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僕のおかしな日々  作者: 大宮新
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第四話 幽霊のうわさと過去の住人

 せっかくなので僕も片付けを手伝い、秋野さんと皆本さん以外の部員さんたちにも挨拶をしてお開きとなった。


 残念ながら「もぐら寝太郎」さんには会えなかった。


 皆本さんが言うには、小説の執筆中は部室に現れることはないという。普段は週に一~二回のペースで部室に顔を出す「レアキャラ」なのだそうだ。


 電車に乗って家路につく。窓から見えるのは夕焼けに染まる大きな街。故郷の田舎町とは全然違う景色だ。登校するときは緊張していたせいで車窓から見える景色を楽しむ余裕はなかったが、帰り道ではそれができた。


 自宅のアパートの前まで来たところで、同じアパートの一階に住むおばさんと出くわした。ここに引っ越してきた日に挨拶したらすごく賑やかにお喋りされたのでよく覚えている。挨拶すると、向こうも挨拶を返してから「ちょっとちょっと」と話しかけてきた。


「あなた、確か二階に引っ越してきた人よね?」


「ええ、そうです。片付けていたとき、ご迷惑をおかけしませんでしたか?」


「それは大丈夫よ、それよりね、あなたの住んでる部屋、何か変なこととか起こってない?」


 ドキっとした。変なことが起こっているどころじゃありません、変な幽霊が住み着いてます。とは、さすがに言えない。


「いいえ、特に何も」


「あらそう? ごめんね変なこと聞いちゃって。このアパートって変な噂があるから。不動産屋さんから聞いてない?」


 ここはあえて知らないフリをして話に乗ってみることにした。


「変な噂ですか? どんな?」


「実はね、このアパート、幽霊が出るらしいのよ」


 ええ、それうちの部屋ですね。という言葉が喉まで出かかったがグッと飲みこむ。


「幽霊が出るんですか? ここに?」


「私も詳しくは知らないんだけどね、何でも、このアパートが建った直後くらいから出るようになったらしいわよ」


「へええ、そんな前からですか?」


「そうなのよ、そのせいか引っ越してきても、すぐ出て行く人が多いのよね。一階はそういうのないんだけどね、二階は入れ替わりが激しいのよ。それにね……あ、ごめんね、変なこと言っちゃって。何も幽霊が原因とは限らないわよね。気にしないでね、じゃあね」


 おばさんは何かを言いかけて止め、そそくさと気まずそうに出かけていってしまった。


 気にしないでね、と言われても、そんな素振りを見せられたら、何も起こってなかったとしても不安になってしまうと思うんだが。


 おばさんの話したことが全て事実だとは思わないが(噂って誇張されてることが多いし)、不動産屋でのやりとりを考えても、二階の住人の入れ替わりが激しいのは本当なんだろう。


 もし、これが岡嶋さんのせいだとしたら、彼女は大いに反省するべきだと思う。だが、確かに彼女はちょっと困った人だけど、そんなに有害なことをするとは思えない。


 おばさんが最後に言ったように、前の住人が出て行ったのは何も幽霊のせいとは限らない。心霊現象だと勘違いしそうな何らかの不具合があった可能性もある。そうだとしたらそっちのほうが問題だ。


 ともかく、岡嶋さんに話を聞いてみよう。




 玄関のドアの鍵を開けて中に入ると、


「ヘーイ! おかえりなさいヤスくん! ヘーイ!」


 そういえば昨日から「ヤスくん」と呼ばれるようになったんだった。そのほうが言いやすいらしい。それは置いといて、部屋の中に謎の決めポーズをしてる女子がいた。


 今朝見送ってくれたときは、出会ったときからそのままの白い着物を着ていたはずだ。それが今は、花柄レースのタンクトップに膝下丈のスカート、上にカーディガンを着て、上品で可愛らしい服装をしている。なのに変なポーズのせいで台無しだ。


「なんだその格好」


「似合う?」


「まあ、似合ってるけど……着替えとかできたんだ」


「もう幽霊アピールしなくていいかなーって思いまして。飽きたし」


 あの白い着物はそんな目的で着ていたのか。


「……そう。で、その変なポーズ何なの」


「春っぽいコーデしてみました、という熱意を表現してみました!」


「うん、そのせいで残念なことになってるから」


「えー」


「えーじゃない、もっとこう、普通に可愛らしいポーズがあるだろ。ファッション誌に載っているようなのがさ」


「ああいうのは、何か恥ずかしくて」


 本気で恥ずかしそうにしている。芸人気質の照れ屋か? よく分からん。


「いいから試しにやってみてよ」


「やです」


「そんなに恥ずかしくないって、大丈夫だって、ほらほら」


「やったら笑うでしょー」


「笑わないから、絶対笑わないから、ほれほれ」


「……じゃあ、ちょっとだけ」


 そう言って、姿見の前でちょっとかわいい感じのポーズをする岡嶋さん。みるみるうちに顔から湯気が出そうなほどに真っ赤になり、


「みぎゃー!」


 キレた。


「暴れるなよ、痛い痛い!」


「笑えー! いっそ笑え! 黙って見つめるなー!」


「何で? 笑う必要ないじゃん」


「だって! こんなの私のキャラじゃないですし!」


「いや、そんなことはないぞ。なかなか様になってる」


「……目が嘘で満ちてます」


「どんな目だよ」


 失礼な。


 まぁ、一日中白い着物姿で部屋の中をふわふわ浮かんでいるよりもこのほうがいい。夜だとちょっと心臓に悪いし。一度、夜中にトイレに行きたくなって廊下で出くわしたときはどれだけ驚いたことか。……いや、この話はいい。


「あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「はいはい、何でしょ?」


「前の住人にも、岡嶋さんが見える人とかいた?」


 岡嶋さんはちょっと考えて、


「うーん、私が幽霊になってからひとり入居してきましたけど、霊感はなさそうでしたね」


「岡嶋さんに気づかなかったのか」


「はいもう全然。最初に気づいてもらえるかなーと思って軽くイタズラしてみたんですけど、ダメでした」


 そんなことしてたのか。


「でもね、その人、どうも仕事のストレスを抱えすぎて幻覚や幻聴があったみたいで、何もないところで「何かいる!」とか、誰も喋ってないのに「何か聞こえる!」ってずっと騒いでて、最終的に入院しちゃいました。」


 なんとも痛々しい話だが、だいたい事情が想像できた。


 幽霊の噂が昔からあったのにも関わらずこの部屋に住んだということは、前の住人も僕と同じようにオカルトをあまり信じていない人だったんだろう。だが、体調が悪化して幻覚や幻聴の症状が出始めると、幽霊の噂を思い出して、自分は幽霊に苦しめられていると思いこみ、更にストレスを溜めこんでしまった。


 そして前の住人が入院した後、彼の体調があんなに悪化したのはこの部屋の幽霊のせいだ、と、他の住人たちが噂をエスカレートさせてしまったのではなかろうか。


 まぁ、あくまでも僕の想像だけど。


「岡嶋さんが何か悪さをして住人を追い出したんじゃないってことは信じるよ。そもそもおばけが出るって噂はこのアパートが建った直後からあったみたいだし」


 おばさんは「アパートが建ったすぐ後から噂があった」と言っていた。このアパートは築十二年のものだが、岡嶋さんが幽霊になったのは一昨年だと言っていた。岡嶋さんが幽霊の噂の元凶である可能性は低い。


「あ、聞いたことあります、その噂。でも、そのおばけさんに会ったことはないんですけど」


 おばけにさん付けする人を初めて見た。いや、問題はそこじゃなくて。


「え、そうなの?」


「ええ、一度も見かけたことないです」


「だとしたら、ここの幽霊の噂っていったい何が原因なんだろ?」


「さあ……私も知らないです」


「この部屋に欠陥があるとか」


「それはないですよ。私、生きてた頃も含めて五年もここに住んでますから、おかしくなるような欠陥なんてありませんよ」


「でも、岡嶋さん自分が死んだ理由が分からないって……」


「あ……」


 岡嶋さんは一瞬黙ってしまったが、

「で、でもですね! 私、幽霊になってから生前では見えなかったものが見えるようになったりして、悪いものがあるかどうかは分かるんです! この部屋に害になるようなものは見あたりませんから! 安心してください!」


「ホントに?」

「ホントです、本気と書いてマジです、更に強調してジマだぜ!」


 なんだそりゃ。


 とにかく、悪い噂の原因になるようなものは分からないということか。


 まぁ、噂なんて根も葉もないものである場合が多いから、あまり信用しないほうがいいのは確かだ。あまり気にし過ぎないほうがいいのかもしれない。少なくとも今は。


 そのように考えをめぐらせていたら、岡嶋さんが僕の上着の裾を軽く引っぱってきた。


「どうした?」


「あのね、もしも前の住人の人と、ヤスくんみたいにちゃんとコミュニケーションがとれていたら、あんなことにならなかったのかな」


 岡嶋さんは悲しそうな表情でうつむきながら尋ねてきた。


「そんな風に思うの?」


「うん、私のことは分からないとしても、それでも迷惑にならないように気をつけていたんだ。でもどんどんおかしくなっていって、最終的に「こんな部屋には住めない!」って、とても辛そうな状態で出て行っちゃったから……」


 どうやら彼女なりに責任を感じているらしい。かなり落ち込んでいるようだ。


「そうだな、もしも入居してきた人がすごく霊感があってお人よしな人だったりしたら、結果は違っていたかもしれないよな。

 でもさ、前に住んでいた人は岡嶋さんのことが分からなかったわけだし、おかしくなったのだってストレスによる病気のせいだろ? 岡嶋さんのせいじゃないじゃん。

 ……不幸な事故だったんだよ、それは」


 そうだ、前の住人のことは岡嶋さんのせいじゃない。そのことで岡嶋さんが責任を感じることはないはずだ。


「……ヤスくんはけっこうお人よしだから大丈夫かな?」


 そう言って、岡嶋さんは少し笑った。


 なんだか恥ずかしくなって「うっさい」と返すと、岡嶋さんは「へへへー」と笑った。岡嶋さんの顔から暗い影が消えたように見えてホッとする。


「そうだ、せっかくだからちょっとお出かけしませんか?」


「お出かけ?」


「買い物しなきゃいけないもの、ありましたよね?」


 そういえば牛乳とパンを切らしていた、そして晩ごはんのおかずも買いたい。


「そうだな、すぐに着替えて出かけるか」


「えー、せっかくおめかししてるんですから、そのままで行きましょうよー」


「このスーツはついでにクリーニングに出しとくの」


「むむ……、わたしの中のおかん妖精もその方がいいと言っている……!」


 どんな妖精だ、それは。


「じゃあ、せめて私服でおめかししてくださいね。ジャージ不可ですよ」


「えー、めんどくさいなー」


「いいじゃないですか、ちょっとしたデート気分に浸りましょうよ」


「近所のスーパーへ買い物に行くだけなのにデートかよ」


「そういうデートがあってもいいじゃないですか。一緒に出かけて一緒に食べるものを一緒に選ぶんですよ? いいじゃないですか」


 そういうものなのか。


「よし、じゃあ遅くなる前に行くか」


「行きましょー!」


 岡嶋さんはいつもの岡嶋さんに戻った。それを見てホッとしている自分に気づき、何でだ? と疑問が浮かぶ。まったく、今日一日で分からないことがいくつできるのだろう。


 まあ、これは悪くはないけどさ。

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