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第七話 写真


「はい、ですから生徒さんたちに危害が及ぶことが無いように現在警戒を強めておりまして……」

「御神酒先生が受け持っていたクラスに説明は済んだのですか!?」

「すみません、こちらでも原因を調査中でして、はい……」


 職員室の中は、御神酒先生の死の影響が未だに残っていた。

 保護者から生徒の安全に影響があるのかと追及を受けている先生や、御神酒先生が受け持っていたクラスを誰が代行して担当するかを話し合う先生、さらに教育委員会かららしき電話に対応している先生もいた。


「やっぱり、先生方はお忙しいようですね……今度にした方がいいんじゃないですか?」

「おやおや萱愛氏。その間に事態が動いてしまったらどうされるおつもりなのですか? 現実は我々の都合には合わせてくれませんよ……?」

「う……」


 そう言った閂先輩は恐れを知らないかの如く、躊躇無く職員室に足を踏み入れる。だが各々の仕事に追われる先生方は、小さな体の閂先輩に気づいていないようだ。


「ま、待ってください……」


 思わず先輩を引き戻そうと動いた俺だったが、既に彼女は目的の人物の前にまで進んでいた。


「ひひひ、お忙しいところ失礼致します、仲里先生……」

「君は……生徒会長の閂さんか」


 俺が仲里先生の席に近づくと、先生は何かをポケットにしまった。

 ……あれは、キーホルダーか何かかな?


「すまないが、御神酒先生のことで我々も忙しくてね。用があるなら手短に済ませてくれないか?」


 仲里先生は珍しくきつい口調で俺たちを牽制した。俺は横目で閂先輩を見るが、彼女が動く気配はない。

 意を決して、質問をぶつけてみることにした。


「仲里先生。御神酒先生のことで、お聞きしたいことがあるのですが……何か先生の様子がおかしかったとか、そういうことはありませんでしたか?」


 俺の質問に対し、仲里先生は眉間に皺を寄せて俺を睨む。思わずたじろぎそうになるが、ここで目を逸らしたくはなかった。


「萱愛くん、君が御神酒先生を慕っていたのはよく知っている。先生があんなことになって納得いかない気持ちもわかる。でもね、探偵気取りで御神酒先生の事情を探るのはそれこそ先生に失礼な行為だとは思わないか?」

「確かにそうかもしれません……だとしても俺は、御神酒先生がなぜあんなことになったのかを聞かないと納得ができません」

「納得ができない? じゃあ君は御神酒先生の真実を知ったら、それがどんなものであっても納得をすると言うのか? 真実は君が思うより遙かに残酷かもしれないんだよ?」

「それは……」


 確かにその通りだ。閂先輩の言葉が確かなら、御神酒先生が自殺したという事実は揺るがない。そして自殺の理由が、俺が納得できるものだとは限らない。いやむしろ、納得できない可能性の方が高い。


「わかったら、君たちももう帰りなさい。特に萱愛くんはショックが強いだろうから、一日欠席して、ゆっくり心を落ち着かせてもいいかもしれない。担任の先生には僕から言っておくから……」


 だが仲里先生が俺たちを家に帰そうとしたとき、ようやく閂先輩が動いた。


「ひひひ……お待ちください仲里先生……」

「なんだい? さっきも言ったが、君たちに構っている時間はあまりないんだよ」

「いえいえ、こちらをご覧くだされば直ぐに退出しますよ……ひひひ」


 そう言った閂先輩は、一枚の写真を取り出した。そこに写っていたのは――


「えっ!?」


 学生服を着た高校生時代の仲里先生と、今では考えられないほどの快活な笑顔を浮かべた、若き日の御神酒先生が写っていた。


「……閂さん、これをどこで手に入れたんだ?」


 仲里先生は表面上は平静を装っていたが、その声が微かに震えていたのがわかった。


「そんなことは些末な問題ではありませんか、ひひひひ……仲里先生、貴方は御神酒先生の元教え子ですね?」

「そ、そうなんですか?」

「……」


 まさかこれが閂先輩が仲里先生を疑った理由なのだろうか。しかし、いくら元教え子だからといって、それだけで御神酒先生の死に関わっているかもしれないというのは短絡的な考えじゃないか?


「ああ、確かに僕はかつて御神酒先生の生徒だった」


 仲里先生は、あっさりとその事実を認めた。考えてみれば、そこまで隠すような内容でもないはずだ。


「だがそれがどうしたと言うんだ? もちろんこのことは警察にも伝えてある。まさかそれだけで僕が御神酒先生を殺したとか、言いがかりをつけるつもりじゃないだろうね?」

「ひひひ、まさか……私はただこの写真を先生にお見せしたかっただけですよ……」

「なら用は済んだね? 早く帰ってくれないか?」

「ですがその前に、可能性の話をさせて頂けますかねぇ……」

「なに?」


 閂先輩は、手に持った写真で口元を隠し、いつもより小さな声で話し始めた。


「私がこの写真を持っているということは、私はこの写真をコピーすることも出来る。インターネットに流出させることも出来る。そしてその写真の横に、仲里先生への疑いを誘発させる文章を掲載させることも出来ます……例えば、『元教え子が、慕っていた先輩教師と痴話喧嘩をして死に追いやった!?』……などのようなねぇ」

「君は……! そんなことをすれば、君は退学どころか警察に捕まる可能性だってあるぞ!」

「ひひひ、仰るとおり。ですが私がそうなるのは、あくまで仲里先生への疑いが世間に広まった後のお話でございます……仮にここで話を打ち切ってしまえば、そうなる可能性がゼロであるとは言い切れないと思うのですよ……」

「……僕を脅す気なのか?」

「いえいえ、決してそのようなつもりは……あくまで可能性の話でございますよ……では、用件は済みましたので帰宅しましょうか。ひひひひ……」


 閂先輩は写真を胸ポケットにしまい、仲里先生と俺に背を向けて帰ろうとする。だが数瞬の間の後。


「待ってくれ」


 仲里先生は閂先輩を呼び止めた。


「……わかった、僕の負けだよ。僕は何を話せばいい?」

「ひひひひ……ここではまずいでしょうから、私の教室にでも場所を移しましょうか……」


 そして俺たちは、閂先輩が所属する三年C組の教室に向かった。


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