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008


 御伽話が失踪したのは、僕達、つまりは陸上部が全国大会で全力を出していた時だったそうだ。


その時――つまりは八月上旬の、今日からほぼ一週間前で、空手部が大会に向けての練習や、僕達との合同合宿に備えて調整のようなものを行っていた時だった。


急に別に関係のない話というか、ここで少し余談をすれば、空手部の全国大会はまだ終わっていないのが今現在だ。大会は今から一週間後に行われるらしいのだが、しかしそんな大事な時に、どうして僕達の合宿に参加しようとしたのかはわからなかった。


わからないので仕方なく話を進めると、だから空手部は今年初めて陸上部や剣道部と合同で合宿するのだから、その日の空手部はいつも通りの練習をしていたらしい。


その時間、空手部は午前中の練習を終えて、午後練が始まるまでの昼食を兼ねての休憩をしており、大会に向けての追い込み練習をしていたそうだ。空手部にとってこの夏の大会が一番大事なのは、同じ部活ではない僕にもきかずともわかってた。


入学して間もない一年生や、三年生よりも未熟な二年生が全国大会に出場できないのは当たり前だが――それでも三年生のために、一年生も二年生は全力でサポートしていた。


最後に喜んで、嬉し泣きして、皆で笑って、最後の大会を終わるために――部活を引退するために。


そんな気持ちでいるのは、他の部活動も一緒だった――いやそんな話はともかく。


とにかく空手部は全国大会で優勝をするために、一生懸命頑張っていた。最後の力を振り絞ると言わんばかりに、心を一つにしてと言わんばかりに、空手部は全力で練習していた。


練習は試合のように、試合の練習のように。


空手部は全力で練習していた。


 だから。


だから御伽話が失踪したと気づいたのは、午後の練習が終わって――部活自体が終わろうとしていた時間だったらしい。


御伽話がいなくなったのは、午前中の練習が終わって、昼食を終えてからの時間だった。


 最初に気づいたのは御伽話と同学年の女子達だった。しかしその時の彼女達は、生徒会の仕事が入ったのではないかとすぐに考えたらしい。全国を駆け抜けている空手部員であると同時に、御伽話は生徒会という役割を持っているのだ。その生徒会の仕事が入ったのではないかと彼女達は考えたのだ。


生徒会の用事が急遽入った時は、御伽話は同学年の女子に最初に伝え、その後三年生の先輩方にその旨を伝えていた。普段からそうしていたらしい。


しかし今回の場合、本当に伝える時間がないような生徒会の仕事が入ったので、三年生の部長らだけに伝えたのではないかと女子達は思った。そういうことは少なからずではあるが、あったらしい。


しかし御伽話は一時間しても帰ってこなかった。


二時間しても帰ってこなかった。


三時間しても帰ってこなかった。


最終的に部活の練習が終わっても御伽話は帰ってこなかった。午後五時という日が沈み始めている時間帯になっても、御伽話は帰ってこなかったのだ。


異変に気づいた女子達は、部活終了後に三年生の部長らに御伽話の居場所をきいてみた。いくらなんでも遅すぎると思った女子部員達は部長らにきいてみた。


すると先輩方は不思議そうな顔をして「お前らが知ってるんじゃないか」とそうきき返してきたのだ。


その言葉をきいて不思議に思った女子達も、部長らに無礼極まりなくも、逆にきいたらしい。「先輩方が知ってるんじゃないですか」と言ってきて、先輩方は部長らも本当に不思議で――奇妙に思い、部員に呼びかけるようにきいたらしい。


その後のことは大体予想がつくかもしれないが、御伽話が行方不明になったことを知った部員はまずありとあらゆる場所を捜索した。生徒会室や校舎内、学生寮や教室等思い当たるところを探した部員だったが、しかし結局手がかり一つなかったらしい。三年生を入れて五十人という人数で捜索しても、本当に何も、何も掴めなかったらしい。


最終的に教員や監督に話したところ、教員も捜索をしたが、しかし今現在に至っても全く見つからないことから、警察に頼ったらしい。御伽話の親には後々説明するそうだが、それは多分近い未来なのだろう。


と。


九竺からその御伽話鞘月失踪までの経緯をきいた僕は、九竺と別れ、とりあえず寮に戻ってシャワーを浴びるとした。


こんな状況でこんなことをするのはおかしいかもしれないが、しかしそれは空手部も同じことなのだろう。


御伽話は警察や大人の人が何とかしてくれる――そう思いながら空手部員は皆、合同合宿をしているのだろう。合宿の際に空手部に元気がなかったとはあんまり見えなかったが、しかし元気があったとも言い難かった。てっきり大会等で疲れていると思っていた僕だったが、しかしそれ以上に、僕達陸上部がいない間に事件は起きていたのだ。


いや。


それ以上に僕は複雑な気分だった。


なんせ僕は御伽話と――合宿前に会っていたのだから。


「お前、その話はまだ誰にもしてないよな」


 シャワーに入る前。つまりは九竺と別れる前に僕が御伽話に会ったこと九竺を話すと、九竺は少し沈黙を置いてからそう言った。教室にいるような、本当に無表情を貫いていた九竺だったが、しかし僕の話をきき、少し驚きながらも真面目な顔を僕に向けた。


「あ、ああ」


 僕は答える。てっきり御伽話は今日、何か用事があって合宿には出ていないと――今の今まで思っていた僕だから、その話は誰にもしていなかった。


 九竺は、深く悩んでいる様子だった。無表情なせいか何を考えているのか、僕の方からは全くわからない。しかし考えているという動作は僕でもわかった。


そして少しの沈黙が過ぎて、九竺は言った。


「その話は今後一切誰にも言うな。御伽話鞘月が他の誰かに――空手部とかに姿見せるまで、絶対に誰にも喋るな。いいな?」


「どうして」


 そうきき返すと、九竺は重そうな口を開けた。


「これはあくまで噂なんだけどな。俺が今関わってる事件でも、御伽話鞘月が一枚噛んでるっていう話が出てるんだよ」


「事件?」


 それは一体、どういうことだろうか。


 御伽話が、九竺の関わっている方でも――重要な人物ということだろうか。


 いや。関わっている方でもではなく、そこで何かに巻き込まれていると考えるのが普通か。御伽話が何かに巻き込まれていることによって、失踪している。そう考えるのが正しい。


 しかし、でもどうして。


 御伽話はいなくなった? 


 まさか生徒会関連で何か起きた?


 考えれば考えるほど謎が深まる中、九竺は静かに言った。


「まあ事件ってほどでもないけどな。まだ何も起こっていないに等しいし、危害や被害は出てない。多分ガセだと思うけど――だから喋るなってのは、まあ念のためって奴だ」


「だからどうして」


「お前に関係ねえよ」


 その言葉が刃のようにグサリと刺さった。


 しかしその言葉には、別の意味があるのを僕は九竺との日常の会話で知っていた。


 つまりは九竺が何か隠しているということだ。


反論しようとしたが、先手を打つように九竺は僕に言った。


「それからこの件はまだ表沙汰にはなってない。御伽話がいないことに不信感を抱いている生徒もいるらしいが、学校側のとりあえずの応急措置としては『帰省中』ってことになってる。家の事情でな」


「どういう、ことだ」


「まだ失踪って決まったわけじゃないからだろ。あの休憩中に何かをきいて、雲隠れしなきゃいけない理由でもできたんだろ」


「雲隠れなきゃいけない理由?」


「ま、俺はそう推測してる。少なくとも御伽話のに何かがあったのは、確かなんじゃないのか?」


 そう言って九竺は続けた。


「なんにせよ。お前は普通に合宿頑張ってろよ。合宿が終わった後には、何事もなかったかのように終わってるはずだからな。御伽話失踪事件も俺がきっちり解決しといてやる」


「本当に誰にも言わなくてもいいのか?」


「ああ。それで学校が混乱したら、それこそ事件沙汰になるからな。今は何か変化が起きるまでお前は待機してろ」


「……一人で大丈夫か。なんだったら僕も――」


「いらねえよ。不必要だ」


 突き飛ばすように言葉を発して、九竺はまた言う。


「そうなったら、陸上部が不思議に思うだろ。あの有名な掛け持ち部活生が合宿にいないなんてなったら、それこそ事件だ。しかも俺には今回、お前以上に役に立つ助っ人がいるからな」


「助っ人?」


「ああ。それはまた、合宿が終わった後にでも話してやるよ。積もる話は今度、将棋やチェスが末永くできる日にな」


「……そうだな」


「じゃ、俺はそろそろ行く」


 またなとも言わず、九竺は走っていった。やっぱり――というか、どうやら御伽話のことが気にかかっているせいか、早足でどこかに消えていった。


 珍しかった。あんな九竺を見るのは初めてなんじゃないかって思うほど、九竺の意外な部分が一つだけあって驚いた。


 いつもなら心配していないことを――九竺は心配していた。


いやそう思う時もあるのか。別に珍しい一面とかじゃなく、そういう時もあるのか。


 そんなことを思いながら、僕も寮に帰って、まずはシャワーを浴びることにした。部屋についているシャワーだ。大浴場は寮の一階にあるのだが、夜にしか開放しない。当たり前である。


 考えてみれば、シャワーが部屋の個室につけられていることは珍しいと思った。大浴場があるのに、どうしてシャワーだけが個室についているのかは不思議だった。どうせならバスタブも設置してくれればと思った時もあるが――それはさすがに贅沢か。


 しかし。


 しかしながら、そんなことを考えてる暇等、今の僕にはなかった。


「御伽話……」


 御伽話鞘月のことで僕の頭は一杯だった。


 シャワーを浴びながら僕は考える。温水を出し、ランニングでかいた汗を流して、僕はあの時のことを思い出した。


 あの時会ったのは御伽話鞘月本人だった。


あの顔も声も、姿形も全て御伽話鞘月で間違いなかった。間違えるはずがなかった。去年までは別のクラスだったが、今は同じクラスで何度も教室で顔を合わせているのだ。挨拶だって何度もしたこともある。


 だから間違えるはずがないのだ。


 あれは御伽話だった。


 なのに――じゃあ。


 じゃあ僕が見たのは一体誰だ?


 仮に僕が会ったのは御伽話ではないとすると、じゃああの人は一体誰だったんだ? 


もしかして顔や声が似ているだけで、本当は御伽話じゃないのか。僕が話しかけたのは御伽話じゃなくて、知り合いの別の誰かだったのか。


「………………」


 わからないことだらけだった。ただ僕の体を温水だけが流れるだけで、時間が流れていくだけだった。


 考えれば考えるほどわからなかった。


逆に、あの時会ったのが御伽話だとすれば、どうして空手道場に姿を現さないのか。そしてどうして身を隠す必要があるのか。そんな疑問が浮かんだ。でも――そんな疑問は今の僕の知識と情報だけじゃ、答えは出なかった。わからないだけだった。


「…………」


 温水から冷水に切り替えた。


 やっぱり冷たく感じたが、何か困ったことがあった時には、これぐらいの冷たい水を浴びて――考えるのを一時的に止める。今回の件も例外じゃない。


 夏のせいか、それほど冷たくは感じなかったが、それでも昨日よりも冷たくは感じた。温水を浴びすぎたせいか、それとも汗がひいてしまったせいかもしれない。


 やっぱり九竺に任せるのか。


 成績トップで頭がキレて、博学の九竺に、この件を全部任せるか。彼ならこの件の手がかりだけで、全貌を把握できるだろう。それぐらいの力は彼にはある。九竺はこの学校の隠れ情報通みたいなもんだ。だからきっと、彼ならすぐに答えを見つけることが可能だろう。


 でも。


 今日の九竺は少し、いつもと違っているようなそんな気が――


「………………」


 そういえば。


 そうだ――一つだけわかったことがあった。御伽話のことで、あの時に会った御伽話のことについて、一つだけ思いだしたことがあった。


 あの御伽話はいつも通りの御伽話だった。


 教室で見る御伽話。また誰に対しても優しく、そして大和撫子である御伽話だった。


 つまり何が言いたいのかと言えば――御伽話は誰かに誘拐されたわけでもなければ、失踪したわけでもなかければ、誰かに脅迫されていたわけでもなかった。


 普通で、普段の、変わらない笑顔を僕に見せていた御伽話鞘月だった。


 誰かにさらわれたわけでもなく。


 誰かに脅されたわけでもない。


 普通の御伽話だった、のだが――


 でも。


 ならどうして御伽話は姿を見せない?


 九竺の推理が正しいのか?


 やっぱり九竺が調べている事件に、御伽話が関係あるのだろうか――


「ん? なんだ薫。今シャワー浴びてんのかー? 今日は結構長いなー」


 急に浴室の外から声がしたので、僕は癖でシャワーを止めた。冷水のままで流れていた水を止めた。浴室の外からきこえたその声は勿論、同室人である鬼谷の声以外の誰の声でもなかった。


 僕はすぐに返す。


「ああ。ちょっといろいろあってな。今帰ってきたところなんだよ。校門で友達に会ってさ。それで遅くなっちまったんだ」


口には出さなかったが、そう言えば狐影君はあの後どうなったのだろう。ちゃんとこの高校へ――吉衣高校へくることができたのだろうか。さっきまで忘れてたせいか、少し狐影君のことが気になってしまった。


いや彼ならきっと大丈夫だろう。案内はできなかったにしても、道を教えることで十分だと言っていたのだ。もしもまた道に迷ったとしても誰かにきけばいいことだ。


 とりあえず今は御伽話のことだ。


もう一度会って、少し話す必要があるな。


なんせ僕は、御伽話とあの時会っているという、重要なヒントを本人から得ている人物なのだから――


「ふーん。あ、そうだ。三十分後に全員剣道場に集合だってさ。なんか三部活の監督から話があるみたいだぜー」


「なんだそれ?」


「んー。俺にもよくわからん。多分、今日のメニューについてだと思うぜ。今日は剣道部と空手部の練習だからな」


「……ふーん」


 僕は軽く流した。


「あ、後。さっき薫の携帯鳴ってたぜ。着信音からするにメール。……さみしいなー、薫の携帯もこれで見るのが今週で終わりかー」


「ああ……僕そう言えば、帰省するんだっけか」


 すっかり忘れていた。そうだ、昨日両親から電話がかかってきて、そろそろ携帯の契約が切れるから、新しいのに変えようってかかってきたんだ。


どうやら今流行しているスマートフォンに変えるとか何とか。最近出た機種に変えてくれるらしい。二年前は販売してから半年ぐらい経っていた携帯を買ってもらったが、しかし今回は両親の景気がいいらしく、最新機種にしてもらえるらしかった。


 電話をもらった時は嬉しかったのだが……今となっては、そんな普通の話をしている場合じゃなくなってるんだよなあ。


 とりあえず使い方は、今度詩辺にも教えてもらうか。今覚えても、どうせ使うことは学校じゃあほとんどないし。夏休みだからって、話す人はほとんどこの寮にいるからなあ。


「薫もついにスマフォデビューかー。何だか先を越されたみたいで嫌だな。俺はまだまだガラケーだからな。ポケベルから携帯電話、そして今度はスマートフォンって。時代の進歩って恐ろしいよなー。ポケベルが懐かしいぜ」


「そんな昔だったっけ僕達の世代……」


 九十年代って、まあ僕達生きるけど――持ってはないだろ。バブル世代も全然知らないし。


 当時の人達にはポケベルは凄く親しまれていたってきいたけど、それを知らないであろう鬼谷が言うと、その世代の人達のこと馬鹿にしているにしかきこえない。


 っていうか、せめて携帯って言えばプリペイド世代だろ。


「いやあ、あの時は凄かったな。番号で文字ができあがるんだからな。俺なんてしょっちゅう使ってたぜ」


「何でマジな口調で話すんだよ!」


「いやあ実は持ってたんだぜ。ポケベル」


「マジで!?」


「ああ、ポケモンベル」


「ありそうで実はないよ!」


「え、ないのか?」


「何で知らねえんだよ」


「いやあ、あるかなーと思って」


「………………」


 沈黙。そして溜息。


 鬼谷と話してると疲れるわけじゃないけど、一般教養がなさすぎるのが駄目だな。やっぱりそれは突っ込み役である、どっかの誰かがカバーしてくれるのだろうけど。


 でもちょっとは本でも読め。


 教養を高めて、僕の突っ込みもソフトな感じにしてもらいたい。いくらなんでも無知無能すぎる。


「あ、そうだ。携帯持ってった方が良いか? もし急用だったら大変だろ」


「あー……いいや、もうちょっとしたら上がるから。悪い、ありがとう」


 ……こういうところは気がきくんだけどなあ。やっぱりなんて言うか、鬼谷はどこか抜けてる部分がある。知識はなくても、コミュニケーション力とか優しさがあるから、そこら辺で何とかカバーできるのだろうけど。


鬼谷の知識数が少ないってわかったら、初対面の人とか大変だな。


逆に九竺みたいに、知ってるのに知らないふりをするって言うのも、僕としてはどうかと思うけど。そういうのは、何だか皮肉にしか見えなくて嫌だなあ。


むしろ九竺には、フルに情報を活用してほしい。


「それより薫。ちょっとききたいことがあるんだけどさ……昨日の空手部との練習、どうだった?」


 話題を変える鬼谷。急に小声で喋りかけてきた。


 察するに、どうやら僕から昨日の空手部との合同練習の『厳しさ』についてききたいらしい。あの空手部との合同練習について、経験者である僕からいろいろききたいらしい。


 まあ無理もないか。


剣道部も全国大会が終わってすぐだし。


今回の合宿は『タフ野郎』と呼ばれている鬼谷までもが、相当構えているようだ。去年の鬼谷はどんな気分で合宿をやっていたのか僕は知らない。が、鬼谷がそんな低いテンションでいるとなると、どうもこっちも調子狂うなあ。


 うーん。


 僕はありのままに言おうとした――が止めた。


「自分の身で感じて頑張れ」


「えー」


 まあそうは言っても、深い理由があるわけではないのだが。


 実際空手部との練習は厳しいと言うよりは『恐怖』と言った方が正しかった。ランニング中には後ろから、何も関わりのない三年生が「ほらもっと速く走れ」と言って僕達をせかされたほどのなのだ。


 言わなくてもわかると思うが、一年生はトップで走っていた。二年生が一年生に対して同じことを言うものだから、昨日の練習じゃあ相当疲れているに違いない。ここら辺は実際に体験した生徒にしかわからないだろう。


 ましてや今日は剣道部だもんなあ。


 だから鬼谷には、あえて何も言わずに行かせるのだ。


 鬼谷が一年生をせかしたら大変なことになりそうだからな。テンションが上がりすぎて大変なことになりそうだからな。


 最後に一回温水を浴びてからあがった僕は、とりあえず着替えながら鬼谷と話すことにした。


「そう言えば薫。ここらでテンションあがるような話でもしようぜー」


「いや僕もう、今日の準備しなきゃいけないんだけど……」


「薫さん! 僕に三分だけ時間を下さい!」


「結構です! あなたにあげる三分なんてありません!」


 いや僕、鬼谷と話すとは言っても、雑談とかじゃなくてもっと身のある話をしたいんだ。


 例えば……そう、部活以外の話!


 夏休みの話!


 今凄い悩み事があったんだけど、まあいいや。鬼谷と話しておけば、何か良い案があるはずだ。九竺にも口止めされたから。


 だからとりあえず、夏休みに何かしようっていう話でも――


「だって薫帰省しちゃうんだろ」


「う」


 そうだったな。


 さっき携帯買い換えるとかのモノローグとかしてたな。


 じゃ、じゃあ……進路の話!


「今の俺達には縁遠い」


「ぐっ」


 じゃあ…………私生活について!


「俺達の私生活なんて毎日さらけ出してるだろ。……何だ、薫は俺の中学校時代の私生活とかの話をききたいのか。そうかそうか。じゃあこれから原稿用紙を何十枚とか使って語ってやるぞ」


「……やっぱり良い」


「何だ。ききたくないのか、俺の本当の私生活。例えば中学の剣道場で野球大会をした話とか」


「最悪な話から始まった!?」


「大丈夫。野球大会っつっても、竹刀を野球部バッドに見立ててやった奴だから」


「最悪な上に更に最悪をのっけった!」


 てめえ、それでも剣士か!


 学校中に名を馳せる剣士か!


 最悪と言うより、極悪だぞ!?


 悪魔か!


「勿論ボールは手ぬぐい」


「打ちづら!」


 結構やりづらいなそれ。手ぬぐい丸めてやったんだとしても、飛距離がどれぐらいなのか大体予想がつくし。


「後は……そうだな。木刀を使って大河ドラマでよくありそうな落ち武者が斬られるシーンを、部員全員でやるとか」


「あー……」


 若干ありそうな奴だな。


さすがに部員全員ではやってなかったけど、中学から始めた剣道部員とかは良くやってた気がする。まあその後顧問に怒られたのは良い思い出だ。僕も馬鹿だと思いながら参加してたし。


「後は……ああ、皆でキャッチボールしたり」


「ん? それは、野球の間違いじゃないのか?」


「手ぬぐいで」


「投げづら!」


 多分届く前に地面に落ちるぞ。至近距離でしかキャッチボールできないだろ。


「そうだな。後は……そうだ。中二の時にやってた、かっこいい剣の抜き方選手権が印象深いな。部員全員で」


「だから何で協調性がそこにあるんだよ!」


「ああ、間違えた。これは隣の柔道部も一緒に参加してたんだっけか」


「何のフォローだそれ!?」


 柔道部が参加する意味がわからん! 柔道部も剣道部に紛れて一緒に中二病ごっこしてんだよ! 


 何だこの鬼谷の支配力。


 部員全員を巻き込む支配力は何だ。


 それでも盛ってるようにはきこえないのは、もしかしたら全部が真実だからかもしれない。


柔道部もすげーな――いや鬼谷が凄いのか。


中学校の頃も、きっと今みたいな性格だったんだな。裏表がないって部分が特に凄い。


「いやあ、あの時は凄かったんだぜ。皆で誰が一番中二病に近いかを競い合ってたぜ」


「お前じゃね?」


「ああ。俺だった。見るか? 俺が考えた『スーパーアルティメットソード改良版』を」


「ダサい名前!」


 そして改良版って何だ。


 新しく考案したのか。


 しかも直訳すると、超究極剣。


 …………ダサい。


「は! そう言ったのに、ここには竹刀がない! なんてことだ!」


「馬鹿鬼」


「ん? 何か言ったか今」


「いいや、何でも」


 そう言って僕は支度をし始めた。昨日の内に大事な部分は支度していたおかげか、すぐに準備は終わりそうだった。


 後十五分ぐらいか。


「鬼谷。そろそろ行くか」


「えー。まだ話そうぜー。俺達今日は空手部とだからテンションがだださがりなんだよ」


「めんどくさい奴だな。覚悟決めろよ」


「にゃー。俺はまだ行きたくないにゃー」


「何キャラ!? っていうか大体、遅れたら大変だろ。ほら、廊下を見る限りじゃ、そろそろ動き始めてることだし」


 扉を少し開いてみた。鬼谷は部屋のベッドに座って、ろう城みたいな真似をしていた。……うーん。


 そこまでして行きたくないのか。


 いや、そんなことで剣道部次期主将が務まるのかどうかが心配だが。


 んー…………。


 やっぱりここは友人として、一発鬼谷に喝を入れておくか。僕はろう城している鬼谷に言った。


「空手部だって頑張ってるんだ。来週には全国なんだよ。そんな人達に、お前のそんな行動を見せて喜ぶと思うか?」


「……わかったよ。俺も行く」


 そう言って鬼谷は鞄を持った。


 ――いや、ここに何かを入れなくても普通に話は進むんだけど、でも一応言わせてもらえば、これはいつものことです。


 鬼谷が駄々をこねることなんて、いつものことです。僕が思ったことを口にして鬼谷に喝を入れているのもいつものこと。


 特に剣道の大会の前とかテストの前とかは、こうやって鬼谷に喝を入れています――っと。


 米印説明、終わり。


そうして僕達は部屋から出た。


今日もまた三部活の練習合宿のせいか、朝からざわざわしているところが多く、部屋から出たり入ったりする生徒が多かった。僕達はその荒れ果てた廊下を縫うように歩く。一言で言えば、バタバタしているだ。


「おはようございます」


「おはよう」


 一年生の部員から声をかけられたので、僕達は挨拶する。確か空手部の部員だったはずだ。僕も昨日何度か見ていた。そしてすぐ彼は去っていく。その繰り返しが何度か続いた。


 僕達も三年生の先輩に会うとすぐに挨拶した。吉衣高校男子寮のしきたり――というか当たり前のことだ。年功序列ルールは、社会に出ても当然あるルールだろう。


 少し歩いてから、また空手部員を見かけた。そのタイミングを待っていたかのように、すかさず鬼谷は言った。


「そういやー薫。俺がさっき言ってたメール見たのか。あれから結局見てなかったけど」


「あ」


 そう言えばだった。鬼谷と話していたせいか、携帯には全然目がいってなかった。あわててメールを見ようとしたが、携帯が部屋にあることに気づく。が、取りに戻ろうとはしなかった。


部活ルールで携帯の使用は、部活中厳禁。持ち込みも禁止。


「別に良いや。他の生徒からの応援メールと見た」


「わかんねえぜ? こんな朝早くにくるメールは急用メールとかってきいたことあるぞ」


「……うーん」


 どうするか。


 そう言えばこの時間にメールがくることなんてほとんどなかったな。初めてと言っていいほど、そんなメールはなかった。


「…………悪い、ちょっと確認してくるから待っててくれるか。もしかしたら親からの緊急メールかもしれない」


「アイアイサー」


 僕はバッグを鬼谷の下に置いて、ひとっ走りメールを見に自分の部屋へと戻った。縫うように廊下を走った。多分机の上にあるはずだ。


 案の定、携帯は僕の机の上にあった。どうやら本当にメールが届いていたらしく、ランプが小さく点滅している。


 さっさと見て出るか。


 そう思って僕は画面を開いた。


全く、誰なんだこんな合宿の最中にメールをしてくる奴は。


 そんなことを冗談交じりに思いながらメールボックスを開く――だからなのかもしれない。


 だから僕は驚いたのかもしれない。


だって今の僕には、御伽話鞘月のことなんてまるっきり抜け忘れていて、合宿のことに専念しようと試みていたのだから。


 御伽話のことなんて、多分警察が調べてくれると思っていた。九竺にも御伽話と再会していたという話はしていたし、きっと九竺が何とかしてくれるだろうと思っていた。


 そんな――はずだった。


「…………え?」


 そのメールに僕は声も出せなかった。


 思わず絶句して――硬直してしまった。


 携帯を落としそうなほど、僕は驚きを隠せなかった。


『from御伽話鞘月』


『題名:空手道場で待ってます』


「………………」


 その後にもまだ本文はあったものの、それを見た瞬間僕は携帯を持ったまますぐに部屋を飛び出した。先輩や後輩を見かけたが、僕はそんなことも気にせず、僕はすぐに玄関のところへと走って行った。


 男子寮を出るため。


 空手道場に向かうため。


 考える暇もなかった。誰かに相談するという考えもなかった。ただ僕はひたすら空手道場へ走った。


 目の前に鬼谷がいた。鬼谷は誰かと――多分剣道部の後輩と話していたようだったが、僕が鬼谷のところへ走ってくるに気づいた。


「ん? 薫、どうしたんだ。そんなに急いで。何かあったのか?」


「悪い鬼谷。ちょっと先に行っててくれるか。緊急の用事ができた」


「何だ、やっぱり俺の言うとおりだったか。……その様子だと五分ぐらいで帰ってきそうにはないな。わかった。監督には俺から伝えておくから、ひとっ走り行ってこい」


「ああ、ありがとう」


 そう言って僕はすぐに駆けだした。鬼谷にはバッグを全部預けたままだったが、きっと上手く持って行ってくれるだろう。


 まずは御伽話に会うことが――先決だ。


 何も考えず僕はすぐに走っていった。


 御伽話がいる空手道場へ。





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