022
狐影は魔界に帰っていった。
二人の――毬虫の部下と呼ばれている二柱の神様によって、狐影は連れていかれた。さっきまでいなかった、二人の神様によって、強引に連れていかれた。
口を塞がれて。
目を塞がれて。
耳を塞がれ、体を二人の神様に抑えつけられて、狐影は魔界に帰っていった。
何も言わず、何も言えずに。
狐影は驚いた顔を一瞬、僕達していた。悲しい顔――と言うか、そんな感じだった。あの二人がきて諦めたのだろう。そんな風にも見えた。
僕の顔を見ていたような気がしたが、その意味を深い理解できなかった。きっとそう思っているのだろうと言う、僕の主観的思考だった。大怪我をしていたせいか、僕は狐影に対して何も言うことができなかった。
二人の神様によって顔を黒い袋で覆われ、更に手を縛られると、狐影は魔界に帰っていった。
二人の神様は毬虫に対して何かを言いたそうな顔をしていた。きっとどうして毬虫が狐影と一緒にいたのかを不思議に思ったのだろう。
毬虫はそんな彼らに言った。
「事情は後で説明するから、先に帰ってて。ウチはちょっとここでの仕事を終えてから戻るよ」
毬虫はそれだけ言った。それだけだった。
二人はそれで納得したようにはあまり見えなかったが、やがて狐影を連れて――消えてしまった。狐影を連れて、消えてしまった。
一瞬だけ光が見えて、そしてそれはすぐに消えてなくなっていった。それだけだった。
「………………」
僕、毬虫、そして出々雲の三人は僕の怪我のことがあって、とりあえずはこの場を移動することにした。それを提案したのは毬虫だった。
僕はその意見に同意し、出々雲の方もそれに同意した。このままこの場にいれば、誰かに見られてもおかしくないからだ。
血まみれの高校生がグラウンドにいるのを寮生に見られれば、真っ先に通報されるに違いない。そう思って僕達は一番近く――そして誰もいない、あの野球部員さえもないだろう屋内球場へと移動した。
勿論僕はほとんど歩けない状態だったので、そこら辺は毬虫と出々雲に協力してもらった。左肩を貸してもらい、また誘導してもらうことでゆっくりではあるが何とか歩くことができた。
僕達はグラウンドを後にする。あの狐影がつけたであろう、グラウンドに残った大きなくぼみはどうするのだろうかと僕は思ったが、きっと明日には元の状態に戻っているだろう。何となく僕はそう感じた。
しかし。
それよりもまず一番の問題は毬虫のことだった。毬虫スズのことだった。
急にきた二人の神様によって狐影を連れていかれ、更には即執行という――地獄流しというこれ以上ない事実に、彼女は一体どう思っているのだろうか。
あるいは弟裏切った彼女は、一体どんな気持ちで狐影が連れていかれるのを見ていたのだろうか。そう思った。
正義のために悪を倒した毬虫は、後に魔界で賞賛されるかもしれない。
しかし彼女は一体どんな気持ちなのだろうか。
血縁関係はないとは言ったものの、弟は弟。
いやもしかすればそれ以上の関係があるかもしれない。僕達にはわからない、毬虫と狐影の関係が深い絆があるはずだ――あったはずだ。
そんなことを思っても、毬虫の顔を見ても、今の僕には彼女がどんなことを考えているのかわからなかった。ただ毬虫の肩を使って僕は歩くだけだった。
屋内球場には誰の姿もなかった。九竺の姿もなければ、照明さえついていなかった。出々雲が少し離れてスイッチを探している時を見て、僕はつい毬虫にきいた、
「なあ、毬虫。――狐影のことなんだけどさ」
やっとのことで声を出せたが、そこまでで僕は言うのを止めた。
そこまでは言ったものの、それからは何を言えば良いのかわからなかった。こういうことが初めてだったせいか、僕は何も言うことができなかった。
二年前はそんな僕にあの人が声をかけてくれたが、何と言ってくれたのか忘れてしまった。あの時の僕は、心が沈みすぎていたせいか、何を言ってたのかを忘れてしまった。
だから今の状況には、毬虫にはどんな言葉をかければいいのだろうか。
裏切りや嘘で満ち溢れ、何とも苦く――後味が悪く終わってしまった今回の事件を、一体毬虫がどう思ってるのか知りたかった――そういうわけじゃない。
ただ毬虫も僕のような人間に――神様になってしまったから、どう心配をしてあげたら良いのかわからなかったのだ。
弟を裏切り、神様に従った毬虫を。
同情するべきだろうか。
それとも無理に笑えばいいのだろうか。
それとも怒れば良いのだろうか。僕のようになってしまった毬虫を、怒れば良いのだろうか。
どうして僕のような奴になってしまったんだと――否、どうしてそんなことをしてしまったんだと。そんなことをしても、後悔しか残らないと。
そう言えば、良いのだろうか。
「あのさ。剣道男児」
そんなことを思っている内に毬虫は、不意に口を開いた。僕に対して今まで開かなかった口を、彼女は開いた。
「ウチも君と同じになっちゃったね。人間ならまだしも、大変な神様にウチはなっちゃったみたいだね。ウチは……家族を裏切ったんだね」
「…………」
「あーあ。こんなことならあの時地獄に流しておけばよかったなー。あのまま閉じ込めて、永遠に会えないようにしておけば良かったなー。結局、何も収穫がなかったわけだし」
「あのさ、毬虫――」
「だからってさ」
僕は何か声をかけようとしたが、毬虫は僕の言葉を遮って、自分のことを話した。
「だからってさ、剣道男児。ウチに同情なんてしないでほしいな」
「…………」
「同情はともかく、心配も信用も信頼も慰め言葉もしないでほしいし、かけないでほしいな。今回はウチが君に頼んだことなんだから。君がウチにかける言葉は、何一つない」
「………………」
そうかもな。
でも――前の僕と今の僕は違う。
あれから僕は強くなったんだし、何か言葉をかけないと、僕は僕じゃなくなってしまうと思う。前の僕に逆戻りになってしまうと思う。
毬虫には、僕のような奴になってほしくない。ただそれだけの思いだけが僕にあった――はずなのに。
実際、なんて言って良いのかわからなかった。
こんなことを経験した僕なのに、毬虫にかける言葉がなかった。いや探せば見つかるはずだった。ただ、それには少し時間が必要だった。
毬虫の心を読み取る力が。
強がっている毬虫の心を、どうやって慰めてあげればいいのか。
その力が今の僕にはほしかった。
「かー君……とりあえず横になって。まずは手当てしないと」
出々雲がそう言った直後に屋内球場は一気に光に照らされた。出々雲はスイッチを入れた後も、テキパキと行動をしていた。何かを探しているのか、いろいろな場所を探している。
「救急セットなら、奥の方にあるはずだ。確か将棋盤の近くに……」
僕はそう言ったが、急に頭がふらついた。まるで大きな地震がきたようだった。ひどい戦いだったせいか、体力の全てを使い尽くしてしまったようだ。体が思うように動かない。
「かー君! 大丈夫!?」
「あ、ああ何とか…………だいじょばない」
「だいじょばない!?」
意識が遠い。僕が喋ってるはずなのに、本当に僕が喋っているのかわからなくなってしまいそうだ。右腕の痛みの感覚もなくなってきていた。
僕はここで死ぬのだろうか――
「槍。とりあえず剣道男児を横にしよう。思っている以上に血をなくし過ぎてる。このままじゃ危ない」
「え。かー君死んじゃうの!?」
「そうじゃない。ただこのままいればの話。ウチの言う通りにすれば、絶対助かる」
そう言って毬虫はいつの間にか、出々雲にいろいろな指示を出していた。僕の目の前には毛布が敷かれ、そして僕はそこに横になる。考えるのもつらい。
目を閉じて、眠りにつきたい。
そう思ってしまうのはいけないはずなのに、体力が限界なせいか体が言うことをきいてくれなかった。
僕は――このまま。
僕はこのまま死んでしまうのだろうか。
こんな気持ちはこれで何度目だろう。中学生の時に体験したあの時でさえ、こんなことは気持ちにはならなかった。あの時は今以上に死を体験したはずなのに――経験したはずなのに、こんな気持ちにはならなかった。
きっと僕はベストを尽くしたからだろう。
ベストを尽くして、毬虫との約束を果たすことができた。影を返し、狐影も永久追放になった。
だから、僕は安心してしまったのだろう。
これで何も思い残すことはなく死ねると。
終わることはできると。
そう思って、安心したせいか僕は目を閉じようとしていた――はずだった。
ばちん。
「駄目! かー君! しっかりして!」
出々雲に左頬を打たれたのはその直前だった。その痛みで僕はつい目を開けてしまった。と同時に眠気もどこかへ飛んでいってしまった。
いつの間にか出々雲は。
僕を見て泣いていた。
「今、スズちゃんがかー君の治療をしてあげてるから! 一生懸命治してるから! だから死なないでかー君! 死んじゃだめだよ! 死んだら絶対にかー君のこと許さないからね!」
見れば。
毬虫は僕の右腕に必死に自分の手を当てていた。斬りつけられて、きっと骨折までしているであろう僕の右腕に、毬虫は傷ついた自分の手を当てていた。
自分の手が真っ赤になってもだ。きっと僕の血と彼女の血が混じっているのだろう。その手の部分からは熱気のようなものを感じた。いや温もりか。腕の感覚が戻ってきているのだろう。
「…………」
僕は一回深呼吸する。
痛みを和らげてる、というわけではない。ただ少し、一旦深呼吸をして気持ちを落ち着かせないと、いけないと思ったからだ。
僕は一体何を考えているんだろうか。
一体何を言っていたんだろう僕は。
死ぬなんて、なんて軽々しく言っているんだろう。そんなことを一番考えちゃいけなかったはずなのに、どうして僕は簡単にそんなことが言えたのだろう。
出々雲が泣いているのに、出々雲はそんなことを望んでいないのに、どうして僕はそんなことを考えていたのだろう。
そうだ。
僕は死ぬために生きているわけじゃない。
生き抜くために生きてるんだ。
陸上をしているのは、そういうことじゃなかったのか。
琴星薫は、そういう人間じゃなかったのか。
生き抜くからこそ、僕は生きているはずだろう! あいつとの約束はどこいった!
出々雲が泣いてるのに、簡単に死ねるわけないだろう! 僕が死んだら、どれぐらいの奴が悲しむだと思ってんだ!
ここで死んだら、来年の大会に出場できなくなっちまうだろうが! 僕がいなくて、陸上部が活動できるか!
なんだったら剣道部だって僕が面倒みてやる! 鬼谷だってきっと賛成してくれるはずだ! 何だったら詩辺みてえに全部の部活を相手してやる。
こんな。
こんな楽しい高校生活、そう簡単に諦めてたまるか!
「そう。その調子だよ剣道男児」
毬虫は、僕に対して言った。
「そういう気持ちで君にはこれからも生きてほしいな。何にも対しても懸命に努力する気持ちをこれからも忘れないでほしいな。二年前の時には気づかなかったみたいだけど、ようやく気づいたみたいだね」
「…………毬虫」
やっぱり、そういうことだったんだな。
やっぱりお前は実は良い奴だったんだな。
死神だとしても、一人の神様だもんな。
僕の心までお見通しか。
「まあウチの方も、新しい気持ちでこれからを歩いていくとするよ。まだ気持ちの整理はついていないんだけど……でも君よりも早く立ち直って、魔界で楽しく過ごすとするよ」
「……毬虫。お前はそれで良いのか? 本当にそれで終わりで、本当にそれで良いのか? お前にはまだやり残したことが――」
「ないよ」
即答で毬虫は言った。
「もうウチには狐影に関してやることは何もないし、そしてこの世界でやることもない。一応この世界は全部見て回ったからね。ああ…………それから、ここの子達の影は君に会う前に返しておいたよ。一人残らず全員。槍と手分けしてね。何とか間に合って良かったよ」
「……やっぱりお前と出々雲――いや詩辺は、会ってたんだな」
僕は出々雲の方を見た。
いや正しくは詩辺だった。
詩辺槍野。
僕の幼馴染。
顔や声が違くとも、心だけは同じな詩辺。
僕は詩辺の方を見て言った。詩辺は何も言わず、ただ頷いただけだった。
「そう」
毬虫は言った。
「まあ何となく気づいているんだろうけど。ちゃんと説明すれば、この子は出々雲小枝ではなく詩辺槍野――槍だね。簡単に説明すると、槍は変身したんだよ」
「変身?」
僕はもう一度出々雲を見た。確かに喋り方はさっきと違うにしても、でも今の喋り方や性格は詩辺そのものだった。
でも声や顔や体格は違う。それらは出々雲小枝に間違えない。声は特にそうだ。しっかり覚えてはいないが、詩辺の声とは違う。それはどうしてだ。
「顔とかの変形は神様特権の力だよ。ウチら神様が本気を出せば、これくらいのことはできる。まああんまり使いたくはないけどね」
「おいおい……」
神様すげーな。
でも、いろいろ謎だった部分がやっと理解できた。詩辺がずっと電話に出なかったのは、そういうことだったのか。声が出々雲の声だったから、喋れるはずなかったのか。
詩辺自身がどこに身を隠していたのかはわからないが、この学校の中にいたのは確かだろう。いや多分、ここまでの経緯を推測すれば、御伽話の部屋から抜け出したのだろう。
「そういうことだよ、かー君」
詩辺は言った。
「私がずっと隠れていたのはそういうこと。隠れてたって言うか、まあ小枝ちゃんとしてかー君の前に出てきたのは一度だけあったけど、かー君に電話した時だけ声を変えてもらったんだ」
「……そういえば」
御伽話に呼び出されて空手道場にきたあの時。僕は詩辺がなりすました出々雲に会った。
御伽話の後ろに隠れるようにいた出々雲。
あれも詩辺だったのか。
「うん。あの時は凄くヒヤヒヤしたよ。かー君にばれるんじゃないかって、ずっと鞘ちゃんの後ろに隠れてたよ」
「ああ……でも、どうしてお前が出々雲になんか変身してたんだ? 僕まで騙す必要なんかなかっただろ」
「ごめん……ね、かー君。でもそれが、スズちゃんとの約束だったから。変装するのはちょっと事情があったけど、かー君を巻き込みたくなかったから」
「約束?」
それはどういうことだ?
詩辺も詩辺で、何かをしていたってことか。
僕が毬虫と契約した、狐影のこと以外にも、詩辺と毬虫の間に何かがあったのだろうか。
この吉衣高校で、狐影とは別の何かが起きていたと言うことなのだろうか。
………………。
「…………教えてくれ詩辺。お前はどうして出々雲小枝に変装していたんだ。それがわからない限り、全部を説明できないんだろ?」
「……そうなんだけどね。でも……その話は今じゃなくてもいい、かな。かー君の傷が治ったら改めて話すじゃあ、駄目かな? 今は治すことに専念してもらうのは駄目、かな。ちょっとだけ言葉を整理する時間がほしい」
「………………そうだな」
そうだった。
僕は今危ない状態だったんだっけか。
詩辺からいろいろきいていた僕だったが、少しばかり頭がふらついていた。足の痛みや腕の痛みはほとんどなくなり、感覚も戻ってきたが、それでも今は安静にしていなければならない。
一歩間違えれば死んでいたかもしれないのだ。そんな重症患者は、安静にしておくべきだろう。
僕は静かに頭の中で考える。少しは自分で考えてみてもいいかもしれない。詩辺から情報をきくだけじゃなく、少しは頭の中でここまでのことを整理した方がいいのかもしれない。
つまり、出々雲小枝と詩辺は同一人物だったってことで、詩辺と毬虫は元々面識があったってことか……ん?
詩辺と毬虫って、面識あったか?
そう思った時に、毬虫は言った。
「会ってたというか、元々親しくしてたんだよ。槍は二年前の時に、薄々ウチの行動に気づいていたみたいだからね」
「…………お前は結局、影を奪わないただ普通の神様だったんだな」
普通の神様。
願いを叶えるのも叶えないのも、その神様次第。死神だとしても、それは神様に変わりない。
二年前の、僕のことがあってから、彼女はその時から影を奪うのを止めた。彼女は影を奪うのを止めて、普通の神様になった。
なったのではなく、戻った、か。
「そうだね……。やっぱりウチも普通の神様になりたかったのかもしれないね。代償を貰って願いを叶える神様よりも、気まぐれに願いを叶える神様の方が――神様らしいと思ったのかもしれないね」
「そうだな。それが神様らしい」
神様はやっぱり、僕達人間から崇められて、頼られてこその神様だ。
毬虫はそれ以上何も言わなかった。僕も毬虫に対して何も言うことはなかった。ただ毬虫は僕に対してそう言っただけだった。
でも毬虫が思ってることはよくわかった。きっと狐影のことで、彼女はまた成長するだろう。
僕もそろそろ、二年前のことを受け入れなきゃいけないな。もう少ししたら、しっかりと認めなきゃならない。
過去の自分を、受け入れらなければ。
「ありがとな毬虫。いろいろと」
僕はそう言った。それが本心だった。
「それはこっちの台詞だよ。君達二人がいなかったら、こんな結末にはならなかったと思う。剣道男児は体を張ってまで狐影を止めてくれたし、槍も槍でいろいろと頑張ってくれた。だからこっちから改めて言わせてよ」
毬虫は頭を下げた。
「ありがとう。琴星、槍」
僕の傷が傷跡も消えるまで治ってきた。腕や足や、その他のかすり傷が消えてきた。痛みもなくなってきたし、普通の状態――いやそれ以上というくらいに調子が戻ってきた。
これで明日からもしっかり走れる。現実に戻ってきたような気がした。それと同時に、一つの疑問が浮上した。
「そういえばこれからどうするんだ? ……そろそろ鬼谷達が戻ってきそうだけど」
「そうだね……どうするスズちゃん?」
「とりあえず今は琴星の方の様子をみよう。人間に対して傷が治る時間を早めたのは、実はこれが初めてだからね。副作用とかあったらまずいし」
「そんなの僕に遣ったのか……」
だから変な気分がしたのか。考えてみると、車酔いしたような気分があった。今はないにしても、なんか危ないなあ。
明日合宿最終日なんだけど、これ大丈夫か?
「大丈夫。何かあったら私が看病するから」
「できればお前じゃなく、ちゃんとした医者に診てもらいたいなあ……」
そんな冗談を含み、僕の傷はようやくして完治した。今では立つことにも苦労ない。毬虫は笑っていた。
「きひひ……じゃあ、ウチの役はこれで終わりだけど、どうする? 軽々しくラスボス戦とでも行く?」
「ラスボス戦?」
言葉は今風だったが、毬虫が急に言い出した言葉の意味がわからなかった。急に言い出したもんだから、僕は思わず首をかしげた。
だって今、全部終わったはずなのに。
後は心苦しいが、毬虫との別れで終わりなはずなのに――一体どういうことだ?
これで終わりじゃなかったのか。
ラスボス戦。
まさかまだ戦いがあるのか? 僕がさっきまで戦っていたような戦いがあるのか。
冗談は止めてくれ。
そう思っていたのだが、毬虫の喋り方は本当のように思えた。
「琴星。驚くかもしれないけど、まだ話はこれで終わりじゃないんだ。確かに狐影は魔界へ帰っていったし、皆の影も元に戻した。でも、今回の事件はこれで終わりじゃない」
「……どういう、ことだ」
「言ったでしょかー君。傷が治ったら全部話すって」
詩辺はそう言って、毬虫の説明を付け加えた。
………………今回の、事件?
それは狐影という元囚人が始めたのが発端じゃあなかったのか。てっきり僕は狐影と、そして狐影と一緒にいた毬虫が、全部仕組んでいたんじゃなかったのか。
狐影がここにきた理由は、強い奴の影を集めるため。だからこの学校へきた。そういうことじゃないのか。
まさかそれ以外に何かあるのか?
………………まさか。
僕は狐影のある台詞を思いだした。戦う前に言っていた、狐影の台詞を僕は思い出した。あのグラウンドで、狐影は言っていた。
「……まさか。詩辺が調べてたことって」
「そう。その通りだよ琴星。大正解。いや今度は大々正解だね。……そうだよ。槍が調べてたことは『誰が狐影をこの学校に呼び寄せたか』ってことだよ」
「……そんな」
『俺様がここらの影が良いってきいたのは、人間からなんだけどな』
確かに、そんなことを言っていた。
だから僕は誰が呼び寄せたのかをきこうとしたんだった。
だけどそれは失敗した。影を渡すのを条件にしていたから、僕は渡すのを止めた。だから何もきくことができなかった。
そうか。
詩辺は、そのことを調べていたのか。
「うん。本当はかー君にも手伝ってほしかったんだけどね。でも、かー君は大会とか合宿とかで忙しかったじゃない? だからスズちゃんと私、二人で調査してたの」
「そういう、ことだったのか」
じゃあ。
じゃあまさか――
「犯人もわかってるってことなのか?」
「うん」
即答で詩辺は答えた。
「犯人はわかった。誰が狐影君を連れ込んだのかわかった。この一週間でいろいろと探してた。だから、だから今からその人に会いに行こうと思う」
「……誰なんだ、そいつは」
てっきり出々雲だと思っていたが、しかしその正体が詩辺だとわかった今となっては、その予想は外れた。
それなら、犯人は誰なんだ。
まさか、本当に学校の関係者なのか?
もしかして僕の、知り合いか誰かなのか?
いろいろな疑問が浮上する。が、そんなことを考えてる時はなかった。
「うん。この事件の犯人はね――」
そう詩辺が言い始めた時だった。
急に屋内球場の扉が開いた。一気に開いた。
まるでタイミングを図ったかのように、屋内球場の扉が一気に開いた。金属音が響く。
そして扉から一本の懐中電灯の灯りが入ってきた。光に光が混じる。それと同時に人影が一つ入ってきた。
歩いてきたのではなく、走って。かけ足で屋内球場へと入ってきた。
その影は。
その人影は。
「た、大変なの! 琴星君!」
屋内球場に入ってきたのは一人の女子高生、御伽話鞘月だった。あの生徒会役員で、空手部次期主将の御伽話鞘月だった。珍しく、部屋着姿だった。
「お、御伽話」
急な来訪に対して、僕は驚いてしまった。そっか、そういえば御伽話もこの学校に残っていたんだったか。いろいろあって、残っていたんだったか。
ダッシュできたようで、随分と疲れているようで、汗だくだった――いや大変なことが起きたんだったか。僕は御伽話にきく。
「どうした、御伽話。そんな慌て――」
「小枝が! 小枝がいなくなっちゃったの!」
御伽話は僕の返答もまたずに続けた。
「さっき部屋に入ってみたらいなくて! それで窓が開いてて! ……とにかく小枝がいないの! いなくなっちゃったの!」
「お、落ち着け御伽話…………そうだ」
そうだ。出々雲はここにいるんだっけか。
詩辺が変身していた出々雲小枝がここにいるんだっけか。
僕はすぐに言った。
「ほら、出々雲ならここにいるから。安心しろ。な?」
そう言って詩辺を見た。
その時だった。
「あの子だよ。琴星」
詩辺が言ったようについきこえてしまったが、言ったのは間違いなく毬虫だった。
「は?」
不意に言ってきたので、僕は毬虫が何と言ったのかわからなかった。が、毬虫が何かを言ったのは確かだった。
「だからあの子だよ」
毬虫がもう一度そう言って、続けた。
「この事件の犯人は御伽話鞘月。彼女こそがこの事件を起こした犯人――引き金なんだよ」




