ヒロインが原作者の物語6
ギュンスター伯爵家本邸に突撃訪問してから三日後。
その日、事前に申請していた入城許可証を持って朝の一番で受付を通過し、うちはエルドラシアの王宮に来ていた。
ちなみに週末で王立学園はお休み。だけど登城するなんて一言も言ってなかったし、貴族訪問客立ち入り可能エリアと王族の居住エリアは当然ながら厳重に区切られ、繋がる回廊や出入り口には屈強な警備兵らが立ち並んでいる。なのでさすがに今日のところは顔を合わせる事もないだろう。
うん、そんなイベントはないし書いてない。
王宮内は想像以上にだだっ広く、しかも今うちがいるのは王宮の建物の外。王宮お抱えの庭師達が日々懸命に手入れを施した薔薇やグラジオラスが咲き誇る美しき庭園、──ではなく、敷地内の端っこのホントに端っこの何もないひらけた平地で……
いや?よくよく見れば奇妙にも、紅葉の季節でもないのに足元に落ち葉が散乱している……!?
「─って、それよりもなんで!貴方がここにいるんですか!?」
「やあ、おはよう、ヴィーナ。なんでも何も、うちに入城許可の申請書を送ってきただろう?」
「情報だだ漏れ!?城の警備責任者はそんなに口が軽いんですか!?そもそも私が今日お城にやって来ると知っていたとしても!何故場所と時間まで特定してちゃっかり待ち伏せしちゃってるんです!殿下!それ、もうストーカーですよ!」
目的の場所でオルストフ殿下が待ち構えていた。
王子様である彼は勿論王宮に住んでいるので、まあ…いてもおかしくはな……いや、やっぱいたらおかしいよ!
困り果てたうちは、もはやそこが定位置となっている斜め掛け鞄の中のれみゅうに視線を落と……
え?──い、いない!?
「のおぉぉ!カンパニュラちゃん!?どこ行った!?」
「カンパニュラちゃんって、どこの誰だ?まあ、その、言い訳のしようもないからストーカー呼ばわりは構わんが、場所についてはヴィーナ自身があのちびっこに言っていたではないか。──“落ち葉色の竜”、その彼が眠る場所までやって来い、と」
ちびっこ…それははーちゃんの事だ。
見た目は元気で可愛い女の子だけど、その正体はなんと神竜。
先日、はるばるとギュンスター伯爵邸まで彼女に会いに行ったうちは、挨拶もそこそこにこう切り出した。
『ヒースクリフ王の右腕であった落ち葉色の竜さん、その彼の眠る場所には秘匿された遺言があります。私なら仕掛けを解く事ができますので、どうか三日後にそこにいらして下さい』
『え……!?』
この言葉ではーちゃんは確実に釣れる。
そして少なくとも、彼女に神力を分けてもらうに相当する対価は支払えるだろう、更には覇王竜を味方に引き入れるチャンスにもなる。
そう思って立てた計画なんだけど………
「殿下は既に、彼の遺言の事を知っていたんですか……」
「ギュンスター伯爵家は代々神竜に守護されているらしい、という情報は間接的に聞いていた。情報源は、その、ちょっと言えないが、この王宮の庭の片隅に葬られている竜の事も、それに纏わる過去の出来事も、一応それなりに知っているつもりだ」
「……王位をまだ継いでないのに、なんで……」
またイレギュラーだ。
日々増えていく原作設定との相違。特にこのオルストフ殿下に関してのイレギュラーは、考えるまでもなく今後のシナリオに大きな影響を及ぼしてしまう……
こんな時こそいてほしい、友人兼一応サポート役のカンパニュラちゃんは一体どこへ行っちゃったの!?
一抹の不安を感じるけれど、しかし今は間もなくここに訪れるであろう“彼女”についてが最優先。
ーーあ、ほら。噂をすれば何とやら。
大きな翼を羽ばたいて、巨大な竜が空の向こうから飛んで来た。
「おっはよーぉ!ちゃんと約束通り、なるべく目立たない早朝にサクッとやって来たよーーっ!」
壮大なる空色の鱗の神竜、覇王竜のはーちゃんだ。
さすがの殿下もあんぐりと口を開けた。
「す、すごいな。あの巨体がちびっこの竜形態、か」
「そう、ですね。王都近隣でよく見かける小飛竜とは全然比べものにならない……。それになんて優美で美しい蒼色の神竜なの……!」
うちも神竜を実際にこの目で見るのは初めてだ。
この世界のあらゆる生態系の頂点に君臨する竜種のしかも神竜。勇猛さは当然ながら、その気高く美しい姿にただ圧倒される。
こちらを見下ろす黄金色の竜眼は膨大な魔力に満ち溢れ、尾を含めた全長は人の軽く十倍、腕も足も巨木の幹のようにがっしりと太く、けれどそれでいて動きは俊敏。
彼女が本気を出せばこんなお城の一つや二つ、あっという間に瓦礫にしてしまえるのかもしれない……
実物のリアルな神竜を前に、うちは必然と緊張感を漲らせた。
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「それでダーリンは最期になんてメッセージを遺したの!?ねえねえ、ヴィーナちゃん、早くボクに見せてよ!ボクは彼の身代わりになってさっさと先に死んじゃったから、その後ダーリンがどうなったのかずっと気になってて!記録や文献なんて当てにならないし、ダーリンは勝手なボクの事、すっごく怒ってないかな!?」
平地に下りるや否や、人型のちびっこ姿になったはーちゃん。
矢も盾も堪らずと一目散にうちに詰め寄ってきた。
彼女の言う“ダーリン”とは同じ神竜の“魔竜”さんの事だ。
実はこのはーちゃんは前世の記憶持ちで、その時にも神竜で最強の覇王竜の称号を冠していた。そしてその前世での想い人で、同じ神竜だった魔竜さんの生まれ変わりを待ち続けている。
ずっと、百年以上も前からずっと一途に、この世界で彼と再び会える日を彼女は辛抱強く待っているのだ。
この魔竜さんが、ギュンスター伯爵家の始祖となったアゼル・ギュンスター氏であった為、彼女はその子孫であるギュンスター家を守護している。もしかしてその血筋の中に、いつか最愛の魔竜さんが生まれ変わるかもしれないと、そう微かな期待を胸に抱きながら。
「何というか……俺よりもこのちびっこの方が重症だよな。死んだ後の相手の事を心配とか、更には生まれ変わっても執拗に執着してる。うーん、まさに真性のストーカーだ」
「──っ、そんな風に、言わないでくれませんか?」
「え?」
「突然自分が呆気なく死んでしまったら、そしてその記憶を持ったまま生まれ変わってしまったら、誰だって普通には生きられなくなります。それを知らない殿下が、冗談でもそんな風に軽口を叩かないで下さい…!」
「ヴィーナ……?」
ああ。こんなのただの八つ当たりだ。
でも同じ経験をしてるうちには彼女の気持ちが痛いほど分かる。そして彼女にそんな理不尽で過酷な運命を背負わせた、その張本人は、───
もう終わってしまっている過去はどうにもならない、けれど現状でならいくらでもできる事がある。それが原作者ならば、尚更に。
はーちゃんから一歩後ろに下がり、うちは光魔法を展開する。
ダイヤモンドダストのようなキラキラの粒子が周囲に発現し、みんなの足元には仄かに光輝く大きな魔法円陣。
「魔竜であったギュンスター家の初代、アゼル・ギュンスターさんは死後、彼の希望でこの場所に葬られました。人見知りで自由奔放な彼は、立派なお墓よりもただ美しい夕日が見渡せて、滅多に人が立ち入らない静かなこの場所に眠りたいと」
「あ……うん、そうだね、ダーリンらしいよ」
泣きそうな表情ではーちゃんは笑った。
やがて魔法円陣の中で小さな竜巻が発生すると、そこに散乱していた落ち葉をクルクルと巻き込んで器用にも人の形を象った。
色付き始めた紅葉色の髪に紅茶色の瞳。
ノスタルジーでミステリアスな風貌の、年齢不詳の青年だ。
「ええ!?もしかして、大人になったダーリン!?」
「遺言って、本人の魔法幻影なのか……」
現れたアゼル・ギュンスターさんは、そして開口一番に、───




