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僕のおかしな日々  作者: 大宮新
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第六話 居酒屋六花にて 酒は百薬の長

 駅前商店街から裏路地に入り、あまり人通りのないエリアに一軒、小さな看板に明かりがついているお店があった。夕暮れで薄暗くなったから分かるようなひっそりとした佇まいだ。


「居酒屋 六花―Rikka―」


 看板にはそう書かれていた。


「こんばんはー」


 岡嶋さんは慣れた感じで店内に入っていった。僕と吉兵衛さんも恐る恐る入ってみたら、心配していた「ビリビリ」はなかったのでホッと胸をなでおろした。


 店内はそれほど広くはないが、和風カフェのようなおしゃれな雰囲気だ。けっこうお客さんが来ている。


「繁盛しているようでござるな」


 吉兵衛さんは楽しそうに店内を眺めている。こういうお店が好きなのかもしれない。


「いらっしゃい、今日はお友達も一緒かい?」


 カウンターの奥に立っている男性が声をかけてきた。彼がこの店の主人のようだ。


 歳は40代くらいで、室内なのにハンチング帽を目深に被っている。なんとなくだけど、実は本業は凄腕のガンマンで、怪盗の孫や大泥棒の子孫と一緒に色んな冒険をしていそうな、そんな雰囲気の人だ。


「こんばんはマスター、タケじいとキヨじい来てます?」


「ああ、来てるよ。奥の席で飲んでる」


 マスターが客席の奥のほうを指差すと、岡嶋さんは「ありがと」と言って歩きだした。僕はマスターに軽く会釈して岡嶋さんについていく。


 店の奥へ行くと座敷席が二つあり、そのひとつで楽しそうにお酒を飲んでいる二人のおじいさんがいた。


「こんばんは、タケじい、キヨじい」


「おお、花奈ちゃんじゃないか。久しぶりだな!」


 岡嶋さんが声をかけると、小柄で、白髪頭を角刈りにしているほうのおじいさんが大きな声で嬉しそうに応えた。


 そして、もうひとりの、丸坊主で細目の穏やかそうな雰囲気のおじいさんが、ゆっくりと岡嶋さんのほうを向いて、


「おや、新人の店員さんかい?」


と、ゆっくりとした口調で言った。


「バカよく見ろ、花奈ちゃんだよ」


「ありゃ本当だ、花奈ちゃんだ。キヨ、花奈ちゃんが来てるよ」


「そうだよ、今そう言ったじゃねーか。すまんね花奈ちゃん、キヨの奴ぁ今日もぼんやりしててよ」


 なるほど、角刈りのほうがタケじいで、丸坊主のほうがキヨじいなのか。


「紹介しますね、友人の安村哲生さんと、種間吉兵衛さんです。そしてこちらが、タケさんとキヨさん。このお店の常連さんです」


 僕と吉兵衛さんがふたりに挨拶すると、タケじいはニカッと笑って、


「おう、よろしくな。まぁ堅苦しいのは抜きで楽にいこうや。ホレ、遠慮してねぇで座んな座んな」


と、席に座るよう勧めてくれた。


「で、花奈ちゃん、どっちがカレシなんだ?」


 タケじいがニヤニヤしながら岡嶋さんに尋ねると、岡嶋さんは真っ赤になって、


「やだもう! そんなんじゃないですー!」


と叫んで、タケじいを思いっきり突き飛ばしてしまった。


「照れなくてもいいじゃねーか」


と、タケじいはゲラゲラ笑いながら座り直す。


「まぁ、しかしずいぶん面白い組み合わせだなぁ。学生さんと、おお、あんた本物の武士じゃねーか。どこで知り合ったんだい」


 僕と岡嶋さんは、これまでの経緯を話した。吉兵衛さんの故郷について心当たりがあるかどうかを尋ねると、タケじいは「うーん」と小さく唸って考え始めた。


「東川松村ねぇ……この辺じゃあ聞いたことねーな……。おいキヨ、お前聞いたことあるか?」


「なにを?」


「東川松村ってとこだよ、知ってるか?」


「東川松村って何だい?」


「キヨも知らないみてぇだな」


 全員が黙り込んでしまった。


「あの、昔の地名に詳しいかたとか、戦国時代に生きてらっしゃったかたとか、そういうお知り合いはいないんですか?」


 岡嶋さんが更に尋ねる。


「うーん、さすがに戦国時代の知り合いはいねぇな。なぁマスター、この店に来てる客の中にそういう人はいるかい?」


「それは難しいかもしれないな」


 料理を運んできたマスターが答えた。


「霊ってのはな、長くこの世に留まってると、だんだん自分ってものを失くしていくんだ。そこのお侍は、たまたま今は自我を保っているようだが、いずれまた何もかも忘れてさまようようになるだろう。つまり古い幽霊ほど、まともにコミュニケーションがとれる可能性は低いんだ」


 なるほど、だから出会ったばかりのときの吉兵衛さんはあんな状態になってたのか。マスターは幽霊についてかなり詳しいようだ。


「まともな人や思い残しのない人ほどすぐに成仏するものでな、長くこの世に留まっている奴ってのは、それだけ問題があるってことだ。最悪、悪霊や障りになっちまってることもある。古い霊と接触するのは危険だぞ」


 マスターはそう言って、岡嶋さんと吉兵衛さんの前に徳利とお猪口をひとつづつ置いた。


「そこでうちの酒だ。こいつは特別な酒でね、生きてる人間が飲んでも普通の清酒なんだが、幽霊が飲むと力が湧いてきて頭もスッキリする薬酒となる。こいつを飲んでりゃ、自分を失うことはないぜ」


「じゃが、拙者、銭を持ち合わせておりませぬ」


 吉兵衛さんが困惑しながら言うと、


「うちはホトケさんからはお代をいただかないんだ。これはいわば功徳を積むってやつさ。うちに来てくれたホトケさんを悪霊にはさせられねぇ。遠慮せず飲んでくれ」


 そう言ってマスターはカウンターのほうへ戻って行った。


「なんと……! かたじけない!」


 吉兵衛さんは涙を流しながらお猪口に注いだお酒を飲み干した。たった一杯飲んだだけで、吉兵衛さんの顔色が見違えるほど良くなっていく。


「うまい! こんなにうまい酒は初めてじゃ! 力がどんどん湧いてきたでござる!」


「お前さん、更に凛々しくなりやがったなぁ。さすが本物のサムライは違うぜ。ささ、もう一杯」


「では、タケどのにも一杯」


 僕以外の全員が楽しそうにお酒を飲み始めた。僕はウーロン茶を飲みながら、これからどうするかを考える。


 吉兵衛さんと同じ時代に生きていた人に会うことができれば、何か情報を得られるかもしれないと思っていたけど、マスターが言ったことが本当なら、あまり良い手ではなさそうだ。


「うーん、困ったな」


「お困りでござるか! お任せくだされ安村どの! 悪霊に出くわしたときは、拙者が斬り捨ててやりまする!」


「そういうことで困ってんじゃないから! というか幽霊って斬り捨てられんの!?」


 吉兵衛さん、もう酔ってらっしゃる!


「拙者のために、こんなに親身になって下さるとは! かたじけない! かたじけのうござるうううう」


 吉兵衛さんは泣き上戸だったようだ。お酒をぐいぐい飲みながらおんおん泣いている。


「私も、同じ成仏しそこねてる幽霊の身としては他人事じゃないし、放っておけないんですよ。なにかできることがあるなら力になりたいんです」


「おお、岡嶋どの! なんてありがたい!」


 岡嶋さんと吉兵衛さんは固い握手を交わしている。成り行きに流されて協力している僕はちょっと居心地が悪い。


 とりあえず、この居酒屋のおかげで吉兵衛さんが再び自分を見失うリスクは減った。今回は空振りになったが、ここに来るお客さんの中に、東川松村について何か知っている人がいる可能性はまだゼロではない。マスターに頼んで、お店に情報提供を求める張り紙でもはらせてもらえたらいいんだけど。


「思い出したーー!」


 突然吉兵衛さんが立ち上がって叫んだので、びっくりしてウーロン茶を吹き出してしまった。


「思い出したでござる! 武蔵国! 武蔵国でござる! 拙者の故郷、東川松村は武蔵国にあるのでござる!」


 まるで、サッカーの試合で決勝点をとった選手のように、空を仰いで叫ぶ吉兵衛さん。呆然とそれを見つめる僕達。店内の様子を横目でうかがうと、怪訝な表情でこちらを見ているお客さんが何人かいる。幽霊が見える人なのか、または幽霊の人なのかは分からないけれど、大変気まずい。


「む、武蔵国? 間違いなく?」


 恐る恐る確認してみる。


「間違いござらん。この酒のおかげで頭がすっきりして、思い出したのでござる」


 それを聞いたタケじいは、ふむ、と呟くと、お猪口の酒をくいっと飲んで、


「武蔵国っていやぁ、確かこの辺りじゃなかったか?」


と言った。


「え、ここ?」


 僕は驚いてタケじいに尋ねると、


「そうだねぇ、武蔵国といえば関東だねぇ」


と、キヨじいがのんびりと言った。


「時代劇で聞いたことある程度で詳しいことは分かんねーけどな、確かそのはずだぜ」


 それを聞いて、岡嶋さんと吉兵衛さんは立ち上がって喜んだ。


「こ、ここは、ここは武蔵国でござるのか! 拙者、武蔵国に帰ってきておったのか!」


「吉兵衛さん! 良かったね! 吉兵衛さんの故郷、この近くかもしれないって!」


 泣き崩れた吉兵衛さんの背中を叩きながら、岡嶋さんも喜んでいる。


 つまり、「日本のどこかにある東川松村を探す」というミッションが、「武蔵国のどこかにある東川松村を探す」になったわけだ。


 探す範囲が絞り込めるし、遠方まで探しに行く必要もない。九州や四国あたりまで探しに行くことになったらどうしようとも思っていたし。これはかなり難易度が下がったんじゃないか。


 正直、見つかる可能性は極めて低いと思っていたけど、もしかしたら吉兵衛さんは本当に故郷に帰れるかもしれない。


 そう思ったら、心の中にポッと火がついたような感じがした。

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