僕とレストワール公爵令嬢3
「ーーセヴォワ公爵様側から、恐れ多くもご継嗣であらせられるフレイ様が直々にいらっしゃるとは...まさかわたくし、想像だに致しておりませんでしたわ。」
「それは僕もです。レストワール公爵家の大事な惣領姫殿が、ご自分の身分も立場も顧みずとこのような感染病の現地に足を運ばれるとは...よくぞ家の者が許されましたね?」
にこやかに膝を折って挨拶し合うものの、互いの瞳の奥底に浮かぶのは想定外と厄介事の文字。
ーー場所はセヴォワ公爵家が所有する警邏隊駐屯地。その敷地内に建つ宿舎の一室、来客用にと誂えられた貴賓室でレストワール公爵家との会見が始まった。
僕とユーフェリア嬢が向かい合って着席した椅子の真後ろには、セヴォワとレストワール、それぞれ互いの補佐官の誰も彼もが困惑顔で立ち並び、狭い部屋の壁側には護衛と警邏隊員が興味津々といった体でズラリと立ち控えている。
僕個人としてはこのユーフェリア嬢を利発で聡明、そして何よりも面白い子だと思っているし、家のしがらみや苦労を背負う同様の立場からして、むしろ親近感に近い感情すら芽生えている。
けれど公爵家代表としての立場とそれとは全く別の話。ここが軍馬の感染病が現在進行形で蔓延する危険地である以上、速やかに高位貴族令嬢である彼女にはお帰り願うのが常識で。この先の厩舎に招き入れるなど言語道断だ。
「ーー何よりも先ず、不躾にお尋ねさせて頂きますが。ユーフェリア嬢が本日お召しのご衣装は、看護職にある方々が身に纏う着衣なのでは? さすればもしかせずとも。貴女のお顔を直接存じ上げている僕が会見相手でなければ、身分を伏せてお騙しになるおつもりだったとか。」
「っう!その、騙すだなんて。ーーふふふ。まあ、言わぬが方便と申しましょうか...」
ーーそうなのだ。紺色のワンピースに清潔な白の前掛けと頭部にも白い布切れ、目の前のユーフェリア嬢は誰がどう見ても貴族令嬢の装いなどではない。令嬢といえばドレス姿しか見る機会のない僕からすれば、かえって新鮮でもの珍しくもあるのだが。
図星を指されていたのかキョロキョロと目を泳がせる表情に、何故か例えようもない優越感が込み上げてくる。
ーーだって、相変わらずの彼女だ。
出会いからして、嫌がらせで捨て置かれた鳥一羽の骸の為に。その自らの手を土で汚してまで埋葬していた心優しい少女。だから今回もきっと、病の軍馬を見過ごせなかったに違いない。
そんな無鉄砲な彼女に興味津々といった表情をしたリュカが、挨拶がてら場の進行役を買って出た。
「初めてまして、お噂は兼がね。このような機会ですが、お会いできて光栄であります。“高貴なる知の姫君”と称されるユーフェリア・レストワール様。しかし誠に恐縮ではありますが、貴女様のような尊いご身分のご令嬢を、件の厩舎などにお連れするわけにはまいりません。熱病についての話し合いはこの会見の場のみでも十分可能かと。私はフレイ様専属の侍医を務めまするリュカ・アシュリー。今回は緊急時という事で微力ながらも軍馬の治療にも従事させて頂いておりまして。どうぞ宜しくお願い申し上げまする。」
「あ、いいえ、こちらこそ、ーって!っお待ち下さい!患畜を直接この目で見ないで話し合いも何もありませんわ!ーーーっあの!ではフレイ様、今からわたくしと賭けを致しましょう!わたくしがフレイ様に勝てば、患畜のいる厩舎へ立ち入る許可を頂きたく存じます!」
「ーーは? 賭け...ですか!?」
やはり彼女自らが、感染病の軍馬を直接見に来たという事か。
レストワール側もそれは想定外だったのか、彼女の突飛な発言に目を丸くした。というか、真後ろの侍女らしき女性が「約束が違います!」と叫んでいる。最初から敵味方、両方を謀るおつもりだったと...。
「いいえ、そんな愚行を絶対に了承できませぬ。万一にも、ユーフェリア様に問題の熱病が感染してしまっては一大事。このセヴォワの不手際だ、よもや実は仕組まれた陰謀だなどと、我らはエルドラシア王国中から糾弾される事となりましょうぞ。」
「それは大丈夫です!警邏隊で発生している問題の病は、恐らく馬流感です!その病は決して人に移ったりはしません!それにっ!貴族間同士の正式な賭けならば!その結果に何が起きても自己責任と、そうエルドラシア王国の法令に定められております!ーーですからわたくしのこの身が病に害されようと、そちら様が糾弾される謂われはないのです。フレイ様っ!どうかわたくしとの勝負をお受け下さいませんか!?」
「未成年同士で正式な賭けなど!認められませぬぞ!」
「だがしかし!軍馬の熱病についてお詳しくあるようだ...」
「有り得ぬ!レストワール側は誰もお諌めせぬのか!?」
「ーーなあ、おい。バリュウカンって、どんな病?」
「貴族間同士の賭けって、大事だよなぁ。...でも俺らの愛馬を治してくれるんならこの際何でもいいさ!」
彼女の発言に補佐官らはおろか、警邏隊員まで騒然となる!
ここで国家法令に基づいた“賭け”を提示するなど!やはりユーフェリア嬢は恐ろしく知恵が回る。その方法ならば確かに全ての問題はなくなる、セヴォワは賭けの要求を通した勝者である彼女に対して、一切の責任を負わずに済む事となるのだ。
「なんと酔狂なご令嬢であらせられる事か...。しかしユーフェリア様、この場には“立会人”がおりませんぞ? 法令で定められたその賭けには公平な立場の第三者、互いの家の者以外での立会人が必須と明記されております。この駐屯地には残念ながら今現在、セヴォワとレストワール公爵家の方々しかいらっしゃらない。」
「ーーそ、それはお時間を頂ければ!相応しいどなたかをすぐに選出して、早急に転位魔法陣でお越し願いますわっ!」
慌てふためく彼女の態度からして、どうやらこの賭けの提案自体がその場で捻り出した咄嗟の思い付き。そして立会人に関しては完全にすっぽ抜けていたらしく。聡明にして完璧と思われた彼女のそんな困り顔を見て、気まぐれに僕の心が動く。
ーー“高貴なる知の姫君”に恩を売るのも悪くはない。ーーその時何となく、僕はそうした方がいいと感じたのだ。
「お話は理解致しました。ユーフェリア嬢、わざわざ立会人を喚び寄せる必要はありません。公平な立場の第三者ならばーーなあ、そこのガドゥラケル!お前で異論ないのだろう?」
「っうへ!? なっ、何で俺で異論ないんですか!? だって俺は!こ、ここセヴォワに所属するいち警邏隊員なんですけどぉぉぉ??」
皆が注目する中、僕は席を立つ。そして風避けの兜を被ったままの、あの胡散臭い金色の髪の警邏隊員に近付いて彼の耳元で囁いた。
『国王陛下はガドゥラケル、きっとお前を公平な立場の立会人として認める。ーーそうだな?』
『うわっ、それ!なななっ、何でバレてんですか...!』
「ガドゥラケルよ、語るに落ちたな。」
こいつ!は、嵌めやがったあああ!!
ーーという顔のガドゥラケルを横目に、話を推し進める。
「立会人は彼で問題ない、その点については僕が保証致しましょう。それでは早速ユーフェリア嬢。その賭けとは、どういったものでしょう? 内容をお聞きしても?」
ーーというか、確実に自分が勝てる勝負事があると?
だがさすがは聡明なるユーフェリア嬢。咄嗟の思い付きでも確かな自信があるようで。
「わがままにお付き合い頂けて、大変嬉しく。ええと...では遠慮なく、申し上げます。」
おもむろに椅子から立ち上がった彼女はその右手を窓へと指差した。
「ーー皆様方、どうぞ窓の外をご覧下さい。わたくしの提案する賭けの内容とは、実に他愛なきものでございますわ。このーーーーー」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
警邏隊駐屯地の敷地内で、大人しく野に座って待機する小飛竜。ーーを、遠巻きに物珍しそうに屈んで眺めるはあのユーフェリア嬢。
小飛竜は呼んでその名の如し、小さめの体躯をした竜の仲間で性格は穏やかで人に好意的。全体が固い外皮に覆われ頭頂部には小さな角が2本、瞼から覗く大きな眼球は鏡面のように景色を映し出したセピア色。何よりも特徴的な飛翼はしなやかで力強く、押し広げれば大人数人分の丈にまで及ぶ。
そんな小飛竜を夢中になって観察している彼女に近付くと、よほど小飛竜がお気に召したご様子。白磁のような頬に両手を添えたまま、嬉しくて仕方ないといった満面の輝く笑顔を。
ーーこの僕に。そのまま、向けた。
「ーーっ、」
会見の席での儀礼的な微笑とはまるで掛け離れたその笑顔に驚くものの。何とか冷静を取り繕って口を開く。
「お邪魔をして申し訳ありません。ーーこうして真近で拝見しますと、やはり圧倒されますね。ユーフェリア嬢は小飛竜にとても興味がおありでしたか。」
「ええ!はい!だって、竜なのですもの!遠くで飛翔している姿は幾度か目にした事がありますが!実際にこんな近くでは初めて!うわあ、うわあ!想像通りのホンモノの竜だ!飛翼がこれまた何とも言えないくらい格好いいし!ーーあ!目が合った!ミニ竜ちゃんが、こっちを振り向いたよ!」
感激の余り地が出てしまっている彼女に思わず口元が緩んでしまう。
僕も今日初めてその背に乗ったが、やはり単体では世界最強種族と言われる竜の一種。誰もが憧れる存在に他ならない。
ユーフェリア嬢を更に喜ばせたく、後ろに控えるガドゥラケルに尋ねると。「こいつなら俺と同じ女好きなんで!人懐っこい奴だし、全然問題ありませんっス!」と、何とも軽い許可が出たので彼女を誘ってみる。
まあ...万一不測の事態にはこの防御力SSS級魔法コートで彼女を包み込んで守ればいいし、僕だって防御魔法くらいは使える。
「宜しければ、近くに行って直に触れてみませんか? 喉元を撫でるとゴロゴロと音を出して、それはとても喜ぶようなのです。」
「えええっ!よっ、宜しいんですの!?はい!是非とも!!」
本当に嬉しそうに顔を輝かせた。
僕が対立するセヴォワの人間だという事も恐らく忘れているし、今の彼女にとっては小飛竜が優先なのだろう。ーーそれは同時に、僕の身分にさえ本当は頓着していないという証明で。
「撫で撫でできるなんて大感激!はうわぁ...思ったよりもミニ竜ちゃんの外皮は温かいのですね。体温が人よりも高い?」
「そうですねー、小飛竜は冬でも寒空を飛翔しますから、寒さにはめっぽう強く出来てるんです。けれど今年の冬は例年に比べて雪がよく降りまして。頻繁に手綱が凍ってしまうとですね、騎乗中の進路変更などの細やかな合図に支障が出るっつーんで、ほら。セヴォワの小飛竜は試験的に手綱の素材をフェザーに替えているんですよ。」
ガドゥラケルが丁寧にユーフェリア嬢の質問に答える。
彼の言う通り、小飛竜の手綱の持ち手部分にはふさふさとフェザーが縫い付けられている。
「フェザーを。試験的、という事は...今年の冬から、なのですか?」
「はい!お陰で以前よりかは手がかじかみません。防寒グローブをしてても寒さでカチコチでしたからねぇ!」
ーーのんびりと会話を交わす、冬の穏やかな日差しの下。
僕はふと、頭上に晴れ渡る壮大な空を仰ぎ見た。
「ユーフェリア嬢。貴女がお賭けになった通り、本当に今から雨が降るのでしょうか? あの好天の空を見ますと、到底信じられません。」
ーーいいや、本当は知っている。この賭けの結果がどう出るのか。
僕の絶対幸運のスキルがそう告げているのだから。
「ええ、雨は確実に降りますわ。今朝は朝焼けが綺麗でした。加えてあの西の空をご覧下さい。発達した雲の層が近付いて来ていますし、その方角から冷たい風が吹き始めました。...これらは急な雨が降る、典型的な前兆なのです。」
間もなく。彼女の賭けた狙い通りに、空から雨が降り出した。




