プロローグ
「…パンツに罪は、ない?…いいや、罪深い…パンツはどうしようもなく罪深いっ!」
夕焼けに照る人の少ない教室で僕の声がうるさく反響する。
「なにを言っているのですか?パンツに何をされたっていうのですか?」
彼女は本当に何もわかっていないようにそう問うてきた。
「何をされたかって?…教えてあげるよ…パンツはな…パンツは僕の意識を!僕の心を蝕むんだよ!どんな時も!何をしていても!どこにいても!何を考えていても!パンツのその魅力、その美しさで、僕を狂わせるんだっ!惑わせるんだっ!これほどに罪深いことってあるかい?」
「いいえ!あります!ありますとも…それはあなたの心です!あなたは、自分の心の弱さを、パンツが魅力的だからと、パンツが美しいだからと、なんでもかんでもパンツのせいにして、自分の罪を、パンツに顔を擦りつけでもするかのように、パンツに擦り付けているんです!パンツにこじつけ、パンツを頭に被るようにパンツで覆い、パンツで目隠しをして、自分の弱さを見ない振りをしている!そんなあなた自身が一番罪深いですっ!」
彼女のその荒げた声もまた教室内に姦しく響く。
それから彼女と言い争うように言葉を交わした。
また実際に、刃も交わす。
だがすぐにそれに疲弊し、僕はしょうがなく手を止めた。
そして
ピンクのしましまパンツ。
その柄を、そのパンツをこれでもかというほどに想う。
そしてそれと同時に、右手を胸の前に開いた。
「陰る浅紅の横縞よ、我が潜考に応えよ。今こそその吸着を強め、隠す得体を浮き出さん!パンティーっ!」
次の瞬間、彼女へとかざす僕の右手を中心に紫色の魔法陣が展開されるのと同時に、短くそれでいて、どことなくいやらしい声が響いた。
「んっ!んっひゃあぁんっ!んっ!」
「おやおや、郷美…どうしたんだい?そんなに、いやらしい声を出して」
僕はにやにやとわざとらしく彼女に問う。
「し、締め付けられるぅー!パンツにぃ!パンツに締め付けられるぅぅぅーー!んーーーっ!」
それを聞いて再び僕は声を張り上げた。
「細やかな諸腕よ、その膠着を解きほどき、諸手を挙げよ!」
すると足の間にあった彼女の両腕が、糸かなんかで引っ張られるかのように天井へと向けて掲げられた。さらに僕は詠唱する。
「艶めくその御御足よ、その内股を開き、開脚せよ!」
「いひゃっ!」
彼女は短く声をあげながら、綺麗に開脚して見せた。
「そ、そんな…手も足も…パンツもぉぉーーー!な、なにをする気ですか!?」
「決まってるだろう?」
僕はそう言い切るのと同時に走り出す。
そして彼女の下に滑り込んだ。
ずさーっと。
「ぐはははははっ!いやー絶景かな絶景かなっ!はっはっはっ!ほんともう、最高だぜっ!」
僕の阿呆な声についで、どこからか、いい声が聞こえた。
「あれは、あの技は…!滑り込んだ捲士を渓流、そして被捲者のその長く伸びる脚を橋に見たてて、その名も「夢の吊り橋~素股橋~」っ!まさか、現代であの技をできる者がいようとは…っ!文献でしか見たことがない…しかもこの技は赤石山脈での一泊二日の厳しい修行を耐え抜いた者だけが会得できるという…しかし被捲者が見事に足を開かないとこの技は成立しない…その難しさから現代の捲道界の不捲派ではもう伝説の技扱いだったはずなのにっ…!まさかメクラズではない彼がっ…やはり彼は…」
彼の興奮気味な渋い声を聞きながら、ピンクのしましまを眺める。
「だめっ!見ちゃだめですっ!今、ものすごく!ものすごく締め付けられて、ものすごく、食い込んで、いるんですぅぅっ!」
「ああ、本当だ。とても魅力的だよ」
「らめえぇぇぇええぇぇぇぇええええぇぇぇぇぇぇぇええぇぇぇぇえぇぇぇっ!」
しかしその絶叫を心地いいBGMにしてピンクのしましまを楽しんでいるときだった。
「ぐわっはっはっはははははははあっはははははっ!」
「その下衆な心の持ち主よ、そこをどけぇーーー!」
その叫びを聞くのと同時にピンクのしましまがぶれる。
「あでっ!」
ついでに頭に激痛が走った。そしてなんと悲しい事か、橋が、いやピンクのしましまパンツが遠ざかる。
埃だらけの背中を起き上がらせながら、その声の主を見上げた。すると彼女の後ろにいたのは彼女の親友である三津さんであった。その三津さんは屈みながら自分の右足を涙目で押さえている。ついでにさきほどまでその彼女が手に握っていた黒のレースのパンツを探すと、彼女の制服の胸ポケットからはみ出ていた。くそう、胸を揉む振りをしながらその黒のレースを奪い取りたい。そんな三津さんは立ち上がりながら声を張り上げる。
「よ、よくも郷美に!」
「やってくれるね…三津さん…言い忘れていたけれど、僕は一度触ったものにはどんな魔法でもかけられるんだ。…そう!今、君の穿いているその、水色のパンツにもなっ!」
彼女を人差し指で指しながらそう声高らかに言う。
「ひっ!…うそ…うそよ!私が今穿いているこの水色のパンツをいったい、いつあなたが触ったっていうの?ありえないわ!嘘よっ!」
「ふっふっふ…さあどうかなっ!涼やかな淡碧よ!我が嘆願に応えよ!今こそその吸着を強め、隠す得体を浮き出さんっ!パンティーっ!」
「んっ!んっひゃあぁんっ!うそっ!んっ!締めっんっ!締めつけられるぅ~っ!んっ!ひゃあぁぁん!」
三津さんもまたいやらしい声をあげた。それを確認して彼女達二人に近寄る。そして未だ腕と足を膠着させている郷美を越えて三津さんの前にしゃがむ。
「んひゃっ!にゃ、なにをする気!?」
「ぐふふ…そりゃ、もちろん…」
そうやって口角を上げると、三津さんはなにかを悟ったのか手と足で足の間を守る。しかしそれを僕は、手をかざしてあざ笑うかのように一蹴する。
「細やかな諸腕よ、諸手を挙げよ!艶めくその御御足よ、その内股を開け!」
「らめぇええぇええぇぇぇ!」
「ぐはっはっはっはっはっはっはっ!うわっはっはっはっはっははっ!」
ひとしきり笑ったあと、そのやや足を開く三津さんの前に片膝立ちとなる。
そして、捲る!
「ひゃあぁぁん!」
「ぐへっへっへへへへへっ!こりゃあ最高だぜっ!」
しかしそうやってまた阿呆になっている時だった。
左のこめかみに衝撃を貰う。
そしてその衝撃で、机と椅子にうるさくぶつかった。
その痛む患部を押さえながらふらふらと立ち上がる。
ゆっくりと顔を上げ、その衝撃の送り主を見やる。
郷美だった。
三津さんの水色パンツに興奮して、郷美への魔法がなおざりとなってしまったのだろう。
動けるようになった彼女に殴られた。
それから、意識が遠退くような事が続く。
そして、また。
ピンクのしましま。
今、ただこの色だけを僕の目が捉える。
仰向けになっているのにも関わらず、この教室の天井なんか見えやしない。
ただそのピンクのしましましか見えていなかった。
そのピンクのしましまから尊さが溢れる。
そのピンクのしましまから高潔が溢れる。
美しく、魅力的。
ずっと見ていたい。そう願う。
触れてみたい。そう願う。
しかし体が動かなかった。
感覚の曖昧な手足は、それでもどこか冷たく感じるが、動かせない。
腹のあたりには、深い痛みが疼き、何かが溢れ流れ出る。
それが僕の背中に広がり、溺れるよう。
しかし、それにもがくことすらできない。
呼吸が細くなり、視界が暗くなり始める。
そんな輪郭のぼやけた視界でも、そのピンクのしましまはそこにあり続ける。
彼女が自分のスカートを少したくし上げて、僕の顔の上に足を広げて立っていた。
そんなピンクのしましまで顔の見えない彼女が静かに僕に問う。
「…これで、満足…ですか…?」
耳鳴りのするように聞こえ辛い鼓膜が揺れる。
ああ、満足だとも。そう言いたい。
しかし喉は震えない。
できればしゃがんでほしい。そう言いたい。
しかし声は響かない。
そして同時になぜこんなことになったのかと、もう答えの分かりきっている疑問が浮かぶ。
あの時のあれが悪かったな、と走馬灯のように何個も浮かぶ。
その中でも、やはり最大の答えはあれだった、とあやふやに思う。
そう、あれは今から、三〇分ほど前の事だった。




