私とフレイ君
「ユーフェリア姉上。僕と勝負しませんか?今度こそ、きっとこちらが勝たせて頂きます。」
王城の遊戯広間で義理の弟、フレイ君が挑戦的に宣戦布告する。
象牙で誂えられた遊戯テーブル越しに優雅に座る彼が挑む勝負内容は、ルーティンというパネルゲーム。表に描かれた絵柄が11種類、それが赤・青と、2種類の色違いペアからなる全44パネルを裏返し、ペアを揃えていくゲームだ。トランプの神経衰弱のようなもの、と言えば分かりやすいかな?
挑戦者である彼の名はフレイ・セヴォワ・エルドラシア。
このエルドラシア王国の第一王位継承者にして第一王子殿下だ。
宝石のエメラルドのように煌めく翠玉の瞳と、癖一つないサラサラのプラチナの長髪。やや高い位置で後ろに一括りに束ねたその姿は、利発的な彼の性格を印象付けるのに一役買っている。
ほんの数年前までビスクドールそのものの可愛さだった彼の容姿は、最近は日を追うごとに男成分が加味されつつあって、それはそれで王宮の女人達にはまた堪らない魅力だとは思うけど、私の好みはどちらかというとショタ。近頃は彼を見るたびに、ついついため息を付きたくなる。
「.....僕の顔を見て、何故残念そうなため息を付くのですか?心外ですね。僕の何がユーフェリア姉上のお気に召さないのか分かりかねます。こんなにも姉想いでいじらしい義弟を前に、何ともつれない事です。」
おっ。何故か私、責められている?
でもフレイ君、毎日のように義姉に勝負を吹っ掛けてくる義弟って。
それ、はたして姉想いか?
ルーティンのパネルを配置するよう、右手で執事兼ディーラーに指示しながら私は無難な返しを口にする。
「まあっ。そう受け取ってしまったのならごめんなさい。でもフレイ様、それは誤解ですわ。このため息はですね...ええと。そう!今日の貴方のお召し物がイブラルラ産の絹糸でお仕立された、大変稀少で素敵な(お値段的に)お召し物だとわたくし、目を奪われていましたの。フフフフ。」
取って付けたような私のはぐらかしに、フレイ君は笑顔のまま、眉だけがピクリと動く。お、器用だなー。
「それはお褒めに与り、恐縮です。ですが、本当にユーフェリア姉上はつれない。義弟の僕に“様”などいりません。フレイとお呼びして下さいと、何回もお願いしていますのに。」
フレイ君と心の中で呼ばせてもらってるけどね!
ううーん。だけどフレイ君。君に何の意図あってなのか、どれほど毎回そうやって呼び捨てお願いされようと、それはムリなお話。
だって、私と君は....
「ユーフェリア殿下、恐れながら申し上げます。例え貴女が暫定的に形式上の姉君であらせられようと、未来のエルドラシア国王陛下になられるこちらのフレイ殿下を呼び捨てなど不敬。」
「ホントそうだよ?もちろん、ユーフェリア殿下もそれは重々承知してますよねー?頭良いですもんねー?」
うわっ!フレイの取り巻きのお堅い真面目アルバ君と、毒舌エルディちゃんがまた今日も横から口出ししてきたよー!
だからこうして毎回辞退してんじゃん!私、悪くないもんね!
などという本音はおくびにも出さず、私はコテンと首を傾げる。
あ、最初に発言した少年がアルバート・キットソン。
キットソン候爵家の真面目次男坊君で、歳は私と同じく14歳。義弟のフレイ君と一つ離れているが幼少期の頃からの仲良しさんだ。
王族専属近衛騎士を目指す彼は現在、貴族の子弟子女のみが入学できる王立学園の騎士訓練学科に籍を置く14歳。
肉付きも良くて長身なので、華奢なフレイ君と並んで立ってたりすると...ううーん。もうすでに王子の専属騎士!といった雰囲気だ。
次にやや不敬で小生意気な発言をした少年がエルディアス・ギュンスター。代々有能な魔法師を輩出するギュンスター伯爵家嫡男。彼も同じく王立学園魔法師学科に籍を置き、歴代1位の成績で首席入学したフレイ君の同期生。
ああ、ちなみに私はその王立学園には入っていない。別に貴族女子にも門戸は開かれているし、過去に何人かの王族の姫がそこで学んでいるけど。でもさ?ただでさえこんなカンジで中身庶民な私なんで、これ以上猫かぶる時間と機会が増えちゃうのはゴメンなのね。
「アルバ。君のその発言こそ不敬だ。ユーフェリア姉上も僕と同じく、このエルドラシアの第一王位候補者であらせられる。エルディも口を慎め。寛容な姉上でなければその物言い、処罰されても文句は言えぬぞ。」
フレイ君が取り巻きの二人を諌める。
13歳にしてはなかなか威厳ありの、聡明な子に育ちつつある。
王位継承者第一位であるが故に、日常的に持ち上げられ煽て上げられ。籍を置く王立学園でも当然の如く特別扱いされているだろうに。それでも傲慢に育たなかった彼は見どころがあるよね。
ーーーこれならば。
約束の3年後には彼に王位を任せても大丈夫だろう。セヴォワ公爵派閥側の天下になっても、おそらく国は傾かない。
実は私も、フレイ君と同じ第一位の王位継承者候補なのだ。
私の名はユーフェリア・レストワール・エルドラシア。
現国王陛下の姉が嫁いだレストワール公爵家の総領姫。あ、この“惣領姫”は家督を継ぐ義務のある娘、っていう意味だよ。私はレストワール家の一人娘なのだ。そして、対するフレイ君は国王陛下の妹君が嫁いだセヴォワ公爵家の長男。
つまり、私もフレイ君も現国王陛下の姪と甥にあたるのだ。
現国王陛下にはお子様がいない。御寵愛の王妃様が見罷られた後、後添えを断固拒否した国王陛下は、当時未婚の王族だった者の中から私とフレイ君を共に第一位の王位継承者と異例にも同時指名したのが事の始まり。そして期間限定で暫定的に二人とも国王陛下の養子となり、現在義理の姉弟という関係でこの王城で暮らしているのだ。
まあ、そんなわけで王宮内はゼヴォワ派とレストワール派の2代派閥が絶えず火花を散らし、互いに牽制し合っているのが今のこの国の現状。共に同権威者である公爵家同士、というのも対立増長の原因なのだけれど、多分、国王陛下の狙いは別にあるのかもしれない。あくまでそれは根拠のない、私の予想というか、うーん。女の感、ってやつなんだけど。
そもそも何故、女王制度でもないこのエルドラシア王位継承者にこの私、ユーフェリアが選ばれたのか?
女王戴冠には言うまでもなくメリットが少ない。有事の際には先頭に立って部隊を指揮する勇猛さも期待できないし、威厳はあってもどうしても他国の王族には軽視されがちだ。さらに夫となった貴族家には余計な権力を持たせてしまう危険性がある。
そんなデメリットを差し置いても私が第一王位継承者に選ばれてしまった、その理由は?、というと。
「わたくしの勝ち、ですわね?」
「....負けました。今日も完敗です、ユーフェリア姉上。」
微笑みながらもテーブルに置かれた手は拳の形へ握られる。
フレイ君の悔しがっている時に出る癖だ。勝負後とはいえ、こういった仕草を隠しきれていない点が彼の年齢相応の幼さで可愛いポイントかな?一つ年上なだけで偉そうに、と思うだろうけどでも仕方ない。
だって私の精神年齢は実際の14歳じゃなかったりするんだから。
そう、私には前世の記憶がある。それは19歳までの、こことは別の世界の、日本人として生きた女子大生の記憶。
そして、その前世の私はーーーーー。
「本当に姉上の頭脳は凄いですね。いつも完璧にパネル絵札を全て暗記されてしまわれる。どうしてそんな事が可能なのでしょうか?可能ならば、一度姉上の頭の中を覗いてみたいものです。」
覗いたらまさかの庶民臭さに超ビックリするよ?
それに私の頭脳は前世ゆずり。前世でIQ140だった私はそのまま今世でもIQが高いのだ。44枚しかないルーティンの絵札を全て記憶するくらい朝メシ前。加えて幼少期より既に19歳という成人間近の前世の記憶があったのだ。まあ、隠そうとしてもこの世界の平均が分からなかったが為にどうにも。育てられた公爵家では齢3歳にして「我が家に神童誕生!」と両親に大騒ぎされちゃったのさ。うん。私、前世から平均ってのが1番分からない。
「いつもわたくしが勝ってるわけでないわ。フレイ様もとても賢いのですもの。そのうち、あっという間に抜かされてしまう日が来てしまうわね?」
このルーティンは無敗だけどね!他のゲームも7割強勝ってるけどね?
「ご謙遜を。ですが、次は必ず勝たせてもらいます。その時には是非、僕の願いを叶えて下さいね?」
あら? フレイ君たら。これは何か企んでるね?




