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005


「あれあれ。かー君」


 そんな声がきこえたのは、僕達陸上部と強豪と呼ばれる空手部の練習が終わった後のことだった。


 陸上部部室。


 そこから食堂への道を歩いていた時だった。あたりもそろそろ暗くなり始め、夏の風流ともいえる蛙の合唱がきこえてくる頃だった。


 先ほど僕は、練習は過去の話といっていたが――剣道部員、部活辞めるなよとか、恥ずかしいことを語っていた僕だったが、しかし実際のところ半分は嘘だ。本当に終わった直後なのでどう言葉で表そうか迷っていたのだ。


 つまりは終わり際だった。


 空手道場に集まって空手部と陸上部の合同練習が終わってからの、陸上部独自のミーティングを終えた――その直後だった。剣道部は別なので終わっているのか続けているのか、現段階ではわからないが、しかし陸上部と空手部の合同練習は午後五時過ぎに終わった。


 その後の陸上部というと、少しばかり個別で練習をしたのだ。空手道場を出た僕達陸上部員はその後、一旦陸上部の部室に戻った。


ここで練習するのかなんて、溜息を吐きながら歩く先輩や後輩やそして同輩もいたが、しかしいつも通りの本練習とまではいかず、最終的にクールダウン程度で終わった。空手部との合同練習で疲れた部員が大勢いたので、監督が気を遣ってくれたというわけだ。


 午後七時頃。


 僕以外の陸上部員が先に食堂へ行ってから、およそ三十分後の時刻だった。


 普段なら部室の鍵は一年に閉めさせ、二年と三年は先に戻るのだが、しかし今日は少しばかり部室で用があったので僕が担当した。実際その用事は別にやらなくても良い用事だったわけだが――まあ、やって損はなかった。


 そんなこんなで。


 僕は後ろを振り返った。


「あれ、詩辺……じゃん」


 そんな声と共に僕は振り返った。振り返ると同時に、だ。何だか順序がおかしいと思うかもしれないが、しかし声で既に誰がいるのかはわかってしまったので僕はすぐに返事をした。


 いや別に、僕に声ですく誰か分かるスキルはないのだけれど。


 この女子高生に限って、である。


 JKに限って、だ。


 陸上部の部室からそう離れてない、校門前にいたのは――制服姿に何か刺繍が入った野球帽子を被っている女子高生だった。


夏らしいといえば夏らしい格好だった。夏服に野球帽というのが夏らしさを更に際立たせている。低い身長のことはあえて本人にはいわないが、しかしそれでも何とも帽子を少しずらしているところが今日のオシャレポイントという感じだった。


……うん。ざっと七十八点ってところか。


 野球帽と制服とのマッチは何とも可愛らしい感じだが、しかし手に持っているパニラ味であろうカップアイスで何十点か減点だった。これがソーダ味のアイスバーとかだったら九十点越えは確実だっただろう。


 刺繍の入った野球帽は一体どこから持ってきたのだろうと思ったが、しかし彼女であれば生徒会権力を振りかざして、簡単に用意できるのだろう。吉衣高校三大美女の一人と称されている彼女であれば、何らかの特別手段を使って手に入れたに違いない。


 ……さてさて。


 そんなこんなで僕の友人、詩辺の登場である。


「うん。かー君、おひさー」


 詩辺は手を大きく振って返してきた。


 詩辺槍野。


 僕の親友であり幼馴染だ。


 小学校からの幼馴染で――


「何してんの。こんなところで」


「…………」


 どうやら僕に説明してくれる時間を与えてくれないようだ。


 まあ詩辺のことに関して、僕の中では別に生徒に説明はする必要はない――と言いたいところなのだが。しかしわからない生徒のために少し省略しつつも説明しよう。


 詩辺槍野。


吉衣高校三大美女の一人。


小さなシンデレラ(赤ずきん)。


数学者。


何でもできる女子高生。


合気道部二年責任者。


 そして性格に関しては……ここではあえて読者に伏せておくとしよう。


「一週間ぶりかな、かー君と会うのは。…………そうだね。丁度六日と十二時十四分三十七秒ぶりだね」


「……相変わらずだなお前は」


 僕は詩辺の頭を撫でようと手を伸ばす。が、詩辺は「子供じゃないんだから」といって僕の手を思いっきり振り払う。ぺちんと、まるで僕の手を嫌うかのように、詩辺は僕の手を叩いた。


 ……おいおい。


 本当ならここで、いつも通りの挨拶代わりのコミュニケーションを施そうと思ったのだが。


僕と詩辺とのいつものスキンシップであるはずなのに。どうやら詩辺は自称子供じゃない子供らしい。


「自称子供じゃない子供とかいうな」


 すかさず突っ込む。相変わらずな性格だ。そんな突っ込みに対しても、僕は更にボケを重ねる。


「だって僕がいないと何もできないだろお前。特に英語とか」


「ぶーぶー。できますー。こう見えて私は学校の生徒全員の未来を担っている生徒ですからー。英語なんて得意中の得意ですー」


「嘘つけ。前回のテスト見直せ。鬼谷よりも確か悪かったような気がするぜ」


「ぐっ」


 急に弱みを握られたかのような顔をする詩辺。これ実話だからな。詩辺の英語の点数が赤点ギリギリっていう話とかは、ぶっちゃけるとガチな話だから。


 後ろの方が数えた方が早い方だったから。


 それは生徒会役員としてどうかと思うけど。


「で、でもそれはかー君とかが教えてくれなかったから……」


「いや、僕はちゃんと授業の後でも教えやしたぜ、詩辺さん。……まさか、それでも鬼谷よりも低かったなんて思わなかったけど」


「はっ! かー君が悪い人になってきてる! 何かよくわからないけど、キャラが壊れてきてる!」


「とにかく。僕は数学以外の教科は平均点ギリギリだったってことに、驚きだったな」


「…………ふ、ふん! しょ、しょうがないよ! わ、私だって、い、忙しいんだよ! せ、生徒会の仕事とか、でで!」


「動揺してる!? 何か知らないけど、明らかに動揺してるぞ!?」


 少しいじっただけなのに。


 詩辺がいい奴だから、逆にいじってあげただけなのに。久しぶりの再会に、少しいじってあげようとしただけなのに。


 何だこの動揺っぷりは。


 隠すという技術が彼女にはないのか。


 っていうか生徒会のせいにすんな。


 あの中でだって普通に上位とってる奴いるぞ? 生徒会長とか、上から二番目だし。


「も、もういいよ! かー君がそんな人だったなんて思わなかった! そんな器の小さい男だなんて思わなかった!」


「えー…………」


「さすが馬鹿星ね!」


「僕、そこまで傷つけられるようなことしたか!?」


「したもん! 今私のテストに関して、侮辱した! だからかー君、退学!」


「やけになるなって! え、何? これ僕のせいなの? 僕、詩辺にそんなこと言っただけで退学処分なの!?」


「うん。そして夏休み明けからは英語の授業廃止! そして校内で英語を使ったら停学!」


「自分が英語嫌いだって認めた! っていうか副会長権力すげー!」


 そして校内で英語使わないとか無理だろ。


 しかも英語廃止と大変なことになるからな。いろいろな部分で大変なことになるからな。


だったらむしろ僕の方から退学したいくらいだ。そっちの方が楽な気がする。こんな学校にいるよりも、ちゃんとしたカリキュラムがある学校の方がいい気がする。


「どうぞどうぞ。今から退学手続きしますんで。じゃ、今から事務室いこうか」


「ああ! なんか詩辺との友情がここで一気に崩されたような気がする! 今日まだ五分も会ってないのに、崩されたような気がする!」


「……え? 退学はやだ? じゃあ留年にしとく?」


「余計学校にいづらくなるわ!」


「会長の判子で承諾、と」


「判子押すな!」


 額に判子を押された。


 いや、さすがに朱肉はついてなかったけど。


「じゃあ後はかー君の指紋っと」


「え、何それ?」


「え? 朱肉だけど?」


「マジで僕の指紋を使う気か!?」


「英語にすると、フィンガープリンター」


「何でそんな難しい単語は知ってんだよ!」


「え、一般教養だよ?」


「……なんかすいませんでした!」


 そうだった。なんか知らないけど、そういうマニアックな奴とかは知ってる奴だった! 昔から洋画のドラマとかを見ている奴だった! しかも事件とかの。


 それでなんで英語ができないのかは不明だけど。フィンガープリンターとかの意味を知ってるのに、なんで他の英単語はわからないし。


 謎だ。


 そんでもって改めて。


 詩辺槍野しらべ やりの


 僕の友人の一人である――という言葉では収まりきらない僕の友人である。前も言ったように生徒会役員副会長――吉衣高校三大美女の一人であり、そして合気道部員二年代表であり、そしてクラスメイトだ。


小さなシンデレラ。


実際、僕達の間では小さなシンデレラではなく『赤ずきん』と呼ばれる詩辺だ。そのことは本人には絶対的に秘密で、女子達にも勿論秘密なのだが、しかしというか、僕達男子の観点からは絶対赤ずきんの方が合っていると思う。


合っているというより、似合っている。


髪の毛が少し茶色っぽいというのがまた印象的だ。少しだけ染めた感じがまた西洋の子供っぽさを強調させている。


詩辺はスポーツなら何でも上手く――そして覚えるのが早いという、奇妙な素質を持っている女子高生だ。だからその中の一つである水泳もその一つのせい――というかおかげで、その理由で少しばかり茶色くなっているのだ。水泳部は皆肌が黒くなっているので目立たないが――詩辺は肌が白いので逆に目立つのだ。


さてさて。


幼馴染の話でもするか?


 でもなあ、エピソード何もないんだよなあ。


実際御伽話の回想みたいに、僕と詩辺の関係には僕達をとどろかすような、そんな大きな何かはないのだ。ただ地元の幼稚園から小学校、中学校、そして高校と十二年以上の付き合いで、そして僕と詩辺は剣道と共にやってきた仲なのだ。


いわば剣道仲間。


いや違うか。詩辺は剣道仲間というよりは、剣道のマネージャーというか、むしろ手伝いみたいなのをしていたのだ。


中学校の頃は特にそうだった。僕と小学校まではいろいろな場所に剣道の応援や観戦をしていたんだが、でも中学校に入ってからは詩辺もきっとバスケットボール部とか、剣道から離れるんだろうなあと思っていた。


やっぱり詩辺も一人の人間だから、やりたいこともあるんだよなあとか、そんなことを思いながら小学校を卒業した――のだが。


詩辺は中学校に入ると、すぐに剣道部のマネージャーとして剣道場に押し入ってきた。僕が剣道部に入部してからすぐの事だった。


 詩辺は駆け込むように、剣道場にやってきた。あの大きな剣道場の玄関から、大きな声で彼女は駆け込んできた。


「マネージャーさせて下し! 私を、マネージャーにさせて下し!」


そういって剣道場に入ってきた。


その時僕達剣道部にはマネージャーは一人しかいなかったわけで、二年生や三年生は凄く心強いといって詩辺をすぐに歓迎した。という、話だ。


 結局僕と詩辺は小学校以上に顔を合わせることとなった。まあ詩辺も中学校時代剣道部のマネージャーだけでなく、生徒会役員――しかも会長として活動していたのだから、思い出に残る中学校生活だっただろう。


 僕と詩辺の幼馴染話は、そんな話だ。


 そして話は今に戻る。


「うーん。じゃあ、しょうがない。この退学届の提出は諦めるか。ぽいっと」


「そんな簡単に捨てていいものなのか!?」


「うん。誰かが間違って提出しなければ、まあ大丈夫だよ。停学届もぽいっと。……後何か捨てるものない?」


「ねえよ! しかもちゃんとシュレッダーにかけとけ! この数学バカ!」


「誰が数学バカよ! このガップ!」


「なっ……」


 こいつまで知ってるのか。


 っていうか噂広まりすぎだろ、僕の情報!


 せめて著作権とか、そういうのを守ってくれ!


「こ、この茶髪!」


「茶髪で何が悪い! この馬鹿星!」


「くっ。スポーツ馬鹿!」


「剣道馬鹿!」


「合気道馬鹿!」


「陸上馬鹿!」


「生徒会馬鹿!」


「現代文ができない馬鹿!」


「英語ができない馬鹿!」


「……ふ、副会長馬鹿!」


「中学校の頃は馬鹿!」


「うわっ……」


 痛いところを突いてこられた――いや、ここまで詩辺との口論になってしまった僕も悪いんだけど。


詩辺にとってそれは、それが最後だな。もう残ってるカードはあるまい。これ以上僕にいえる言葉は一つもないはずだ。


ふっふっふ。


ならばこっちの番だ。


 ……ふふっ。僕の最終奥義を受けてみろ!


「このチビ!」


「チビっていうな! 全国のチビに謝れ!」


「…………」


 うわー。


 普通に返された。


 全国を敵にまわされたら、さすがの僕も何もいい返せない。これはある意味脅しにもきこえる。


僕だって、そこまで悪意があっていったわけじゃないんだけどなあ――いや、詩辺に反抗するためにいっただけだよ?


詩辺はそういうところ、弱いよなあ。


いや人の身体的特徴をいった僕も悪いんだけど――悪いかもしれないけど。


「ホント。かー君って私だけに対しては厳しいよね。中学校の頃はあんなに優しかったのになー」


「いや僕の場合、詩辺に対しては愛情表現で接してるんだぜ? 悪意なんて全くないんだぜ? むしろ愛情表現100パーセントなんだぜ?」


「それは何というか……気持ち悪いね」


「気持ち悪いっていうなよ! 愛情表現が気持ち悪いってどういう奴だ!」


「いや私がいってるのは、愛情表現が気持ち悪いんじゃなくて、かー君のストーカーみたいな言い方が気持ち悪いの」


「ぬはっ!」


 傷ついた。


 何だか普通に傷ついた。


 いや前までこんなやり取りしてたのに、なんだこの傷つく詩辺の言葉。ストーカーだって? そんな馬鹿な。


 かれこれ十年間ぐらい詩辺と僕は付き合ってきたはずなのに、どうしてこんなことに。


 ああ、何だか疲れてきた。


 疲練習が終わったからとか、そういう意味ではなく、何だか疲れてきた。


「っていうかかー君。これ以上ストーカーみたいな発言を私にすると、生徒会の目安箱に『琴星薫のストーカー行為がうざったい』って書いて入れちゃうよ?」


「ぬっ」


 それはいかん。


 そんな情報が世に渡ると、僕の地位が一瞬にして崩れてしまうに違いない。今までクラス内で築き上げてきた僕の地位が一瞬で消える。


「え? かー君に地位とか名誉とかあったの? こんな変態行為をしているかー君に? そんな…………嘘でしょ」


「その驚きはなんだ! 僕にだって地位はあるよ!」


「…………あー。あったね」


「だろ?」


「はっ君を顎でこき使うところとか」


「そんなことした覚えはねえよ!」


 いやあったかもしれないけど。


 ちなみに、はっ君は鬼谷のことだ。


 念のためというか、詩辺の使うあだ名だ。人の名前の頭文字だけで判断するのは、僕としてはいただけない感じがするが――わかりづらい感じがするが、まあ詩辺自身が「私がわかればいーの!」といっているので、何もいい返せない。


「あと噂じゃあ、とある後輩達に凄く可愛がられてるとか」


「くっ……そ、それは」


「BLと百合の双子に慕われてるって……かー君って変だよね」


「変とかいうな。あいつらに対しては、距離をとった上で関係を保ってんだよ。僕だってそこまであいつらと関わりたいとは、思わねえよ」


「そういうところが、かー君変わってるよね」


「変わってるか?」


 どういうことだよ。


っていうか別にいいじゃねえか。あいつらと関わって、別に害はないわけだし。


 詩辺だって話してんじゃん。


「まあね。かー君はいろいろな部分で変わってると思うよ。まあ私自身も変わってないとはいえないけどさ」


「この学校に変わって無い奴なんていないだろ。ほとんどが全国で名を馳せてる奴ばっかりだし」


「あはは。そうだね。かー君もその一人だもんね」


「お前もそうだろ。数学選手権で」


「まあね。でもかー君の方がずっと有名だと私は思うよ。やっぱりスポーツでの方が全国でも取り上げられるんだから」


「まあ。そうかもしれないな」


 オリンピックとかそういうのでもスポーツは人気だし――いやあれはスポーツだけだったか? よく覚えてない。


 陸上しか興味ないからなあ、オリンピック。


 フィギュアとか、それ以外の種目はあんまり見ないし。僕達吉衣高校の生徒は、部活で忙しいからなあ。


「うー…………はっ!」


「ん?」


 何か思いついたかのように――思いだしたかのように、詩辺は僕に驚いた顔をした。珍しい顔だった。


 急に驚いた顔をして、一体どうしたんだ。


「どうした詩辺?」


「いや、今なんか忘れてたような気がしてさ……なんだったかなー。思いだしたような気がするんだよなー。なんだったかなー」


「そんな突然思いだすようなものなのか?」


「うーむ…………あ、そうだ思いだした。かー君となんでこんなところで喋ってんだろって、思いだしたんだった」


「いや、それはばったりあったからじゃあ……」


「違う違う。正しくはなんでかー君がこんなところにいるんだろう、だった。昨日から合宿のはずでしょ。陸上部は確か今の時間、布団敷きの時間でしょ」


「いや、それは一年の仕事だから僕達二年と三年は関係ないんだよ」


 っていうか今思いだすことかよ。


 さすが情報通の副会長である。いやもしかすれば、友達以上の関係である僕が所属している部活だから知っているのだろう。


 ストーカーと思われてしまうかもしれないが、詩辺は副会長だからこそというか、その他沢山の――情報網を持っているのだ。詩辺はそこら辺の生徒とは違って広く、そして誰に対しても公平に接するお人好しなのだ。


 お人好し。


 もっとわかりやすくいえば助っ人なのだ。


「大体、夏の終わりから部の最上級生になる僕がこんなところで油を売ってるわけないだろ」


 いや今売ってるんだけどな。今こんなところで油みたいなものをばらまいてるんだけどな。下手すれば引火するほどにぶちまいてるんだけどな――とまでは思わなかったが。


 まあ僕も僕で、詩辺と楽しく話してるからいいんだけど。


「ふーん。ま、私も油売ってる暇はないんだけどね。かー君も暇そうじゃなさそうだし」


 どう見ても暇そうに見えるのは――僕だけか。いや詩辺にとっては今、少しばかりの休憩みたいなものか。生徒会の役員って結構大変だときいてるかなあ。


「詩辺こそこんなところで何してんだ? 合気道部は確か、えーと……」


 そういったものの、僕の方は合気道部の事なんて知ってるはずがなかった。詩辺は僕の言葉を――何も続くことない言葉を遮って言う。


「合気道部は、ってかー君合気道部はもう終わったんだよ。知らなかった? 一昨日辺りに帰ってきたでしょ。男子七位、女子準優勝。創立以来のアベック準優勝には届かなかったけど、でも来年は絶対にそれよりももっと凄いアベック優勝を狙うんだ」


「アベック優勝か」


「うん。いつか必ずあの強豪校、狩先かりさき学園を倒すんだ」


「ああ、頑張れよ」


「うん」


 えへへ、と。


 詩辺は相変わらずの笑顔を僕に浮かべた。


中学校の頃から変わらない笑顔だった。詩辺が僕と同じ高校に行くと言い出した時は――二百キロも離れた私立高校に入ると言い出した時はびっくりしたが、しかし合気道部二年代表、そして生徒会副会長という役割を担っている今現在だから、これでよかったのだろう。


 でも、と。


 詩辺は突然言う。


「でも私の場合は本部活動の大会が終わっても、まだピンチヒッター、ピンチスイマーがまだ残ってるから、終わりじゃないけどね」


 今日はそのピンチランナーのために準備をするために買い物から帰ってきたんだー、と詩辺がアイスとは逆の手に持っていた大きな袋を見せていった。


 大きな袋。


 いろいろと大会に必要そうな、スポーツドリンク等を片手にそういった。


 ふーん。


 つまり推測するに、詩辺は今、買い物から帰ってきたということか。


「……お前、そんなことばっかりして大丈夫なのか? 無理してないだろうな」


 僕は詩辺の体をいたわっていった。詩辺の話では今年の春からそんな助っ人みたいなことを続けているそうだった。


誰かが困っている時は、いつだって詩辺は手を差し伸べる。それを中学校の頃にそんな善者のような行動について僕は人からきいて知っていたが、しかし高校にきても――この高校にきてもこんなことをしていたのを知ったのは今年の春からだった。


だから。


だから僕は心配なのだ。毎日部活動に駆り出されて本当に体が痛くなったり壊れなくなったりしないのだろうか、と。


 そんな僕の言葉を返すように――僕の思いを簡単に返すように、詩辺は「大丈夫だよ」と軽い声でいった。


「こう見えて私は休む時にちゃんと休んでるよ。毎日毎日駆り出されてばっかりってわけじゃないからさ。私はこれでも一応ピンチ担当だからねー。私が使われることほとんどはないんだよ」


「……そうか」


「強いていうならマネージャーぐらいだよ。私はこう見えて行動力は人よりも長けてるし、なんたって私はかー君を心配させんないようには、一応努力はしてるんだからね」


「……そっか」


 納得した。


 さすが副会長――いや、僕の幼馴染である。その行動力といい精神力といい優しさといい、その全てが小さい頃から何も変わっていない。


 変わっていない。


 僕は詩辺と幼稚園の頃から一緒で――小学校中学校と共にしてきたのだが、その性格は全く変わっていない。


僕にとっての一番の理解者であり、皆に対しても一番であり続ける理解者。部活動に駆り出されるというよりは、もしかすれば詩辺自身が自分から駆り出て、生徒全員と関わりを持っていたいと思うのかもしれない。いやそうなのか。


そこがお人好しなのだ。


 全く真似できないものだ。僕だけでなくこの高校の誰にも真似できない、神業だろう。昔から――僕と詩辺が中学校になった時からそんな詩辺に対して驚かされてきたが、ここでもまさかその力を発揮するとは思わなかった。


 まあ詩辺の心配なら皆がしてくれるから、きっと大丈夫なのだろう。あんまり無茶しないように、皆が見ているはずだ。


「ところでさ」


 現実に引き戻され、詩辺は言う。


「ところで、じゃあかー君は一体全体こんなところで何をしてるの? 油を売ってるとか売ってないとかいってたけど、じゃあ何でこんなところにいるの?」


「あ。そうだった」


 うっかり詩辺と話し過ぎてしまった。久しぶりに再会して話したせいか、僕はうっかりしてしまった。


あんまり長く話していると、食堂での夕食の時間が終わってしまう。そろそろ帰らないとまずい頃だった。詩辺に感謝しないと。


「ちょっと陸上部で片付けをしていたところなんだよ。ほら、来週から三年生がいなくなると二年生だけでいろいろと回さなきゃいけないだろ? だからその準備みたいなことをしていたんだよ」


「あー、そゆこと」


 詩辺はそういった。どうやら納得してくれたようだ。


「そんなの皆とやればいいのに。しかも校則としては三年生が引退するのは今月末なんだから、まだまだ時間あるでしょ」


「まあそうなんだけど。でも片付ける物を先に片付けておいた方が良いだろ。大会と合宿の間が短かったわけだし」


「……あーなるほど。陸上部にもいろいろ事情があるんだね。なっとくなっとく」


「そういうことだ」


 そんな時だった。


 携帯の着信音が耳に響いた。


 急にきき慣れない着信音がきこえた。


僕のでは――勿論なかった。僕の携帯は寮に置いてあるはずだから、僕のではないはずだ。


「はい。もしもし、詩辺です」


 詩辺は「ごめん」と僕に手で素振りし、背を向けた。僕は一歩二歩か詩辺から離れる。大事な話であるかそうではないかは別として、これは一般的な行為である。


 割り込むこともせず、僕は詩辺の相槌だけを横目に眺める。話し言葉から察するに、どうやら目上の人ではないらしい。同級生か後輩だろうか。そんなことを思いながら、僕はしばらく詩辺の様子をうかがう。


「うん……そんな感じで。そうだよ……わかった。じゃあ私から伝えておくから。…………うん、わかった。それじゃあ。そういう手筈で」


 そういって詩辺は電話を切った。


 赤色の携帯を彼女は切った。今では古い、折りたたみ式の携帯だった。


 …………ん? あれ?


「お前、自分の携帯は?」


 いつもは白の携帯――いやスマートフォンを使っていたはずだった。しかし今の彼女の手には全く違う形状をした――見覚えのない携帯電話が持たれていた。


 詩辺があーこれねと説明する。


「かー君が大会に行ってる間に水にドボンしちゃってさ。それで今のは携帯屋に預けてんだ。カードには音楽とか入ってたけど今修復中。皆の電話のデータとかもなくなっちゃったから、ちょっと使いにくいよ」


「はー、お前も大変だな。じゃあ、僕の番号もその中に入ってないのか。入れとくか?」


「うんお願い。多分、もうちょっとしたら電話帳も復元してるから、それまでの辛抱ってことで」


 そういって僕と詩辺は改めてアドレスを交換した。誰かとアドレスを交換するのは数カ月ぶりのことだろうか。一年生と交換したのを最後だったか。寮に暮らす生徒のほとんどは去年の始めに交換したので、今交換する生徒はほとんどいないのだ。


「ありがとうかー君。じゃあ私そろそろ行くね。また生徒会の仕事入っちゃったから」


 どうやらさっきの電話はまた生徒会への依頼の件らしい。夏休みでもよく頑張る少女――女子高生だ。


「本当に無理すんなよ。合宿終わったら僕もちゃんと手伝ってやるから」


「わかってるって。かー君には絶対に心配させない程度に頑張るさ。んじゃ、そろそろ行くわ」


「何だもう行っちまうのか。僕としちゃあもうちょっと話したかったな」


 冗談でそういってみただけだった。僕もそろそろ行かなきゃいけなかったんだけどな。


「うん。私も本当はもうちっと話したかったんだけどね。でもそろそろ寮に戻って明日の大会に向けて準備しなきゃ。数学選手権の準備」


「お。お前の得意科目じゃん」


「うん。だから明日が楽しみなんだ。数学は得意中の得意だからね。んじゃかー君、合宿頑張ってね。応援してるから」


「おう。ありがとう」


「うん!」


 そういって僕と詩辺は別れた。本当のところ、詩辺と一つ相談したことがあったが――まあ、それは合宿が終わった後でも大丈夫だろう。


 とりあえず詩辺の言葉を大事にして、頑張るか。


 詩辺が帰ってきたら何か買ってきてやろうとか――何がいいかなとか、そんなこと不意に思っていた時だった。


「うおっとっと。そうそう、かー君にいい忘れてたことがあった。……かー君! ちょっと待って!」


 詩辺に引き留められたのに気づいて、僕はすぐに足を止めた。別にそこまで距離は離れておらず、詩辺はすぐに帰ってきた。


「どうした急に?」


「忘れてた忘れてた。そうだよ何やってんのこの詩辺槍野は。かー君にこれを渡さないで何やってんの私は。ちょ、ちょっと待ってかー君。えーと……」


 そういって詩辺は自分の制服のポケットをまさぐり始めた。どうやら僕に渡したい物があるらしい。


「はいこれ」


 彼女が取り出したのは、一つのお守りだった。赤い色をしたお守りで、それは情熱を感じさせるようなものだった。


 表面には、読めない漢字が縫われてあった。あまり読書をしていないせいか、読めなかった。『必勝』や『交通安全』とか、そういうのではなく、難しい感じが三文字並んでいた。


「これは?」


「あげる、というか持ってて。そのお守りは合気道部の全国大会に行った時に、近くの神社で売ってた奴でさ。話によるとそれを一年持ってるとそのお守りに神様が宿って、どんな願いも叶えてくれるらしいんだってさ」


「へえ……。良いのか。そんな凄い物貰っちゃって」


「良いの良いの。かー君にはいつもお世話になってるからね。いうなれば恩返しって奴だよ。やっぱり一年後ってなると最後の大会があるから、それも考えてね」


「ありがとう。大事にするよ」


「うん。じゃあ合宿頑張ってね。終わったら図書館に一緒に行こうよ。約束だよ?」


「ああ」


 そんな感じで僕と詩辺は改めて別れた。本当の別れだった。今度は足を止めることなく歩いて行ってしまった。僕はそれを見届けて、夕食の支度がされている食堂へと向かう。


 決めた。今度詩辺に大きなアイスでも買ってきてやるか。あのパーティーサイズの奴を買って、皆でわけて食べてもらおう。そんなことを思いながら食堂へ静かに入った。


食堂では鬼谷が率いると言っても過言ではない剣道部が、鬼谷中心に馬鹿話を繰り広げていた。


 その近くにも空手部や陸上部が数十名おり、何やら皆が皆、鬼谷の話を笑いながらきいていた。


 おいおい。


僕は忍び足で入り夕食を始めながら鬼谷の馬鹿話を楽しくきき始める。


 今起きている現象を見て、鬼谷の力は恐ろしいと改めてしった僕だった。きっと後に『鬼現象』とでも呼ばれるのだろう。


 そんなことを思いながら一日目終了。


 さて合宿も二日目だ。



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