僕と叶わぬ夢の日々3
僕とユーフェリア嬢がオルストフ国王陛下の養子となって早くも3ヶ月が経ったある日。僕の専属騎士候補であるアルバートが、王都の外壁付近で何者かに襲撃された。
ルピナスも見頃な春半ば、王立学園騎士訓練学科に入学した彼。
王子殿下の武術訓練相手兼友人という体裁で、僕の王宮内での身近警護と、そして晴れた日の午後には小飛竜の騎乗訓練の付き合いと。王立学園に通うかたわらの週末は、約束通り一日も欠かさずと王宮に足を運んでいたアルバート。その帰宅途中の彼を狙って、物陰から複数の何者からが矢を放ったのだ。
襲撃者達はそれだけで散り散りに逃げ去っていったのだが、運悪くアルバートの乗っていた馬の頭部に矢が当たり、激しく暴れ狂った後に絶命。アルバートはあえなく地面へと叩き付けられて右腕を骨折、左膝の靭帯も損傷するという大怪我を負ってしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ーーっフレイ殿下!アルバが暴漢に襲われたって!? こそこそ隠れて矢を射るだとか複数で襲うだとか!そんな卑怯で恥知らずで愚劣極まりない性根の腐った犯人は一体どこのどいつら!? この僕が十倍返しの蜂の巣にしてやるけど!」
「エルディ!ーー今さっき、風魔法で緊急伝達文を送ったばかりだというのに!えっ、もう駆け付けて来たのか!?」
血相を変えて外殿宮へと飛び込んできたエルディ。
その出で立ちは全属性の魔法攻撃力が数倍に跳ね上がる(と、世界魔法防具図解大列伝に記載されていた)幻の覇王竜の鱗のローブと、異様な気配が漂う古木の大杖。解読不明なおどろおどろしい謎の魔法文がビッシリと刻み込まれている!?
「そんな事を今尋ねている場合ではないが!そのいわくありげ壮大にあり過ぎる装備、どう見てもただものではない!一体どこでそれらを手に入れた!?」
「知ったらただでは済まなくなるけど、それでも知りたい!?」
「ならば当然やめておきたい!!」
ーーどこって、本人にお願いすれば鱗くらいくれるし、とか呟いた気がしないでもないが。うん、聞かなかった事にしておこう。
火竜、水竜、風竜、花竜、魔竜、ets.ーーこの世界に現存するあらゆる属性の竜達の頂点に立つ覇王竜。例え一国の王であろうと相対すれば膝を折らねばならぬ絶大な存在者で、またの名を神竜王とも呼ばれる誇り高きそれに。エルディは鱗ぐらい簡単にお願いできてしまうらしい...。
「あー、その、まだアルバートを襲った犯人らについては何も判明していない。とにかく複数の犯行だという事と、どうやら予想以上に年若い者達の仕業かもしれない、との話だ。襲撃された現場を入念に調べさせたところ、矢を射た位置から推測される実際の射程距離の短さ。それと、後ろの壁などに刺さっていた矢の角度からして、一般平均の成人男性の背の高さよりどれも低いようなのだ。」
「それって、もしかして王立学園の奴らかな?アルバって、入学早々催された新入生歓迎模擬戦トーナメントで、腕の立つ先輩達をかなりこてんぱんに負かしちゃったらしいからさ。」
「その腹いせというわけか。勿論、その可能性もあるだろう。ーーエルディ、とにかくこれを見てくれ。実際に使われた矢も、女子供でも使用できる比較的軽量タイプのものなのだ。」
僕は襲撃現場に落ちていた矢をエルディに見せた。
ーーとたん、彼の目の奥がギラッと光る。彼の微笑んでいる顔が、本気で怒っている顔なのは今も昔も変わらないようで。
「...へえ、ふうんー? 残留物を残していくとか、どうしようもない大馬鹿者達で僕はとっーても嬉しいよ。襲撃の玄人だったらこんなもの、普通は事後は消滅するようあらかじめ仕掛けておくものなのにねぇ。なら話は早い。この僕なら王国機密特捜部の特別魔法捜査官以上の追跡探査魔法で、この矢の持ち主を簡単に追跡可能だと思うよ?」
「陰属性の追跡探査魔法...そのように非常に稀な魔法属性も、エルディは当たり前に持っているんだな。そして何故そんな機密特捜部なんかの存在を知って.....いや、ええと。うん。取り敢えず、今は犯人の割り出しだけを、頼む。十倍返しは、その、少しだけ待て、な?」
恐らく高精密でハイレベルな瞬間転位魔法でもって王宮の厳重な魔法防御結界を、軽く難なくパパッと無傷にて突破(しかも王宮の警備に微塵も気付れていない...)してきたエルディ。本気で怒らせた名門ギュンスターの真の実力に、全身鳥肌が立った事は内緒だ。
そんなエルディの宣言通り。その後用意した白紙の羊毛紙の上に、さらさらとひとりでに動く羽ペンで書き出されていく襲撃犯の現在地。
彼は幼少期からの友人で、常々ずば抜けた魔法の才能があると知ってはいたが、まさかこれ程までに成長していようとは....
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ーーーそして、そのあくる日。
朝食を慌ただしく済ませた僕は、再び無許可で瞬間転位してきたエルディと共にキットソン侯爵邸へと足を運んだ。
因みに今日のエルディはいつもの魔法師の正装である絹のローブ姿だ。まあ、このローブも絶対に普通ではなさそうなのだが。
そんな友想いの彼を引き連れ、エントランスホールで出迎えてくれた執事にアルバートの見舞いに訪れた旨を告げる。
ーーすると。
「もしも王子殿下がお越しになればそのままお通しするよう、そうお館様より仰せつかっております。ーーですが実は本日、すでに他のお見舞いのお客様がいらっしゃいまして。先ほどそのお方をアルバート様のお部屋へとご案内したばかりなのでございますが、如何致しましょうか?」
僕ら以外に他の見舞い客?
襲撃された昨日の今日でもう駆け付けてこられるとは。よほど彼と親しい間柄か、それともキットソン侯爵家に縁ある者?
ーーけれども。アルバートの部屋の扉の前にいたのは。
「...あら? これはこれは。春恒例の王宮外苑お花見会の席でご挨拶して以来でしたかしら。お久しぶりですわね。フレイ王子殿下、お会いできて光栄ですわ。」
「「!?」」
茶色がかったアレキサンドライトの髪色と輝くルビー色の瞳。
理知的で大人びた雰囲気の、けれど誰よりもお節介焼きと言われるご令嬢がアルバートの部屋の前に立っていた。
「キャメリーナ・ファフテマ候爵令嬢!?ーーあ、ええ、お久しぶりです。しかし今、こうして貴女がこちらのキットソン侯爵邸にいらっしゃるとは、何故...?」
「まあ。何故と問われましても。私には彼を見舞う、その当然の権利があるのですもの。あえて社交の場で公開はしていないのですけれど。こちらのキットソン侯爵家次男アルバート・キットソン様は、実はこの私、キャメリーナの婚約者様なのですわ。」
「えええっ!(...アルバからそんな話、聞いてないんだけどっ!すっごいしっかりしたカンジの婚約者じゃん...!)」
「キャメリーナ嬢がアルバートの婚約者...そうだったのですか。存じ上げず、これは失礼致しました(...僕の入手したアルバートの身上書にもそんな情報などなかったぞ? 恐らく、正式なものというわけではないのかもしれない)」
そもそもファフテマ候爵家といえば、代々に渡って周辺諸外国と独自の輸入取引ルートを持ち、外交などでも高く貢献している王国でも指折りの名家だ。子だくさんでも有名で、長女であるこのキャメリーナ嬢の下には8人の異母弟妹がいる。昔からレストワール公爵家と何かと縁が深く、彼女自身もユーフェリア姉上と親しくあるようなのだが?
戸惑う僕とエルディに、けれどキャメリーナ嬢は目を伏せた。
「皆様方もアルバート様のお見舞いにいらしたので? ...でしたら申し訳ありません、今の彼は、ーーっきゃあ!」
「「!!」」
「ーー出てってくれ!!そんな話は聞きたくない!いいですか、ジェラルド兄上!俺の相棒はキャレルだけだ!他の馬など要りません!」
「ぬなっ!い、言われずとも!おまえの部屋に長居なぞせぬわ!ーーハッ、せっかくこの兄が、良い駿馬を紹介してやろうとわざわざやって来たものを!ま、まあ、俺の練習用の馬を買うついでだがな!ーーっとにかく!気が落ち着いたらその目録を見ておけ!おまえは一応は準騎士なのだから、例え嫌だろうが何だろうが持ち馬は必須だろう!」
乱暴に開けられた扉の向こうでは、もはやお馴染みとなったキットソン侯爵家の盛大な兄弟喧嘩が繰り広げられていた。
ベッドの上から紙束を投げつける包帯姿のアルバートと、部屋から追い出されるように出てきた兄ジェラルド。彼は扉前にいたキャメリーナ嬢とあわやぶつかりそうになる。
「うわほっ!ーーあ、や、これはこれは。皆様方、キットソン侯爵邸へはるばるようこそ。日に日にお美しくなられる赤薔薇のご令嬢、麗しのキャメリーナ嬢に、相も変わらず宵闇の月の如く艶麗なるフレイ殿下。そしてそして、ああと、」
「ただの普通の有り触れた平凡な十人並みのエルディアス・ギュンスターです。どうも初めまして、アルバートのお兄さん。その派手でこっ恥ずかしい形容、僕には絶対付けないで。」
「あ、う、うむ...?」
「エルディの、どこがどう平凡...」
「それよりも私達、こっ恥ずかしいとか言われたわよ?」
ーーええと。何しに来た...ああ。アルバートの見舞いを。
けれど、今の彼の状態ではとてもじゃないが.....
まんじりと立ち尽くす僕らに、ジェラルドも困り顔だ。
「あー、ご覧の通り、愚弟は今、少々気が立っているようで。良ければあちらでお茶でも。...ああ、その前に。」
申し訳なさげに眉毛を下げ、そっと部屋の扉を閉じた彼は、おもむろに胸元から小さな紙包みを取り出した。
「キャメリーナ嬢。弟が落ち着いたらでよいのでこれを。貴女からアルバートにお渡し願いたい。あいつの愛馬、キャレルの遺品の鬣だ。この窓から見える、あの東の丘に俺が手厚く葬ってやった。花輪も飾ってやったから、どうか貴女も手を合わせていってくれぬだろうか?」
「...キャレルの...ええ。必ずやお参りしますわ。私からも一つ、弔いの花輪をお作りします。キャレルの事は本当に残念でした。心からお悔やみ申し上げます。」
今回の襲撃で矢が刺さって絶命したという馬は、アルバートの大事な親友だと言っていた、あの愛馬だったのか...。
「それは...掛ける言葉もない。」
「う、うん...大事な馬だったんだ...」
元々は彼を王宮にと通わせた、この僕の所為でもある。
サヴォワ公爵家嫡男であった時とは比べものにならない重責。王族である以上、避けて通れぬ犠牲の道とはいえ。アルバート自身の身辺に無防備過ぎた自分にどうしようもなく腹が立つ。
気を鎮めるよう、拳を固く握りしめたその時。
先ほどエントランスホールで出迎えてくれたあの執事が、急ぎ取り乱した様子でこちらへやってきた。
「ジェラルド様!もうお一方、お客様がお越しでございます!ーーそのっ、恐れ多くもこの王国の王女殿下であらせられます、ユーフェリア・レストワール・エルドラシア様が、弟君のアルバート様へと面会を希望していらっしゃるのですが!?」




