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蝉時雨  作者: 秋子
3/5

曇天のち、雨

今日もベンチに座る。

数分後いつもどおり咲良が後からやってきて隣に座る。

二人の間に会話は多くない。

だが通じるものは少なくなかった。

田中は絵を描き、咲良はその隣で楽しそうに足をユラユラとさせる。

それが日常となった。

絵を描きながら考える、咲良のことを。

咲良には不思議なところがいくつかある。

知り合ってから月日も経つ今なら踏み込んでもいい気がしてきた。

「私はきっと蝉の生まれ変わりなの」

咲良がボソッと呟いた。

これが不思議なところの一つである。

咲良はなぜか自分を蝉に例える。

それにどこか嫌悪を抱いているようにも見える。

「蝉は嫌だな・・・・」

いつもならこれで終わってしまう。

このあとは何事もなかったように、何も言わなかったかのように時間が過ぎてしまう。

田中は拳を握る。

「それってどういう意味なの? 咲良と蝉は全くの別物でしょ」

おそるおそる聞いてみた。

「ううん。一緒なんだよ、きっと。短い時間しか生きられない、そんな蝉が私は嫌い」

咲良は表情を崩さず、あらかじめ答えを用意していたかのように流暢に答えた。

「せ、蝉だって短い時間を懸命に生きているだろ。そんな悪く言うなって」

「でも何も残せなかったら意味はないよ」

「う、うん・・・・」

何も言えなかった。

咲良の抱えているものを何も理解できなかった。

「あ、そうだ。咲良って毎日ここに来るけど普段は何をしているんだ?」

話題を変えようと焦った田中はもう一つの疑問を口に出してしまった。

「あ、いや、その、あのね・・・・何もしてないかな」

空は黒い雲に覆われ地上を陰らせる。

今朝見た天気予報では綺麗なお姉さんが夕方頃から雨が降るかもしれないと言っていたことを思い出した。

「何もしてない?」

「うん。いろいろあってね・・・・」

淡々と話した。

だがその顔はだんだんと曇らせていく。

咲良の頬を雫が流れる。

「雨・・・・」

咲良は上を見上げる。

それにつられて上を見る。

黒く淀んだ空から雫が落ちてくる。

「帰るね」

淋しそうな顔で別れを告げる。

そして咲良は帰って行った。

絵を描くこともまた明日を言うこともできなかった。

田中はずぶ濡れになりながらゆっくりと帰った。


ベッドに横たわり天井を一点に見つめる。

大粒の雨が地面に叩きつけられる音が集中力を遮る。

「はー」

雨音をかき消すような大きなため息をつく。

慢心だったのだろうか。

いくら親しくても踏み込んでいけないことがあるはずだ。

慢心だったのだろう。

「はー」

もう一度大きなため息をつきながら窓の外に視線を移す。

雨はやむだろうか、咲良は来るだろうか、また楽しい時間を過ごせるか・・・・。

不安だけが重くのしかかる。

今日は重い体を無理やり眠らせた。


画材が濡れないように胸に抱えながら傘を差して公園へ向かう。

ベンチにタオルを引いて座る。

いつも咲良が来る方向を一点に見つめた。

だが来る気配はなかった。

今日は来ないのだろうか。

雨だからだろうか。

それとも・・・・。

「おま・・・・たせ・・・・」

そこには息切れの激しい咲良がいた。

「ど、どうした?」

咲良のあまりの顔色の悪さに驚愕した。

「顔色がすごく悪いぞ。それに動悸が激しいし、大丈夫か?」

「う、うん。だい・・・・じょうぶ・・・・だよ」

明らかに大丈夫でない咲良の姿に心配ばかりが募っていく。

立っているのもやっとなのだろうか、足元がおぼつかなくフラフラしている。

「体調悪いのか? ほら、とりあえずベンチに座ろう」

ベンチが濡れないように傘を置き、咲良の歩く補助に向かう。

「うん」

そう言って田中が咲良のもとへ行く前に一歩を踏み出す。

「あれ・・・・」

だがその弱弱しい一歩は体を支えきれず地面に倒れる。

咲良は倒れたまま動かずジャスミン色の鮮やかな傘だけがクルクルと転がる。

「咲良、咲良!咲良!咲良ーーー!!」

田中の叫びは届くことなく、むなしくも響き渡るだけだった。

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