ハルビンドーム2
異形の脅威が去ったソ連は反攻に転じた。
兵力を集め、1941年2月に、所謂冬季攻勢を仕掛けている。
この当時、満州国という国が曲がりなりにも存在し、そこは日本の権益である。攻め込むにはそれ相応の口実が必要であった。
その口実は容易に見つかる。
異形の侵攻を受けた街や村から多くの人々や家畜が連れ去られていたのである。
ソ連はその事実を宣伝し、自国民救出を宣言した。ご丁寧にも日本に協力を呼び掛けることも忘れていない。
この様にして、1月中には、ハルビンを攻め落とした場合、アルデンヌドームの様にドーム内に攻め込む場合、中の権益を折半することが取り決められた。これが今に繋がるハルビン条約である。
こうして2月、ソ連は満州へと攻め込むのだが、寒さで出てこないと思っていた異形に部隊は寸断され、各個撃破されていく。
確かに上空からの偵察では大規模な南下を確認し、冬に入ってからの北上は発見されていなかった。
こうしてソ連の冬季攻勢は1ヶ月程度で多大な犠牲を出して敗北に終わる。
同じ頃、日本も攻勢に出たのだが、遼東半島の奪回すら叶わず、僅かに防衛線の前進が出来た程度だった。
ソ連の独裁者は怒り狂っていた。日本でも陸軍に対する批判は高まるばかりだった。
しかし、両国とも有効な手段があるわけではない。
ソ連は7月にも攻勢に出るが、この時は異形の侵攻と鉢合わせとなり、はじめのうちは新型戦車の投入や航空支援の効果で有利に戦闘を進めることが出来たが、異形は夜間も関係なしに行軍した。
その為とソ連軍の攻撃は日を追う毎に防戦となり、なんとか異形の侵攻を押し留めるのが精一杯になってしまった。
日本もただ手をこまねいていたわけではなく、5月頃から海軍による艦砲射撃によって沿岸部を制圧する作戦に出た。
上陸しても異形の姿が見えなかった事から効果があるものとして、勃海沿岸を一様に占領する事には成功したが、そこには全く人間の姿がなかった。
さらに9月には朝鮮半島で同じ作戦を行う。
しかし、ここはまるで様子が違った。
艦砲射撃の後に上陸した日本軍は豚面の巨人の群と遭遇する。
襲ってくるそれを撃ち倒すのだが、まったく途切れる兆しがなく、弾薬が欠乏した部隊から海岸へと撤退していくしかなかった。
異形と違い、豚面は戦術も何もなく、ただ群れで襲い掛かるだけであったが、その数の多さから犠牲となる兵士が数多くいた。
彼らは食い付かれ、むさぼり食われるのである。豚面は皮膚或は脂肪が厚く、銃剣を突き立てたくらいでは逆上させる効果しか持たなかった。
艦砲射撃や航空支援で何とか戦線を維持したものの、10日にわたる戦闘で疲弊したところを異形に襲撃されては一たまりもなかった。
何とか艦砲射撃の支援がある地域を確保することは出来たが、それも海軍の補給が欠乏した12月には撤退を決断するしかなくなる。
1941年は日ソ共に大規模な攻勢をかけたにも関わらず、大敗を期す結果となった。
その原因は、普通の軍ならば、大規模な部隊の展開やそれを支える兵站が存在するので、その弱点を探して攻撃すれば敵は弱体化していくのだが、異形は大規模な部隊を持たず、数百頭、或は数十頭という単位で行動するので効果的な攻撃が難しい。上空からはちょっとした木陰や岩に隠れただけで見失い、あまり降下すると撃墜されてしまうため、肉眼による偵察では限度があった。
この当時、異形の死体を検分し、鎧や武器を調査した日ソは驚愕することになる。
異形の使う弓は人間の力では引くことが叶わず、鎧は小銃や機銃では撃ち抜けなかった。
試しにバリスタの様なものを作り、矢を放ってみたら、日本の戦車などは容易に貫通した。ソ連の新型戦車とて、弱点を狙われると撃破される事が分かった。
しかも、戦場では貫通しなくとも炎を発する場合があり、炎によって撃破される危険も付きまとった。
1941年は様々な戦訓を残して年を越すことになる。
既に戦時下であったから、戦訓を取り入れた兵器開発は短期間で出来る。
まず、ソ連軍は1942年の冬季攻勢に機関砲を備えた戦車を投入して一定の成果を出す。
更に、春になると日ソ共に航空機の機首や下部に機関砲や対戦車砲を備えた攻撃機を繰り出して行く。
こうして何とか好転していくのだが、事態は急転する。
1942年8月になると異形がハルビンドームへと撤退していく姿が両国の偵察機に頻繁に確認されるようになる。
9月に朝鮮半島に上陸した日本軍は更なる衝撃を受けた。
そこには既に異形や豚面の姿がなかった。いや、所々に豚面の一部が散乱していたりはしたが、あれだけいた豚面の大半が消え去っていた。
日本軍はそこで更に衝撃を受ける。
半島を進軍する日本軍は人や動物にすら会わないことを不思議に思うが、あるとき一頭の牛を見つける。
牛は既に死んでいたが、その腹で蠢く物を見つけ、調べてみると、それは豚面の幼生だった。
更に、発見した一部の人間と戦闘になりながら進軍すると、南下した部隊はとうとう釜山に到着。北上した部隊は異形や豚面とも接触するが、連中は逃げることを優先して積極的な戦闘にはならなかった。
しかし、その最中に牛よりもおぞましい物に出会ってしまう。そう、女性の腹で蠢く幼生を見つけてしまうのだった・・・
その後、異形はドームへと消え去り、1943年1月には日ソ両軍がハルビンで対峙する状態になる。
既にアルデンヌドームでは、反対からドームに侵入すれば、鉢合わせしない事が伝えられており、日ソはそれを信じてドームへと侵入していく。
ドームを中心に左右数キロの陣地を築いて、その中心のドームでは、両軍が両側から侵入している。
上空から見たらあまりにも奇妙な光景に見えることだろう。