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蝉時雨  作者: 秋子
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蝉時雨のち、青天

その後、二人が会う場は公園から病室に変わった。

それでも関係は変わらない。

依然となんの変りもなく惹かれあっていた。

そして愛し合っていた。

「病室から見える蝉を見て、私もあと少しで死んじゃうんだなってずっと思っていた。でもいつか一也さんが言っていた『短い時間を懸命に生きている』って言葉を信じてみようと思う」

「ああ。懸命に生きよう。ずっと、長く、一緒に」

二人は手を取り合い潤った瞳を見つめ合う。

「ずっとこの先も一也さんと一緒にいられるように手術うけるね」

「咲良」

優しい満面の笑顔で咲良を呼びかける。

「なに?」

「愛している」

「・・・・私も」

夕やけの鮮やかなオレンジ色を背景に二人は唇を重ねる。

二人の初めてのキスはどこかしょっぱかった。


数日後、手術前の説明を受けるため田中、咲良、秋子が病室に集う。

笑顔の絶えない和やかな時間が流れる。

そして病室に担当医が入ってくる。

全員に緊張が走った。

さきほどまでの笑顔はなく唾を飲みこむことすら許されないような空気が漂う。

「私が担当医の山本です。それでは説明を始めます」

全員がお願いしますとぎこちなく頭を下げる。

「まず、最初に申し上げますと、新谷さんとお母さまはわかっていると思いますが成功率は極めて低いです。それはお覚悟の上でお願いします」

覚悟はできていると言わんばかりの目で咲良が田中を見る。

少しでも不安をやわらげようとやさしく微笑む。

「また手術中は常に命の危険が伴います。我々はそういったことが一切おこらないよう務めさせていただきます」

「咲良をお願いします」

秋子は九十度ほどの深いお辞儀をする。

なかなか頭を上げない秋子から鼻をすする音が聞こえてくる。

それにつられて咲良も鼻をすする。

ようやく頭を上げた秋子は咲良を抱きしめる。

幼子のように感情を放つかのように大声で泣いた。

担当医も看護師も下を向く。

「見ろ!咲良!」

顔をくしゃくしゃにしながら泣いている田中は咲良にスケッチブックを見せる。そこには綺麗な家の前に立つ少し大人びた咲良と秋子、そして田中の姿があった。

「俺は未来が見える。咲良にはこんなに明るい未来が待っている。咲良には秋子さんがいる。そして何より俺がいる。咲良は一人じゃない。だから・・・・だから・・・・待っているよ」

涙を流して、涙を枯らして、最後は涙を晴らして、不格好な笑顔を見せた。

「ウソつき」

咲良が無邪気な笑顔を見せる。

「待っていてね」

「ああ」

二人はいつもと変わらない温かい目で見つめ合った。

窓から吹く風が渇いた目の下をヒリヒリさせた。


手術前夜、田中は寝られなかった。

いつもより部屋が蒸し暑く感じ寝返りを何回も繰り返す。

大丈夫と何回も口にした。

自分が不安になるわけにはいかない、そう言い聞かす。

「大丈夫」

念を押すように静かに呟く。

そして眠りについた。


田中は夢を見た。

今日もまた同じ夢を見た。

地面から出てきた蝉が空を羽ばたき、けたたましく鳴きながら飛び回る夢である。

今日はいつもより鳴き声が大きい気がした。


目を覚ますとすでに朝日は昇り始めていた。

重い瞼を開いて目覚まし時計を見ると短針は6をさしていた。

田中は自室にあるパソコンの前に座った。

今日は大事な日である。

その日に見た夢、いつも見ていた夢の理由が知りたくなったからだ。

「蝉」について検索する。

そして「蝉 夢」でも検索する。

「アハハハハハ」

しかめ面で検索していたが突然笑い出した。

「そうだったのか・・・・そうか、そうか。そうだったのか」

見ていたパソコンの画面をスクショするとその画像を咲良に送信する。

その後、赤く腫れた目をこすりながら食事を済ませ身支度をして公園に出掛けた。

手術の終了予定時刻が過ぎたころ、この公園で描いていた絵が完成した。


手術前、不安が募る咲良は田中から送られたメールを開く。

そこには嫌悪を抱いていた蝉について書かれていた。

疑問に思うも読み進める。

「蝉は短命に思われがちだが幼虫として生活する期間は3~17年に達し、これは短命どころか昆虫類でも上位に入る寿命の長さを持つ。また夢に出てくる蝉は、人生の転機を表し吉兆を呼ぶと言われている」

田中からのメールにはこう書かれていた。

「アハハハハハ」

咲良からも笑みがこぼれた。

「どうしたの?」

落ち着かない様子の秋子が心配そうに尋ねる。

「大丈夫」

右目からこぼれそうになった雫を拭いとると笑顔で返す。

「藤田さん、そろそろ時間です」

看護師が呼びに来る。

まもなく手術の時間である。

だが足取りはどこか軽くなっていた。


数年後、綺麗な家から一人の青年が慌てた様子で出てくる。

「忘れ物だよ」

大人びた少女がスケッチブックを片手に青年を呼び止める。

「あ、忘れていた。ありがとう」

スケッチブックを受け取るとまたも慌てて駆けていく。

「いってらっしゃーい」

大人びた少女は笑顔で手を大きく振りながら青年を見送る。

「いってきまーす」

青年も笑顔で大きく手を振り返す。

空は黄色の優しい光で溢れ、蝉が力強く飛んでいた。

お粗末様でした。

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