僕と叶わぬ夢の日々1
「“有り得ない”って、ーーえっ、なんでだ!?いやいや、フレイ!確かおまえに決まった婚約者はいない筈、だよなあ?」
何故そんなに目を丸くして、さも意外だという顔をされるのか。
この目の前の食えない性格の王が、僕とユーフェリア嬢の婚姻を肯定的に視野に入れていた、という事実の方が驚きだ。
確かに同じ公爵位で嫡男のこの僕ならば、年齢的にも身分的にも彼女の相手として何ら申し分なく、この先のエルドラシア王国の発展にとっても有意義な政略結婚といえるだろう。
貴族間の不仲を解消する常套手段といえばやはり政略婚姻。僕とユーフェリア嬢が良き信頼関係を築いた夫婦となり、互いの公爵家の仲を取り持つかけ橋となる子をたくさん育む。さすればその子らを筆頭に、両家の関係は長い年月をかけてでも自ずと改善されていく事となるのだから。
ーーふと、そんな未来を頭に想い描いてみる。
十数年後の将来、僕とユーフェリア嬢のどちらかが王、または女王として戴冠し、そして王国内の勢力を一つに取り纏める為にもう片方と婚姻を結び、共に手を取り合って王座に並び立つ。
そんな夢のような未来.....
「それはやはり、有り得ません。」
「だからっ!俺には理由が皆目分からん!、っのだが!?」
王にじとりとねめつけられる。想い描いてみてもその未来の彼女は笑ってはいなかった、では理由になるのだろうか。
「断っておきますが、自分は決して女王戴冠に異を唱えているわけでも、ユーフェリア嬢が王妃として共に並び立つのに不足や異議ありと、そういった事を申し立てているわけではありません。それどころか先ほどの陛下の宣言でのお言葉通り、優秀な彼女ならばそのどちらの地位であっても確実に将来のエルドラシア王国に高く貢献され、その責務を立派に務め上げられるのでしょう。」
「ーーかってぇえっ!いや、まあ、そういう真面目でお固い話なんだが!いや、あれ? フレイ、単刀直入にズバリ聞くが、おまえはあのユーフェに好意を抱いてる筈、だよなあ? あー、どの程度かまではさておき。とにかく俺はそう読んでいたんだが?」
「自分も黙秘、と言いたいところですが。異論はありません。」
「おお!!ーーっなら!他のどこかの馬の骨なんぞにユーフェをくれてやってもいいってのか!あのな、あれは絶対に数年後には大層な美人になるし、性格だって申し分ない!しいて言うなれば、やや鈍感でちょっとばかりじゃない秘密主義と、常人からは隔絶した知能の高さが敬遠されがちだが!けどおまえはそんな心の狭い男じゃないだろう!?」
やはり我が娘のようにユーフェリア嬢の事を語る王。
ーーー聡明過ぎるあまり諸外国にも影響力が高い彼女が原因で、このエルドラシア国王にいつか未曾有の危機をもたらす。そんな最悪な未来が訪れれば、一国を預かる王としての非情な責務を果たさねばならない。
先ほどはそう仄めかされた王だが、例え王国の命運とユーフェリア嬢の命、そのどちらかを選択しなければならない未来が本当に訪れようとも。けれどその時にはこの王はきっと、彼女の命までもは取らない。
あらゆる手段を用いて情報を操作して万全に根回しして、きっと如何なる者の手にも及ばないはるか遠くの地へと彼女を逃す。
「ーーけれど。それこそが、彼女の最たる望みなのです。女王や王妃の地位など遠慮でも謙遜でもなく本気で、“大迷惑”。ーーましてやこの僕へ、対立する政敵のセヴォワへと嫁ぐだなどと、あのユーフェリア嬢はそれでは幸せにはなれない。」
「おい!勝手にそう決め付けんな!ーーこの先、何が何でも全身全霊で口説き落して!そしておまえのその手でユーフェを幸せにしてやろう、ってな気概はないのか!!」
「逆に、王は何故そこまでお勧めに?」
「はぐらかすな!ーーああ、もう!案外情けねえ奴だなっ!」
煮え切らぬ僕の態度に、王はとうとう愛想を尽かしてしまった。
乱暴にソファーに背を打ち付け、天井を仰いでその頭を掻き毟ると、疲れたようにポツリと口零した。
「.....まあ...俺も、人の事はとやかく言えん。結局あいつは、オルヴィナは...この王城で心から笑ってなどいなかった.....」
「オルヴィナ、王妃....」
王と王妃、国王陛下夫妻は王族では異例の恋愛結婚といえど、その後は末永く幸せに暮らしました、とはいかなかったのが国中の誰もが知る結末。極秘となっているが、晩年に王妃は気の病を患っていたと噂で耳にした事がある。王族として生きる限りはただただ普通に自由な恋愛も、望み通りの結婚生活もはるか夢のまた夢.....有り得てはならないのだ。
ーー少なくとも。僕は身を以ってそれを知っている。
「自分はあの父上と母上を見て育ったのです。自信など...持てるわけがありません。願わくばユーフェリア嬢には将来、ささやかな幸せを手にしてもらい、そして健やかで安穏な日々を送っていただければと。それこそ彼女の望む、穏便な隠居を、」
「っだああああ!この甲斐性なし、ヘタレフレイ!!」
突然と跳ねるように立ち上がったオルストフ国王陛下。
そして僕に向けてビシッと指差す。
「もういい、帰れ!おまえにユーフェはやらん!そんな不甲斐にない奴になんか!絶対にあいつは嫁にやらん!理由の3つ目も教えてやらんし!話は終わりだ!とっととこの部屋から出てけッ!!」
これは...完全に王を怒らせてしまった.....
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
国王陛下の王位継承者指名宣言より一月後。
あれ程怒らせたものの、宣言は撤回される事なく。王宮の外殿宮にそれぞれの居室がいよいよ整えられ、僕とユーフェリア嬢には第一王子、第一王女という身分が与えられた。つまりは正式にオルストフ国王陛下の養子となったのだ。後に後継者争いに負けても、この国王陛下の元養子という経歴は非常に大きな意味を持つ事となる。
まあ、それはさておき、彼女と僕は今日から本当に義理の姉弟となったわけで。これからは一つ屋根の下で暮らせるのだ...!
ーーだがしかし。今回大幅に改装されたこの外殿宮、王が住まう本殿宮をぐるりと円状で囲む広大な宮殿となっていて、暮らすのがお互いに男女という理由で一番遠く離れた端と端の部屋があてがわれた。
これは...怒らせてしまったあの王の嫌がらせなのかもしれない。
渡りに舟とようやくユーフェリア嬢の傍近くで共に暮らせるようになったものの、これでは少々強引に用事か理由でも作らない限り、彼女と顔を合わせるのも困難では?
彼女とどうこうなど夢のまた夢、けれどせめて仲の良い義姉弟に、もしくは異性で最も親しい友人...それくらいの関係になっても許されるのではないかと思った。いや、切実に心から僕はそれを希望する!
そして、それには協力者が不可欠だという事に思い当たる。
「は? この外殿宮に盗聴魔法を仕掛けたい? えっ、あ、ま、まあ。それくらい、名門ギュンスターのこの僕なら朝メシ前だけど...?」
外殿宮に招待した一番の友人は、僕のお願いに目を丸くした。
色づき始めた紅葉のような髪色と、紅茶色の瞳をした彼の名はエルディアス・ギュンスター。代々有能な魔法師を輩出するギュンスター伯爵家の跡取りで、彼自身はなんと国内最多の複数の魔法属性持ち。抜きん出た天才的な魔法センスがあり、将来を有望視されている僕と同い年の友人だ。
畏まった態度や物言いが苦手でいつも憮然とした態度だが、誠実で責任感が強く誰に対しても決して嘘偽りを口にしない。一度友人と定めた相手には、とことん世話焼きになるといった面もあるようで......
「ちょっと!まさかもう何かあったっての!? レストワール側から嫌がらせとか妨害工作とかスパイ送って寄越したとか!なら悠長に証拠集めとか全然まだるっこしいよ!この僕が直接報復してやってもいいけど!この外殿宮、正当防衛なら少しくらいぶっ飛ばしちゃっても構わない!?」
「いや、それは構うぞ。...僕の心配をしてくれて有難う、エルディ。けれどそういうわけではないのだ。僕はユーフェリア嬢の、親愛なる義姉上の毎日のご予定を事前に知っておきたい。盗聴魔法は使用人詰め所と近衛待機所と一応は厨房にも。それと義姉上の居室...は、さすがに憚られるので、居室付近の回廊に複数仕掛けておきたい。そうすれば偶然を装って毎朝毎晩と、義姉上にお会いする事ができる。」
「......................は?」
「絶対に覚られぬよう、そして逆探知も不可能な複雑な魔法文構成で、かつ精度の高い盗聴魔法を。エルディ、どうかお願いできないだろうか? 義姉上とまずは接近しないと、この先仲良くもなりようがないのだ。」
「..................」
なかなか了承の返事が返ってこない。
真剣な表情から一転、ポカンと口を半開きにして、「え。それ、ストーカーじゃない.....?」と口零すエルディはさておき。
ーーーさて。後は小飛竜だな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ーーフレイ殿下には大変ご機嫌麗しく。この度は我がキットソン侯爵領が所有する小飛竜の幼体をお求めとお聞きしまして。せっかくの栄誉なこの機会、長男でありまするこのジェラルド自らが、こうして殿下を出迎えに上がりました。」
キットソン侯爵領といえば王国一の小飛竜の繁殖地。
ユーフェリア嬢との約束をいつか果たす為の騎乗訓練は今でも欠かさず継続しているが、そろそろ自分専用の小飛竜を手に入れておきたい。
それには幼体から世話を焼き、確固たる信頼関係を築く必要がある。それでキットソン侯爵家にその旨を伝え、買い付けにと小飛竜の飼育牧場まで足を運んだのだが。
「ーーフレイ殿下と自分は少しばかり歳が離れておりますが、これを機に是非とも友好を深めたいと。実は我がキットソン侯爵家は、先々代の国王陛下の治世のおり、奇襲の如く一方的に侵略してきた悪辣非道なるあのイエニス軍を、この小飛竜で編成した勇猛果敢なる空軍にて見事に返り討ちにしたという、それはそれは華々しい功績を持つ誇り高き一族であります。さすればこのわたくしめ、ーーー」
出張ってきたキットソン侯爵家長男が面倒臭い奴だった。
しきりにお家自慢をこれぞとばかりに捲し立て、第一王子という身分となったこの僕にあからさまに取り入ろうとしてくる。
けれど、先々代当主の功績をさも自分の手柄のように語るのはどうかと思うし、このジェラルド自身は小飛竜には乗れないのだとか。どうやらキットソン侯爵家は、孫の教育方針を間違えたようだ。
ぎらぎらしたジェラルドの相手に疲れた僕は、ふと少し離れた所に畏まって立つ、蒼い髪の少年が気になった。
背も足もすらっと長いけれど、歳は僕と同じくらい...?
彼は小飛竜騎乗用の革帯を背のバックベルトに通し、腰に巻き付けている!
「そこの君、名は? 体幹が随分としっかりしている。もしやその歳でもう小飛竜に乗れるのか?」
「え...は、はい!自分はそちらのジェラルド兄上の弟、アルバート・キットソンです!...失礼ながら、フレイ殿下には一言お礼を申し上げたく!」
ーー僕に、お礼を...?




