表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/24

023


今から半年前の話。


 私はある人を亡くしました。


 ある人と言うのは私のとある友人で、そう、かけがえのない友人でした。私と空手という競技で何度も戦い合ってました。


 八年、私はその友人と力を高め合い、そして友情以上の友情を高め合っていました。その友人から――彼女から教わることが多くありました。彼女は私よりもずば抜けている面がありました。


 高校に入ってからは、その彼女とはほとんど会うことはできませんでした。私自身が遠くに行ってしまったせいか、会える時は夏休みか冬休みに帰省した時ぐらいでした。


 彼女は私が見ない内に強くなっていました。半年に一度、たまに二度もありましたが、彼女は私を越えるような勢いで少しずつですが、強くなっていました。


 私が弱くなっているんじゃないかってくらいに。そういう錯覚もするほどでした。


 そんな彼女を。


私は半年前に亡くしました。


私がその友人と最後に会ったのは、去年の冬。丁度今とは正反対の時期でした。空手部が落ち着き、帰省して会ったのが最後でした。


彼女はいつも通り、昔と変わらない彼女でした。人柄も変わらず、彼女から稽古をお願いする癖は相変わらずでした。


そんなことをして、私達空手部の帰省を終えた時でした。



春休みに、彼女が亡くなったのは。



最初は何かの嘘だと思いました。一足早いエイプリールフールなんていう悪い冗談だと思いました。彼女と同じ道場の人達が吐いた嘘だと。


そう思っていました。


しかしそれは違いました。


彼女は、本当に亡くなっていたのです。


道場が終わった帰りに交通事故に遭って。車の正面衝突の事故に遭って。


運転していた彼女の父親と共に、亡くなったそうです。


その知らせをきいた時、私はすぐに帰省しようと思いました。誰だってそうするでしょう。だから私は監督に相談しました――説明して行かせてもらおうと思いました、ですが。


その時に行けることは――帰るという希望は叶うことはありませんでした。


……どうしてでしょう。


どうして彼女に会えなかったのでしょう。


私が生徒会という役割を任されたから?


その時期が空手部にとって大事な週間だったから? 


もう少しで全国大会の予選、地区大会や県大会が始まるから?


それとも――


私が必死でお願いしなかったから?


だから、どうしてなんでしょう。


私の願いはどうしてきき入れてもらえなかったのでしょう。その理由が私にはわかりません。


彼女に会いたいという気持ちは、本当だったのに。


彼女と一目だけでも会いたいと思う気持ちは、本当だったのに。


「だから、だから私は神様に願ったんです」


 彼女にちゃんとした別れを告げれますようにと。


 今までありがとうと。


 しっかりと彼女のいる――眠っている目の前で――彼女の目の前で、私は彼女に私の思いを伝えたかった。


 夏までなんか待ってなんかいられなかった。飛び出したいほどに、その思いはあふれ出そうでした。


 いっそ彼女の元へ行ってしまおうかという思いも、よぎらなくはなかった。そんなことを思ったことだってあった。


 そうすれば彼女に会える、と。


 そんな、そんなことを思っていた時でした。


 


私の目の前に神様が現れたのは。



黒服を身にまとった、一人の少年が私の目の前に現れたのは、そんな時でした。


私が彼女に会いたいと願った、時でした。


その人は狐影と言いました。


狐影。


キツネのカゲと書いて狐影。そう名乗りました。


その人は私の目の前に現れ、私の願いを叶えてくれると言いました。


彼女に会いたいという願いを――更に本人に会わせてくれると、そう言いました。


最初は何かの冗談だと思いました。何かの宗教団体の一人だとか、そういう気持ちを読む占い師だとか、そう思いました。


童顔の詐欺師とか、そうも最初は思ってました。


でも、彼は違った。何もかもが間違ってた。


彼は本物の神様だった。


彼は私が冗談で言った願いをすぐに叶えてくれた。勉強ができますようにとか、対人関係がよくなりますようにとか、そんな願いを狐影さんにした。


彼はすぐに願いを叶えた。そのおかげで勉強もできるようになったし、人との関わりも飛躍的に伸びた。


そんな願い。


そんな願い、しちゃいけないってわかってたのに。


 死者と――小枝と会いたいなんて願い。


 しちゃいけないって、知っていたのに。


「その願い、夏までに願いを叶えてやる。だから少しだけ待っとけ」


 それだけ言って狐影さんは去った。最初は戸惑ったけど、それだけで私の心は満たされた。


 夏になれば私の願いが叶う。彼女に会える。そう思った――そう思わされた。


だってそうでしょう?


 ずっと私はそれを望んで生きてきたようなものだから。ものだったから。それを願ってここまで空手を続けてこれたんだから。


 狐影さんがいなかったら、きっと空手を辞めて、この学校からいなくなってたと思う。


 小枝と会えるなんてことを言われてなかったら、何もかもを失っていたと思う。


 人との関係も空手のコンディションも崩すことなく、ここまでこれたのは、だから狐影さんのおかげだった。


 でも。


 それが、それがこんなことになるなんて。


 私は知らなかった。



「ごめんなさい」



 御伽話は僕達に頭を下げた。


 屋内球場で正座になって、手を床につけて、深く頭を下げて謝った。深々と、申し訳なく、御伽話は頭を床につけて謝った。


「ごめんなさい……私のせいで……本当にごめんなさい」


 御伽話は涙声で言った。必死に僕達に謝っていた。何度も何度も、彼女は謝り続けていた。


「こんなことをして、本当にごめんなさい。私にはもう……誰にも顔を合わせることもできない。空手を続けることも、できない。小枝に顔を向けられない」


「御伽話……」


 僕はそんな御伽話を止めようとしなかった。いや止められなかった。彼女が僕達に必死に謝っているのを、僕達はただ見ているだけだった。


 許してもらうために。


 これまでのことを許してもらうために、御伽話は謝っているのだろうか。影のことや狐影のことや、学校を巻き込んだことや、そして僕や詩辺や毬虫を巻き込んだこと、全部を全部、許してもらおうと謝っているのだろうか。


 僕の前で――僕達の目の前で。


 御伽話が謝っていると言うことは、そういうことなのだろうか。


 つまり。


僕は今まで御伽話に騙されてたってことなのか。


 御伽話に全部、騙されていたのか。


 影のことや、狐影のこと、今までのこと全部を、僕は――僕達は騙されていたのか。今まで信じてきた御伽話に、助けてもらっていた御伽話に、僕達は騙されていたのか。


 この学校にいる生徒まで、騙していたってことなのか。全員を全員騙していたってことなのか。


 いや。


違うか。


 騙したのではなく、単純に御伽話は何も知らなかっただけなのか。


 彼女は――彼女でさえも騙されていた。死神という神様に騙されていた。何も知らずに――狐影のことを何も知らずに、御伽話鞘月は騙されていた。


 狐影にすがって、助けを求めた。


 影を奪われていないのは、きっとこの学校のことを教えたからだろう。


狐影は強い人間が集まる場所を探した。探していた。だから御伽話はこの学校を教えた。


 それだけでも、代償は十分だっただろう。死神に対しての代償は十分だろう。御伽話自身の影の代償以上の価値はあっただろう。


 でも、まさか。


 御伽話にもそんな過去が――思いがあったなんて。予想も想像もしてなかった。


過去に友人を失ったなんて、きいたことがなかった。


 そんなの。


 そんなのまるで、僕と一緒じゃないか。


 僕の過去と、まるっきり同じじゃないか。


 そんな……そんな――


「違うね、琴星」


 毬虫は僕の思いを否定するように呟いた。


「こいつは昔の君とは違う。琴星、冷静になって単純に考えてみな。こいつは自分が満足すれば、周りの人間を巻き込んでもいいと思ってる奴だ。同じ人間の気持ちなんか察しない、ただの偽善者だ。こいつは自分の願いを叶えるために、他人を犠牲した」


「…………」


「大体、こいつは君が狐影と戦ってるのにどうしてこなかったんだい? 君がひどい状態になっているのにも関わらず、助けにこなかったのは、友達であるはずの君なんかどうでもいいと思っていたからじゃないのかい?」


「………………」


 毬虫の言葉に僕は何も言い返すことができなかった。言い返せる言葉がなかった。毬虫の意見にも――疑問にも一理あったからだ。僕は思わず御伽話を見て――逸らした。


 彼女はただ「ごめんなさい」と言って頭を下げたままだった。いつの間にか頭を床に擦りつけていた。


それを見かねたのか。詩辺が思わず御伽話を止めたのを、僕は声で感じていた。


「ごめん……琴星君。……ごめん」


 御伽話は腫らした目を僕に向けていた。今まで見たことがなかった顔だった。その顔は今まで見たことがなかった。


 彼女は泣いていた。泣きじゃくっていた。御伽話は僕や詩辺を見るのを止めて、その場で頭を下げた。


「本当にごめんなさい」


 僕は、どうしたらいいんだろう。どうすればいいんだろう。


 御伽話鞘月と言う一人の女子高生に騙され、僕は彼女のせいで深い傷を負った。そんな僕は、どう決断すべきなのだろう。


 許すべきなのか、あるいは許さないべきなのか。


「駄目だよ、琴星」


 毬虫は唐突に言う。


「悩んでる暇なんてない。こいつは人間じゃ背負いきれないほどの罪を犯した。人間じゃ考えられないほどの外道な手段を選んだ。人間という同種族を犠牲に、自分の願いを叶えようとした。……まあ、結局願いは叶えられなかったわけだけど、それでも……言わせてもらえば、ウチに一発、こいつを殴るぐらいの権限はあるよね?」


「…………は?」


 毬虫はそう言って、御伽話の方に歩み始めた。


御伽話の下げた頭を殴ろうと、近づいた。


「お、おい」


急な言動に僕は焦った。急な行動に驚いたが、何とかして止めようとする。


 何かの冗談だと思ったが、毬虫はすぐに止まったと思うと僕を睨んだ――いや、睨んだのではない。


 冷静な顔を保って、毬虫は言った。


「駄目? こいつを殴っちゃ駄目? それはどういうこと? ……いいじゃん。神様の力で傷なんか治せば。そうすれば何度殴ったって誰にもわからないよ」


 そう言って、毬虫はすぐに歩きだした。急に歩きだした。まずい。


 毬虫が怒っている。そう思った。


激怒というくらいに彼女は怒っている。さっきとは正反対と言っていいほどの感情に、彼女はなっている。


 さっきまで僕の傷を癒してくれたのに。多くの傷を治してくれたのに、彼女は冷静ながらも感情的任せて動き出そうとしている。


「ま、待ってくれ毬虫」


 僕は感情に任せて動こうとする毬虫を、止めようとする。が、彼女なら何をするかわからない今、言葉で止めるしか方法はなかった。


「待たないよ。こいつを何度も殴って目を覚まさせない限り、本当に許しをこわない限り、ウチは何度も殴らせてもらうよ」


「ま、待て。少しだけで良い。待ってくれ。ぼ、僕と御伽話に話させる時間をくれ」


「待てないね。今は感情に任せて動きたくて仕方ないんだよ。もしも狐影がこいつから情報をききださなかったら、捕まえるのにここまで手間なんかかからなかった。君が傷を負う必要なんかなかった。関係ない人達まで巻き込むことなんかなかった。…………ウチがこんな気持ちになんかならなかった」


「毬虫……」


 そうだ。


 毬虫が今持っているのは怒りだけではないのだ。彼女が今覚えているのは、怒りだけではない。一つの悲しみだって、覚えてる。


 狐影をこんな形で捕まえてしまったという悲しみを。弟に伝えきれなかった思いを。


 そして多くの人達を巻き込んでしまったという悲しみを。そして僕を傷つけてしまったという悲しみを。


 彼女はその思いも一緒に、御伽話にぶつけようとしているのだ。


 でも――だけど。


「でも、お願いだ毬虫。……待ってくれ」


 僕は動きだして彼女の動きを止めた。彼女の動きを僕は行動に移して、止めた。


 毬虫の腕をつかんで。


 腕をつかんで、毬虫を止めた。


「毬虫、僕の話をきいてくれ」


「…………」


「少しだけ御伽話と話す時間をくれ。少しだけでいい。僕達二人に時間をくれ」


「……それで何かが解決するの?」


 その問いに。


 僕はすぐに肯定はできなかった。


「…………わからない。でも人間にしか解決できないものが、僕達にはあるんだ」


 だから――お願いだ。


 僕達に、心を整理する時間をくれ。勝手に一人で進ませないでくれ。神様だからって、何でもかんでも進まないでくれ。


 僕達人間は毬虫とは違うんだ。全てを知ることなんてできないし、これから何が起きるかなんてことは知ることはできない。未来を知ることなんて、人間にはできない。


 だから時間、ほしい。


 御伽話鞘月と話して、しっかりと話す時間がほしい。これは僕のためでも――僕達のためでもあるんだ。


 だから、少しだけ待ってくれ。


「…………わかったよ琴星。悪かった」


 毬虫はそう言ってくれた。冷静になってくれたようだった。僕は毬虫の腕を放した。


 毬虫はそのから動かないのを確認すると、僕は御伽話の方に行く。ちゃんと話せるように、しっかりと話せるように、僕は御伽話の方に行った。


 御伽話はうつむいて泣いていた。詩辺に肩をさすってもらいながら、御伽話は立ちながら泣いていた。


 詩辺が御伽話を慰めていた。「鞘ちゃんだけのせいじゃない」と必死に言っているが、それでも御伽話は泣いているのを止めていなかった。


 僕はそんな様子の御伽話でありながらも、御伽話に言った。


「御伽話。……僕の話をきいてくれ」


 僕がそう言っても、御伽話が僕の方を向いてくれなかった。いや向けなかったのか。そんな言葉で、彼女の気持ちが変わらないだろう。


 それでもよかった。


 僕の言葉が御伽話に伝わればよかった。


 御伽話に僕の声がきこえればよかった。


 だから僕は言う。


 僕は声に出して、御伽話に自分の思いを伝える。


 僕は静かに床に膝をつけた。



「悪かった。お前の思いに気づいてやれなくて」


 


 僕は御伽話に頭を下げた。


膝を床につけて、僕は頭を思いっきり下げた。床に頭を押しつけた。


 ごめんなさいと、悪かったと。


 僕は御伽話に向けて土下座した。


「こ、琴星……君?」


 その時の御伽話の表情がどんなだったのかを僕は知らない。きっとびっくりしているんだと思う。詩辺も毬虫も、そんな顔をしているだろう。


 僕は頭を下げたまま言う。


「悪かった。お前の心に気づいてやれなくて。もっと僕がお前のことを知っていれば、こんなことにはならなかった」


「…………」


「怖かったんだろ。苦しかったんだろ。……誰かに助けを求めたかったんだろ。それを僕は気づいてやれなかった。気づくことができなかった」


「そんな、そんな。琴星君だけのせいじゃ――」


「わかってる。僕だけのせいじゃない。……僕達のせいだ」


「…………」


「辛い思いをずっと抱えこんでいたお前を、友達として気づいてやれなかった。お前が隠し続けてきた思いを、僕達は気づいてやれなかった。……だから、悪かった」


「こと、ほし君……」


 御伽話は黙ってしまった。僕も言葉が見つからなかった。すると、少ししてから詩辺が「そうだよ」と言った。言ってくれた。


「鞘ちゃんが悪いんじゃない。全部抱え込んでいた鞘ちゃんが悪いんじゃない。私達にだって責任はある。……かー君は何も言わないけど、かー君も昔はそういう人間だったから、だからかー君にも私にも鞘ちゃんの気持ちはわかる」


「……槍野」


「でも、せめて相談ぐらいはしてほしかったな。ちょっとでも良いから私達に思いを吐き出してほしかったな。……それだけが鞘ちゃんの悪いことかな」


 えへへ、と。


 詩辺は笑った。いつもの笑顔で御伽話に笑った。無邪気で偽りのない笑顔だと言うことは、僕にも御伽話も知っているだろう。


「……ごめん」


 御伽話は、涙声で言った。


「ごめん、ごめんね……皆。私の自分勝手な思いで皆を巻き込んで、本当にごめんね……」


 御伽話はその場に崩れ落ちた。詩辺はそんな御伽話に対して優しく応じる。肩をさすったりして、御伽話に涙を出させた。


 もう思い悩む必要はないと。


 もう自分で背負うことはないと。


 一人で抱え込む必要はないと。


 詩辺はそう言った。


 それが数十分続いた。僕も詩辺も御伽話の涙が枯れるまで付き合った。時には冗談話を挟んだり、部活のエピソードをしたりして、三人で話した。


 これで全部が終わったと僕は思った。


 狐影と御伽話が起こした話が、これで本当に終わったと僕は思った。全部が終わった気がした。


 拍子抜けと言うか、驚くこともないと僕は思った。


 そう思っていた。


「さて。これからどうしようか」


 僕達三人がまだまだ話し足りないことを沢山話していた時だった。時間がいくらあっても足りないと言うくらいに、まだまだ話していたいと思っていた時だった。


 そんな時だった。


 一人の神様が言ったのは。


「これからどうしようか。お嬢ちゃん」


 毬虫は急に。


 急に言った。


「急で申し訳ないんだけど、これから君には神の裁きを受けなきゃいけない。人間では受けきれない罪を犯した君は、神から裁きを受けなきゃいけない。いわば天罰だね」


「な――お、お前」


 僕は毬虫の言葉にすぐに反応した。


「だってそうだろ? このお嬢ちゃんは罪を犯した。背負いきれない罪をこいつは犯した。…………人間相手にやっちゃいけないことをした」


「――それは」


 それは、僕を傷つけたことを言っているのか。だったらそんな罪、僕が許してやるよ。


 情状酌量でも何でも、求めてやるよ!


「そっちじゃないんだな琴星。ウチが言っているのはそっちじゃない。ウチが言っているのは、知らない内に影を奪われた人達の方だよ」


「――――! それは狐影がやったことだ! 御伽話には関係ない!」


 狐影がやっただけで、御伽話は何も手を貸していない! 何もやってない! 他の生徒の影を奪ったのは、狐影が勝手にやったことだ!


「本当にそうかな。本当にこいつは関係ないと言い切れるのかな。だってこいつは狐影にここの情報を教えた張本人だよ? 直接的には言ってないにしても、間接的『影を奪ってもいいよ』って言ってるようなもんじゃん」


「だ、だからって!」


「だからって何? 直接手を下してなきゃいいの? 何してもいいの? ……人を困らせたり、殺めたりしてもいいの?」


「…………それは」


 それは――


 僕は何も言い返せなかった。


 毬虫は続けた。


「じゃあ別の視点で言おうか。もしもウチらが君を助けなかったらどうなってたと思う? 一分でも二分でも遅れてたらどうなってたと思う? …………犬死だよ。それこそ」


「…………」


「本音を言っちゃえば、このままこのお嬢ちゃんを野放しにしちゃいけないってことだよ。こんな思いを背負ったまま世に放ったら、また神様に願っちゃうってことだよ。……それじゃあ何も変わらないって、君ならわかるよね?」


「………………ああ」


 毬虫の言ってる意味がようやくわかった。何が言いたいのか、ようやくわかった。


 御伽話がこんな経験をしたまま生きていけば、またいつ道を外すかわからないってことだ。


 話が上手く行きすぎてしまった今回――御伽話の要望通りに進みすぎてしまった今回のことを御伽話が知ったままになれば、御伽話はまた悪い神様に操られてしまう。


 操られて、騙されてしまう。


 だから毬虫はそれを避けたいのだ。


 そうやって、神様にでさえしたくないことを。死者と話したいという要望をこのまま願い続けることを。それを避けたいのだ。


 また騙されてしまうから。


 また人間ではない別の者に、御伽話が頼ってしまうから。


 それは避けたいと、毬虫は思っているのだろう。


「だからね琴星。ウチはこいつを――このお嬢ちゃんをこのままにしちゃいけないって思うんだ。だから――神様の仕事をしようと、思うんだ」


「…………やるのか」


「うん。上手くいくかわからないけどね。でもやってみなきゃ、わからない」


 そう言って毬虫は静かに御伽話に歩み寄る。さっきのような覇気や感情に任せて動いたわけでもなく、ただ毬虫はゆっくりと御伽話の方に歩いていった。


 御伽話は僕達の話をきいていたらしく、毬虫を待っていたようだった。僕もそれを見ているだけだった。毬虫は御伽話の目の前に立った。


「お嬢ちゃん」


「…………はい」


 御伽話は顔を毬虫に向けた。真顔だった。目は腫れ、涙の痕が残っていたが、真剣な顔であるのは確かだった。


「これから君は大きな罪を背負わなきゃいけない。それはわかってるね?」


「はい……わかってます。私は、私は多くの過ちをしました。沢山の人を傷つけました。やってはいけないことをしました。……だから、覚悟はできています。全てを背負う覚悟も、裁きを受ける覚悟も、できています」


「――御伽話」


 そういうことだったのか。


 毬虫が言っていたのは、そういうことだったのか。


 てっきり僕と同じことをするものだと思っていた。二年前、僕が毬虫にしてもらったように、僕の願いを叶えてくれるものだと思っていた。


 けど。


 この展開は違う。


 この展開は違う。


「よろしい」


 そう言って毬虫は着物の帯から短剣をとりだした。狐影の攻撃を避けてくれたあの短剣だった。


 ま、まさか――


それを御伽話に向けて、毬虫は言った。


「君にはここで、地獄に直行してもらう。狐影の共犯及び神様を騙した罪だ。ここでウチの剣に刺されてもらおう」


「……はい」


「怖がらなくていいよ。大丈夫。心を一突きで苦しまずに、ウチと一緒に向かってもらうよ」


 きひひ、と。


 毬虫は御伽話に微笑んだ。まるでそれは何かを悟ったような笑顔に見えた。


「最後に一つだけ問おう。君にとって死んだ友達はどんな存在だった」


「死んだ友達……小枝のこと、ですか」


「そう。出々雲小枝のこと」


 毬虫がその質問をしてから、少しの沈黙が訪れた。屋内球場に静けさが漂う。夜のせいか、外からの音も何もきこえなく、無音が続いた。


 そして御伽話はその問いに。


 彼女は静かに言った。


「私にとってその子は……小枝はかけがえのない人でした。絶対に失ったらいけない人でした。永遠のライバルであり、戦友であり、そして最高の友達でした」


「生きている時に会えなくて後悔しているかい? 彼女を失って」


「後悔しています。悔やんでいます。もっとちゃんとした別れを告げたかったと、自分を責めています。もっと先生に強く説明しておけばよかったと思います。そして、こんなことをした馬鹿な自分を一番責めています」


「よろしい。ではその願い」



「その願い、神様として叶えてやろう」



 そして毬虫は思いっきり短剣を床に刺した。コンクリートの床に思いっきり刺して、その剣先からまばゆい光が溢れだした。


 いつか見た光景だった。いや忘れるはずがない。懐かしいと言うより、新しかった。それぐらい、綺麗な光が御伽話と毬虫の間を覆った。


 光は溢れだす。まるで屋内球場全体を――いた学校全てを光に包む勢いだった。


 そして。


 その光には一人の制服姿をした少女が現れて――


「行こう、かー君」


 詩辺は僕の道着の裾を引っ張った。


 いつの間にか詩辺の容姿が元の姿に戻っていた。顔も戻っている。出々雲の顔でなく、詩辺槍野の顔だった。いつもの詩辺だった。


「え……詩辺。お前」


「ここに立ち会う理由はないよ。私達は外にいないと。鞘ちゃんとスズちゃんに失礼でしょ?」


「………………」


そうだな。


僕達がここにいる必要はないか。


 少し考えてから僕は賛成した。ここにいてもいいことはない。


ただ御伽話や毬虫の邪魔になるだけだ。


 僕達二人はそくさくと屋内球場を後にする。勿論のこと夜の校舎は一つも灯りが点いていなかった。電灯だけが頼りだった。


「ねえ、かー君」


少しばかり歩いてから、詩辺は言った。


「鞘ちゃん大丈夫かな」


 何となくそういう言葉が出てくるのはわかっていた。詩辺もずっと心配していたのだろう。友達として、心配しているのだろう。


 本当、詩辺は友達思いだよな。


「きっと大丈夫さ。御伽話なら大丈夫。もしも何かあったら僕達であいつのこと助けてやろうぜ」


「……うん。そうだね。……そうだね。私達で鞘ちゃんを助けようね。でも、かー君もだよ。今回みたいに、誰にも相談せずに行動に移さないようにね。わかった?」


「……ああ」


「もしもかー君も私に言いたいこととか、頼みたいことがあったらいつでも言うんだよ。ウチもどんどんかー君に対して言うからさ」


「ああ……じゃあさ」


 僕は続けて言う。


「今度の日曜、一緒に帰省しないか? 久しぶりにあいつのところに行って、いろいろ大会のこととか知らせないといけないからさ」


「…………うん。わかった! 切符は任せて! 最短時間で行けるように組んでみるから!」


「ああ。……いろいろありがとうな詩辺」


「かー君も、いろいろありがとね」


 そんなこんなあって。


 僕達をめぐる物語はここで終わった。


 いろいろなことがあったわけで、今もまだ整理つかないことがあるけど、とりあえず僕達は毬虫と御伽話のことが終わるまで、寮生全員が行っているであろうキャンプファイアーに行くとした。


 キャンプファイアー。


 さすがにそろそろ終わっているだろうと思っていた僕達だったが、鬼谷率いる剣道部員はまだまだ遊びに遊んでいた。今日は――これから合宿の最終日だと言うのに、本当に面白い部員達だ。


 僕と詩辺もそのグループに合流する。それから小一時間ほど続いてやっと終わったわけだが、そこからの片付け等で終わったのは朝方だった。


 全くタフ過ぎるよな、剣道部員。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ