小豆澤雛の回想2
「え?荷が重いの?けど、そのIQの高い転校生とお友達になれれば自慢だし、良い意味で色々と刺激になるでしょう?」
「えー!それ以前に話が合いませんってば!仮に友達になったとしても、才女となんてどんな会話をすればいいんですか!うちが知ってる事といえば漫画と小説とゲーム、それに食費をいかに切り詰めて、けれど満腹感のある美味しいご飯を作る裏技とかですし!」
「……それ、裏技なの?」
カンパニュラちゃんは何とも言えない顔をした。
最近分かってきたけど、彼女はわりかし感情が表に出る子だ。天使みたいに綺麗で性格も素直だなんて、やっぱり夢の中の人だなあって思う。
「あずきちゃんは、学校に通いながらずっと養護施設の子達の面倒もみてるんだったっけね。それで成績が普通なら、むしろ優秀なんじゃないかしら?静かに集中して勉強できるような、個人のお部屋も時間もないわけでしょう?」
「勉強はちびっこ達が寝ている早朝か夜中にしてますよ。放課後に図書室でできればいいんですけど、夕食の買い出しもありますから早く学校を出ないといけなくて」
大変だけど、うちの上にいた先輩達も代々そんなカンジだった。
親のいない子達は、そうやって助け合って暮らしていくものだと、母親代わりの施設長もよく口癖のように言っている。
「け、健気で頑張り屋だわ!さ、さすがは聖女に選ばれた子……」
「カンパニュラちゃん?」
「あ、ううん。ねえ、ところでそのIQの高い子って、もしかすると身体が弱かったりしないかしら?」
「え!?し、知らない、けど……」
「まだ、なのね。─ええと、まあ、友達って、例え当人同士がそう望んだとしても、案外その後はどうなるか分からないものよね。でもね、あずきちゃん。人との出会いって一期一会なのよ」
「一期一会?」
それってあれだよね。一生に一度かもしれない出逢いを大切にしましょう、そんな意味の言葉。
「そう。だから先入観に捕われず、もっと相手の事をよく見なさい。それとちょっと、どうもあずきちゃんは自分の事を過小評価し過ぎね。少なくとも私は、貴女と話していてとても楽しいわ。ええ、本当に。この時間がいつも待ち遠しいくらいによ」
「え。あ、ありがとう。でも、うちはそんな……」
*********
目覚めた時、何とも言えない気持ちになった。
カンパニュラちゃんはああいったけど、雲の上の存在であるあの転校生と友達になるとか、やっぱり想像もつかないよ。
だってヒロインには、もっとそれなりの釣り合い取れる子がなるべきだもん。それは絶対にうちなんかじゃない。
身の丈。分相応。わきまえて、日々を平穏に慎ましく生きる。それがうちにとって当然の、似つかわしい生き方だと思う。
その後。転校生から何度か話しかけられたけど、うちはろくに話も聞かず、適当な言い訳をして彼女を避け続けた。
友達はムリですってうちはちゃんと言ったし、この態度でさすがにキッパリ諦めてくれるだろうと思ったんだ。
ーーけれど、その彼女は思ってもみない行動に出た。
「保育士が、この施設に派遣される?」
「そうなのよ!県からこの養護施設への人員の見直しがあってね。その結果、保育士と児童指導員を一名ずつ増やしてもらえる事になったの。来月から早速その方達に来てもらえる事になったから、だからこれからはね、もうあずきちゃんがお夕飯の支度をしなくてもいいのよ」
「……うちが、もう夕飯を作らなくても、いい?」
「ええ。今まで本当に、あずきちゃんには一番苦労をさせたわね……」
「く、苦労……?」
人員の見直し……
突然でびっくりだけど、この施設にとってすごく良い事だ。職員が増えればみんなの負担が減って、きっと暮らしは楽になる。
「ああ、本当に助かるわぁ。一日中付きっ切りだった乳幼児達の世話も専門の保育士に任せられるし、児童指導員が施設の運営も手伝ってくれる。だからあずきちゃんも、あずきちゃんの下の子達も、これからは自分だけの時間がもっと持てるようになるわねぇ」
「自分だけの時間……そ、そう、ですね」
でも、苦労って。うちは今まで、苦労を……?
「そうそう。この児童養護施設の人員見直し嘆願書を作成して、県の上層部へ掛け合ってくれたの、あずきちゃんのクラスメートの子なのよ?何でも親が県知事と知り合いみたいでね。まあまあ、あずきちゃんったら、とんでもなくすごいお友達がいたのねぇ!なんていうか、ちょっと意外だったわよ!」
「うちの、クラスメートが……!?」
親が県知事と知り合い。ーーそんなバックボーンを持つクラスメートなんて、どう考えてもあの子しかいない。
あまりの展開に呆然となったうちに、下の子達が話しかけてきた。
「あのね、あずきちゃん!今までずっとありがとう!」
「あずきちゃんは、毎日朝は誰よりも早く起きて、夜も誰よりも遅くまで起きてたよね。いつも大変だなあって、みんなとっても感謝してたんだよ!」
「うちは、別に、大変なんかじゃあ……」
「だけどね、もうこれからは大丈夫だよ!」
「だ、大丈夫?」
「うん!あのね、これを機にみんなで話し合ったんだ。あずきちゃんは来年はもう受験生だし、勉強にだけ専念してもらいたいから。だからこれからは、私達みんなが交代で新しく来る職員さんを手伝って、それで何とか頑張ってやっていくよ!あずきちゃんはもう、施設の事は何にもやらなくてもいいんだよ!」
「何にも、やらなくていい……?そ、そう?」
「うん、そう!私達の為に、今までお疲れ様でした!ね!みんな!」
「「「あずきちゃん!今までホントにありがとう」」」
………あ、あれ?
なんか、変だ。うちは、なんか、おかしい。
嬉しい事のハズなのに、なのにぽっかりと、心に大きな穴が空いてしまっている………
*********
「何故こんな事をって、─え!?」
次の日。うちは転校生の机の前に立っていた。
普通じゃないぴりぴりした空気に、彼女は怯んだ様子を見せる。
「……余計な事を、私はしてしまったの?……あの、だって小豆澤さんはいつも、家の用事で忙しいからってみんなの誘いを断っていたから。それで私、ちょっと気になって調べてみたら、ええとね、どうも小豆澤さんの置かれた生活環境は、この国の一般的な養育環境の水準からは逸脱してると、国が定めた児童福祉法からみても適切でないと思って。聞けば小豆澤さんは、児童養護施設で家政婦のような事をさせられていて……」
うちは勘違いをしていたんだ。
平凡なモブはヒロインに不釣り合いで相応しくない、とかじゃなくて、ああ。そうだ、友達になれなくて当然だったんた。だって。
「─価値観が、違い過ぎる」
「え?あの、小豆澤さん……?」
「ごめんなさい、貴女はちっとも悪くないんです。うちに言ってくれなかったのも、多分言おうとしてたのに、こっちが勝手に避け続けていたから、ですよね?」
「怒っているの?分からないわ……私は一体、何を間違えたの?」
「いいえ。違うんです。間違ってなんかないんです。でも、それでもうちは、どうやら自分の居場所を失ってしまったみたいで」
「え……」
だから、これはただ八つ当たりだ。
頭ではちゃんと分かってる。うちに彼女を責める資格なんてこれっぽっちもないハズで。ううん、むしろ、養護施設の環境を改善してくれてありがとうと、心から感謝すべきなんだ。
親の権威を自慢?承認欲求?名声が目的?──、例えそういうものからくる偽善的な施しであっても、彼女の行為は誰からみても正しく正義で、うちを取り巻く環境に良い影響を及ぼした、それは事実なワケで。
ーーでも。でも、ね?
「あのね、うちは児童養護施設にいるけど、実はちゃんと親がいるんだ。二人ともいたって健康で、普通に生きてるの」
「………」
「ほら。これ、マイスマホ。親から買って貰ったもので、毎月の支払いもしてくれてるの。たまーにお小遣もくれるんだ。──だけど、二人ともうちとは暮らしたくないんだって。子供が大嫌いで面倒なんだって。そういう社会不適合で無責任な親ってね、世の中に結構いるんだよ?おかしな話だよね?じゃあ、何でうちを産んだんだろうって、よく思うんだ」
「小豆澤さん、あの、私はっ、私も!」
「うちは面倒だなんて少しも思わなかった。苦労だなんて少しも思っていなかった。だって、うちにとって、家族なんだもの。あの施設にいる子達全員と、職員の人も、施設長も、みーんな、うちの大事な家族なんだもん」
ホントに、うちは何を言ってるんだろうか?
でも止まらない。うちの今までの生き甲斐を、恐らく利己的な理由から一変させてしまったこの彼女に、どうしようもない怒りを感じる。
だからうちは、この後一生後悔する酷い言葉を、この転校生の彼女に向かって吐いてしまった。
「うちは、貴女のような恵まれた人、ッ大嫌いなんです!」




