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スカートめくり feat. ピンクのしましまパンツ  作者: 齊藤パンティ
スカートを掴んでから捲るまでのほんの数秒
12/19

ほころび

 回された腕が思ったよりも重たい。きっとニシキヘビかなんかを首に巻いたらこんな感じなんだろうなーと、適当に思ってみた。


 しかしそんな思考も、何かに押されてどこかに行ってしまう。


 脳が、内臓が、思考が、締め付けられ、汗が滲み、呼吸が荒くなる。

 どうにかその発作に耐えるが、そんなことすぐに消え去ってしまった。


 いつか見たセピア色の映画が、スクリーンも何もないのにどこかに映し出され、気にしていられなくなる。


 またあの子が出てくるのかと危惧するがそれ以上が上映される。

 見たことのあるどころでは済まない二人が、穏やかに微笑んでこちらを眺めている。

 既視感のある草原で少し強い風に煽られ長い髪と服を靡かせている。


 一つ、やや強めの風が何かを運んでくるように吹くと、眩しすぎるほどの色が付いた。

 そしてその色のついた二人は私の知っている顔よりもやや艶が少ないように見えた。


 しかし確実に二人。


 その二人が風の中でもしっかり届くようにか、少し大げさに見えるほどに口を開け私達を呼ぶ。

 その声は私の記憶よりも低く、落ち着いた印象を抱かせ、同時に衰えも多少なりとも感じた。

 それは私の知っていたはずの二人の姿とは違うものではあるはすだが、どこか納得してしまう。それどころかすんなりと受け入れられた。

 ああ、確かに二人はこんなだった、ともう少し若いはずの二人しか知らなかったはずなのに、思い出す。


 自然と涙が零れた。


 そしてその涙を拭うのと同時にその二人の声に応えようとした瞬間、また強い風が背中から吹いた。その風を追いかけるように、綺麗なワンピースを着たあの時の女の子と私と同じくらいの子がその二人に向かって駆け抜けていく。


 二人は姉妹。

 妹は無邪気に笑いながら二人のもとへと駆け寄り、それをゆるく追いかけていた姉が追い付き四人で微笑み合う。


 ひとしきり笑顔を見せあった後、その四人がまた誰かを呼んだ。

 どこか親しい友人を招くようで、それでいてもう一人の家族を見守るように優しく。


 妹とは対照的に落ち着いた少年、いや青年が急ぎもしないでその手招きに応じる。

 その青年は静かに、そして少し距離を保って、四人の家族に立ち添った。

 それを誰かの手が強引とも見えるほどに引き寄せ、肩を並べさせる。


 そして誰かの口が開いた。


 本当にお前たち二人は似ているな、と。


 隣り合ったその二人に向けて。

 青年はどこかぎこちなく笑いながら、あやふやに首肯した。

 それを受けて再び笑い合う。


 私はそんな光景にどこか遠い目を向けていた。


 そして場面が変わる。

 またどこかの草原。


 その五人の姿はどこにもなく、少し探すように視線を巡らせていると、二人が現れた。

 さきほどの大人しい似た者同士。

 しかし先ほどとは雰囲気が、表情がうって変わって、どうしようもなく明るい。

 二人は無邪気に、歳不相応に見えるほどに、追いかけ追い抜き合う。

 大きく笑いながら。

 そして二人は絡むように、草の上に寝転んだ。

 彼女を下にして男がそれに覆いかぶさるように。

 見つめ合った二人は穏やかに微笑み合うと、静かに唇を重ねた。


 また私はそれをただ眺めるだけ。


 しかしその幸福ともとれる光景は長くは続かなかった。


 緑の草原が瞬きと同時に一瞬にして、夕日に照るどこかの部屋に移り替わる。

 なぜだかその斜陽によって赤くなった部屋の気温も匂いも空気も感じられるようだった。


 そのやや暗い部屋に両親の二人が手を繋ぎ佇み、そこに駆け寄る女の子が一人。

 その女の子は綺麗な歯を見せ、目を線にして笑う。


 姉の方はどこにいるのだろうかと部屋を見渡すと、私の少し後ろで静かに微笑んでいた。

 姉の見据える二人は妹のその無邪気な表情を見て、穏やかに顔をほころばせる。


 しかしその時だった。


 その部屋の薄暮さえ届かない暗いドアが重く開けられた。

 そしてその開けられた暗闇から一つの影がその三人に忍び寄る。


 顔は暗すぎて見えない。


 そんな男か女かもわからない影が足音も立てずに三人に近寄る。


 そして三人が気づいた時にはもう遅かった。


 かろうじて斜日に光った刃物が見えた瞬間、鮮血が放物線を描く。

 暮れの赤と血の赤とが混ざり合い輪郭を失う。

 悲鳴さえも出さずに父親がその場に崩れる。


 そしてその力なき傾倒に入れ替わり急き立てられるようにまた新たな赤い噴水が上がる。

 不気味なほどに音を立てず静かに母親が倒れた。


 二人の血を浴びた妹はその赤く濡れた二人を見て、ただ我武者羅に泣き叫ぶ。


 さらにその黒い影の持つ鋭い光が駆ける。

 そのうるさい号哭をかき消すように、その細い首元を掻っ切る。

 そして小さく赤いしぶきを上げた。

 血生臭く湿った空気が鼻腔の奥に蠢くように侵入してくる。

 その臭いと鈍った赤とそのぱっくりと開いた傷口を見て、吐き気を催す。

 手汗と震えの目立つ手を思わず口元に持ってくるが、臭いはその手の隙間から簡単に入ってきてしまう。


 見たくないのに目を離すことは何故だかできなかった。

 微かに動く妹の指先を見据えて近づこうとするが足が重い。

 やっと一歩踏み出したところでその指の微動さえ止まった。

 叫ぶこともできない。

 口をあうあうと開閉し、声の乗らない空気をだらしなく吐き出すだけ。

 唇は渇くがそれと対比するように涙を零す。

 だらだらとみっともなく、鼻水も垂らしながら。

 口端からは溜まった唾液も垂れ出る。


 涙で揺れる視界の中、その黒い影が気味悪く私に微笑みかけてきた。


 いや、私ではなく、私の後ろに立つ彼女に向けて、卑しく口角を上げている。

 その彼女は夕焼けに陰る部屋でどこか黒く見えた。


 そしてその影がそんな彼女へとゆっくりと近づいていく。

 どうにか止めようと思い立つが相変わらず重い足が言う事を聞かなかった。

 その影は慌てる私を通り抜けるように後ろに立つ彼女へと接近した。

 上半身だけ振り返りその影を止めようと手を伸ばす。

 しかしその手は儚くすかっと空ぶった。

 そして揺れることすらしないその影は持っていた刃物を床に捨て、その空いた右手で彼女の頭を鷲掴む。


 君は殺さない。殺せないよ。


 薄気味悪いほど流暢に言葉が紡がれる。

 そしてその右手から紫色の閃光が瞬くのと同時に彼女がその場に膝から倒れた。

 それを静かに見届けいた影は、私の瞬きと同時に消えてしまう。


 残ったのは何もできなかった私と肉塊と成り果てた四体。


 私はまた何もできなかった。


 床に寝る光の灯っていない目が私を責めるようだった。

 私はただ涙を流すことしかできなかった。


 そして夕日さえも照らさなくって寒くなった部屋で静かに涙を拭う。

 天井を仰ぎ、これ以上流れ出るのを防ぐ。


 するとどうだろう。

 天井にまで届いていた血が涙に濡れた頬に滴り、その涙と混ざった。

 それを人差し指で拭い取り、乾いた舌で舐めとる。

 そしてそれを固く飲み込んだ。

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