僕とレストワール公爵令嬢1
フレイ君目線です。
「絶対幸運のスキル?」
物ごころついたある日。赤子の時から俺の健康管理を担当している侍医、リュカ・アシュリーが畏まった口調でそう告げた。
何でもこの俺、フレイ・セヴォワが直感に従って選ぶものは悉く正解であるのだと。何となくこちらだ、と感じた方が絶対の確率で当たっているのだという。...身に覚えは、確かにあった。
このエルドラシア王国内で医術を極めた者だけが名乗る資格を有する“御殿医”。リュカはかつてはその御殿医であり、その最高峰とされる王城の本殿宮に務める“王宮御殿医”だったと聞く。
そのレベルの医者ともなれば、身体の診断はもちろん、持って産まれたスキルや魔法属性の有無まで診る能力もあるというわけだ。
当家におもねる有力貴族のどの家を優先して付き合っていくか、王宮内でまことしやかに流される噂のどれが真実であるのか、閣僚議会で国王に奏上する政策のうち、自領へ恩恵をもたらす可能性の高いものは?ーーそして更には、各周辺友好国との貿易にどれが流行り、効率高く商売利益を生み出す品はどれか? このスキルの有用性は果てがなく、将来自分が受け継ぐ事となるこのセヴォワ公爵家を、間違いなく繁栄へと導くであろう申告を受けた当時の俺は。ーー不届きにもこう感じていた。
ーーそれは余計な贈り物を、と。ーー
「数百年に一人だけ選ばれると伝えられる、神からの特別な贈り物? ーー何だそれは。俺が選ぶものが例え何であろうと正解であるならば、では俺には心から迷うという自由はないのだな。さすれば生涯に渡って、気のおけない友人と純粋にゲームも楽しめないという事か。」
母は現国王の妹姫、その彼女が嫁いだ王国内でも一、二を争う一大派閥のセヴォワ公爵家。その継子として産まれた俺は、常日頃よりそれはそれはあからさまな特別扱いを周囲から受けていた。
そんな俺には、今以上に他者と隔たるであろう要因となるこの贈り物は、どうにも前向きには受け入れ難かったのだ。
大して喜びを表さない可愛いげのない俺を見て、リュカは雪のように白く長いあご髭を撫でつけながら困った顔で言い聞かせる。
「ゲームはさておき。フレイ様、このスキルの一体何がご不満でしょうか? 迷わずと済むのならそれは何よりも僥幸。人生というものは上手くいかぬ事ばかりの連続。間違いでない道を常に指し示めしてくれるというのならば、生きていく上でこの先どれほどの安寧が約束されている事でしょう。そもそも常々このリュカは思うておりましたが、失礼ながらお迷いになるどころか貴方は感情の起伏自体が少な過ぎます!」
「そうだろうか? 俺はそれなりに悩む事もあるし、喚き散らしたいほどに腹立つ事も普通にあるのだが... 」
「そうであっても、余り表に出されておりませんな。セヴォワ公爵夫妻に正直に告げれば、今後も更なる公爵家跡取りとしての重責を背負い兼ねないこのスキル。個人的に申し上げれば、私とフレイ様だけの秘密と致したいところなのですが......」
「それは無理だろう。母上が嫁いでよりこのセヴォワ公爵家は、実のところ彼女の莫大な浪費癖で家の財政はそろそろ看過できないレベルで傾きかけてきている。この家には彼女を諌める者もおらぬし、俺のこのスキルで何とかせねばな...」
「フレイ様...まだ御歳7歳であらせられるのに、物分かりが良すぎですぞ!おお、神よ!いつかフレイ様の苦労を共に分かち合い、感情をありのままにぶつけられるお相手が現れる事を。このリュカは、心よりお願い申し上げたいっ...!」
俺を心から心配してくれる唯一の存在のリュカ。
彼はこの先もずっと、孤独な俺の心休まる相談相手でいてくれるわけなのだが。(時にお茶目な悪戯もされるのだが...)
ーーしかし、感情をありのままにぶつけられる相手?
王家の血に連なる者として生まれたこの俺に、果たしてそんな相手が現れる日など訪れるのだろうか?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺の絶対幸運のスキルでセヴォワ公爵家の傾きかけていた財政が内密に持ち直した頃、俺はレストワール公爵家の姫に偶然出会った。
俺の素性を知らぬからか、いや。彼女は例え知ったところで、それでも変わらず自分の言いたい事を素直にぶつけてきたと思う。
艶やかな闇色の髪にラベンダーの花の色の瞳、意思の強さを表すくっきりとした目元は彼女の品位が滲み出ていて。幼いながらもすでに整った容姿の印象深い姫だった。
ーーレストワール公爵家の惣領姫、
ユーフェリア・レストワール。
彼女との出会いは、スキルの恩恵あってか今まで直接悪意に晒される事もなく、ぬくぬくと生きてきた俺の心情に自己改革という名の大きな波紋を投じた。その第一が、彼女の農業分野における研究者としての類い稀な素質、更には政治分野においても垣間見えた優秀な気転と対処方法。
「レストワール領で独自開発された新しい穀物がここ最近、王国内で大変な注目の的となっている?」
「フェリア、という名の栄養豊富な穀物です。味も美味しく大量生産も可能、従来の一般的な穀物に比べて育てやすく基本的に丈夫な作物なので、圧倒的早さでエルドラシア王国全土に広まる事でしょうな。そして収穫後のフェリアの流通においては、レストワール公爵領の関税自主権がこの度、評議会並びに閣僚議会でも承認されたとのこと。」
「ーーそれは...収穫後のフェリアの流通においてだけ、なのか? 生産自体の独占権や種籾の売買取引などには、レストワールは何の利権も税徴収も求めないと? 」
「ええ。ここ数年、エルドラシア王国全域では旱魃による深刻な不作続き。本当に食べるにも事欠く貧しい者達への真の救済となるよう、人道にかなった措置であります。弱者を救わんとするその崇高な志あればこそ、我らがオルストフ国王陛下もご推薦されている期待の作物なのだとか。ーーそしてそのフェリア、巷の噂では開発者本人であるご令嬢の名の一部を取って名付けられたという事らしく。」
「それは...僕が少し前に王城の迎賓殿で出会った、あの?」
「ええ。どうやらそのようですぞ。何でも御歳3歳にして完璧に読み書きができて、法律書や医学書などを日常的に読み上げては家の者に質問責め。その公爵家の家令ですら舌を巻かせる程の神童ぶりであったとか。」
3歳にして神童と言わしめる...。
確かにあの時の彼女は、僕の知らぬ言葉をたくさん知っていた。
レストワール公爵家に嫌がらせをしている不届きな貴族家らを彼女は正確に把握していたようだし、子供の自分の目から見ても、とても8歳の女の子とは思えないほどの聡明さだった。
「ーーなあ、リュカ。彼女も僕と同じような神からの特別な贈り物、何らかのスキルを持っているのだろうか?」
「可能性は十二分にありますが、実際に診断しなければそれは分かり兼ねます。ーーしかしフレイ様。ここ最近、唐突に貴方の雰囲気がお変わりになりましたな? 一人称もなのですが、積極的に周囲の者と交流を持つようになったと、そのように私には見受けられます。もしやその原因は、件の公爵令嬢のご影響なのでは?」
「おい、そんなニヤつき顔で聞くな!これはっ、自分なりに思うところがあってその、多少改めてみただけだ。」
「ほほう!そのような年相応らしき表情、やはりフレイ様は良い意味でお変わりになられた。ーーこのリュカ、そのご令嬢に是非ともお礼申し上げたいくらいですな!」
「リュカ!もう黙れ!ーーっ仕方ないではないかっ!」
“俺様王子はドン引き”だと、もの凄い剣幕で訴えられたのだ!
自分でも安易で浅はかだとは思うが、とりあえず一人称を俺から僕へと変更せざるを得ないだろうが...。
積極的に周囲と交流を持つようにしたのも、厚顔無知とこの先彼女に言わせぬが為で。実際にそうして幅広く様々な階級の者と接するようになった事で、彼女があの時言っていたエルドラシア貴族の裏の顔を、僕は嫌でも知っていく事となった。そしてそのおかげもあってか、信用できる者と知り会う機会にも恵まれたのだ。多少個性がありすぎて暴走しがちな者らだが、僕は彼らを大事な友人と思っている。
未だそのレストワール公爵令嬢とは正式に顔合わせも叶わぬ状態だが、彼女には近い内に嫌でも会えるような気がしていた。
まあ、そうでなくてもエルドラシア貴族の子息令嬢らは、一般的に12歳になれば王立学園初等科へと入学させる風習がある。
つまり5年待てば、その王立学園で彼女とは再会できるだろう。その時にでも、このように俺様王子などではない自分の事を見直してもらえればと。ーーお互いの公爵家の事など関係なしで、ありのままの自分を見てもらえればと。
ーーその時の僕は、彼女についてその程度の感情しか抱いていなかったし、彼女との関係についても達観していたのだ。




