小豆澤雛の回想3
「て、転校した!?─え? う、うそ。だって、彼女は転校してきたばっかで、それでなんでまた転校!?」
“うちは、貴女のような恵まれた人、ッ大嫌いなんです”
あれは完全に八つ当たり。怒っている理由が分からないと言ったその彼女は勿論のこと、他の誰が聞いていたとしても、わけの分からない理不尽な暴言を吐いてしまった、その僅か一週間後のある朝。
いつものように学校に登校したうちは、信じられないような知らせを耳にした。
「京都にある名門私立中学に転校したんですって。どうもね、うちの学校に来たのはそこに編入するまでの取り敢えず、ていうカンジだったみたいよ?」
「取り敢えず……?」
「そう。だってそもそも、将来有望な才女でしかもセレブの彼女が、平凡なうちの学校なんかに入ってくる事自体が有り得なかったんだもの。─あのね、うちの親が言ってたんだけど、国内で彼女が通うに最も相応しいような、ランキングも偏差値も高くて超一流どころの中学校を、じっくり選別してたんじゃないかって」
それは……そう、かもしれないけど。え。でも、──
「ほら、彼女って、うちの学校に転校してくる前は海外にいたわけでしょう?だから色々と準備期間が必要だったんじゃない?超難関校の編入試験とか、書類審査とか面接とか、そういうのの結果が出るのって、結構日にちがかかるらしいから」
だから、その間は適当な公立の学校に?
……けど納得できない。
そんな短い期間の転校先で、そこのクラスメートにお友達になってほしいと頼んだりするものだろうか?
どう思い返してみても、あれは社交辞令なんかじゃなかったし……それに学校の案内を頼まれたあの時。できるだけ早くこの学校に慣れておきたいと、そう彼女は口にしていた。
なら少なくとも、彼女自身は再び転校する気はなかった、この学校にちゃんと卒業まで通うつもりだったんじゃあ……?
「え?─まさか、うちの所為で!?」
「あずきちゃん……?」
いやでも。この友人の言う通り、名門私立への編入は申請して直ぐに、とはいかないと思う。例え彼女自身の優れた才能や親のコネがあったとしても、たったの僅か一週間で生徒を受け入れてくれるハズはない。
じゃあ、彼女の意思ではなく、親の強制……??
何もかも恵まれてて、思い通りに生きているように見えた彼女だけど、もしすると実際はそうでもなかったんだろうか?
転校の理由はさておき、すでに彼女ははるか遠くの地へと転校してしまって、もうこの学校で顔を合わせる事はないんだ。
もう二度と、うちはあの子と会えない……?
“一期一会”。
ふと、カンパニュラちゃんの言ったその言葉が頭に浮かんだ。
うちはもしかしたら、一生に一度しかないとても大事な出逢いを、類い稀なる機会を、この手で自ら棒に振ってしまったのかもしれない………
ーーその後。
盛大な自己嫌悪と良くも悪くも一変してしまった生活環境のストレスから、うちは物語の続きを書く気になれず、そのうち更に受験シーズンを迎えると、またいっそう趣味の執筆からは遠のいていった。
いや、ううん。これはただの言い訳だ。
うちはカンパニュラちゃんに会うのが恐かった。
別世界に住む天使のような彼女は、うちの事を何でも知っているようなところがあった。だからうちが転校生にしてしまった子供じみた八つ当たりを、彼女に対しての意味不明な拒絶の本当の理由をも、彼女には全て見透かされてしまっているような気がする。
傲慢で狭量で、端から見れば意味不明な事にキレた自分。現実じゃない夢の中の友人だからこそ、あえてその彼女に軽蔑されるのが恐い、面と向かって責められたり失望されたりすれば、うちは絶対にもう立ち直れなくなる………
だから、もう少し気持ちが落ち着くまで。
せめて無事に高校受験を終えたら、その時はちゃんと───
「児童指導員になりたい?」
「はい。うちは将来、福祉施設で働きたいんです。それには福祉系の大学に入るのが一番手っ取り早そうですから、高校もそれに合わせた高校を希望します」
「……随分と意志は固そうね。小豆澤さんの成績は近頃驚くほど上がってきているし、ええ、その希望校なら充分に狙えるわね。けど小豆澤さん、どうして保育士ではないのかしら?何となく、貴女はそっちの職業の方が合ってる気がするけど?小さい子の相手やお世話とか、貴女好きでしょう?」
「うーん、だって児童指導員なら、お世話できる対象年齢が18歳までと幅広いんですよ。大変な分、そっちのがやり甲斐がありますし、うん、やっぱりうちは、自分が育ててもらったような児童養護施設で働きたいんです」
「そう……小豆澤さん、先生は貴女の夢を応援するわ。頑張ってね!」
*********
あっという間に月日が過ぎて、うちは無事に希望校に合格した。
中学の卒業式やら高校の入学準備やらの、慌ただしい日々がようやく一段落したある日。
「あ!あずきちゃんがご飯を作ってる!」
「え!ホント!みんなの分もあるの!?やったあ!」
「今日は小城さんが忌引でお休みだから特別にね。簡単なオムライスだけど、いいかな?」
「「「わああ!あずきちゃんのオムライスッッ!?」」」
ちびっこ達はジャンプして大喜びだ。
それぞれ宿題やゲームをしていたその上の子達も、ババッと一斉に茶の間の大テーブルの上を片付け出す。
「あれ?みんな、そんなにオムライスが好きだったっけ?」
「ふふ。確かにみんな好きだけど、あずきちゃんのオムライスだからこそ、あんなに喜んでいるのよ」
「え?うちのオムライスだから……?」
「そうよ。ずっとあずきちゃんのご飯を食べて育ってきたんだもの。言わばあずきちゃんのご飯はお母さんの味なんでしょうね。愛情が込められてて美味しいのは勿論のこと、馴れ親んだ温かい家庭の味は、あの子達にとって一生涯、この先もずっと一番美味しいものなのよ。─あ、これは小城さんには内緒にね?」
「……うちのご飯が、一番……」
「うん!あずきちゃんのオムライスがやっぱり一番だよ!」
「乗っかってる玉子がふわふわで甘くて大好き!また作ってね!」
「こら!あずき姉は受験が終わったばっかなんだからゆっくりさせてやれよ。今まで散々俺らの為に頑張ってくれたんだからな!」
「「「はぁーい!!」」」
「……………」
うちの作るご飯がお母さんの味………
温かい家族と温かい団欒のひと時。実の両親からは与えられなかった、けれど切望した風景が、確かにそこにあった。
うちは、居場所を失ってなんか、なかったんだ………




