幕間ー蚤の市デート2ー
屋台だ!屋台だ!昼食を屋台で食べられる!
フレイ君の思わぬ提案に気分は最高潮に浮き立っていた。
私はこの世界の屋台の食べ物を食べた経験がない。
貴族からすれば、屋外という不衛生な調理環境に食材の品質も出所も確かでない下町フードなど、味覚が合うか合わないか以前に口に入れる事さえ憚られるのが常識。
勿論メイリーに頼めば買って来てくれたとは思うけれど、万一それが生真面目な父の耳に入れば咎められるのは彼女だ。
血縁上の父であるレストワール公爵は妻のクレメイアと不仲、そして娘の私にも無関心だが、公爵令嬢としての振る舞いや心構えについては過去に何回か言及した事がある。きっと自分の面子を傷付けるなと、そういう考えなのだと思う。
だからこうして今、ついに念願叶って下町フードを食べられる事が夢のようだったし、それともう一つ、同じ上位貴族家産まれのお上品なフレイ君が、屋台での飲食に不快感を持っていないという事が、私には何故かとても嬉しかったのだ。
「あ、昼食の前に姉上。春とはいえ、まだ風が冷たいようです。こちらをどうぞ」
「え?─ひゃ、わわっ、」
うきうきと屋台に向かって歩いていたその時、横からふわりとさりげなく、私の頭に毛皮の帽子を乗っけるフレイ君。
ーーは!?いやいやいや!
ちょっとドキッとしちゃったけど!これ、さっき購入したアンティークの毛皮の帽子じゃあ……!?
「あの!フレイ様。お気持ちは嬉しいのですが、私などが安易にお借りする事はできません。この帽子は冬にのみ白く生え変わるオコジョの毛皮が使われていまして、現在ではそのオコジョの生息数自体が減少の一途を辿りつつあります。もしもこの毛皮が本物であるならば、将来的にも貴重で価値あるお品なのです」
そうそう。きっとどの国でも値が釣り上がっている筈。それに私なんかよりも、フレイ君の方が絶対似合うと思うし。
「いいえ、姉上。どんなに価値ある品であろうと、毛皮の帽子は頭部を冬の寒さから守る為の防寒具です。必要な今使わずして、果たして他にいつ使うのでしょうか?それにエスコートする女性のお身体を冷やしてはいけないと、リュカから厳しく言われています」
はい、大変ご尤もな意見でございます。
ううーん、これ以上固辞すると帽子自体が気に入らないと受け取られるし、年下の男の子のプライドを傷付けちゃうよね。
「……義弟であるフレイ様に恥をかかせるわけにはいきませんね。ではあの、ご厚意に甘えさせていただきまして、今回だけこちらをお借り、─」
「ああ、やはり姉上にぴったりで可愛いです!このような楽しいイベントをご紹介下さいました今日のお礼に、僕からのささやかな気持ちです。どうか受け取って下さいませんか?」
「か、可愛っ……!うっ、あ、有難うございます……」
くっ!反論の糸口が見つからない、今回は私の完敗だ。
ーーああ、けど!未成年の男の子がこんなにも口達者で更には臆面もなくお世辞が言えるとか、それもどうなのよッ!?
彼の将来が今から末恐ろしいわっ……!
ーーまあ、だからこそ、彼は私と同じく王位継承の筆頭候補者として指命されたわけで。
「あの、生意気な事を申し上げてしまいましたか?」
「いいえ、まさか。……つくづく思うのですが、フレイ様は何においても完璧でいらっしゃいますね。今回の掘り出し物を簡単に見つけてしまった素晴らしい才能からみましても、本気で望めば王でも何にでも、例えば世界を渡り歩く大商人にだってなれるのではないでしょうか?」
ついつい口から出てしまった私の捻くれ言葉に、けれどフレイ君は直ぐにニコリと笑った。
「世界を渡り歩く大商人……。ああ、それも案外良いかもしれませんね。─但し、姉上がパートナーとなってくれるのであれば」
「は?……私がパートナーに、ですか??」
私が大商人の、フレイ君のパートナーになるの??
「ええ。きっと二人が組めば最強ですよね?僕は直感だけで博識ではありませんから、聡明で物知りな姉上がパートナーとしてご一緒下さればと思います。──もしもの話ですが、二人で世界中のあらゆる国々を見て回り、例えば誰もがあっと驚くような珍品を、または現実を忘れてただ無心で美しいと見惚れるような至高の名品を、時には人々の暮らしを大きく変えてしまうような、そんな一時代を画す先鋭的で真新しい品々などを、ただ気の向くまま自由に探し求めるパートナーとして、将来は共にあちこちを旅するのも素敵ではありませんか?」
「…………」
世界中の、あらゆる国々を……
ただ気の向くまま、自由に、二人で旅をする……?
ーーへ、返事ができない……
もしかして、フレイ君は、本当は自由になりたいんだろうか。
堅苦しい女王なんて本当は柄じゃないし面倒臭い、できればさっさと隠居して田舎で自由に暮らしたい、そう望む私と同じように……?
「勿論、叶えられな、」
「ひゃあ!もうそれ、プロポーズやん!どさくさでちゃっかりプロポーズしちゃってるやん!小飛竜の約束の時にも思ったけど!これでマジ天然なら殿下ホントすげえわ!うっわあー、そうゆうとこは俺に似ちゃったのかしらん!?」
「え!?」
「な!?」
突然の横やりにハッとして振り返ると、そこにはバスケットかごを手に持った騎士さんが立っていた。
ファンシーな蓋付きバスケットで、鎧兜の騎士さんが持つには何とも不似合いな代物だ。突然の乱入者に驚くものの、護衛達が動かないところを見ると彼は危険な人物では……っああ!!
ーー羽付きの兜でお顔が見えないこの騎士さんは!そうそう!軍馬の熱病騒動の時の、あの強くて格好良かった騎士さん!?
「殿下方、お久しぶりでーす!はい、これ。王宮の料理長からの差し入れでして、ジャジャーン!出来立てホカホカのランチバスケット!食後のスイーツに苺のスフレケーキもあるそうですよ。ふふーん、そろそろお腹空いた頃なんじゃありませんか?」
前回同様に、相変わらず軽いノリの風避け兜の騎士さんは、そういってフレイ君の手にバスケットを手渡した。
料理長からの差し入れを……??
あ、確かにバスケットから美味しそうな匂いがしている。どうやら彼は、わざわざランチの宅配にやって来たという事らしい。
「………またお前か。神出鬼没で胡散臭い奴だが、そこはもういい加減に慣れた。ーーだが!けれど今日はどうなのだ。この今日だけは、頼むから気を利かせて遠慮してほしかった……!」
「わ、わあー、やっぱ天然じゃなかった!そこの賢くて綺麗で可愛くて、けれどちょーと自分に無防備なお姫様!」
「え?、きゃあ!」
「子犬の皮を被った狼に気をつけてね!警戒心は大事だよ!」
「狼??は、はあ……?」
「こら!勝手に姉上に触れるな!気安く彼女の手を握るな!」
「過保護とストーカーは紙一重!超重いよ!超しつこいよ!」
「お前にだけはそれを言われたくない!だから早く離れろ!」
「俺は純粋な親愛!殿下は無自覚の不純な親愛行為だから!」
「いや、意味が分からない!姉上!汚れますのでこちらへ!」
「フ、フレイ様??」
あら?風避け兜の騎士さんと、もの凄ーく親しいんだね。
感情むき出しでこんな年相応な言い合いをするフレイ君は初めて見たかも。うわ。凄く面白ーい……
「ほーい。じゃあお邪魔虫はさっさとおいとましまーす。あっ、日当たりの良いすぐそこのベンチ、お二人の為にちゃちゃっと場所取りしときましたよー」
風避け兜の騎士さんは元気に手を振って去って行った。
彼は一体が何が言いたくて、何をしにやって来たんだろうか?
ーーあ、そうだった。料理長が作ってくれたランチをわざわざ届けに来たんだっけ。ランチ、そう、私とフレイ君がお昼に食べるランチを…………
ーーえ。
「少々取り乱してしまいました。─その、姉上。せっかくですので、こちらのランチを頂きましょうか。奴は誰よりも意味不明で理解不可能の油断ならない奇人変人ですが、残念ながら信用だけはできます」
……よ、容赦もへったくれもない酷い言いようだね。
けれど私はその合理的な提案には頷かず、フレイ君のロングコートの端をぎゅっと手で掴んでいた。
ここは譲れない、絶対に譲りたくない。だって、期待してたんだもん……
「姉上……?」
「屋台。屋台が、いい……」
「………………………」
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
「美味しい!お肉とチーズ、そしてよく分からない原材料のこってりソースが相性バツグン!鉄板でちょっと焦げちゃってるところがまた最高です!」
「そうですか。姉上が嬉しそうで、僕も嬉しいです」
私は念願の屋台でハンバーガーを食べていた。
ローストして削り取ったお肉を野菜サラダとチーズでサンドしたバーガー。地球でいうところのケバブサンドに似にている。
こんな大雑把な味のB級グルメ、ホント久しぶりだ!
他にも串に三つ刺さった揚げドーナツも購入した。惜し気もなくたーっぷりとホワイトチョコソースがかかっていて、確実に胸焼けしそうな甘ったるさだが、それが逆にいい!
因みに料理長のランチはフレイ君が食べている。
我が儘を通して申し訳ないと思いつつも、男子ですし成長期なので二人分くらい平気です、と言ってくれた彼のご厚意に甘えさせてもらっていた。
「無理をお願いしてごめんなさい。あ、そうだ!フレイ様も揚げドーナツをお一つ如何でしょう?そちらの苺のスフレケーキと半分こにしませんか?」
「!、はい!喜んで(姉上と、一つの食べ物を分け合う)……!」
フレイ君は下町フードを躊躇う事なく口にした。
ああ、やっぱり彼には庶民の食べ物に差別意識がないみたいで、ならば本当は貴族でなくとも平然と生きていけるって事だ。
彼は私と同じで、実は身分や地位にこだわりがないのかもしれない。
ではフレイ君の、彼の本当の望みは一体何なんだろう?
「ユーフェリア姉上、また是非とも二人で、こういった場所に訪れてみたいですね。数年後に成人を迎えて飛翔許可が下りれば、小飛竜に乗ってどこへだって行けるようになります。──ああ、夢のようなその日が訪れるのを、僕は今から楽しみでなりません」
そういって空を見上げる彼に、何故か自分でもよく分からない小さな胸の痛みを感じた。
ーーその数日後。
エルドラシア王家直轄の会計監査部署の役人達は、目の前の机に並ぶアンティークの品々を見て盛大に唸っていた。
「つまり、王子殿下と王女殿下のお二人が、視察でたまたま訪れた月例の蚤の市にて、これらの品々を自らの目利きでお買い求めになった、という事で宜しいか?」
「はい、それに間違いございません」
「っ嘘だろう!名高い専門の鑑定士にそれぞれの品を鑑定させたところ、これらはどれもこれも非常に価値ある品々で、全てを合わせた鑑定合計金額は、ーーっ我々全員の年収を足した金額をはるかに超えておるぞ!どれも国際文化的、もしくは歴史的価値の高いものばかり!それを推定市場価格の凡そ1/100の提示価格で購入されたと!?」
「わ、我々全員の、年収合計以上……」
「は、半日で、この荒稼ぎっぷり……」
「何故そんな破格値で買えるんだ……」
「この国の王族って、傑物ばかり……」
「「「「「………」」」」」
それからというものの、月末になると決まってフレイ王子とユーフェリア王女、両殿下二人揃っての、蚤の市視察公務が組まれたとか組まれなかったとか。




