私とツンデレエルディちゃん
リーン、リーン、リーン、.......
お上品に部屋に鳴り響く鈴の音。
実はこれ、王宮で使われている“起きて~!”っていう、起床合図なのね。托鉢の修行僧の鈴の音にリズムが似てるかな?
朝は大の苦手な私。何とか気力を振り絞ってベッドから降りると、一般家庭の玄関よりも大きなサイズの鏡の前にふらりと立つ。
おおっと、いかん!縁の装丁に宝石が埋め込まれたゴッテゴテな装飾華美な王宮の鏡、うっかり頭でもぶつけた日には確実にスプラッタ。
ペチペチと頬を叩きながらその豪奢な鏡を覗きこめば、それはそれはボリューミーな黒の巻き毛とアメジストの瞳のエセお姫様が写っている。もちろん今世での私の顔に間違いない。
実家の公爵家でやんごとなく育てられた為、日焼けもシミも見当たらないちょっと自慢な透明白美肌のお顔。顔立ちは自分では平均だなあ~、と思ってるんだけど、ドレスと宝石で着飾ってにっこりと笑えば、まあまあギリギリ美姫と世間では評価されていたりするんだ。権力ってやつは恐いやね!
でも、私のこの目立つ巻き毛とやや気の強そうに見える目元って、何だか乙女ゲームとかに出てくる典型的な悪役令嬢っぽい.....
ーーいやいや! ま、まさかね?
なんて百面相してたら部屋の扉がノックされる。
「おはようございます、ユーフェリア様。メイリーでございます。ご起床されましたでしょうか?お召し物の替えをお手伝いさせて頂きます。」
丁寧な朝の起礼の挨拶と共に私専属侍女のメイリーが入ってきた。
さっきの鈴を鳴らしていたこの彼女、メイリーは20代半ばの清楚美人さん。公爵家から付けられている優秀な侍女で、私の庶民な性格もうっすら彼女にはバレてしまっている。
だってまあ、かれこれ7年以上もずっと私の傍にいて、誠心誠意お世話してくれてる人だからさ。そんなポジションの人相手にずっと猫かぶってなんていられないよ。メイリーは私にとって、歳の離れた優しいお姉さんってカンジ。
「おはようメイリー!ええ。もうちゃんと起きてます。さっそくだけれど、今日の予定はどんな?お手紙はどなたからか届いてる?」
「はい。本日は恐れながら、国王陛下様よりユーフェリア様に面会要請がございます。」
ーーーげ!
国王陛下に会わなきゃいけないのかー!
気さくな性格の王様だし、別段嫌いってわけじゃないけど、やっぱりこのエルドラシア王国のトップ。下手な嘘は付けないし、うっかり頼まれ事なんてされた日にはまず断れない。
不満を顔に出さないよう、無表情になる私にメイリーは先を続ける。
「お手紙は幾つか届いておりますが、重要かと思われるものはフレイ王子殿下からものと、こちらの贈り物もご一緒に届けられております。」
ん? フレイ君からの、贈り物?
私は受け取った手紙の封をすぐに開けると、前世で培った便利な速読法を使い、3秒で書かれた内容をパパッと読み取る。
ーーあ、なるほど。この贈り物は敗者からの勝者への献上品。昨日のルーティン勝負で私がフレイ君にねだった物は、ええと.....
けれど。贈り物の箱を開けてまたもや私は無表情に。
「ユーフェリア様、これは...! イブラルラ産の最上級の絹糸で刺繍されたリボン、ですね。なんて見事な蝶の図案でしょう!一流の刺繍職人の手による特上品と見受けられます。少なくとも、馬一頭分相当のお値段かと....。」
た、たかがリボン一本が馬一頭分って!!
実は慣例となりつつある私とフレイ君の勝負、勝った方が敗けた方にささやかなお願い事や、ちょっとした欲しい物をねだるっていうルールがある。でもこんなど高いリボンなんて、決して私は要求してないぞ! イブラルラ産の絹糸ってば素敵!って確かに私は言っちゃったけどね!
ーーーあれ? しかもこれ身に付けたら、フレイ君とおそろ....
私はその辺の物入れにリボンを押し込んで知らぬふりをした。
「さて、メイリー。お待たせしてはいけないし。うん。手早く朝食を済ませて国王陛下様との面会に行きましょう。」
「......左様でございますね。」
◇◇◇◇◇◇◇
朝食の準備の為、一旦部屋を退出したメイリー。扉のすぐ横に置いたキャスター付きのティートローリーの前に立ち、備え付けの引き出しを開けてナプキンとカラトリーの用意をするもその手は止まっていた。
何故ならばーーーー、
「あのフレイ殿下のお手紙、どう見ても5、6枚にわたってビッシリ書き込まれていたのに...ユーフェリア様は本当に3秒で全部読まれたのかしら...?」
それに、と考えれば。
その他に届けられたお手紙も、今の優先順位が国王陛下の面会である為、その場で開封はなされなかったものの。
送り主の名を一瞥しただけで、爵位やレストワール公爵家との友好度合い別にそれはそれは的確に仕分けされていたのだ。普通の貴族ならば、こういった雑事は侍女か小間使いに任せてしまうのが大半。さらに手紙も読ませて要約させてから報告させる...なんてのが当たり前。はたまた、返しのお返事も適当に代筆させてしまう事だって珍しくはない。
けれど私のお仕えする優秀なユーフェリア様はお手紙は全てご自分で目を通され、お返事もご自分でしたためられる。それも書簡や書状のマナー教則本に載せても何の遜色のない、非の打ちどころのないそれは見事で完璧な文章を....。
「本当に聡明なお方よね.....」
ーーーでも。さほどそれに気付いていない、そこのところが逆に抜けた主人でもある、とメイリーはしみじみと思った。
*********
フレイ君の取り巻きその2、毒舌エルディちゃんが本殿宮へ続く回廊の手前で立っていた。
エルディちゃんは伯爵家のご子息だけど、第一王子殿下であるフレイ君の親しいご学友。夜間以外での王城への出入りは事前に申請すれば許可されているし、昨日もそれでフレイ君と遊戯広間にいたわけで。でもさすがに王様の住まう本殿宮への立ち入りは厳禁だけど.....?
「ーーあのさっ!いえ。ええと、おはようございます。本日は、ユーフェリア殿下におかれましては、まあ、生憎とご機嫌麗しく。」
おおい! 王宮内で事前に何の前触れも申し送りもなく、身分が上でしかも女性に突然声をかけてくるなんて!エルディちゃん、これはアウト!かなりの非礼だよ!私の後ろに控える王族専属の近衛騎士のうち2名がサッと私の前に進み出て、不敬なエルディちゃんを威嚇する。
「そのっ。別に話をするだけだよっ。ダメならすぐに帰るし!」
仮にも王族相手にやっぱ不敬な子だな....。
回廊のめちゃ高い天井部分、一面ガラス張りの天窓越しに澄み渡る快晴の空を仰いだ私はどうにかイラッとする心を鎮める。
「いいわ。お前達、下がりなさい。ーーおはようございます、エルディアス様。生憎なご機嫌のわたくしに何かご用がおありで?」
「用がなければ、こうやって貴女に声なんておかけできません。僕は面倒なのは大嫌いなので。でも準備はしておかないと。」
「はあ....?」
何が言いたいんだ、エルディちゃん。
取り敢えず一発殴っても赦されるかな? 虫が鼻の辺りに飛んでいましたの、なんて言い訳通らないかな?
「ユーフェリア殿下。帝王学と、魔法、学ぶならどちらですか?」
学ぶ? だからエルディちゃん、なんの話よ?
ーーああ。ギュンスター伯爵家は代々、高名な魔法師を数多く輩出しているエルドラシア王国一の名門。エルディちゃんのその縁故者に王城へ教師としての就任要請でもあったのかな? それでもしかしたら、私の希望があればその人が担当にされるかもって? だからそれ関連の準備、って事?
ーーーなら...。
「帝王学と、魔法のどちらか、ですか。ならばわたくし、帝王学はあらかた履修済みですので。選べるのでしたら魔法を是非希望致しますわ。」
魔法! そう!私も魔法が使えます!
でも貴族令嬢って、基礎くらいしか学ばせてもらえないんです。何故なら魔法師って、この世界では基本男性の職業って固定観念があって。魔法を使うって、イメージ的にめちゃ格好良さそう!って思うだろうけど、いやいやいや。間近で炎やら水やら爆風やら発現させてみ?顔や手足に着てる服も塵や灰や煤だらけで、時にやけどを負ったり喉や肺を痛めたり。粉塵で舞い散った小石や草木などで皮膚は擦り切れ荒れ果てたりと、女子には相応の覚悟がいります。
でもせっかく魔法の存在するファンタジーな世界。学べる機会があれば本格的に学んでみたい!
そんな弾む私の返事にエルディちゃんは、
「へ、へえー、その歳で帝王学が履修済みって...。でも魔法...そう。ユーフェリア殿下は、魔法を選択と.....ふ、ふうんー。」
ーーーあれ? エルディちゃん、ちょっと嬉しそう?
「それなら、僕でも勝てるし....」
何かもごもご口にしたけど聞こえない。
「エルディアス様? これは一体何のお話でしょうか? 本題をお聞きしても? 」
「いえ!なっ、何でも!大した事ではありません。では、僕はこれで失礼します!ユーフェリア殿下に貴重なお時間を取らせてしまい、至極申し訳なく...とまでは全然思ってないからねー!」
踵を返してエルディちゃんは去っていった。
今のは何だったの? この選択肢でまさか何かが分岐しちゃったりしないよね?単に小生意気エルディちゃんがツンデレエルディちゃんにクラスチャンジしただけなの?それ、誰得イベントなんだ。
でもやっぱりエルディちゃん、不敬だな。
次は王様登場。彼は本作の大事なキーパーソンです。




