僕と国王陛下の密談
長い。しかも終わってない。
「ーーー先に述べ立てた諸々の諸事情により、俺の甥であるフレイ・セヴォワに第一位の王位継承権を与える!」
オルストフ国王陛下のその宣言が下された瞬間、大広間中の空間にまるで結氷が張り巡らされたような静寂が落ちた。
それぞれ華やかに着飾って思い思いに談笑していたこの場の誰もが、指名された当人のこの僕ですら、それは想定外だったのだ。
ーー毎年春に催される国家定例行事、エルドラシア国王陛下ご生誕パーティー真っ只中での突然の宣言。王都に居を構える全ての貴族と貴族官僚の全員参加は当然ながら、一般市民から成る評議会議員らまでが招待された大規模なパーティーでのこの宣言は、もはや覆す事の出来ない決定事項となる。
なれば僕の生家、将来のエルドラシア国王を輩出するセヴォワ公爵家が名実ともに莫大な権力を手中にする事となり、それでは現状より今後ますますと、あの彼女から遠ざかっ.....
「ーーーっい!おい!フ、フレイ!大丈夫か? こ、これは未だかつてない、大変由々しき事態だっ...!おぉ、おまえも困惑しているようだが、その、と、とにかく、ほら!こ、国王陛下の元へ早くっ.....! 」
名指しで指名された自分よりも動揺をあらわにする父エフレム。
対人恐怖症の父は、注目の的である僕を自分の傍から早く追い払いたいのか、それとも純粋に息子の立場を気遣っているのか。
ーーそんな父に背中を押されるよう、壇上の国王陛下に向けて足を踏み出した、まさに、その時.....!
「ーーーが但し、聞け!俺はこのフレイと同じくもう一人、筆頭王位継承権を与えようと思う者がいる!その者の名は、ユーフェリア・レストワール!俺の姪にあたるこのユーフェは、貴族女子ではあるが幼少期より類い稀なる聡明さを持った神童であり、すでに様々な分野においてこのエルドラシア王国に高く貢献をしてきた。もはや次代の女王として相応しい才覚と素養、並びに成人貴族らとも対等に渡り合える品位すら十分に兼ね備えていると言わざるを得ないだろう!このユーフェとフレイを彼らが成人する数年後まで、暫定的に俺の養子として王宮に迎え入れ、傍近くでどちらが次代の王に相応しくあるかを見極める事とする!」
「「「........っ!!!」」」
ーーその数秒後。
異様に長きの静寂から一変して大広間、いや。王宮という建物丸ごとを震撼する勢いの、大きな響動めきが突き抜けた。
僕とあのユーフェリア嬢が第一位の王位継承者に同時指名?
しかも暫定的にではあるが国王陛下の養子として王宮に迎え入れると、今、そう確かにあの王は宣言したのだ...!
ーー不意に脳裏に浮かぶのは2年前の警邏隊駐屯地での彼女。
公爵家のご令嬢でありながら危険な感染病の畜舎へと足を運び、患畜を見ただけで最善の治療方法を導き出してしまった非凡なる才女。またその反面、小飛竜を前にあれ程はしゃいでみせた無邪気な可愛らしさの意外な一面。
あの日颯爽と小飛竜を操ってみせたガドゥラケルに、感嘆の面持ちで見惚れていた彼女。僕はそんなキラキラした彼女の視線の先にあるのが、この自分であったならばと強く願ってしまったのだ。自分に初めて芽生えた嫉妬のような感情に突き動かされ、そして交わされたのがあの約束。
あれ以来、まともに交流する機会もないまま時は過ぎていったが、どんなに忙しくとも小飛竜に乗る訓練は継続している。軍馬と勝手が違って空を飛翔する小飛竜の操作は思ったより難易度が高く、残念ながら背に人を乗せての騎乗はまだほど遠い。けれどきっといつかあの約束を実現させ、このエルドラシア王国の大地を彼女と共に大空から見下ろしてみせる!
ーーああと。少々話は逸れてしまったがつまり、今の勅命同様の宣言によればそのユーフェリア嬢と、これからは誰憚る事なく頻繁に会えるようになるし、義理の姉弟関係ならば貴族籍の未婚男子の中では他の誰よりも彼女と近しい間柄になるわけだ。
まあ、不仲な両家の関係性や王位継承権争いなどの事情を鑑みれば、そう簡単にはいかないのだろうが。
そんな喜びの感情を一旦横に置き、未だざわめく招待客らが注目する方へと視線を向ければそこにはユーフェリア嬢の姿。久しぶりに目にした彼女の本日の装いは、淡い紫色のドレスでハーフアップの髪には彼女の最も好むラナンキュラスの花を挿していた。あたかも童話に出てくる気品高い妖精そのもの....
ーーそのユーフェリア嬢も先ほどの僕と同じようにまた、この国王陛下の宣言に呆然とした顔をしていて。
そして彼女の瞳は間違いなく、こう語っていたのだ。
ーーそんなの、大迷惑っっっ!!...と。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ーー渡りに船とはまさにこの事です。それで憚りながらもお尋ね致しますが、今回の宣言に至った理由はご説明頂けるのでしょうか?」
この王国で代々最上の権力者が住まう居室、王の間に僕は立っていた。
目の前に鎮座するのは恐れ多くもオルストフ国王陛下。性格はともかくエルドラシア王国の名君主として名を馳せる王は、グラスを片手に足を組んでゆったりとソファーで寛いでいた。
「渡りに船? フレイはそれほど権力に執着してはいなかったと、そう俺は読んでいたんだが? 逆にどう説得してこの場を丸め込もうかと首を捻っていた次第なんだが。」
「状況によりけりです。確かに自分は過ぎたる地位は望んでいませんし、王位など過分な栄誉と恐縮するばかり。ーーけれど望むものが手を伸ばせばせめて触れられるやも位置に舞い込んできたわけです。相変わらず当たらず障らずの、変わらぬ些少な関係ではありましょうが。」
ありのままを素直に口にした僕に、陛下は片方の眉を上げた。
その表情がやはり血筋なのか、あの母ミュゼットに似ている。
「過分な栄誉ねえ? 実はお節介なほどに責任感が高く、貴賎や相手の所属で差別などせずに人を使い、上位貴族の嫡子として育ちながら一歩後ろに下がる謙虚さも持ち合わせている。一国を担う王としての素質は十分、更に幸運の王子様のおまえが何をいう。」
「...なるほど。やはりあの胡散臭い警邏隊員は貴方の手の者でしたか。彼には僕のスキルが全く通用しませんでした、...陛下のご加護、ですね?」
オルストフ国王陛下は空間関連の魔法が得意だと聞く。潜り込ませた手下の身元が露顕せぬよう、事前に彼に何らかの加護を与えていたのだろう。それは神の贈り物とされる“絶対幸運”の僕のスキルですら通じないような、はるかに上位の加護。
そんな使い手はこのエルドラシア王国内に数える程しか存在しない。
「や、まー、だがあいつはあれで結構役に立ったろ? 一応あれでも指折りの天才エリート騎士だぞ。あ、まあ、ちょっと訳ありな奴なんだがな!」
「............」
「ウォホンッ!ーーんじゃ、手っ取り早く簡潔に説明するわ、だが全ては教えてやれん。それがこの先のルートにどう影響するか、正直言って俺は恐い。」
「ルート? それは一体...? 」
「ハイ、黙秘。ーーさて、おまえとユーフェを同時指名した理由は3つ。1つ目は単純に王の俺に子がいないから。貴族官僚の連中から毎回毎回馬鹿の一つ覚えのように早く再婚しろだの、せめて後継ぎだけでも作れだのと、やれうっとうしくて敵わん!」
「陛下はまだ御年32歳とお若くていらっしゃいます。単刀直入にお聞き致しますが、やはりこの先も再婚されるおつもりはないのでしょうか?」
最愛のオルヴィナ王妃が身罷られてすでに10年。
王立学園で運命の出会いをし、大恋愛の末に結ばれたご寵愛の王妃殿下。その正妃以外は側妃も愛妾ももうけずと、王妃を亡くして後もこうして独り身を貫き通している。正直、その一途な恋愛観は尊敬に値する。
「再婚も何も俺は離婚した憶えはねえっての.....」
「は?」
「いや、次に2つ目。ユーフェに複数の国から縁談が舞い込んで来た。もはやエルドラシア王国の主要食となりつつある穀物フェリアを作り出し、軍馬の感染病問題ですら収束させてみせた才女。それも俺の姪で公爵令嬢だ。どの国も将来の王妃候補としては勿論の事、優秀な王族籍や公爵家の伴侶として迎え入れたいと、内々に打診の声がそれはもう数多く寄せられている。けどな、ユーフェを他国へ持っていかれれば多大な我が王国の損失となるだろう。」
苦々しい表情の王。子がいない彼は、ユーフェリア嬢の事を恐らく我が娘同様に想っている。他国へ嫁入りさせるつもりなど毛頭ない筈だ。
僕とて、そんな話は断固阻止したい。
ーーけれど、王の話は続く。
「そしてフレイ、最も危惧すべきはあろう事か、東の軍国主義国家イエニスにもその動きがある、という情報を入手した。」
「!!、あのイエニスが!ーーあってはならない!絶対にユーフェリア嬢を、あのような危険な国に奪われてはなりません!」
「全くその通りだ。あの頭脳を戦争に利用されれば一体どうなるか。ーーフレイ、おまえならば想像に容易いだろう? 当然どんな手を尽くしても阻止するが、もしも最悪そうなった場合、この俺はエルドラシア王国を守る責務を果たさねばならなくなる。」
それは...暗にユーフェリア嬢の暗殺を仄めかしている.....
感染病の深い知識があり、治療方法をああも熟知しているのならば、反対にわざと計画的に広める事も可能なのかもしれない。
新種の穀物栽培や農作物の研究に関してもまた、軍事目的や毒物の生産等に利用されれば一体どうなるか。
あの優しいユーフェリア嬢がそんな恐ろしい事に荷担するとは思えないが、もしも大事なものを質に取られてしまったら?
「....その為の養子縁組み、なのですね。暫定的にとはいえ王女の身分となるならば、義父の陛下が直接そのような縁談をはねつけられる。今のレストワール公爵令嬢の身分では、他国の王族の申し出を断るのはとても容易ではない。なるほど、納得致しました。」
けれどそれだけでは問題を先送りにしているだけだ。
せめて、彼女が婚姻可能となる年齢までにーーー
「早急にユーフェリア嬢の婚約者をお決めしなくては!成人を迎えられる3年後までに、妥当な身分の、文句の付けようもない相手を見繕い、他国へ奪われる前に直ちに婚姻させる、それが一番でしょう!そうすれば、彼女はこの先も穏便に生きられる。」
「はあ!? いや、何故そうなるんだ!フレイ、おまえが王になってユーフェを王妃にすれば簡単だろうが!またはユーフェが女王となっておまえが伴侶としてあいつを支える。セヴォワとレストワールの不仲も幾らか緩和されるだろうし、正直俺はこれが最善だと思うぞ!?」
「いいえ。それは多分、有り得ません。」
即答した僕に、オルストフ国王陛下は瞠目した。




