持ちのお方でしてよ?」
「...は? いや、それが何だというのです? 」
「害意あるなし、事故か故意かはさておき。王国の騎士を害しますと、それだけで重い厳罰対象となります。それが有事の際にはその命を捧げてでも王国を守ると誓いを立てた、誇り高き騎士への敬意なのです。いわば王国の大事な戦力の一つを削いだと、そう見なされるわけですわ。」
「そんな...!」
「げ、厳罰って、え。どんな...」
ようやく事の重大さを理解してくれた。というかそんな事も知らないとか、王立学園で彼らは一体何を学んでいるんだ?
ああ、面倒臭いし、もうこの辺でいいや。
「では皆様。そういうわけですので一刻も早く賠償金をご用意下さいませ。私がそれを持って、直接キットソン候爵家へ参ります。」
そこで成り行きを観察していた王様が口を挟む。
「ーーなるほど? それがユーフェの出した答えか。まあ、王女殿下自らが足を運んで謝罪すれば、一応は事は収まるやもな。けど外聞はすこぶる悪い。貴族子息が重傷を負った事件を権力と金で揉み消すのだから。」
「いいえ。違いますわ。」
「ん? 違うって、何が違うんだ?」
「アルバート様へ今回の賠償金をお渡しに参りますけれど、私は謝罪は致しません。揉み消すも何も、こうやって彼らを警吏に引き渡さずとわざわざ連行してきたという事は、仮にアルバート様が彼らを訴え出ても、恐らく証拠不十分という事なのでしょう。まさか先ほどの“影の者”が目撃者だとは言えませんし。」
この場の全員がハッと驚いた顔で私を見た。
そう。たった今彼らの罪状を並べ立てたが、実際は抜け穴だらけ。
彼らが直接的に害したのは準騎士のアルバート様でなく、馬なのだ。
事前に許可なく狩りを行った法令違反行為も、“遊びで数発矢を射てみた、ただの狩りの真似事”と言い換えればそれまで。
確実な物的証拠も目撃者もいないでは、大した罪には問えない。
ーーーだから。せめてこの私が悪役になって。
アルバート君に盛大に罵られに行くのだ。
*********
ーーそしてあくる日。
必死に親に泣き付いたであろうお馬鹿三子息の用意した賠償金を馬車に詰めさせ、憂鬱な気分で外殿宮を出ると。
そこには騎士団の最上位騎士が4名、私を待ち構えていた。
「光栄にも陛下のご命令を承りまして。本日付けでユーフェリア王女殿下専属護衛騎士に就任致しました。今より外出されるとの事、我々も付き従います。」
どうやら私は酷く危なっかしい、という王様の判定が下ったようで。
でも取り敢えず、こんなにゾロゾロ要らない....
一番手前で膝を折る、ローラントという名の騎士だけを連れてキットソン候爵邸に到着すると、予想通りに少なくはない見舞客がいて。
フレイ君は多分いるかもと思っていたけど。
ギュンスター家のエルディ君に、え?キャメルがいる?
声のやたらと大きなアルバートのお兄さんが、もてなしだとか言いかけたので即刻ご遠慮申し上げておく。お茶会異物混入事件のアレで、私は余所のお茶が飲めない。しかし、フレイ君の周囲はやはりいつも賑やかで羨ましいな...。
そして用意させた賠償金をローラントに差し出させた後、私はそこいらの舞台女優のようにわざと陳腐な嫌われ役を演じた。憤りの矛先をお馬鹿三子息の彼らにではなく、この私に向けさせる為に。
でもこの小道具の羽根扇子はやり過ぎだったかな?
フレイ君が、何故か私を見てふるふるしている。私の演技が下手で可笑しくって、それで笑いを堪えているんだろうか?
ーーあれ? いつの間にかそのフレイ君が、間近に迫って....
*********
ええと...私はその後の記憶がない。
頭を打って気絶したらしく、気付けば外殿宮の自分の居室のベッド。
あの羽根扇子を取り出した辺りからの記憶が、どうしてだかごっそり抜け落ちてしまっていた。頭を打ったにしてはたんこぶもないし、左の耳たぶが腫れて赤くなっていた。結局事件の話はどうなったのかとお見舞いに訪れたキャメルに聞けば。
「アルバート様は誰も訴えないとの事ですわ。賠償金は受け取らない、孤児院にでも寄附してくれ。そして再びこのような事が起これば、次はその者に決闘を申し込むから覚悟せよと。」
「おお。騎士の鏡だ格好いい!フレイ君は見る目があるねえ。」
「...貴女、本当に何も憶えてないのね。」
「え?」
「安心なさって?あの場にいた全員が、一生涯口外しないと誓ったわ。まさかフレイ殿下がユーフェ姫にあんな事を...。アルバート様もギュンスター様も、頼むから不用意にフレイ殿下を惑わすなと、そう申し伝えてくれと私に必死にお願いされたのよ?」
「ちょっと!フレイ君が一体どんな事をしたの!?惑わすなって、何!?」
「ああら。聞いてなかったの?一生涯口外してはいけないのだから、私からは教えられませーん。」
ーーだ・か・ら!一体何があったんだーーー!??
そのうち思い出すでしょう。




