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僕のおかしな日々  作者: 大宮新
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第七話 古地図を探せ

「また妙なことを引き受けたものだな」


 皆本先輩は苦笑しながら、ペン入れが終わった漫画の原稿用紙をこちらに手渡した。僕は「×」印が書かれているところを、細心の注意を払って黒く塗りつぶしていく。いわゆる「ベタ塗り」というやつだ。


 幽霊侍・種間吉兵衛さんと出会い、居酒屋「六花」に行った日の翌日、僕は普段通りに大学へ行き、放課後に漫画研究部の部室で皆本先輩の作業のお手伝いをしていた。


 手伝いといっても、僕は漫画の原稿を見るのは初めてで、漫画を描いているところを見るのも初めてで、漫画の作業を手伝うのも初めてという完璧な素人だ。できることといったら消しゴムで下描きを消したり、今やっているベタ塗りくらいしかない。だけどこの作業はとても興味深くて楽しい。加えて、皆本先輩のプロ並みと言っても過言ではないレベルの原稿を見るたびに感動していた。


 で、作業しながら世間話をしているうちに、何となく、


「そういえば、東川松村って聞いたことあります?」


と、尋ねてみたら、


「なんだそれは?」


と、皆本先輩が興味を持ったようだったので、幽霊うんぬんといったオカルトなところは伏せて、東川松村という場所を探している人と出会い、それを手伝うことになったと説明したのだった。


「安村はずいぶんとお人好しなんだな、それとも頼まれたらイヤと言えないタイプか」


「まぁ、確かに最初は成り行きで手伝ってたんですけど、手がかりを得たらちょっと面白くなってきちゃって」


「ふむ」


 皆本先輩は次の原稿用紙を机に置いてベタ塗りをしながら話を続ける。


「武蔵国といっても広いぞ、安村は武蔵国がどれだけの広さか知っているか?」


「全然知りません」


「……だろうと思ったよ」


 皆本先輩は呆れたように笑った。


「武蔵国はな、東京、埼玉、神奈川の横浜あたりまでの範囲に広がる国だったんだ」


「え、そんなに大きいんですか? てっきり県ひとつ分くらいの大きさかと思ってたんですけど」


「勉強不足だったな。武蔵国は大国だ、この中から村ひとつを探すなら、もっと手がかりがいるな。その東川松村は武蔵国にあったというのは確かなんだな?」


「だと思います、けど、ネットで検索しても出てこないんですよね」


「厳しい状況だな」


 まだまだ険しい道のりである。


 ほんとに東川松村なんてあったのかと疑いたくなるくらいだ。


 とにかく、東川松村が見つかるかどうかは吉兵衛さんがどれだけ記憶を取り戻してくれるかにかかっている。東川松村の隣村の名前とか、付近にあった最も大きな町の名前とか、なにか東川松村につながるものを思い出してくれたなら、見つかる可能性が高くなるだろう。その手がかりになるものをもっと集めなければ。


「昔の地名が分かる資料とかあったらいいかもしれないですね、地図とか」


「古地図か」


 皆本先輩は手を止めて何かを考え始めた。


「確か、古地図なら県立か市立の図書館で閲覧できるはずだ」


「ホントですか!?」


 思わず立ち上がってしまった。


「こら、机を揺らすな」


 皆本先輩に注意され、「すみません」と謝って静かに座る。


「前に調べものをしたときに図書館のパソコンで見たことがある。図書館のスタッフに聞けば閲覧のしかたを教えてもらえるぞ」


 そんなサービスがあったとは。明日は休みなので早速行ってみたい。もちろん吉兵衛さんたちにも来てもらおう。


「そうだ。安村、古地図を見に行くなら、ついでに本安町にある寺の名前をリストアップしてきてくれないか? 本安町の古地図もあるはずだから」


 本安町とは、うちの大学のある地域の名前だ。


「お寺ですか?」


「ああ、今度書く漫画の資料で欲しいんだ。五つくらい書いてきてくれると助かる。頼めるか?」


「分かりました、お安い御用です」


「すまない、よろしく頼む」


 とりあえず、明日は図書館に行って古地図を見てみることにしよう。それで何か新たな手がかりが掴めるといいのだが。




 そして翌日、岡嶋さん、吉兵衛さんと一緒に市立図書館へと向かった。


 僕が大学へ行っている間にも、吉兵衛さんは岡嶋さんやタケじいとキヨじい達と一緒に手がかりを探してあちこち歩き回っていたらしく、そのおかげで吉兵衛さんは電車やバスの乗りかたなど、色々と慣れたようだった。


 大学のほうへ向かう電車に乗って、一駅隣の矢上駅で下車。矢上駅の周辺は再開発が盛んに進んでいて、町の雰囲気が全然違っていた。百貨店や大型店舗などの大きなビルが駅を取り囲むように建ち並んでおり、人通りが多くて歩きづらい。僕の住んでいる町も賑やかだが、こことは比べものにならない。


 市立図書館は駅を出てすぐ目の前にある高層ビルの中にあった。フロア案内を確認してみると、三階と四階が市立図書館となっている。


 ビルの中のオシャレなお店の数々に引き寄せられそうになる岡嶋さんを引き止めながら三階へと上がると、広くて明るい開放感のあるフロアにずらりと本棚が立ち並び、老若男女を問わずたくさんの人が本を物色したり、席について勉強したりしていた。


 僕の地元の図書館は薄暗くて重苦しい静寂が覆いかぶさってくるような雰囲気なのだが、それとは全然違って驚いた。


「驚きましたな、こんなに大量の書物を見たのは初めてでござる」


 吉兵衛さんも目を丸くして驚いている。


 僕たちは受付に行き、古地図の閲覧ができるかどうかを聞いてみた。


 皆本先輩が言っていた通り、古地図はパソコンを使って見られるそうだ。パソコンスペースの場所とパソコンの使いかたの説明が書かれたプリントを棚から取り出して、古地図の閲覧のしかたを書き加えて手渡してくれた。対応が丁寧でありがたい。


 パソコンスペースには二十台ほどのデスクトップパソコンが並んでおり、パソコンとパソコンの間には仕切り板が立てられている。


 三台しか空いていなかったので、その中でも部屋の隅っこにある一台を選んで、説明書に従って閲覧を始めた。


 僕がパソコンを操作している間、ずっと吉兵衛さんは、


「これはすごい、これがパソコンでござるか」


「いんたーねっと? というものでござろう? よく分かりませぬが、調べ物がすぐできるとは便利でござるな」


「テレビとよく似ておるが、どう違うのでござる?」


と、岡嶋さんを質問攻めにしていた。吉兵衛さんが幽霊じゃなかったら、静かにしろと怒られているところだ。


 「古地図・絵図の一覧」をクリックすると、画面に地図のタイトルが大量に表示された。「◯◯城下町絵図」とか「◯◯村絵図」とか、聞いたこともないような地名ばかりだ。ここに引っ越してきて一ヶ月ちょっと程度しか経ってないので土地鑑がないのだ。


「あのー、これ使ってみたらどうでしょう?」


 岡嶋さんが画面の右上のところを指差した。小さくて見落としていたが、検索ボックスがある。


「ナイス、岡嶋さん」


 小声で言ってサムズアップすると、岡嶋さんもドヤ顔でサムズアップを返してきた。


 検索ボックスに「東川松村」と打ち込んでみる。検索結果0件。


「ちょ、マジかよ」


 あっさりと無情な結果が出たものだから、岡嶋さんと二人で突っ込んでしまった。


「小さな村でしたからなぁ、地図が残っておらぬか、最初から地図など作られていないのかもしれませぬな」


「隣村の名前とか、近所で最も大きな町や城の名前とか分からない?」


 吉兵衛さんは腕を組んで、ううむ、と考え始めた。なぜか岡嶋さんまで同じポーズで考え始めている。いったい何を思い出すつもりだ。


 とりあえず、古地図のタイトルのリストを印刷して吉兵衛さんに渡した。


「この中で見覚えのあるものがあったら教えて、調べるから」


「承知いたした」


 けっこうな数があるから、時間がかかるかもしれない。


 吉兵衛さんが調べている間に、もう一つの用事を済ませることにした。皆本先輩から頼まれたものだ。


 「本安町」で検索してみたら「本安村絵図(現:本安町一丁目~六丁目)」がヒットした。画像を開いてみると、長い年月を経て薄い茶色に変色した紙に、川、道、集落、田畑がそれぞれ分かりやすく彩色されて描かれている絵図が表示された。


 絵図は江戸時代に描かれたものらしい。


 本安村のほとんどは田畑で占められており、村の真ん中を貫くように街道が通っていて、それに沿って集落が点在している。現代の道路地図の本を開いて見比べてみたが、当然ながら絵図の方には駅や大学などの目印になるようなものは描かれていないので照合できない。


 画像の拡大や縮小を繰り返しながら寺社を探していると、最も山側にある集落の外れに「観音寺」と書かれた、やや大きめな建物を見つけた。続いて、街道を挟んで反対側の集落の中にも同様に「西光寺」と書かれた建物がある。


 特徴が分かれば探すのに苦労はしなかった。この辺りはお寺が多く、リストアップはすんなりと終了した。


 一息ついて、なんとなく道路地図で大学の付近を見ていると、とある施設名が目に止まった。


「観音寺」


 大学の近く、住宅街の中に埋もれるようにその寺はあった。


 僕は道路地図に顔を近づけて、もう一つの寺を探した。山側の地区から平野部の地区へ、東西に通っているバイパス道路の脇に「西光寺」を見つけた。その他にも、江戸時代の絵図と一致するお寺や神社を複数見つけることができた。僕の頭の中で、江戸時代の本安村と現代の本安町が繋がった。


「これだ……!」


 一つのアイデアが浮かんだ。


「吉兵衛さん、東川松村にお寺や神社はなかった? ひょっとしたら今でも残ってて、探す手がかりになるかもしれない」


 リストとにらめっこをしている吉兵衛さんに尋ねた。


「寺や神社でござるか?」


 吉兵衛さんは少し考えて、


「そういえば、村の外れに神社がありましたな。たしか名前は……ええと、かわ……そうじゃ、川守神社じゃ!」


 大手の検索サイトで「川守神社」で検索してみる。どうやらあちこちに同名の神社があるようだが、その中に住所が隣の県のものがあった。武蔵国にある川守神社はそれしかないみたいだ。ということは。


「もしかして、ここが……?」


 その川守神社の詳しい住所を調べてみる。


「◯◯県○○市◯◯町東川松」


 全員が息を呑んだ。


「東、川松……!」


 吉兵衛さんが震える声でつぶやいた。僕はすぐに道路地図の目次を開き、その住所のページを探した。


「吉兵衛さん、川守神社はここだけど、この周辺で他に覚えているものはある?」


 吉兵衛さんは地図を見つめ、驚いたように目を見開いて言った。


「そうじゃ、神社の北側に山があって、すぐ近くに川が流れて……そうじゃ、神社のそばをぐるっと蛇行しておった。ここかもしれませぬ」


「やったぁ!」


 思わず三人でハイタッチしてしまった。


 周囲の人達の視線が僕達……いや、僕一人に集中する。僕は「すいません」と小声で謝って静かに席についた。一人ではしゃいでいる変人だと思われたに違いない。恥ずかしい、気まずい。

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