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蝉時雨  作者: 秋子
1/5

時雨のち、快晴

連載ですが3,4話ほどで完結します。

どうぞよろしくお願いします。

田中和樹は絵を描いて日本中を旅している。

だが普通の絵描きではない。

数年前から人を被写体として描いた場合、その人の未来が見えるようになった。

いや、なってしまった。

未来と言ったがそれが本当にその人の未来なのかは田中にもわからない。

そんな奇妙な力のせいでテレビに出たことがある。

昔、未来を見た人が有名な詩人になってプロデューサーに紹介したらしい。

その人おかげか、あるいはその人のせいか生放送のニュース番組に呼ばれることになった。

簡潔に述べると、テレビ番組の放送は失敗だった。

田中はその場で未来を見ることができなかったのだ。

もともと見えるときと見えないときがあったが、大事な時に見ることができなかった。

その結果、巷では詐欺師呼ばわりされ、ネットで叩かれた。

この一件で人を避けるようになった。

――そして未来を見ることをやめた。


テレビの一件から数年経った現在、田中を覚えているものも少なく外を歩いても不自由のない生活を送れている。

そして今、綺麗な公園で絵を描いている。

人が少なく、緑豊かで、くつろげる快適な公園だった。

ベンチに座り、スケッチブックをめくり、鉛筆で下書きを終えた絵を出す。

そして長年愛用している36色の色鉛筆を右脇に置きサマーグリーンを手に取る。    

その時、違和感に気付いた。

だれかに見られているような、一つの強い視線を感じる。

あたりを見回すが特定することができない。

気に入っていた公園だったが離れるしかないと自分を諦めさせ、片づけを始める。

色鉛筆をカバンに入れようとした時、足音が近づいていることに気付いた。

顔を上げるとまだ10代だと思われる可愛いらしい可憐な少女がこっちに近づいてきていた。

さらにその少女はこちらを見ている。

少女に見惚れ少し固まっていたが自意識過剰だと自分を戒め、立ち上がる。

「未来を見れる人だ」

少女の声は静かな公園に響いた。

「なっ」

あまりの出来事に言葉がうまく出なかった。

もう何年も前のことである。

まさか覚えている人がいるとは、しかもこんな少女が。

「未来を見れる人ですよね?」

聞こえなかったと思ったのか、少女はもう一度尋ねた。

そう言った少女はニコッと微笑み可愛らしい表情をしていた。

「と、とりあえず静かにしようか」

他の人に聞こえないよう急いで少女の口を閉じさせる。

その姿は傍から見れば不審者であることは間違いない。

自分の愚かさを瞬時に理解し少女を解放した。

自由の身となった少女は正面に立ち、綺麗な瞳でこちらを見続ける。

「未来を見れる人ですよね?」

静かな声で少女は聞いた。

「そ、そうだよ」

ここまで言われると嘘は通じなさそうだと考え、躊躇いつつも少女の問いに肯定する。

その言葉に少女は笑顔を見せる。

だがその笑顔は一瞬で消え去り、一つ深呼吸をしてからさっきまで田中が座っていた場所の隣に座る。

それにつられる様にベンチに腰を掛けた。

「・・・・・・・・」

暫し静寂が流れる。

風によって揺れた木葉が重なり合う心地よい音だけが二人の耳を通り過ぎる。

「な、名前は?」

無言に耐えられなかった田中が少女に名を尋ねた。

「咲良、新谷咲良。十八歳です」

少女はこちらを見ず、遠くを見ながら答えた。

「いい名前だね」

思わず感情が言葉となってしまった。

思いがけないことを言われた少女は目を丸くしながらこちらを見ていた。

「アハハハハハ」

目をパチクリ開閉を繰り返すその仕草が、妙に面白く声を噴き上げてしまった。

そんな失礼な姿を見て少女は頬を膨らましムッとする。

「ごめん、悪気はないんだ。この通り」

顔の前で両手を合わせ謝罪の意を全身全霊で表現する。

「怒ってないからいいですよ」

少女はニコッと微笑んだ。

そして宙に浮いている足をユラユラと上下させる。

「えーと、やっと機嫌よくなったかな」

頭をかきながら不格好な笑顔を浮かべる。

「いや、その、そんな不機嫌に見えましたか・・・」

「責めているわけじゃないよ。安心して。いや、なんか元気がないように見えたからさ」

うつむく少女を見ながら余計なことを言ったと反省しながら必死に弁明する。

「元気がないか・・・・ そんなことないですよ。大丈夫です」

そう言った少女の笑顔はどこか悲しく儚さを帯びていた気がした。

「あの、私の未来を描いてください」

少女は唐突に言った。

頭をグイッと上げ真剣な眼差しを田中に向ける。

「・・・・・・・・」

田中は言葉を返すことができなかった。

心情を知らぬ少女は真剣な眼差しを向け続ける。

「もう未来は見ないんだ・・・・」

小さく弱い声で断りながら少女から目を逸らす。

自分の情けなさを悔いつつも数年前に誓った思いを無理やり思い出す。

――未来を見ることをやめた

未来を見たことによって失ったものはあまりにも大きかった。

それはとても計り知れるものではなかった。

自分を呪い、他人を恨み、社会に絶望した。

人が怖い。

信じられない。

塞ぎこんでいた過去には戻りたくない。

ようやく人並みに生活できるようになったのだ。

それなのにまた人に裏切られるのはたくさんだ。

だからこそもう一度ここで宣誓する。

「俺はもう未来を――

「どうして!?」

少女の悲痛な叫びが田中の声を遮る。

目に涙を浮かべた少女を前に開いた口を閉じることしかできなかった。

そのたった三文字の言葉は胸に刺さり、頭に残り、思考を鈍らせた。

「どうしてそんなこと言うの!? 未来を見たことによって救われた人もたくさんいるでしょ。嫌なことばかり思い出さないで嬉しかったこともちゃんと思い出して、心に残してあげて」

少女の言葉で思い出した、たくさんの人の笑顔を。

未来を見ることによって人を鼓舞させたり安堵させたりしたことを思い出した。

あの詩人も涙ながらに人生が変わったと何度もお礼を言ってきたのを思い出した。

「無駄じゃなかったのか・・・・」

田中は零れ落ちぬように空を見ながらつぶやいた。

今までは嫌なことしか考えてなかった。

だが嫌なことがある分だけ良いこともある。

それをやっと思い出せた。

「ありがとう、咲良」

やっと心から笑えた気がした。

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