俺が彼女のお尻がとても柔らかいという事を知っている理由
そんな愛しき腹部を目が通り過ぎて、調度いい感じの腰が視界を埋める。彼女のお尻は、見た目も柔らかそうであり、実際に触ってみても柔らかいが、先ほどから言っている通り大きすぎるわけではない。胸部、腹部そして太股からその下に対してのバランスが絶妙なのだ。
あれはそう。去年の文化祭のことだった。かくかくしかじかあってハンカチを牧之さんに返したあと、文化祭の実行委員を務めていた彼女に仕事を頼まれた。
「本立野さん。この後…お時間、ありますか?」
もごもごともじもじと上目遣いで予定の有無を聞いてきた。俺は今にも頭をバカみたいに縦に振りまくりたかったが、どうにかこらえて努めてクールな振りをして口を開く。
「牧之さんの頼みとあらば、切り捨て確保し、それでも足りない場合はこじ開け他を切り詰めるまでです。」
「あ、予定があるのなら無理に」
「無理にだなんてとんでもない。私の時間はあなたのためにあるのです。あなたのためならどんな不可能も可能に変えてみせましょう。たとえこの身が滅びようとも」
「まあなんと凛々しいお方」
みたいな会話があった気がする。去年のことなのでどこか補完されているのかもしれない。そしてさらに会話は続く。
「実は目的は皆目見当もつかないのですが、どうやら等身大の自由の女神を作らなくてはならないらしいのです。その作成を手伝ってほしいのです。さすがに私一人では難しそうなので」
とても魅力的な仕事だと思う振りをした。特に牧之さんと一緒にというところが。それにしても自由の女神とは、このクラスはこの教室をアメリカにしたいのだろうか。それにしては折り紙の輪飾りではそれはかないそうにないが。
「工作には少し自信がないけど、俺で良ければ」
「はい、ぜひ。では早速ですが、女神さまを段ボールに描いていただけませんか?」
これは難易度の高い作業だ。立体に作るんじゃないの?いや立体に作る方が難しいか。まあいずれにせよ、中学の時ではあるが美術の成績は5点満点中三点である。大丈夫だろうか。あれから上達したとは思えない。
「手伝うと言っておきながらあれだけど、絵心には少しばかり…」
「本立野さんなら大丈夫です」
そんな根拠の源泉の所在が分からない言葉を頂きながら、壁に立てかけられていた縦2メートル横五十センチほどの段ボールシートを床に敷く。そこに膝をついていざ、女神さまを描き始める。とは言え、何の参考もなく女神さまを描き上げることなんてできないので、ポケットから携帯を取り出し、画像検索を行った。画面いっぱいに溢れる数多の女神さまから比較的シンプルな女神さまを選びタップする。その画像が画面全体に表示されたスマホを手元に置き、シャーペンを握る。とりあえず右手のたいまつから描き始めることにした。
そうこうして数分後。とりあえず描き終わる。
しかし顔を上げるのと同時に全身の力が抜け、無意識に右手に持っていたシャーペンを落としてしまった。その落下するペンが俺の揺らぐ視界でなぜだか遅々として映った。高所に上ったときのように冷や汗が背中や額に滲み、さらには声さえも失う。開いた口もふさがらない。時が止まってしまったかのよう。いやむしろ時間が巻き戻ってくれと、仕事を請けなければよかったと後悔がよぎる。
まさかこれほどまでとは、誰に想像できただろうか。俺だってここまでとは思っていなかった。
「………………」
「…………………」
俺と牧之さんの間に静寂が蔓延る。脳ミソがフリーズし言い訳なんてものは出てこない。口の中が渇いてきたが、どうしても口を閉じることができなかった。それほどまでの紛乱した衝撃が目の前に広がっている。
そんな闃寂をどうにか破るような声が響いた。
「…あっ、そ、そうですっ!自由の女神ではなくニャルラトホテプにしましょう。そ、そうと決まれば、もう一人の実行委員の方に提案しなくては。ちょっと行ってきますねっ」
ほほう、興味深い。彼女の目には俺の描いた渾身の自由の女神が這い寄る混沌に見えるのか。感性って人それぞれで豊かなんだなあと空目をどこかに向ける振りをしてみた。
「ま、待って、牧之さん。描き直すよ」
焦点を彼女に合わせているうちにその彼女はもう既に数歩進んでいた。それをどうにか制止する。止まった彼女は振り返りながら少し眉を困らせて、口を小さく開いた。
「…すみません、本立野さん…私が勝手に、字が上手な方は絵も得意であると決めつけていました…すみません。私の偏見というか先入観みたいなものがなければ、本立野さんの壊滅的な絵心が露呈せずに済んだのに…」
彼女の言葉が逆に痛い。SAN値がピンチで、うーにゃーと叫びたいがそれをどうにか抑える振りをする。
「…いや、なんというか、俺もごめん…でも一度引き受けたものは最後までしっかりとやり遂げたいから」
「やはり本立野さんは良い人ですね。私も全力でお手伝いします」
牧之さんは努めて明るく笑いその場を取り繕う。とても申し訳なく感じる振りをした。
とりあえず混沌が生じた原因を探るため、その今にも這い寄ってきそうな化身を見つめる。たいまつから描き始めたのがいけなかったのかなと、とりあえずの反省点を見つけ、それを踏まえて再びシャーペンを握る。
そうこうして数分後。
絶句。
「…………」
「……………」
「…あ、あっ!私、こんな感じの未確認動物の動画を見たことがありますっ!いやーそっくりですねっ」
心が痛い。その痛む胸を左手で押さえる振りをしながら、右手は消しゴムに持ち替え、そのUMAを消し始める。涙をこらえて。仕事を請けた過去も、彼女の俺の絵についての記憶も一緒に消したかった。
「…ほ、本立野さん、きっと誰でもこれほどの大きさに人の形を描くなんて難しいと思いますよ…」
「…ごめん、牧之さん。力に成れなくて」
「い、いえっとんでもないです。本立野さんのお陰で人の大きさに人を描くということ自体が難しいとわかったので、それだけでも大きな収穫です。…なにかお手本みたいなものがあれば…あ、そうです。私が段ボールの上に寝て私をなぞればそれなりの形を描けませんかね?」
牧之さんは胸の前で手を合わせてついでに上目遣いで提案してきた。
「確かになにもないよりは、人間の形を描けるかも」
「ではさっそく寝ますね!」
寝ますね?…え、なに?え?上に覆いかぶさっていいですか?
牧之さんはなんだか上品に上履きを脱ぎ、それをきれいにそろえて置いたあと、段ボールの上に足を着く。これから教室に飾られるであろう段ボールを足蹴にするのが少しばかり後ろめたいようで、若干腰が引けている。そしてその段ボールにできるだけ跡をつけないように気を付けながら、ゆっくりと横になった。寝た牧之さんは少し背骨が曲がっていると気が付いたのか、膝を立てて腰を浮かし矯正する。スカートの中身がもう少しで見えそうなところで足が寝てしまった。くそう。彼女のスカートは鉄か何かでできているのか?
しかしそんな感じで牧之さんが腰を動かしても、まだ少し背骨が曲がっていた。
「牧之さん、もう少し腰を右に」
「あ、よっ、このくらいですか?」
今度は足をあまり使わずに腰を浮かすだけで体を真っすぐになるよう試みていた。
「いや、ごめん、牧之さんからみて左」
「あ、すみません。ほっと。これでどうですか?」
牧之さんは首だけを少し上げて尋ねてきた。少し苦しそう。
「あー少し行き過ぎ」
「えーもう本立野さんが動かしてください」
そ、それはつまり、つまり牧之さんの体を矯正させるということなのか?俺の手で?つまり、牧之さんに触れる?どこを?腰?腰でいいの?腰を触っていいの?腰以外を動かして牧之さんの湾曲を直すことは難しいだろうし、やっぱり腰を俺の手で動かせ、ってことだよな。よし、腰触るぞ。あわよくば手が滑ったーって感じで、ぐふふ。それかもう覆いかぶさってしまおうか。
「え、じゃあ、し、失礼して」
ごくりと大きく唾を飲み込んだあと、一旦拳を握る。目を血走るほどに見開きながら牧之さんの足の上に股を開いて立つ。そして腰を曲げて、ぎこちなく牧之さんの腰に向けて前へならえ。泳ぐ目が捉えるのは牧之さんの腹部やら胸部やら腰やら太股やら時々顔。おぉうふ。体のあらゆるところが、なんというか、おおぅふ。麗しき牧之さんにこれでもかというほどに近づき、心臓がうるさい。しかしその揺れる視界でどうにか両手を牧之さんの腰に添える。その時、牧之さんは「んっ」と小さく声を出した。う、うおっ、ご、ごめんなさい。その声にどぎまぎする振りをしながら少し力を込める。や、な、なんか柔らかい気がする。少し力を入れただけでも牧之さんの腰は簡単に浮き、その浮いた腰をそっと右に動かす。おうふ。牧之さんが真っすぐになったところでゆっくりと牧之さんの腰を下ろし、名残惜しいが静かに手を離す。
「こ、このくらいかな」
自分の腰を起こし、牧之さんの上から離脱する。
「あ、ありがとうございます。み、右手はこんな感じでしょうか?」
少し上気した頬を携えた牧之さんは俺には目を合わせずに天井を見たまま、右手を上げる。するといつか見た教室の飾り付けの時のように、またしても制服の裾が足りなくなっていた。ふつくしい。しかし腰を触られたことに加えてお腹がお目見えしていることを知ったら、彼女は今よりも顔を真っ赤にして、羞恥に悶えてしまうだろう。それに右手を上げていてもらわなければ、自由の女神を描けなくなってしまうし、進言はあえてしない。別に牧之さんのお腹を見続けていたいとか、そんな邪なことなんて全く考えていない。ぐふふ。上に覆いかぶさっていいですか?
「あ、ああ、うん。そのくらい」
「じゃあ、本立野さん、私をなぞって下さい」
私を、なぞってください…別に全然、全くもっていやらしくないのに、なんだかいかがわしく聞こえるのは俺だけだろうか。私をなぞって…なぞって…ぐふふ。もう覆いかぶさってしまおうか。
そうやってごくりと再び唾を飲み込む振りをする。シャーペンを手汗の気持ち悪く滲む右手に持ち、小さく息を吐く。そして先ほどと同様にたいまつ、いや右手からなぞっていく。
ぐふふと舐めまわすように右腕を観察しながら、牧之さんのその二の腕にペンをあてる。ぐふふ。そこから手に向かって肘と柔肌な前腕を通る。この時ほど今が半袖の季節で良かったと思ったことはない。ぐふふ。そして軽く握られた拳で折り返し、さらに柔らかそうな前腕を進む。ぐふふ。そうこうして前腕の、このやや膨らんだ筋肉というかなんというかぐふふ、を越えて上腕に到達する。ここからは制服の袖が覆ってはいるが、ぐふふではある。ぐふふ。
ついでに言うと俺は今、牧之さんの右の肘の前に膝をついている。つまりここからならどうにか、こう上半身を全力で倒して目を凝らせば、牧之さんの脇が、この制服の袖の向こうに…ぐぬぬ、としているうちに肩までペンが進んでいた。しょうがなくここでペンを段ボールから離し、俺は牧之さんの頭の上に膝をつく。そこからまた腕を伸ばし続きをなぞり始めた。少し細めの首筋に、ペンを自分の舌と見立てて這わせる。ぐふふ。
しかしその時だった。
あまりにも麗しき彼女の首にくぎ付けになってしまっていたのだろうか、思った以上に前かがみになってしまっていた。
つまり、牧之さんの顔が、ち、近い。
彼女の息が眉間にかかり、間近で目が上下に合う。彼女のその黒い、いや濃い藍色の目は、薄く溜まった涙できらきらと輝いていた。数秒間その目に吸い込まれるように目が離せず、我に返るように慌てる振りをしながら目を反らし、体を起こした。
「…あ、あ、ごめん」
「…い、いえ…」
牧之さんをちらちらと見てみると、牧之さんも顔を赤らめながら視線を泳がせていた。
「あ、牧之さん、う、うつ伏せになってくれないかな?」
実に名残惜しいけれど。
「そ、そうですね。で、では、失礼して」
牧之さんは慌てたように同意はしたが、体はのそのそと動かし裏返る。なんだかそのゆったりとした動きが牧之さんのイメージと若干外れていて、いわゆるギャップ萌え。ぐふふとなった。もう後ろから覆いかぶさってしまおうか。しかしそんなことできるわけもなく、大人しく牧之さんをなぞりながら、非を少しばかり転嫁する。俺が悪いのではなく、人選のミスをそれとなく主張する。
「俺が手伝わない方が良かったんじゃないかな…牧之さんと仲のいい三津さんとかの方が良かったんじゃない?」
「いえ、本立野さんに手伝ってもらいたかったんです。彼女には日頃から大変お世話になっているので、これ以上迷惑をかけられないというか、頼れないのです。頼ってはいけないとそう思ったんです」
うつ伏せの牧之さんは少し苦しそうではあるが、そう説明してくれた。
「日頃からお世話に?」
「ええ。実は私、彼女の家に住んでいるんです。」
この牧之さんの言葉を聞いて、驚愕すると共に妄想が捗ることへの高揚を覚えた。学校一の美少女が二人、一つ屋根の下で暮らしているなんてぐふふ。牧之さんがすやすやと静かに眠るベッドの中に、発情した三津さんが…ぐふふ。そして三津さんに気づきながらも牧之さんはそれを拒否することなく三津さんを受け入れぐふぐふふ。もう覆いかぶってしまおうか。
「牧之さんの家、ここから遠いの?」
どうにか鼻息を抑える振りをして三津さんが牧之さんをいつでも襲える状況となっている理由を聞いてみる。別に牧之さんが三津さんを襲っても構わない。
「…そうですね…遠いです。うんと遠くです。」
その声は鼻をすすっただけでも消えてしまいそうなか細く寂しい声だった。
「…それって…」
彼女をなぞる手を一旦止めて彼女を見やる。とは言ったものの、見えるのは彼女の後頭部だが。その頭が静かに揺れる。
「…亡くなったんです。…私の幼い時に…。だから顔をあまり覚えていなくて、ですね。それで兄弟さえいない私は、親戚の家をたらい回し、にされ、今は遠い親戚である彼女の家に住まわせてもらっているのです」
豊満な胸部をいやらしく潰してうつ伏せとなる彼女からシリアスな空気を頂戴した。しかしそんなシリアスなんてどうでもよくなるようようなおっぱいがいつまでも続く。彼女が仰向けに寝たら目が合ってしまうし、かといってうつ伏せだと柔らかく潰れたそのおっぱいに目を奪われてしまう。見てはいけないと思っても見てしまうし、人差し指で突きたくしょうがない。このどうしようもない衝動を抑える振りで手一杯で、彼女の背景について真剣になれない。もういっそのこと突いてしまおうか。いやそれとも覆いかぶさってしまおうか。
しかし当然そんなことできるはずもなく、ペンを持っていた右手を硬く握り、彼女のシリアスな空気にどうにか充てられるような振りをするために彼女の言葉を思い出し飲み込む。
幼いころに両親と死別し遠い親戚のところに住んでいる、ということで一見して壮絶な人生に思えるが、なんというかこういう言い方は不謹慎で良くないと分かってはいるが、なんというかよくある設定だと思った。女性作家の描いた少女漫画とかの、自分はさほど可愛くないと言っておきながら普通に超絶美少女の主人公とくっついたり離れたりするメインの超絶イケメンの、その男の大抵の両親は亡くなっているのだ。とりあえず両親を殺しておけば、容易にその人を重くできるとでも思っているのだろうか。いくらなんでも少しばかり殺しすぎだと思う。それこそ親の仇かって感じに。しかし彼女の言葉で実際に空気は重くなってはいると思う。
だがおっぱいのせいでどうしても俺は真剣になれない。
ということで俺は彼女の言葉に悲しむような振りをした。
そんなこの世にいない人を嘆いている暇があったら、そのおっぱい突かせてもらっていいですか。それかパンツ見せてください。
「…あ、すみません、手を止めさせてしまって。こんな話聞きたくなかったですよね」
「…あ、いや…そんなことは。…なにかあったら、いつでも相談に乗るよ。力になれるかわからないけど」
実際に今、あまり力になれていないような気がするが、しかしそれっぽいことを言ってみる。
「ありがとうございます。やっぱり本立野さんは良い人ですね。」
彼女からの好感度が上がったみたいなので、それっぽいことは言ってみるものである。
「まあとりあえずは自由の女神を終わらせるよ」
「はい。お願いします。」
そう静かに言われ、ペンを握りなおし、止まってしまっていた線を伸ばす。そうこして彼女の右手、いやこっちは左手?あぁえーと松明を持っていない、聖書かなんかを持つ予定の方の手をなぞり終え、次に彼女の腰にペンを当てる。しかし牧之さんの頭上に膝をついている俺には、腕を伸ばせるのがその腰の辺りまでが限界で、しょうがなく移動する。彼女のその腰のそばまで。
そして、よっこいせっとしゃがんで、いざ、となぞり始めようとした時だった。
自分の体を支えるために動かした左手がどこかに引っかかる。
その一瞬滞った左手は、タガが外れたように、勢いよく
彼女のお尻に
こう、ぐにゅっと。
おおう柔らかい。
試しに二、三回むにゅむにゅと力を込めてみる。
制服の上からでもわかる、とてつもない弾力、柔らかさだった。
「ひゃ、ひゃっん」
うつ伏せの彼女が可愛らしくそしていやらしく声を上げた。
そして落ち着いたかと思ったら、どこか苦しそうに涙を流し始めた。
「うわっあっご、ごめんっ!ちょ、ほんと、わざとじゃなくて、こう制服に腕が引っ掛かって、そのっ!」
どうしようもなく慌てる振りをしながら弁解する。
「……え、え、…あ…わ、わかっています。本立野さんがそういう人ではない、ということは…今のは少し驚いただけです。…すみません」
うつ伏せの彼女の顔は当然見えないが、肩が小刻みに震え、嗚咽の混じる息も苦しそうで、しかしそんな彼女を見ても俺は何もできずに、ただ心配してそしてありったけの謝意を込めるような振りをして口を開くだけだった。
「…あ、いや、謝るのはこっちだよ…本当にごめん」
そんなわけで、牧之さんのお尻がとても魅力的であることを、俺は知っているのだ。




