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第十三話 無駄


「御神酒先生、ちょっといいですか?」

「なんだ?」


 御神酒はまるで俺に声をかけられる心当たりは全くないかのように、そっけない態度を取る。実に腹立たしい。


「どうして先生は萱愛ばかり贔屓をするんですか? あいつは成績も良くないし、学校中から嫌われてる。あんな奴に肩入れするなんて無駄だと思いませんか?」


 我ながら実に正論だと思う。きっと御神酒も俺の正論の前に、しどろもどろになるに違いないと確信していた。

 だが現実は違った。


「借宿。私はまだ教師としてベテランであるとは言えない。確かに私のやり方が間違っている可能性はある。だがな、私は自分の行動が無駄だと思ったことは一度もない。なぜなら何かしらの行動を起こせば、必ず何かしらの結果が生じるからだ。それが悪い結果だとしてもだ」


 生意気にも御神酒は反論をしてきたので、俺も熱くなってしまった。


「何を言ってるんですか? 悪い結果になったら、どんなに努力したとしても全て無駄じゃないですか。そんな無駄な努力をするくらいなら、やらない方がマシでしょう?」

「私はそうは思わない。例え自分の行動が失敗だったとしても、それが失敗だと気づけただけでも成果だ。そしてその失敗が次の成功に繋がることもある。たった一度の失敗で、全てを結論づけるのは早計だ。そして萱愛は自分の失敗を認め、這い上がろうと努力している。だから私は萱愛を優遇している」

「そうですかね? ダメな奴は何をやってもダメなんですよ。そんな奴が努力したところで、成功なんてするはずがない。だから御神酒先生が萱愛に肩入れしても無駄なだけです。それなら……」


「言っておくが、私は仮に萱愛を見限ったとしても、その次にお前を優遇するつもりはない」


 いきなり俺の心を見透かされたような気がして、思わず言葉を失ってしまった。


「お前は萱愛より自分の方が優れていると言いたいようだな? だが私は今のお前が大成する可能性はかなり低いと見ている。何もしないことを正当化し、努力している人間を必死に見下すことで自分の格を保っているつもりのお前が優れた人間であるはずがない」


 その言葉になぜか無性に腹が立った俺は、何かが喉に引っかかったような感覚を覚えながら怒鳴った。


「何言ってんだアンタ!? 俺の方があいつより成績もいいしアイツは学校中から見下されてるクズだしアンタも教師から孤立してるクズじゃねえかふざけんなよアンタにそんなこと言う資格ねえよ黙って俺の言うことにしたが……」


「黙れ」


「……!」


 しかし俺の言葉は、刺すような視線を俺に向けた御神酒のたった一言によって遮られた。


「お前は言ったな? 悪い結果になれば、それまでの努力は無駄になると。だが私からすれば、他人の行動を無駄だと決めつけ、自分は何もしないことの言い訳にするお前のその思想こそが何よりの無駄だ」

「テメエ……!」

「何だその態度は? それが人に教えを請う態度か? 私を利用したいのであれば、もっと自分の手足を動かし、自分が見込みのある生徒だと私に認めさせることだな。話は終わりだ、もう帰れ」


 そう言うと御神酒は言葉通り俺と話すことなど無いと言わんばかりに視線を外し、パソコンに何かを打ち込み始めた。

 屈辱だった。特別な存在である俺が、あんなクソ教師に見下されているということが。俺は優れているんだ、無駄な努力なんてする必要なんてないんだ。間違ってもあんなクソ教師にバカにされる筋合いなど無い。

 そして俺の怒りにさらに拍車をかける出来事が起こった。新しく生徒会長になった、閂とかいうブスの身の程知らずの演説だ。


「皆さんはご自分が『特殊』な存在だと考えているでしょう? ひひ、違うとおっしゃりたいですか? ですが……皆さんは間違いなく考えているはずです……『この進学校に入った自分はすごい人間だ』……こういった考えを……ひひひ」


 始めは只のパフォーマンスかと思った。ブスがキャラ付けのために必死こいてるんだろうなという感想しか抱かなかった。


「皆さんは表面では『普通』であることを善しとしながらも、心の底では『特殊』であることを望み、自らが『特別』な人間だという幻想を心に抱き、周りの人間を見下している……ひひ、違いますか?」


 だが次第に俺は、閂の言葉になぜか苛立ちを感じ始めた。


「ですがその考えこそがまさに陳腐。ひひひ……そう、まさに凡夫の思考。そしてこの私も『特殊』で『特別』な存在に憧れている点では皆さんと同じ凡夫でございます……」


 何を言っている。俺は周りのボンクラどもとは違う。俺はこの社会の主役に……

 

「そんな皆さんは決してこの社会、この世の中の主役になどはなれません。脇役としての人生を歩み続け、脇役としての死を迎えるでしょう……ひひひ……そして死の間際に『特別』で『特殊』と言われなかったご自分の人生を呪うのです……」


 ふざけるな、ふざけるな! 俺は特別な人間だ、選ばれた人間だ! こんなブスにバカにされる謂われはない! どいつもこいつも、無能の癖に俺をバカにしやがって……!


「ひひ、悔しいですか? 悔しいのであれば……」


 俺は脇役なんかじゃない! 俺は凡夫なんかじゃない! 俺は……


「この私を死ぬほど楽しませてみろよ」


 ……そしてその言葉を発した閂の見開かれた右目を見たとき、俺は決心した。

 そんなに言うなら証明してやる。俺が『特別』な人間だと、俺はお前等ボンクラとは違うのだと。


 萱愛、御神酒、そして閂。お前等を蹴落とすことで証明してやる。

 

 その日のうちに俺は美術室に行き、工芸用のノコギリやハンマーを鞄に入れて準備をした。

 そう、身の程知らずの御神酒を殺害し、その罪を萱愛に被せる準備だ。

 俺は決してボンクラなどではない。選ばれた、特別な人間である俺ならば完全犯罪も可能なはずだ。あの三人にそれを思い知らせてやる。

 だが萱愛には最後のチャンスを与えてやろうと思い、俺はアイツに話しかけた。大人しく俺に屈服するのであれば、許してやろうと思っていた。


「俺が他人に対して意見を言う権利はある。一方で借宿、お前に俺が殺した『あいつ』の言葉を代弁する権利はない」


 だが萱愛は生意気にもまた、俺に反論した。

 その時、こいつを地獄に落とすことに決定した。バカな奴だ。身の程をわきまえていればこんなことにはならなかったのに。


 そして俺はあの日、遅くまで学校に残っていた御神酒を空き教室に呼び出し、殺してやった。そう、俺は御神酒を殺してやったんだ。


 だが決して俺が犯人だとバレることは無い。天才の俺がやったとはバレるはずがない。そして俺はあえて萱愛に俺が犯人だと伝えることで、アイツの悔しがる顔を見てやろうと思った。自分に罪を被せている人間がわかっているのに、どうにもならない絶望を思い知らせてやろうと思った。


 俺は選ばれた人間なのだ。そう、この犯行を成し遂げた俺は特別な人間なのだ。

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