私とフレイ君の約束2
私の提案した治療方法により、熱病に侵されていた厩舎中の軍馬は概ね全ての容態が安定した。けれど、あの前世の世界の高い医療技術においてもワクチンが気休め程度でしかなかった脅威の感染病。何よりもの対策は、移らないように予防する事が第一。発症した患畜の徹底した隔離はもちろん、飛沫などが飛び散らぬよう防護幕で周囲を覆う、清浄魔法による小まめな殺菌...アルコール消毒液などはそのうち作ってみようと思うけど、緑茶の成分であるカテキン、紅茶のテアフラビン、お酢の酢酸などにも高い殺菌効果はある。相変わらず熱心に話を聞いてくれるフレイ君とアシュリーさんに、簡単に実行できる予防対策などを幾つか提案し終えると、やがてレストワールへと帰還する時間となっていた。
あっ、そうだ!
最後にあのミニドラゴンちゃん、小飛竜にお別れの挨拶をしてこよう!窓から確認すれば外の雨もすでに上がっている様子だし、馬車や侍従らの帰り支度が整うまでにはまだ時間がある。
そう思い立ったら即実行!私はすぐさまフレイ君から承諾を得て、そのままエスコートしてくれる彼と警邏隊員一名と共に外へ出た。
けれど、ーーー
ーークワアァァァッ!!
「きゃあっ!!」
「ガドゥラケル!ーー大丈夫ですか、ユーフェリア嬢!? 」
木の下に寝そべっていた小飛竜が、近付いて来た私に向かって突然上体を起こし、威嚇の叫び声を上げた!
「いや!フレイ様、上です!上にコカトリスが番いで二体、旋回しています!あれは猛毒を持っててやたら好戦的な怪鳥なんです!頭を低くして地に伏せて!その特別仕様のコートでお姫様をっ!」
ハッとして上空を見上げればそこには上半身は巨鳥、下半身は蛇といった怪鳥の姿が!さっきの小飛竜の威嚇はあのコカトリスの襲来を警告してくれたんだ!
即座に風避け兜の警邏隊員が上空に向かって合図の魔法弾を打ち上げると、騎乗しやすいように伏せた小飛竜に駆け寄って飛び乗り、敵の旋回する空へ飛び立つ!まさか単独で迎撃する気...!?
「ユーフェリア嬢、失礼!」
「え!?ーーあっ、はい!」
フレイ君が私の腕をやや乱暴に引っ掴んでしゃがみ込ませ、その身に纏う大きめのコートですっぽりと包み込む!
普通の令嬢なら間違いなく悲鳴を上げる場面だけど...!
「僕が装備するこのコートは世界で最強クラスの魔法防具!お嫌かもしれませんが、この中にいれば貴女の身は一番安全です!」
「はい!とても心強いですわ!このまま厩舎に戻ればよいのでしょうか? どうぞ何なりとご指示を。わたくしはフレイ様の判断に従います!」
その私の冷静さと絶対的な信頼にしばし瞠目して固まるフレイ君だが、すぐに周囲を見渡し現状確認をする!ーーむああ!平気なフリしてるけど、ホントは恐くて心臓がバクバクいってるし!何よりも麗しいフレイ君のお顔が近すぎだしっ!もちろんそんな場合じゃないけど!
「いえ!敵は二体いるのですから、下手に動けば挟み撃ちにされる危険性が高い。応援が来るまで僕らはここでじっとしていましょう。ーーガドゥラケル!先に大柄な方のコカトリスを狙え!それが最善手だ!」
最善手? でもそちらの大柄が恐らく雄で、どちらかというと小柄な雌の方が撃破しやすそうなのに?
「ーー承知しました!どんとお任せ下さい!このくらいの獲物、俺にしたら朝飯前ですよ!」
そう自信満々に宣言した風避け兜の警邏隊員!彼は騎乗する小飛竜を自在に操って猛スピードで空を翔け、大柄なコカトリスへと弾丸の如く一直線に突っ込んでいった!
そして流れるような動作で手元の槍を後ろへ大きく振りかぶり、真横に薙ぎ払って標的の胴体をかっ飛ばす!
ーークッ!ギャアアッッッ!!!
見事に一体目、撃破!!
すごい剛腕スイングとコントロール!騎乗したままでのあの動き、よっぽど下半身を鍛えていないと下に落っこっちゃう筈なのに!
そして予想外にも呆気なく。雄が撃破されたのを見た雌のコカトリスは、慌てふためいてそのまま遠くへ逃げ去っていった。
「見事な槍捌きだ!ーーもうこの場は安全のようですね。緊急時とはいえ、手荒な真似をして申し訳ありませんでした。どこもお怪我などはありませんか?」
いや、怪我って、あの...。小飛竜の威嚇にびっくりして、たたらを踏んだだけです...情けない。
「ええ。大丈夫です。あの強く勇猛な警邏隊員のおかげでこうして無事ですわ。フレイ様も身を呈して守って頂き、ありがとうございました。」
しゃがみ込んだ状態から顔を上げれば、そこには私を覆い被さるよう庇ってくれていたフレイ君。完璧な左右対称を描く骨格美の麗しいお顔に、常夏の海色のような翡翠の瞳に影が落ちる。
あれ? どうしたんだろう...?
「いえ。僕は、何も...」
「? あの、如何なさいました?」
何故か浮かない顔で言いよどむフレイ君だが、そこへ小飛竜と風避け兜の警邏隊員が空から戻ってきた。慣れた手綱捌きで一気に上空から下降し、砂埃を舞い上げながらも颯爽と近くの地面に着地する。
あ、風圧の魔法で衝撃を和らげてるんだ。ーーなるほどなるほど。
思わず食い入るよう観察していると、ようやく厩舎から護衛や他の警邏隊員達らがぞろぞろと駆け付けて来た。
非常事態の合図を送っていたものの、余りの迎撃の早さに彼らの出番はなし?
「ーーフレイ様!お怪我はございませんか!?」
「おい、見ろ!あちらの野原にコカトリスの死体が!!」
「他に敵の存在は!?ご指示をお願いします!!」
事態を把握して緊迫する彼ら。そこへ小飛竜から降り立った風避け兜の警邏隊員が口を開く。
「フレイ様。逃げ去ったコカトリスは追跡させときましょう。あの種は放置すれば大変危険です。番いなら巣に卵があるかもしれませんし。」
「ああ。ーーそのように手配を頼む。」
「ところで。何故大きい方を先にとおっしゃいました? 実は大きな個体の方が雌で、しかもかかあ天下って知ってました? コカトリスの習性にお詳しい? 」
「...さあな。応援が来るのは分かっていたし、危険そうな方を先にと。単純にそう思ったまでだ。」
「ふうん。.....これが幸運の王子様のお力ってやつ.....」
幸運の王子様...?
何か引っ掛かるやり取りだなあ、と首を傾げていると。上体をようやく起こしたフレイ君は居ずまいを正し、おもむろにその場で片膝を突いた。
ーーえ。
「ユーフェリア嬢、一つ、お願いがあります。」
「お、お願い!?」
セヴォワ公爵家の若様が、地に膝を突くレベルのお願いって何っ!?
「......今日より猛特訓して、僕も小飛竜に騎乗できるようになってみせます!先ほどのように、貴女が見惚れるくらい強くなってみせましょう。ですから。......その時分には是非、僕と一緒に小飛竜に乗って下さい!」
「小飛竜に、一緒に乗る...?」
何かよく分からないけど、フレイ君もさっきの警邏隊員の勇猛さに感激しちゃった? 戦隊もの好きな男の子のように、いつか自分も強くなって世界の為に戦う!ーーってなカンジかなあ?
でも、ひゅう!とか口笛吹いてる外野は何なのだろう? 何で警邏隊員らにこんなに私とフレイ君は囲まれてるのかしら?
こら、君達!事後処理とか安全確認とかしないのかい!
ーーあ!若様の一大決心に注目してるのか!でもその一大決心を、私に向かって宣言している理由が分からない。
でも、まあ。小飛竜に乗れるのならもちろん願ったり叶ったりだし!むしろこちらからお願いしたいくらいだよ!
「はい!喜んで。頑張って猛特訓なさって、いつかわたくしを小飛竜に乗せて下さいね!」
「!!」
わああああああああっ!!!
パチパチパチパチパチーーー!!!
ひゅうひゅう、ぴゆぅぅぅーーー!!!
何故か大音量の拍手喝采を浴びた。
この大騒ぎの意味が分からないけど。まあ、いっか。
私の返事を聞いたフレイ君は嬉しそうだし、みんな明るく笑ってるし。
ーーその数年後。
小飛竜に騎乗する任務の警邏隊員の常識では、「俺と一緒に小飛竜に乗って下さい!」は、告白を意味する言葉だと教えられた。もちろんそれを知った私は、その場で盛大に悶え叫ぶ事となる。
「そんな常識、知るかあああーーーッ!!」




