ヒロインが原作者の物語7
光魔法で開封した“遺言”は、アゼルさん本人の思念体だった。
初代ギュンスター伯爵といえば、今現在もA~SSS級にランクづけされる上位魔法のおよそ大半を開発した天才魔法使い。
王国に留めおく為に押し付けられたとされる千山万岳の形ばかりの伯爵領、そこの保護動物管理や自然災害対処などの最低限の領主義務を果たす傍ら、他は暇さえあれば稀少な転位魔法で世界各地を巡っていたと記録されている。
出生国や生い立ちは英雄王と同じく一切不明。けれど人類の魔法レベルを飛躍的に向上させた偉業にて歴史的偉人に位置付けされるその彼は、相当年季の入った旅装束の深緑のマントを着込み、伸び放題の前髪から覗く紅茶色の眼差しは、───
ん?あれ?瞳孔が開いてわなわなとこっちを見ている!?
「はーちゃんッ!?そこのいるの、はーちゃんだよね!?」
「へ!?あ、うん、そうだけ、─ふぎゃッ!」
一瞬ではーちゃんの姿が視界から消え去った。
あ、違った。アゼルさんに全身すっぽりと覆い包まれてた。
ツンデレな彼のまず有り得ない情熱的な行為に唖然とするも、けれど横のオルストフ殿下は雰囲気ぶち壊しの大声を上げた。
「えええ!!ちょっと待て!おかしいだろう!幻影なのに何故ちびに触れられるんだ!?」
驚くポイントそこか!
というかそんなくだらない理由で横やりを入れないでほしい。現実にはシーン再生機能なんて付いてないんです!
「殿下。今は空気を読んでくれませんか?互いに長い時を待ち望んだ、そんな一途なお二人の感動の再会シーンなんです。それとも天高く馬に蹴られたいと、そうおっしゃるんですか?」
「いや、だけど!実体ではない幻が!相手に触れられてしかも状況に応じた会話まで可能って!?」
デリカシーのない現実主義者の殿下にため息を付きたくなるものの、彼が取り乱すのもムリはなかった。
魔法を扱う職種の中でも特別な称号とされる“魔法使い”、そのアゼルさんの構築した魔法幻影はとにかく常識外れなシロモノだったりするわけで……
「では殿下の為にサクッと説明しますけど、あれは魔法で形成された立体映像…つまりは確かに殿下の言う通りに実体ではない幻なのですが、予め設定された景色や物や人物を空間に映し出す、もしくは事前に取り込ませておいたメッセージを一定の条件下で再生させる、などのそんじょそこらの一般的な魔法幻影なんかでは決してありません」
「いや、魔法幻影自体が精度によっては上級魔法の括りだし、そんなにそんじょそこらで頻繁に見られるものではないと俺は思うぞ?それに、ヴィーナはどうしてそこまで彼について詳しいんだ……」
だって原作者だし!──と、言いたくなる気持ちをぐっと押さえ、うちは説明を続ける。
「とにかく、あれはアゼルさんご本人が自らの記憶や感情をそのまま複製して取り込ませた、まさに彼の残留思念そのものなんです。この世への執着と未練が強ければ強いほど、幻影でも生前と変わらないクオリティーが実現可能でして。まあ、ええと……端的に言ってしまえば天才は何でもアリってやつです!」
「なんか結局最後は強引に締めくくった!ううーん、なんとなく理解はしたが、だけどなあー…」
まだ何か言いたげな殿下はさておき、うちはアゼルさんとはーちゃんの感動の再会場面に目を向けた。
「やっと!やっとはーちゃんに会えたよ!僕はずーっとはーちゃんを探していたんだ!だって人並み外れたバイタリティとムダに気合いと根性たっぷり、幼体の頃から喧嘩っぱやくてけれど人一倍さびしん坊の君は、その執念でそのうち絶対にこの世界に再び生まれてくるだろうって、そう僕は信じていたから!」
「ふにゃ!?ダーリンもボクを探していたの!?」
要約すると多分間違いなく脳筋と言われたはーちゃんだけど、そこはスルーしておこう。うん、感動のシーンには違いないわけだし。
しかしこのアゼルさん、ずっとはーちゃんを抱き締めたままだ。
このシーンって、こんなにラブラブだったっけ?
彼というキャラクターは、こんな風に人前で堂々とイチャイチャできるタイプではないハズなのに……??
「あのね、僕はどうしてもはーちゃんに伝えたい事があったんだ。だから世界中のあちこちを旅しがてら、毎回くたくたに疲れ果てるまで君を探し続けた。でもある日、不意に突然僕のもとへ帰ってきたヒースクリフから、君が生まれ変わるのはまだ相当先になると聞いてさ。まあ、その時はちょっと絶望しかけたけど、彼はその遥か先には明るい希望があるとも教えてくれた。だから僕は全身全霊を篭めてこの遺言を作り、そして王宮の庭の片隅に遺したんだ」
え?……なんて、今彼はなんて言った……!?
「ヒースクリフさんが帰って来た?初代エルドラシア国王で英雄王の彼は、僅か数年の在位でその栄光の王座を捨て、その後は自由気ままな放浪の旅に出たまま二度とこの国には帰らなかった、そういう結末のハズでは……!?」
おかしい。そんなのはおかしい。英雄王が再びこの地に帰れるハズがない。だって、彼は………
「??、ヴィーナは何をそんなにびっくりしてるんだ?公式な記録には書かれていなくとも、自由気ままな放浪の旅人となったならば、不意に親友の顔を見たくなってこっそり戻って来る事もあっただろうに?」
「それはそうですけど!でも有り得ないんです!」
「どうしてそれが有り得ない事なの?」
「!?」
いつの間にかアゼルさんはこちらに目を向けていた。
相変わらずはーちゃんを抱き締めた体勢で、それでも刺すような鋭い視線をうちに向けていた。
「ねえ、君がヒースクリフの言っていた“眠り姫さん”、だよね?」
「は?ね、眠り、姫……??」
うちは油断していた。
ここは自分が書いた物語を主軸に創られた世界、けれど登場人物がそれぞれに自発的な感情と判断力を持って日々を生きている以上、原作者でも予想外な展開があっても仕方がないと、むしろそれで当然だと思っていた。
それがここ最近増えてきたイレギュラーなのだと、それなりに気に留め、この足りない頭で警戒はしていたけど……
──けれど、まさか。
「僕が遺したこの遺言の開封には大きく分けて三つの条件を設定した。─まず一つ目は、エルドラシア王家の血筋の者、もしくは正当な理由でその王冠を冠する者、という条件。二代目のクライシス王には多大な恩があるし、彼の子孫にならばこの僕の力を貸して上げてもいいと、そう思ってね。それにはーちゃんが生まれ変わるこの時代には、きっちり忠告しなきゃいけない非常に重要な案件もあったし」
「王冠を…!それで義母上が、今代のアメリア女王が“遺言”の事を知っていたわけか。南の共和国の王女だった義母上は、当然ながらエルドラシア王家の血を引いていない。それでも条件下に入れたという事は……つまり、よっぽど重要な案件か……?」
知らない。こんな話の流れ、うちは知らない。
「二つ目はギュンスターの一族の者。これは単純に自分の子孫の顔を見たかったからで。けれど問題は、最後の三つ目だね」
「ん?ダーリン?さっきから何の話をしてるの?」
「はーちゃんの今後に大きく関わるお話だよ。それにね、三つ目は君に会う為のものなんだ。いつの日か君がこの場所を訪れる事があれば、その時は僕がちゃんと君に気付いて出会えるようにと、そう思って設定しておいたんだ」
「ん?だからボクはこうしてダーリンに会えた?」
「うん、そうだよ。やっと会えたね?」
コテンと首を傾げた少女に、彼はふわりと笑った。
こ、この人、全然ツンデレなんかじゃない……!
人として成長したアゼルさんは最終的にこんなにも甘くなるのか。そんな場合じゃないのに思わず魅入ってしまう……!
「それでさ、“眠り姫”さん?君は一体何者なの?──三つ目の最後は神竜。神と同等の神力を保有する者、──なんだけど?」
わ、わあー…。アゼルさん、オルストフ殿下、はーちゃんと、この場にいる三人全員の視線がうちに突き刺っていた。
この世界の原作者でヒロインでしかも神様とお友達。
──と、正直に言っても信じてもらえない、よねえ……??




