僕と叶わぬ夢の日々2
ーー何故こんな展開になったのか。
止めるように目線で合図を送るものの、護衛のガドゥラケルは兜から覗く口元を手で覆って必死に笑いを堪えている。
この不心得者な風避け兜の優男、熱病騒動の時に颯爽と小飛竜を翔けて怪鳥を瞬く間に撃破した、あの胡散臭い警邏隊員のあいつだ。
王の間者とバレた後も度々しれっとこうして僕の護衛の中に交ざっていたりする。仮にも一国の王子の警備体制がこんな大穴だらけで良いのかと、ため息を付こうとすればーーーー
「ええい、引け!この邪魔なアルバートめ!厚かましくも横からしゃしゃり出てくるでないわ!フレイ殿下はこのジェラルドと大事な話をしておったのだ!それを遮るとは何たる無礼千万!弟のくせに分を弁えぬか!」
「お言葉ですが兄上、フレイ殿下の御前でそのように声を荒げる行為自体が無礼なのではありませんか!自分はフレイ殿下に恩を感じていまして、その感謝の気持ちを表す為に是非とも騎士の礼を捧げたいと、そう申し上げただけです!」
「なっ!アルバート如きがフレイ殿下の騎士にだなどと!そんな図々しい戯れ事を抜かすでないわ!ーーフレイ殿下!専属騎士ならばこのジェラルドめをどうかご指名下さい!必ずやいずれ何処か何某かのお役に立ってみせましょうぞ!」
「......あ、そ、そう?」
結局いつ何処で何の役に立つのか多少気になったのはさておき。
小飛竜の幼体を買い付けにと訪れた王都近くのキットソン侯爵領。山あいの自然豊かな小飛竜の飼育牧場で、僕を出迎えた侯爵家の兄弟が目の前で激しい言い争いを始めてしまっていた。
「兄上、少しは考えてから発言なさって下さい!普通の馬にもまともに乗れない兄上が、どうまかり間違えば王家の専属騎士になれると言うのか!それに何度も言っていますが!自分はただ、フレイ殿下に騎士の礼を受けて頂きたいだけです!ジェラルド兄上は、本当にいつも人の話を半分しかお聞きになられない!」
「ア、アルバートぉぉぉ!貴様、その兄を小馬鹿にしたような物言いは何だ!そもそも騎士の礼だとか、その発言自体がやはり小生意気!多少の、ちょぉーっと天才的な武の才能があるからといって、ガキが騎士のまね事とは片腹痛いわ!ほれ、あっはっはっはーっ!!」
腹を抱えて一際大きな笑い声を上げるジェラルド。
生まれて初めて兄弟喧嘩というものを目にしたが、なかなかに愉快なものらしい。あけすけにものを言い合える兄弟関係、か。ユーフェリア姉上と僕も、いつかこのような関係になれれば.......
けれど、そこにガドゥラケルが水を差す。
「ぶわはっ、うく、ーーいや、あれれ、ジェラルドのご子息様? 確かキットソン侯爵家の次男坊君なら、正真正銘の騎士な筈ですよ? 長年に渡って領内各地の田畑を荒らす害獣を駆逐して回ったとかいう、ちょいと地道な功績ですけど実績は十分文句なしですし。それを耳にした国王陛下が特例で準騎士の位をくれてやったって、この間自慢げに口にしてましたからねぇー。あっ、ほら!彼の胸元に勲章印が付いてるっスよ!」
「なぬっ!?」
「あ、兄上、屋敷にて先月、叙勲祝いをしたではありませんか...」
説明するガドゥラケルがアルバートの胸元を指差す。
確かにその胸ポケットには準騎士の証、控え目な胡蝶蘭の勲章が取り付けられていた。万一あれが偽物ならば身分詐称と厳しく罰せられるし、あの歳で騎乗の難しい小飛竜に乗れると肯定した少年だ。それに、もはや色々と開き直った(王の間者だとか王に筒抜けだとか王とかなり親しい仲だとか)このガドゥラケルが言うのならば間違いない。
「.......フレイ様、何だが今、冷めた目で俺を見ていませんでしたか?」
「ああ、勿論見た。ところで僕の専属騎士だとかの言葉が出たこの際だ。アルバート、君の意思はどうなのか? 将来、この僕へと志願してみる気はあるのだろうか? 」
「!!ーーーそれは勿論!自分は!軍馬の熱病騒動の折りに、親友である愛馬キャレルを失いかけまして!...あの時、フレイ殿下がいち早く治療方法を王国中に伝達されたおかげで、彼女は無事に一命を取り留めたのです。それ以来、ずっとこうして貴方様にお会いして、直にお礼を申し上げたいと思っておりました。このキットソン侯爵領の各駐屯地の警邏隊員らも、殿下に恩を感じている者はたくさんいるのです。」
「いや。あれは僕でなくレストワール公爵令嬢のお手柄だ。治療方法を発見された方は現在は僕の姉上の、ユーフェリア王女殿下のご功績。そのように王国側から発表された筈だが?」
「あ、はい!それは存じ上げています。ユーフェリア王女殿下にも勿論感謝していますが、けれど実際に王国各地の駐屯地に自領の騎士達や獣医師らを派遣して、正しい治療手順の指導や再発防止の為の衛生対策を徹底させたのは貴方様です。一刻を争う緊急事態が故、国王陛下の采配が下りるよりも先に行動に踏み切ったサヴォワ公爵様の決断が、王国中の軍馬の命を救う結果となったのは衆知の事実。ご存知でしょうか? ユーフェリア王女殿下が“高貴なる知の姫君”、と呼ばれているのと同時に。フレイ王子殿下、貴方様もまた、人々にこう呼ばれているのです。ーー“勇断たる運の賢人”と。」
「...勇断たる、運の賢人.....」
ついとガドゥラケルの方を見る。
兜から覗く奴の目がスッと明後日の方向を向いた。こいつがわざとそう流布させたんだな.......
「ーーま、まあ、いい。なればこれより、アルバートを僕の専属騎士候補としよう。兄のジェラルドも、軍馬と小飛竜を乗りこなせるようになれれば考えてみる。」
「どえええっ!? なんと殺生な無理難題をぉぉぉ!後生であります!せめて!せめて一つ、グレードをお下げにぃぃぃ!! 」
面白い奇声を上げるジェラルド。うん、無視しておこう。
「ところでアルバートは現在、王立学園に籍を置いているのか? 卒業までできれば可能な限り王宮に足を運び、僕の友人として身近で護衛をしてほしい。」
「じ、自分などで務まるのでしたら是非とも喜んで!王立学園は間もなく騎士訓練学科へと入学予定です。恐れ多くも本当にフレイ殿下の専属騎士となれるのであれば、正式な礼儀作法や王宮の慣例などの知識を身に付けるのも必須ですし、剣術も武術も基礎からしっかりと学び直したいと思います!けれど週末は必ずやフレイ殿下の為に空けておきましょう!」
ま、真面目で固い...。
本当は純粋に友人となってもらいたいのだが、こうまで畏まっていては直ぐには難しそうだ。今は取り敢えず、何を置いても信頼できる人材を友でも臣下でもより多く集めておきたい。
それに週末に彼に小飛竜で王宮に通ってもらえれば、そのまま騎乗訓練にも付き合ってもらえる...!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
やがてアルバートが王立学園へと入学したのだが、彼と同い年であるユーフェリア姉上は予想外に学園には入学されなかった。
僕としては姉上との時間が削られずに済んで良いのだが、母ミュゼットの厳命で来年には僕が政治学科に入学する事がすでに決定事項となっている。聡明で勉学がお好きそうな姉上だ、何とか僕と一緒に入学してもらえないだろうか。さすれば同じ時間を過ごす機会や共通の話題に恵まれるし、自ずと姉上との距離も縮まるのではないか?
思い悩む僕に、セヴォワ公爵家からそのまま付き従い、今は外殿宮勤めとなった専属侍医のリュカ・アシュリーが口を開く。
「王立学園とはお懐かしいですな。クレメイア様にオルストフ様、フレイ様のお母君のミュゼット様と。王家のご子息ご令嬢様方はいずれもお歳がお近くいらしたので、御殿医であったこのリュカも学園生活に伴う健康管理指導の名目などで、長年に渡ってあの学園には頻繁に足を運んだものであります。あの変わり者のアドロス学園長はまだご健在のようですなぁ。」
「そういえばリュカは過去、王殿宮に勤める御殿医だったな。ではこの王宮自体に顔見知りが多いのではないか?」
何故その栄誉たる御殿医を辞めたのか理由は定かではないのだが、こうしてまた王宮勤めができるという事は彼が過去に何らかの失態や問題を起こしたわけではないようだ。高齢だが医師としての意欲や向上心も高い。
実はこのリュカの経歴、僕が調べても不透明な部分が多い。
「ふむ...そうですな。私からも古い知り合いをあたって、ユーフェリア殿下にそれとなく学園の良きところを推奨するようお願いしてみましょう。」
「そうか!やはりリュカは頼りになる。よろしく頼む!」
喜ぶ僕に、けれどリュカは神妙な表情をした。
「やはり...フレイ様はオルストフ様によく似ていらっしゃいますな。今は国王陛下様でいらっしゃる、昔のあの若様に...。甥御様であるのですから、それで当然なのですが.......」
「僕があの王に似ている? そうだろうか? 」
王は派手な金髪に威風堂々とした美丈夫だ。瞳の色だけは僕と同じ碧色だが、母似で女顔の自分とは似ても似つかない。
「ええ。中身がそっくりです。磁石のように周囲に人を惹き集め、使える人材を自然と上手く使い、一見は他人の意見をよくよく聞き入れていらっしゃるようにみえて。しかし、結局大事な事は一人で全て決めてしまわれる。そんなところが、大変よく似ていらっしゃいますな。」
ーー言わんとする意味が分からない。
けれどでも。僕と対面するリュカは遠い目をしていた。はるか遠い過去を偲ぶような、今まで見たことのない悲しい目を。
「...絶対幸運などの大層なスキルをお持ちのフレイ様ではありますが。つまるところ、やはり最後に選ばねばならぬのは自分自身なのです。...どうかフレイ様は、決して未来を選び間違えなさいませぬように。」
「......ああ。その言葉、肝に銘じる...」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「......その、少々話があるのだが、ギュンスター殿。」
「あ、うん。ええとー、アルバート君だっけ。あ、僕の事はエルディでいいんだけど。それとも君は伯爵家の僕より家格は上で年上だし、そういうのは不快?」
「いや、構わない。ならば自分の事もアルバと呼んでくれ。こうして王宮でフレイ殿下に共にお仕えする仲間だ。敬語など抜きで忌憚なく話してほしい。それで...何と言うか。大変気になったのだが、フレイ殿下は、その...ユーフェリア王女殿下に対して...」
「うん。フレイ殿下は間違いなくストーカー、だよねぇ。」
「.......よ、良いの、だろうか?」
「まだギリギリ犯罪じゃない...と思うから大丈夫、かなぁ??」
王立学園初等科 13歳~15歳
高等科 16歳~18歳
院生 19歳~
騎士訓練学科 13歳~
(貴族子息令嬢のみ受け入れ可)
警邏隊は貴族以外の一般市民から成る。




