俺が、彼女、加殿鮎見が少なくとも、黄緑色およびピンク色のパンツを所持しているということを知っている理由
現代の若者には積極性が足りないだとか向上心がないだとかよく言われている。
見ようと思えばいくらでも見えるのにもかかわらず見ようとしなかったり、昇進に対して消極的だったり、まあいいか、と現状を受け入れ肯定したりする。
またハイエナかなにかの屑拾いとまではいかないものの、あわよくば甘い汁を吸おうだとか、他人がやったことのおこぼれを待つだとか、自らがわざわざ能動的に行おうとはしない。まあハイエナのようにがめつくはないが。
それに誰かがやってくれるだろう、とかそんな他力本願な思考も蔓延っている。自らが率先して何かをやろうとしないのだ。
加えて最近は若者の○○離れが増えてきたという話も聞く。車だとか服だとか、そういう嗜好品だとか生活の質、娯楽などに対しての欲が薄くなってきている。
まあ金がないというのもこれの原因ではあるが、いずれにせよ、若者たちはさまざまなことから離れているのだ。
この現状が続き、さらにこれが深刻になったならば、この社会がどうなるか想像に難くない。
例えば食事。食事にはエネルギーの補給と、体調を整えるなどの機能、さらには嗜好・食感機能である色、味、香り、歯ごたえなどの食べた時においしさを感じさせる機能の、計三つがある。
遠くない未来、我々は食事にはエネルギーと体調を整える機能しか求めず、味や香り、見た目に対しては無頓着になるかもしれない。そうなれば、食事という行為は、それこそ車などのガソリンの補給よろしく、つまらないものになるだろう。まあつまらないという感情も食事に対しては持たなくなるのかもしれないが。
いずれにせよ、このなおざりと無欲恬淡がひどくなれば、我々の食事はとりあえずのカロリーと、その他ビタミンなどの栄養素を補給するための、味も素っ気もないドリンクや錠剤だけになるだろう。
食事だけではない。
人間の三大欲求の残り二つも同じように進化と言ってよいのか、衰退とも言うべきか、そんな状態となるだろう。睡眠は四、五時間しか取らず、ただの義務感に駆られるような日常のルーチンに成り下がる。日常のルーチンって意味が重複してる気がする。まあいいか。
性に対してもそうだ。性の悦びを知りやがってと電車内でもごもごと言うどころか、最近の若者は悦びなんて興味がなくなってきているのではないだろうか。
子供すら産まずましてや結婚、交際さえもしない。まあこれらの問題は経済面に起因している部分が大きいが、しかしいずれにせよ、三大欲求さえも無着になっているのかもしれないのだ。
俺の世代さえも危うい。
中学時代のような「おっぱい!」と言って笑い合うようなくっだらないエロは成りを潜め、高校生という大人一歩手前いやもう大人な体つきと膨大な知識、それに加えて成長した人格とが邪魔をし、無駄な自意識過剰と虚栄心が、露骨なエロを良しとしなくなる。
笑い合うようなエロではなく、エロなエロが主体となる。
そうなれば内心でエロを堪能することになるのだ。
ひょんなことでちらっと微かに見えるぴちぴちの胸元に、誰にも気付かれないようにどきりとしたり、制服やスカート、さらにはその服の凹凸なんかにさえエロを見出だす。
つまり中学時代のエロは、エロまたは下ネタの「言葉」自体であるが、高校では「体」そのものに成り上がるのだ。そしてそこにはその人の意志、人権が存在するからして、おめおめと口に出したり行動したりできないのだ。
しかし小学生のような幼稚な知識しかない者たちは、当然ながらそういった言葉で既知なものの数はたかが知れていて球数が少ない。この場合は幼稚な言葉とともに幼稚ながらも「体」自体もエロの対象となるのだ。
胸はまあ小学生ならば男子と対して変わらないだろうが、問題は下だ。
とは言っても精々、パンツだ。
ついでにこの歳になると性差への意識と羞恥心を多少なりとも兼ね備える。
つまりだ。
女子小学生でもパンツが露出してしまえば羞恥心に駆られること請け合いなのだ。
こうなったならば男子諸君が行うことはただ一つ。
スカート捲りだ。
しかしこの小学生の行うスカート捲りの目的はパンツ見たさではなく、幼稚園、保育園の時代には見られなかった性の意識とそれに対して生まれる羞恥心に起因する反応、リアクションを見るのが目的だ。そしてその相手に自分を認識させ、その相手の中に自分を存在させたいのだ。好きな子にスカート捲りなどのいたずらをぶちかまし、自分を知らしめるのだ。そしてついでにその子の羞恥心に悶える可愛らしい姿を拝みたいのだ。男の子はそういうどうしようもなく幼稚な心理によってスカートを捲る。
言ってしまえば下手なアプローチであって、高校生の俺からしたらそんなスカート捲りはスカート捲りではないと声を大にしたい。
高校生の行うスカート捲りは自分を見てほしいのではなく自分が見たいという心意なのだ。
つまりJKのパンツが見たいのだ。
ああ確かに、恥じらうJKもそれはそれで悪くはない。
悪くはないが、求めるものはエロなのだ。
虚栄と虚勢、粋がりが隠した露骨なエロを求めるのだ。
すなわちパンツを見たいのだ。男子高校生は誰でもパンツを見たいと思っているだろう。
しかし先に言ったように虚栄心などが露骨なエロを隠し、さらには現代の若者の良くないところ、つまり積極性、自主性、自発性の欠如がより奥へと仕舞い込んでしまっている。
もっと言えば自分から動こうとはせず、風かなんかでスカートが捲れないかなと、自然現象にまでも他力の中に数えてしまっているのだ。
この現状に俺は警鐘を鳴らすと共に、この現状を打破する先駆者として名を刻むため立ち上がり前に出ようと思う。
見たいのなら自ら捲ればいいではないか。
なぜそれをしないのか。
自らが動くことで見える何かがあるはずだ。
ここで言えば、そう。
パンツ。
しかし立ち上がるとか言っておきながら、俺は絶賛しゃがみ中、いや片膝立ち中だ。牧之さんの後ろにみっともなく。これでもかというほどに緊張して。
しかしまたその時だった。
どこからか視線を感じる。ぎぎぎとゆっくりその目を探す。するとそれはすぐに見つかった。残念なのかどうかは知らんが、柏久保家の五代目ではなかった。
その人、その彼女の名前は加殿鮎見。
彼女はどこか見下すような、いや試すように、鼻を高くしながら静かに卑しく笑ってきていた。
しかしその表情は彼女のその持ち前の実力と血、そしてその美貌が許していた。
何を隠そう、彼女はあの女流捲士で有名な加殿流家元の三代目なのだ。
あれはある日の秋の事だった。
やっと残暑が鳴りを潜め、冬が顔を見せ始めようとしていた時だった。
衣替えが一週間後くらいに迫っていたが、まだみな夏服で、もちろんの事タイツを履いているような女子生徒もまだいなかった。
そんなある日。
何を思ってか、何をしていたのか、未だにその謎は解けてはいないが、同じクラスの女子が数人、横一列に並んで立っていたことがあった。教室の後ろの少し開けたところで綺麗に一列。その女子の中には三津さんもいたが、残念ながら牧之さんはいなかった。
そしてそんな彼女たちの後ろにその影はあった。
驚くほどに静か。いつかの柏久保んとこの五代目を彷彿とさせる。
いや、確かにあの時の彼は沈むように、消えるように静かだった。
しかし彼女は違う。
沈むのではなく、その場に、その空気に溶け込むように静かだった。
そんな彼女が溶けるように動き出す。
スカートを静かに少したくし上げたのだ。
俺はそれに鼻息荒く目を見開いていたのは内緒だ。
しかしそんな魅力的な彼女が自らのその魅惑的な太ももを漁る。俺も漁りたい。
何をしているのだろうと、目を細める。
そうすると、いわばレッグホルスター、いや、レッグシース?まあとりあえず太ももにそれがいやらしく巻き付いているのが見えた。
そしてそれを見て同時に、俺はある一つの感情が心の底から湧き上がってきているのを如実に感じていた。
こんな感情は初めてで、どう対処したものかと考えるが、なんせ初めてなものでどうしようもない。一つくらいしか対処法が思いつかなかった。しかしこれは実践しようとは思えない。
俺はただひたすらにこの感情を受け入れ、かみしめることしかできなかった。
そう、俺は。
これほどにまでそのレッグシースになりたいと思ったことはなかったのだ。
そうなればどんなに幸せなことか、想像、妄想しきれない。
上を見上げただけで、ぐふふであり、もう巻き付いている時点でぐふふだ。
しかしそんな風に阿保になってもいられなかった。
彼女がその太ももから取り出したのは、どう見ても扇子だったのだ。見る角度によっては瞬くように輝いている。その光沢からそれが鉄扇であるのは確かだった。
そしてその鉄扇が静かに開かれる。
その時だった。
開かれたその鉄扇を持つ彼女が消える。いや、乱舞する。
綺麗に髪を靡かせながら、自らのスカートも大胆に舞わせながら。
そしてその鉄扇も舞奏ず。
時には弧を描くように優しく、そして矢のように鋭く、また掬うように力強く。
正直にきれいだった。
同時にその舞を見て思い出す。
俺は昔、小学生の頃、三、四年間ほどだったが、空手を習っていた。もちろんいやいやで。しかしそんな週二回の道場で唯一好きなことがあった。それはある形のことだ。この形は他に十数個あるどれとも一線を画いていた。その形は横の移動のみで構成されていて、まさに異質だった。そして同時に美しかった。俺はそんな異様な形がなんとも好きだったのだ。
そして今、彼女の乱舞を見てその形を思い出していた。
彼女もまた横移動のみでその鉄扇を躍らせていた。
その形と彼女が重なる。
まさに美しかった。
そしてその舞踏に急き立てられるように、追い捲られるように、それが湧き上がる。巻き上がる。捲れ上がる。
「きゃあーー!」
甲高い声が耳鳴りうるさく上がるのと同時に舞い納まった。
そして振り返った彼女たちがその舞姫を囲む。しかし彼女たちの目は憤怒のそれではなく、じゃれ合うような、悪戯への優しい咎めだった。
そんな優しく穏やかな時間がある秋の日に過ぎていった。
そして俺は今でも覚えている。
その時、ほんの一瞬だけしか見えなかった彼女たちのパンツの色を。
左から、ピンク、青、黒、水色、黄色!
なんとバラエティ豊か。ちなみに三津さんは黒色だった。もっと言えばその舞姫のパンツの色は黄緑色だった。
それから数日後の放課後、俺は彼女に話しかけてみた。
「この前のあの舞、綺麗だったね」
「あ、ほんだちのぉーあったり前でしょ?私を誰だと思ってんの?」
加殿さんは朗らかに八重歯を見せながら、分かりきっていることを聞いてきた。
「え、加殿さん、でしょ?」
「あれ?柏久保から聞いてない?あいつ本立野の事、見込みがあるとか言ってほめてたけど」
下衣中鏡点灯を会得できる見込みかな。
「あ、ありがとう。彼がそんな事を。やっぱり悪い奴はいないんだな。そうそう柏久保くんこの間」
「んなぁこたぁどうでもいい!そんなことより私が誰だか分からないのって本気?」
加殿さんは俺のとっておきでもない柏久保君の話を荒い口調で遮った。そしてまた同じような質問を繰り返し、俺も同じように答える。
「加殿さん?」
「そう加殿さん!加殿さんって聞いてピンとこない?ほら思い出せ!頑張れ!振り絞れー!搾り取れ!ほんとに知らないなら、超絶美少女の加殿さん、でもいいからなんかでっち上げろ!」
確かに彼女は超絶美少女と言っても遜色ないだろう。うん、とっても可愛い。しかし俺の口からそんな事、面と向かって言えるはずもないので、いつかの色の話をしてみる。
「えーじゃあー黄緑パンツの加殿さん?」
「いつも黄緑穿いてるわけじゃない!」
「あははーそーだよねー」
抑揚のない軽い相槌でもって憐みの目をどこかに向ける。
「いや、いやいや待て待て待て待て。な、なんで私が黄緑色のパンツ持ってること知ってんの!」
「へーこれはすごい事聞いちゃったなー加殿さんは黄緑色のパンツ持ってるだー」
「はあ!?誰が黄緑のパンツ持ってるもんですか!そんな色のパンツなんか、い、一度も穿いたことないし!」
彼女はそんな分かりきった嘘を勢いよく、顔を赤らめながら、でっち上げた。
「そーなんだーじゃあ今日は何色なの?」
「ん?ちょい待ちー」
そう言って制服の裾をたくし上げ、スカートのウエスト部分を、お腹を引っ込めるように浮かせた。そうして確認終えたのだろう。どこか得意げに言い放つ。
「ほら見なさいピンク!」
見なさい、と言われて期待しながら口を開く。
「え?見せてくれるの?」
「見せるわけないだろ!」
「え?見せてくれないの?」
わざとらしくきょとんとしてみる。
「見せないよっ!」
「え?」
こんなに驚いたことはないような振りでもって短く反応する。
「え?」
「え?」
眉毛を困らせる心持で目をやや伏せながら、俺には似合わないだろうけど上目遣いで再び短く反応する。
「え、いやいやいやいやいや、そんな目で見られても、そんな目に見せるものなんてないよ!」
「え?穿いてないの?」
「穿いてるよ!」
また、いつか見た色を挙げる。
「黄緑?」
「ピンクだっつってんだろ!」
「それって本当にピンク?」
「ピンク!」
なんとなくここまで言葉を交わしてみて、加殿さんのお頭のできをそれとなく測り終えて、畳みかけてみる。
「え、でも考えてみて。例えばここにリンゴ柄のパンツがあるとします。それは何色ですか?」
「え、リンゴだから赤?」
「うん、赤だ。だけど俺の見た赤と加殿さんが見た赤は同じ色なのかな。俺にとって赤と感じた質感が加殿さんには違うかもしれない。もっと言えばもしかしたら俺は加殿さんの見る青を赤色としているかもしれないよね。そしてこの逆で、俺が見ている青が加殿さんにとっては赤色かもしれない。そう認識している可能性はないとは言い切れないよね?例えばもし俺が小さい時から緑色を赤だとして生きてきて今もそう認識していたら、その色を加殿さんは緑と答えるかもしれないけれど、俺にとってはその色は赤なんだ。」
「あーはいはいなるほどなるほど」
加殿さんは全くもって理解してるのか怪しすぎる相槌を極め込む。
「そこでだ。そこで俺と加殿さんの見る色に差があるか確かめるべきなんじゃないか?そう思わないか?もしここで俺と加殿さんの目の前で、誰かがぶっ倒れたとしてその人を助けるためにある道具が必要だったとしよう。しかしその道具の名称も分からないし形も形容できないもので、唯一色だけを示せるような道具であったとき、加殿さんと俺との間で色の認識の差があったら、その道具を用意することすらできずに、その倒れた人は亡くなってしまうんじゃないか?」
「あ、確かに確かに」
よし、全く適当にでっち上げてみた言葉でも理解する振りくらいはしてくれたらしい。そして今は加殿さんの頭が混乱、というかフリーズ?まあロクに動いてないことを期待して。
「だから二人の色の見え方の差を確認するべきだと思うんだ。」
「そうだね!」
気持ちのいいくらいの同意。きっと何も考えていないだろう。
「じゃあここで加殿さんのパンツを二人で見よう。」
「そうだね!」
そう朗らかに言うと、加殿さんは自らの両手をスカートに運び、掴む。そしてゆっくりではあるが確実にスカートを捲し上げ始めた。
「…ってあれ、なんで私、スカートたくし上げようとしてるんだっけ?」
もうレッグシースが完全に見えて、本当にあと少しだったのに、とっても惜しい。だけど本当にありがとう。
「なんでって……あ、あれ?加殿さんそのスカートのそこなんか汚れてるよ?」
仕方なくまた適当にまたでっち上げる。
「え?どこどこ?」
「そのーほらもっとそっちの、ほらそこ!もっと近づけて!」
「こう?」
あと少しだ。焦るな俺。
「そう、いやもっと!」
「え、どこ?」
「もっとこっちの」
今だー!
「もっとぉ!」
「もっとー…って危ねー!あと少しで見えるところだった。」
くそう。
そして意味もなく問う。
「え、何が?」
「何ってパンツだけど」
「え、なんて?」
意味もなく聞き返す。
「だからパンツ!」
「黄緑のパンツ?」
意味もなく重ねる。
「ピンクのパンツ!」
「またまたー」
あからさまに惚けてみる。
「あんた信じてないわけ?」
「ああ、そうさ。俺は目に見たものしか信じないからな」
努めてクールに、外国人のように両手を肩くらいまで上げて、竦める。
「そうまあどうぞご勝手にー。言っておくけど見せてあげないからね。」
「話戻るけど、見たものだけしか信じないんだから、見えないものは信じないってことだよね?」
「あーうん、まそだね。」
加殿さんは、また同じように深く考えていないような感じで肯定する。
「ここで聞くけど宇宙人って信じてる?」
「いや、見たことないから私も信じてないよ」
「じゃあ宇宙人は存在しないってことでいいんだね?」
「そうだね」
よし、あと少しだ。
「じゃあ信じないものは存在しないってことでもあるよね?」
「まあそうだね」
今だっ!
「おーい!みんなー聞いてくれー!加殿さん、今パンツ穿いてないってよー!」
「ちょ!ばか!なに言ってんの!ちょ!あああああああああああーーー!穿いてるよっ!」
加殿さんはまた顔を紅潮させて、俺の言葉を遮るようにうるさく発声する。それにしかめ面をしながら、かーどーのー、と一考すると案外早く思い出した。
「あ、思い出した。加殿ってあの女流捲士の加殿流?」
「なんだ知ってんじゃん。そう、んで私は加殿家三代目。」
柏久保家より少しばかり若いようだ。
「じゃああの扇子使った舞も加殿流の技の一つなの?」
「技っていうか形の実践応用って感じかな。加殿流扇舞「鉄扇初段」。どうだった?かっこよかった?」
格好いい形の名前だ。いつかの空手を思い出すのと同時にあの時の加殿さんの乱舞を想起する。
そうしていると、加殿さんはパーソナルスペースが狭いようで、その可愛い顔を簡単に近づけてきた。ついでに彼女の髪の毛の匂いかなにかが俺を包む。それにどぎまぎしながらどうにか答える。
「あ、ああ綺麗だったよ」
「にひひ、あんがと。そんでー?あんたあの時あいつらのパンツ見えちゃったりしてた?」
加殿さんは、八重歯を見せながら可愛く、そしてどこか意地悪な笑い顔を見せる。
「あ、いやーまあーそうだったかもしれないなー」
「うっわーさいてー」
耳につくほどの棒読みだった。
「いやいや加殿さんが捲ったんじゃん」
「いや私が捲ったんじゃない。風が捲ったんだよ」
加殿さんはどこか用意していたように、流暢にそう説明した。
「風?」
「そう風。私たち加殿流は決して直接捲らないの。」
なんだか格好いい事を言っているようで、聞く人には全然格好良くないセリフだった。
「それって柏久保流のメクラズって事?」
「いや、まあ確かに柏久保流から分派したけど、そのメクラズに嫌気がさして分かれたの。だけど加殿流は決して直接捲らない。スカートに直接触れること、これを禁忌としているわ。だから扇子だったり、団扇に扇風機、身近なものでいえば下敷きなんかで風を起こしてスカート靡かせるの。こういう言い方はあまりしないけど、まあ不触ってとこかな。あ、ついでに加殿流は女流じゃないよ。ただ有名な捲士が女性ばっかりでなんかそう捉えられているみたい。まあ女性が多いのは事実だけど。あ、そうだ。柏久保が見込んだ君なら、なんだか期待できそうだね。うちに入らない?」
「うーん、そうだな。これは柏久保君にも言ったけど、俺はその禁忌を守れそうにないな。やっぱり俺、捲りたいからさ」
どこか遠くを見るように言ってみた。特に意味はない。
「そっかー残念。あ、捲りたいなら三津流はどう?あの神童と呼ばれた捲士がいたところ。知り合いいるから紹介しようか?」
「あーいいや、ありがと」
「そう、まあ気が変わったらいつでも声かけてね。待ってんぜー」
加殿さんは楽しそうにそう言うと、いつの間にか右手に持っていた扇子をばっと広げて、それを軽く振りながら俺たち二人以外人のいなかった教室から出ていった。
それからというもの、時々彼女に絡まれ、そしてからかっている。