小豆澤雛の回想1
努力家だけど、これといって際立ったところもなく成績は常に平均並み。協調性が高く、物分かりが良くてしっかりした子。
それが保育園の時から10数年間ずっと変わらない、周囲がうちに対して抱く定番の人物評価だった。
つまり、どこにでもいる平凡な子って事だし、うちはそんな無個性な自分があんまり好きじゃなかった。
でもさ?考えてみれば世界って、そういう平凡な人間=モブが大多数だからこそ、平和に成り立ってるわけじゃない?
例えば何か特別なすごい才能があって人の上に立つとか導くとか、女優やアイドル、アーティストなんかの超ビッグな有名人になって大勢の人々や世界を動かすとか、確かにそういう存在にちょっと憧れたりもするけど、絶対にそれなりの苦労や厄介事なんかがあって大変そうなんだもん。
やっぱ身の丈にあった生き方っていうか、そういう分相応な憧れは夢の中か空想だけにしておくのが一番だと思う。
だって今は、そういった欲求や願望を仮に満たしてくれる媒体、例えば漫画や小説やゲームなんかが山ほどあるわけだし、むしろうちはそういったバーチャルな世界がめちゃくちゃ大好きで、そこで慎ましく遊んでるだけで大満足だったんだ。
うん。ずっとそんな風に思ってたんだけどね………
うちの名は小豆澤雛。
養護施設育ちっていう、他からみればちょっとヘビーな生い立ちだけど、それ以外は超平凡のモブ。
ーーそんなモブとして日々を平穏に生きていたうちは、ある日のこと、とてもとても不思議な夢を見た。
「ねえ、貴女。なかなか面白いものを書いてるのね。ちょっとそれ、私に見せてくれないかしら?」
目を開けると、草原に女の子と向かい合って座っていた。
白金と桃色と金色と水色がストライプを描くカラフルで綺麗な髪。瞳は黄金色で縦に大きく瞳孔が開いている。
何ていうか、すごく神秘的な女の子。─天使かも?
唖然と見惚れるほどキラキラしたその女の子は、うちに向かって手を伸ばすと、膝に乗っていたスマホをひょいと取り上げた。
ーーへ!?それって、うちのスマホじゃん!?
ちょっと待って。寝落ちする寸前、そのスマホで確か……!
「ダ、ダメ!それ!その画面には、今!」
「ええ。趣味でオリジナルの物語を書いてるのよね?──ふむふむ。とある滅びそうな世界の女神が、他の異なる世界から救いの聖女を探して転生させて、滅びの運命を回避させる物語なのね。あら?なかなかこれは良いアイデアね!」
「読むの早っ!そして口に出されると何たる恥ずかしさだ!ーーいや、でも!こんなの、よくあるお話ですよ?聖女がヒロインの異世界転生ものってありふれた設定じゃないですか。まあ、それでちょっと、うちも自分で書いてみよーかなーって!あ、あはは!」
何となく思いつきで書いてみた自作小説だった。
勿論誰かに見せるわけでもなく、ひっそりとどこかの小説サイトに投稿するレベルのものでもない、言ってみればただの暇潰しの自己満足。
だってこんな設定の物語はどこにでもあるし、自分でも面白いだなんて思わない。ホントに気まぐれでついつい書いてみただけ。
けど。それを読んだ女の子は大袈裟なくらいに褒めちぎった。
「私はこの世界の事をあまりよく知らないけれど、でも貴女の書いた物語はとても面白いと思ったわ。特にこの描かれたヒロインちゃんが実に個性的だもの。世界を救う使命を果たそうと無我夢中で奮闘するうちに、恋愛要素まで次から次へと絡んでくるところも、またドキドキして素敵ね」
「そ、そう?あ、ありがとう」
「ねえ?続きは?この物語はその後どうなるの?もしもこの続きができたら、私に一番に読ませてもらえないかしら?」
「え?あ、うん。いい、けど……」
「じゃあ、約束ね。私はカンパニュラ。またここで会いましょう」
カンパニュラと名乗った女の子はにっこりと笑った。
なんていうか、うちは単純に嬉しかった。
こんな落書きみたいな自作小説の続きが読みたい、面白いと言ってもらえるなんて。特にヒロインを個性的と言ってもらえた事が、うちにとっては何よりも一番大きな喜びだった。
だから夢から覚めると、うちは無我夢中で自作小説の、約束した物語の執筆に取り掛かる事となった。
*********
「パネルカード?」
「はい。うちの世界では今カードゲームが流行ってて。そういうコレクション集め的な要素があったら面白いかなって」
「まあ。それは大変素晴らしいアイデアね。ねえ、あずきちゃん、そのパネルカードの枚数は、例えば13枚でも構わないのかしら?」
「ええ。何枚でもいいです。カンパニュラちゃんは、13という数字に何かこだわりがあるんですか?」
「大いにあるわねぇ。あのね、私の世界ではその13がキーワードなのよ」
「キーワード?」
「ふふ。それはまだ秘密よ」
不思議な夢はその後も見続けた。
しかも物語の続きをある程度書き進めると、決まってその女の子の夢を見るのだ。本当は誰かに見てほしい、読んでほしい、そう望むうちの深層心理からくる願望が見せる夢なのか、はたまた、実は有り得ない超常的な体験をしてしまっているのか………
どっちにしろ、まるで続きを心待ちにされているようなこの夢に、何だか気恥ずかしくもやり甲斐を感じるし、むしろこっちが楽しみな気持ちだった。
「このマルチシナリオというのが最高だわ。ヒロインのパートナーにどの男性を選ぶかによって、ストーリーが全く違ってくるのねえ」
「近頃の乙女ゲームでは定番の設定なんですよ。色んなストーリーや恋愛が楽しめて、まさに乙女の果てなき欲望と純粋な好奇心が生み出した夢のシステムです。ええ、どう頑張っても現実では絶対に有り得ませんからね!」
「そ、そう?別にないことも、ないんじゃあ……」
「身の丈!分相応が一番ですから!」
「あずきちゃんは自己評価が低いわねー…」
はい。自分の事は自分が一番よく分かってますからね!
*********
そんなある日。
現実世界で、クラスに転校生がやってきた。
「小豆澤さん、校内を少し案内してもらってもいいかしら?手渡された資料に校内見取り図がなくて。できるだけ早く、この学校に慣れておきたいと思って」
「え?う、うちが?─あ、はい」
雲の上の存在、まるでヒロインのような子だった。
聞けば世界的有名な数学者と医学研究者の両親を持ち、彼女自身もIQが飛び抜けて高い才女だとか。おまけに美少女だ。
クラスメートはおろか、教師や校長先生までもが彼女には一目置く。選ばれた人間って、もう佇む存在感からして違うんだもん。
日本人だけど、今まで海外の特別な教育機関に在籍していたと担任教師が説明していた。いや、何でそんな子が、こんな平凡な中学に!?
びくびくしながらも、やがて一通り校内を案内し終えたところで、その子は思いがけない言葉を口にした。
「あの、小豆澤さん、もしよければ、私と友達になってもらえない?」
「え……?」
「私は今まで一般から遠のいた生活環境にいたから、ちょっと常識外れというか異分子というか、ボっ、外れ者というか……。だから至極普通で常識的な、小豆澤さんのような子とお友達になれればと思って」
「ムリです!うちには分不相応です!ごめんなさい!」
「あっ、待っ……!」
うちはとっとと彼女から、その場から逃げ去った。
ーーいや、だっておかしいでしょ!?
モブのうちがヒロインの友達だなんて、絶対荷が重いってば!?




