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僕のおかしな日々  作者: 大宮新
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第三話 文芸部を探して強面トリオ

 通学バスの所要時間は約十五分。


 駅前の商店街を走り抜け、山の斜面を開発して造った住宅地を貫く坂道を登り、大学前のバス停に到着した。


 校門を通って大学の構内に入ると、大学生になったんだなぁ、と実感する。先輩が僕の肩をトントンと叩き、学校の奥の方を指差した。


「一番奥にあるあの丸い屋根の建物が、入学式会場の体育館だ」


 先輩の言う通り、丸い屋根の大きな建物が見える。建物の入口のあたりに「入学式 会場」と書かれた看板と、僕と同じように正装した人達が見えた。


 僕は先輩に向けて頭を下げた。


「ありがとうございました。おかげで助かりました」


「…大げさな奴だな」


 先輩は少し照れ臭そうに笑って、


「入学おめでとう、頑張れよ」


と言って、校舎のほうへ歩いて行った。


 颯爽と歩いて行く先輩の後ろ姿を見送って、僕は体育館のほうへ歩き始めた。


 そういえば彼女の名前を聞きそびれてしまった。


 また会う機会があれば、改めてお礼を言おう。




 前半はドキドキしていたものの後半になったら退屈だった入学式が終わり、キャンパス内の広場へとやって来た。


 そこはまるで荒々しいお祭りのような騒ぎになっていた。


 様々な部活が勧誘合戦を繰り広げていて、飢えた獣が集団で狩りをしているかのようだ。怖い。


 今朝の通勤ラッシュでうんざりしたというのに、また人混みの中を通らなければならないのかと思うと憂鬱になるが、目的の場所へ行くためにはここを突破するしかない。


 ゆっくりと深呼吸して、腹をくくって突撃した。


「キミ体格いいね! ラグビー部に来ないか!?」

「いやいやキミは柔道部に来るべきだ! キミならエースになれるぞ!」

「柔道部なんて汗臭いところよりもぜひ我が空手部に!」

「空手部もそんなに変わらねーだろ!」

「カバディ同好会に来ない?」

「武器と防具を装備できる剣道部のほうが強いぞ!」

「男なら己の身体のみで勝負すべきだ! 相撲部へ来ないか!?」

「カバディ同好か」

「男臭い部活よりもモテるスポーツがいいよな! サッカー部どう?」

「モテるスポーツといえば野球だよ! 大学野球で活躍してプロ入りしたらモテモテだぞ!」

「おいおい我がテニス部を差し置いてモテるスポーツ代表気取りかい?」

「カバ」

「バドミントン部よろしく!」

「卓球部に清き一票を!」

「レスリング部で熱苦しい大学生活を送ってみないか!?」


 …死ぬかと思った。


 手渡された勧誘チラシを山ほど抱えて、よろよろと人混みから抜け出した。


 一人不憫なオーラを出している人がいたような気がするがよく覚えていない。


 一生懸命勧誘して下さった皆さんには申し訳ないけど、入りたい部活はもう決めている。


 それは文芸部。


 子供の頃からの趣味で、短編小説やショートショートをちょこちょこと書いてきた。プロになりたいとかそこまでの気持ちはないものの、もっと上手くなりたい、面白い話が書けるようになりたいと思っていて、文芸部でそういう勉強ができたらいいなと思っている。それと、同じ趣味の仲間が欲しいというのもある。


 しかしどういう訳か、文芸部のブースがどこにも見当たらなかった。入学案内のパンフレットにはちゃんと文芸部の記載があるのにどういうことだろう。


 大学の地図を見てみると、部室棟という建物があるのを見つけた。そうだ、直接部室の方へ行ってみたらいいかもしれない。


 部室棟は大学の敷地内の一番奥、体育館の隣に建っていた。体育会系の部用と、文化会系の部用の二棟あり、文化会系の方がやや年季が入っているように見える。


 部室棟の中に入ってみると、中は思っていたよりも広くて驚いた。三階建ての建物の中心は正方形の広場になっていて、それをぐるりと囲むように部室があるという造りになっている。広場はガラス張りの屋根まで吹き抜けになっていて、そこから春の青空が見える。


 部室棟入り口の案内板によると、文芸部の部室は一階にあった。「文芸部」と書かれたネームブレートが貼ってあるドアの前に立って、一回深呼吸してドアをノックする。


 何も反応がない。


 もう一回、ちょっと強めにノックしてみるが、またも反応はない。部室の中には誰もいないようだ。


 どうしよう、日を改めて出直そうか。いや、もう少し待っていたら誰か来るかもしれない。吹き抜け広場には椅子とテーブルがいくつかあるし、あそこに座って待ってみよう。


 そう思ってドアの前から離れようとしたとき、


「文芸部は無くなってしまったぞ」


と、聞き覚えのある凛とした声が響いた。


 びっくりして声がしたほうを見ると、そこには今朝助けてくれたあの先輩が立っていた。


「やあ、また会ったな」


 また会う機会が来るの、早すぎ。




「パンフレットの原稿を確認したとき、ちゃんと部活案内のところを修正するように頼んでおいたんだがな。文化会本部の連中め、申し訳ない」


 僕と先輩は吹き抜け広場にあるガーデン用テーブル席に腰を下ろした。


「今朝はありがとうございました」


 改めてお礼を言う。


「どういたしまして。そういえば自己紹介をしていなかったな、私は二年生の皆本章子だ、よろしくな」


「安村哲生です。文芸部は無くなったって本当ですか?」


 皆本先輩はペットボトルの紅茶を少し飲んで、


「ああ、去年の三月に部員全員が卒業してしまってな、その後新入部員が一人しか入らなかったので廃部が決定したんだ。だがそれではせっかく入った部員がかわいそうだからと、文芸部と仲良くしていたうちの部と合併して何とか活動を続けているんだ」


「そ、そんなことになっていたんですか……。皆本先輩の部活って何ですか?」


「漫画研究部だ」


「漫画研究部!?」


 意外だ、意外すぎる。こんな女武者みたいな人が漫画研究会だなんて、てっきり武道系の部活のどれかだろうと思っていたのに。


「ちなみに私の役職は編集長だ。自分で言うのも何だが、鬼の編集長というヤツだ。似合うだろう?」


 鬼の編集長か、似合いそう、すっごく似合いそう。そしてすっごく怖そう。


「それにしても部長遅いな、部室の鍵を取りに行くのにそんなに時間がかかるはずが……ああ、来たな」


 振り返って部室棟の入り口の方を見ると、こちらに向かってのっそりのっそり歩いてくる熊のような大男の姿が見えた。


「ごめんごめん、途中で杉原に会ってさ。ブースに展示してた作品の片付け終わったって。後は部室に運ぶだけだけど、その前に学食でコーヒー飲んでから来るってさ」


「そうですか、じゃあ後で私も手伝いに行きます。安村君、この熊男がうちの部長の秋野だ。部長、こちらは文芸部に入部希望の新入生です」


「熊男って言うな。文芸部に?」


 秋野さんは苦笑いしながら部室の鍵を開けた。一見すると、プロレスラーのようにがっちりと鍛えられた肉体の持ち主で威圧感があるが、間近で見るとかわいいお地蔵さんみたいなお顔をしており、加えて穏やかな口調のおかげで癒し系な印象になる。


 この人も漫画研究部の人だと言われないと絶対に分からないだろう。


「文芸部はうちの部と合併したと説明したところです」


「そっか、じゃあ話は早いな。初めまして、漫画研究部の部長で三年生の秋野です」


「安村哲生です、初めまして」


「うん、安村君ね、よろしく。えっと、ちょっと待っててね。確かここら辺に…あったあった」


 秋野さんは部室の中から新書サイズくらいの本と、コピー用紙をホッチキスで綴じて作った冊子を一冊ずつ持ってきた。


「これが去年の学園祭で作った本と、不定期に出している部誌だよ。掲載しているのは主に漫画なんだけど、文芸部と合併してからは漫画、小説、イラスト、エッセイ、何でもアリでやってるんだ。あ、これが元文芸部の人が書いた小説ね」


 秋野さんは新書サイズの本のページをめくって、その小説を見せてくれた。短編のミステリー小説で、挿絵も描かれていて本格的である。手にとって読んでみる。


 上手い、文章の表現力、読みやすさ、話の展開、最後のオチ、まるでプロが書いたもののようだ。ただ、「もぐら寝太郎」ってペンネームはどうかと思う。


「どう? その小説」


「すごく面白いです。他にもありますか?」


「読みたい?」


「読みたいです!」


 ちょっと待っててね、と言って秋野さんは部室へ戻って行った。


「…私が描いた挿絵だって負けてないだろ」


 皆本さんが僕を睨んでいる。怖い。私が描いた挿絵?


「こっ、この絵、皆本さんが描いたんですか」


「そうだ」


 怖い。この人通常時でも目が鷹の目のようで迫力があるのに、怒ったような顔をするとめちゃくちゃ怖い。


「すごいですね、お話の雰囲気にピッタリです」


「何だか私がむりやり言わせてるような感想だな」


「そんなことないです、皆本さんがこんなに上手だなんてびっくりしました」


「そうだぞ、皆本が上手いのは誰が見ても明らかだろ。あまり新入生を困らせるなよ」


 秋野さんが戻ってきてフォローしてくれたおかげで、皆本さんは「うむ」と言って納得してくれたようだ。確かに挿絵もすごい、まるで映画の一シーンを模写したかのようなリアルな絵である。本格的に美術を勉強した人なのかもしれない。この部にはすごいメンバーが揃っているようだ。


「これに触発されて、元々漫画が描きたくて入ってきた部員の中にも小説を書き始めた人がいるよ。いずれは文芸専門の部誌も出したいと思っているんだよね。まぁ、こんな風に文芸部としての活動はちゃんとできるから、もし良ければ入部してみない?」


 入ってみたい、この作者に会ってみたい、この人達と一緒にやってみたい。


「入部させてください、よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げると、秋野さんはニッコリと笑って、


「そうか! これからよろしくね」


 そう言って、丸太のような腕でがっちりと握手された。


「これからよろしく頼むぞ、締め切りはちゃんと守ってくれよ?」


 秋野さんに続いて皆本さんが言った。


「そうだな、皆本は締め切りに間に合わないと怖いからな。それにしても、皆本が見ず知らずの人に声をかけるなんて珍しいじゃないか、どういう風の吹き回しだ?」


「いや、今朝たまたま駅のバスターミナルで彼が迷子になっていたところに出くわしましてね。帰り道が分からなくなったドーベルマンみたいで面白かったんで、つい声をかけてしまったんです。そしたら今度は文芸部の部室の前で所在無げにポツンと立っているものだから、もうますます面白くて」


「なるほど、この見た目でオロオロしてたり呆然としてたら確かになぁ。迷子のドーベルマンか、なるほど」


「なかなか的を射ているでしょう」


 見た目に関しては先輩達に言われたくないんですけど。と、心の中でぼやいた。

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