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002


かおる。この夏のオフで高校生らしいことをしようぜー」


 八月七日。


 夏休み。


 鬼谷きだにがまた変なことを言い出したのは、そんな暑い日の夜のことだった。


「高校生らしいこと?」


 僕は今まで動かしていた右手を止め、数学のプリントから目を外す。丁度問題が終わったところだった。


視線を向けた先、机の反対側に胡坐をかいている鬼谷を見れば顔を僕に向けていた。テーブルを挟んで向かい合うように座っていた僕達だった。


「そう。高校生らしいこと」


 鬼谷は続ける。


「最近の剣道部、なんか無理してた気がしてさ。ほら、大会やら練習やらで結構辛い思いをした部員が多かっただろ。だからこのオフでなんか企画したいなーと思ってさ」


 鬼谷は笑って言った。


急な新展開。


 いや、今まで勉強会をしていたのだから言えることだ。


 丁度一時間半前から始めているにも関わらず、鬼谷がプリントに走らせていたペンを止めて一人で何やら唸っていたのは、どうやらそういうことらしかった。


 吉衣高校、図書室。


 毎日朝から夜まで開いている図書室である。校舎の一階の奥の奥にその場所はあり、僕と鬼谷はこの夏休みの間のほぼ毎日使っている。


 鬼谷とは同じ寮で、そして同じ部屋で生活して、勿論そこでも勉強ができるのだが、しかし鬼谷いわく「寮じゃ勉強する気にならない」ということで図書室を利用しているというわけだった。


 それにしても、高校生らしいことか。


「確かにな」


そんな鬼谷に対して僕は賛成する。数学を解き続けていて急に話題が創られるとあまり対応が出来ない僕なはずなのだが、しかし今の鬼谷の問いに対して数学の方は簡単な問題だったおかげか、ちゃんとできた。


 鬼谷蜂聖はっせい


 通称、祭り男。


僕の友人であり、学校生活ではクラスメイトであり、学生寮では同室人であり、部活では同じ部の部員という関係を持つ男である。


誰にでも公平で、誰とでも関わりが深い恐ろしい人間関係の広さを持つ奴である。誰に対しても難なく面白い話を繰り広げ、その言葉の能力はクラスで一目置くほどの能力らしい。ある時は部活の話だったり夢の話だったり、はたまた昔の話だったりと様々な話を持っている奴で、クラスの女子でも毎回驚かされるぐらいらしい。


そして初めて会った人でも、何と五分三十二秒で心を開かせる最高記録を持つ性格を持っている。その相手が例え人見知りの中学生や他校の高校生でも、ガラの悪そうな不良や心を開かさそうな無口な人でも、彼と話せば自分も相手も気を遣うことなく話せてしまうほどの能力を持っている。


 祭り男、と言うのは奇想天外で面白い発想をしてくれることから、先輩からの受け売りでそんな肩書きが付けられている。一年の合宿の後にあった数日間の休日で、何をしようかと考えた先輩方に対して「百物語やりましょう! 百物語!」なんて乗り出したのが始まりだ。


 その時、本当に鬼谷の企画が通ったかは定かではない。僕はその時何をしていたか分からないが、しかしその会には居合わせなかったのは確かだ。疲れて参加しなかったのかもしれないし、帰省していたかもしれない。一年前のことなのに良く覚えてないのは、もしかすればこの高校に入学してから、一年というのがとても長く感じているのかも。


 鬼谷は夏休みの話を続けた。


「んで、だから今年は何か高校生らしいことをしたいと思ってさ。五日間のオフで呼べるだけ沢山の寮生呼んで、ワイワイやりたいなーって」


「高校生らしいこと、って例えばどんなこと――」


「肝試し、夏祭り、花火大会、キャンプ、海」


 即答で言った鬼谷だった。


 僕の最後を言葉を遮って、だった。数分でそんなに夏の定番を考えられるのは驚きだった。さっきからプリントに意味不明な文字を書いていたのにはそういうことだったのかと改めて理解する。


 っていうか勉強しろ勉強。


 そんなのは寮に帰ってからでもできるだろ。


 そんな僕の気持ちもお構いなしに鬼谷は話を進める。


「俺的に海が良いなあ。やっぱり夏と言ったら海水浴でしょ。お金も掛からないし、皆で楽しめるから、部員とか連れてバーっとやりたいなあ」


 夢のまた夢ような夏休み計画を鮮明に思い浮かべている鬼谷。確かに浮かべれば誰でも面白そうだとは思う。


よほどオフが楽しみなのだろう。鬼谷にとってのオフは、勉強をするわけでも部屋の掃除するわけでもなく、単純に遊ぶためだけにあるものなのだろう。


 同室人である僕としては、もうちょっと部屋を片付けてほしいと思うが、まあそれはオフの時に絶対にやらせるか。


 そう思ってる時に、鬼谷は僕にふる。


「薫は何かないか? 高校生の夏で『これやりたい!』って奴」


「急に言われてもなあ……」


 すっかり鬼谷のペースにのせられ、話がどんどん進んでいく中で、僕は振り落とされないようにしっかりと鬼谷の求める答えを探した。いや勉強するのが目的なんだと思ったが、しかし休憩がてら話に付き合うことにした。


 しかし高校生の夏休みって、急に言われてもなあ。


 ドラマとか小説とかアニメとか漫画とかだと、海の時には皆でスイカ割りとかしたり、夏祭りの時にはで花火見たりする光景は、度々あるんだけどなあ。


 ……うーん。


 思いついた。


「あ。そう言えばそういう企画って、やるとすればやっぱり昼間だけだろ。僕達高校生の身じゃあ肝試やキャンプは危ないからできないし。花火大会は良いとしても」


「まあ、俺達にとっては毎日がキャンプみたいなもんだけどな。寮に住んでるわけだし。じゃあこの肝試しとキャンプは無理と。花火大会もなあ……よくよく考えてみれば結構費用とかかかるしなー」


 うーん、と唸り声をあげながら鬼谷は二つの項目をペンで塗りつぶし、花火大会の方は『(見るだけ)』と書き加えた。


 そういうのは、本当に頭が回るな。さすが祭り男。


「そう言えば鬼谷。ここら辺って夏祭りとかやってるのか? あんまりそういうイベントをきいたことなかったけど」


「ちっちっち」


 急に鬼谷が僕に対して、人差し指を左右に振りながら言った。


「わかってないなあ薫は。俺を一体誰だと思ってるんだ? 祭り男の鬼谷蜂聖だぜ? 俺がそういう情報を持っていないわけがないだろ」


「何だ。ここら辺、祭りあるのか」


「おうよ」


 そう言って鬼谷は学校指定の鞄――ではなく、鬼谷愛用のエナメルバックから一枚の紙を取り出した。学校指定じゃないのは、両者が両者、部活終わりなので見逃してほしい。


 そしてその紙を僕に見えるように鬼谷は僕側へ向けてくれた。


「これ、再来週の十六日にやる花火大会。俺だってそういうのをちゃんと考えてるんだぜ。企画部長と称されてる俺だからこそ、こう言うのができるんだぜ。ちなみに薫は企画副部長」


「誰だ。そんな企画に副部長を押しつけたつけた奴。ちょっと表でろ」


 まあ多分、鬼谷だと思うけど。


 相変わらずの情報収集能力だ。こういう学校外の情報も他の人と比べて集まる――集めるのが早い。最近じゃあ驚かされてばかりだ。成績とか関係なく誰とでも仲良くなる能力を持っているからかもしれない。


 本当、そういう性格は羨ましい。


 僕はそのパンフレットに目を通しながら言う。


「へえ、夏祭りと同時に花火もやってくれるのか。こんな場所あったなんて初めて知った。……って言うかここどこだ?」


「三、四キロ離れた場所にあるらしいぞ。なんか結構規模が大きいみたいだな。俺は去年行ったことはなかったけど、先輩達は行ったことあるらしいから、その日までにきいといてやるよ。勿論、薫も行くだろ?」


「ああ。できれば行きたいな。でもその前に合宿だな」


「あー。そうだなー。合宿だなー」


 話を切り替えたところで、俺は思った。


 合宿。


 この夏の時期になると、毎年各部活動では必ず行われる行事だ。毎年多くの生徒がその行事で疲れ果て、そして大きな連休を迎える。


 どこかの部活にとっては良い練習になるかも知れないし、どこかの部活にとっては地獄のような日々が続く。それは部様々だが、僕と鬼谷が属する運動部に多い――


「あー。嫌だなー合宿。俺達剣道部なんて去年は鬼の中の鬼だったんだぜ。朝から走らされ、昼には長い練習し、夜にはまた走る…………疲れるわ!」


 自分に突っ込みを入れる鬼谷。一年目の練習を知っている者にとってはよっぽど辛いのは、二年生なら誰でも一緒だ。


 一年生は最初だから――何も知らないから一生懸命がむしゃらに練習すれば良いし、三年生は最後だから疲れ果てるまでやればいい。しかし一番大変なのは二年生だ。


 今回が終わっても後一回あるんだもんなあ。


 僕も今鬼谷と同じ気持ちだったが、消極的というか怒りが満ち始めている鬼谷に僕は言った。


「まあ落ち着けよ。大体、そう思うのは皆一緒だぜ? やっぱりそうは言っても皆頑張ってるんだからさ。大体、次期部長のお前が頑張んなくてどうすんだよ」


「…………うん。そうだな」


 そうなのだ。鬼谷は次期剣道部長という役割を担うところにまでの実力を持っている――実は県下でも有名な奴なのである。


 そして剣道部自体有名。


 高校剣道界でも、有名みたいな話がある。僕にはどういう部分で有名なのかをちょっとだけしか知らないが、しかしどうやら県下だけではなく地方でも有名な部活動らしい。


「ううむ……そうだな。そう思ってるのは俺だけじゃないけど、それでも頑張ってる奴も沢山いるんだもんな。ここで馬鹿なこと言ったってしゃーないか」


「ああ。だからお互い頑張ろうぜ」


「そうだな。かー君」


「うっせえ鬼。さっさと勉強して明日の支度すんぞ」


「あいあいさー」


 暢気な口調で――気を取り直して鬼谷は勉強に取りかかる。それを見て僕も一安心し、元の勉強に取りかかった。


 さてさて。一段落ついたところで、次の問題はと……


「でもさー。薫」


「…………その話、まだ続けなくちゃ駄目?」


 夏祭りの話、まだ続けなくちゃ駄目か?


 僕としては今日のノルマを早く終わらしたいんだけどなあ。合宿終わった後でも、まだまだ時間はあるんだからさ。


「うん、駄目――って言うのは冗談だけどな」


 鬼谷は続ける。


「合宿の話が出てきて思ったんだけどな。今回の合宿って考えてみれば異常な合宿だよなーって思って」


「そうか?」


「うん。陸上部と剣道部が一緒に合宿するなんて、珍しい話だよなーってさ」


「まあ……確かにな」


 今回の合宿は、本当に珍しいもんなあ。


 陸上部と剣道部は元々仲がいいと言うか、陸上部の監督と剣道部の監督の仲が凄くいいみたいだもんなあ。


 毎年恒例なわけじゃないみたいだが、しかし三年に一回は必ず行う異種合同合宿。剣道部と陸上部との合宿。


 きいた話では両監督は昔この高校に通っていて大親友だったらしいのだが、そのせいかおかげか合同合宿が組まれたらしい。


 ……まあ、そんなのはあくまで噂だけど。


「でも考えてみりゃあ、この学校に普通とか日常とかってあるようで全くないもんな。てっきりこういうのが高校生だと思ってたけど、周りの学校と風紀とか全然違うんだよな」


「……まあ」


 私立吉衣高校。


 全ての部活動が全国大会まで絶対に行くほどの実力を持つ最強高校、だもんなあ。いつからこの学校にそんなキャッチコピーがついたのかを知らないけど、それって凄いものなのかと僕は思う。


 いや、凄いのか。


 全国大会に行くってことだけでも凄いんだよな。僕達だってそのために部活やってるわけだし。


 鬼谷の言う風紀が違うっていうのは、良いってことなのか。ほとんどの生徒が部活動に





入っているから、あんまり監督の指導で悪いことを起こさないんだよな。校則破ったら即座に退部、みたいなルールが僕達陸上部にもちゃんとある。


 いろいろなルールや条約が一つ一つの部活動にあるから、だから吉衣高校の風紀が乱れることはあまりない。強いて言うなら非部活生――地元の生徒とかが起こすぐらいだよな。


「なんか事件的なもの起きねーかなー。例えば全校生徒でのゲームとか。俺達の学校ってそういうの全くないから、そういうのしてほしいなあ」


「そういう要望は生徒会にどうぞ」


「いやいや。生徒会でも無理だろ。大体、生徒会も部活生の集まりだろ」


「まあ……詩辺しらべあたりに頼めばやってくれるんじゃないか?」


「あー、槍野やりの副会長か。あの人だったらやってくれそうだな。先生の反対とか押し切って、授業中なのに体育館に全校生徒呼び出しそうだな」


「まあ、詩辺ならやりかねない」


 あいつならやりそうだな。噂じゃあ最近いろいろやってるみたいだし。本当に僕の幼馴染なのか、わからなくなってくるんだけど。


「まあ生徒会でやってくれたら一番ありがたいな。あの三大美女がやってくれるんだったら、参加しない奴なんかいないだろ」


「……あの生徒会だったらやってくれそうだな」


「そうだな。なんせ生徒会の支持率は九十三パーセント。吉衣高校創立以来の支持率を保持してるんだもんな。生徒会役員が全員女子って言うのが、一番の理由かもしれないな」


「そうか?」


「ああ。やっぱり今年の生徒会はすげーよ」


 そう言って鬼谷は続ける。


「やっぱり一番凄いのは鞘月さやつき副会長さ。純粋で誰にでも優しくて、頼もしい空手部次期主将。生徒会の中でも一番人気な役員。俺の周りじゃあ、凄く良い奴って評判なんだぜ」


「へー。鞘月副会長ね…………って誰」


「ん!?」


 急に何かを吹き出したような音を出した。急に吹き出したせいで僕はつい驚いた。


「か、薫。鞘月副会長のこと知らないのか?」


「あー……いや、苗字言ってくれればわかるんだよ。僕って人の名前覚えるの苦手だからさ」


「意外だな。っていうか駄目だな薫。生徒会役員の名前ぐらい覚えておけよ」


「そこまで言われるほどなのか……」


 普通に傷ついた。知らないことを他人が当たり前のことだと思っていると、これは普通に傷つくな。っていうか傷が深いな。


「だって鞘月副会長、俺達と同じクラスだぜ。知らないのか?」


「へ? そうなのか?」


 意外だった。というか知らなかった。


 鞘月って名前の女子生徒、僕達のクラスにいたんだ。


 クラス替えをしてまだ四ヵ月ぐらいなせいか、男子生徒を覚えるのに精一杯な僕だった。部活のせいか、初めて顔を見る生徒ばっかりだった。


 鬼谷のおかげで男子生徒のほとんどとは人脈を持てたものの、女子生徒の方はあまり人脈を持てていない僕だった。


「で。誰なんだよ。鞘月って。詩辺じゃないだろ。だとすりゃあ誰なんだよ」


「二択だぞ薫!? っていうかそこまで辿りついてればもうわかるだろ。……御伽話鞘月おとぎばなし さやつきだよ。御伽話」


「御伽話?」


 ……………………。


 ………………。


「誰、みたいな顔するな! 薫、勉強はできるのにどうして記憶力は駄目駄目なんだ!」


「い、いや……その」


 名前と顔が一致しない。


 ナマエとカオが一致しない。


 ……うーん。


「顔ぐらいはわかるだろ!? え。わからないの? わからないのか!?」


「大声出さなくても……」


 怪しいと思った教員がくるだろ。これ以上騒いだら図書室担当の教員が僕達に図書室使用禁止令が出されるだろ。夜まで図書室開けておいてくれている教員に面目ないだろ。


「でもなー薫。別に視力が悪いってわけでもないんだろ。女子が見えていないわけもないんだろ」


「女子が見えてないって不治の病かよ」


「まあ比喩だよ比喩。例えばだよ。でも意外だな。実は女子が見えていないなんて……」


「見えてるわ」


「あ。そっか。少女は見えるのか。単に女子高生が見えてないだけか」


「お前は詩辺を何だと思ってるんだ!?」


「飛び級」


「最低だなお前!」


 鬼か。鬼谷だけに鬼か。


「まあ、俺のボケはともかくとして。……実際どうなんだよ。知ってるのに知らないふりをしてるんだろ。鞘月副会長の顔を知ってるんだろ」


「そりゃあ知ってるけど……誰が誰かわからないんだよ。まだ名前と顔が一致しないんだよ。お前はいいよな。そういうのだけは覚えが早くて」


「へへーん。いーだろ」


 そういうのだけ、という部分にできればツッコミを入れてほしかったのだが、まあいい。


「でも薫。本当は自信がないだけで、顔ぐらいは覚えてるだろ。声とかどういう性格だったまでかは知らないだけなんだろ」


「…………まあ」


 実際、顔は知っている。名前も知っている。


 が自信がないだけなのだ。鬼谷と一緒にいる時に、何人かは名前と顔を覚えていたのだが、しかし本当にこの人がこの名前なのかっていう自信がない。


 あー……


 鬼谷に負けた感じがするな。


 しかし御伽話の名前の下が鞘月、か。これは今まで知らなかったことだった。いや忘れてしまっていた。


「でも生徒会ってどうしてこう美女ばっかりなんだろうな。一人少女がいるのはいただけないけど」


「だから詩辺のことを悪く言わないでやってくれ……」


 幼馴染としてきき捨てならない。と言うより悪く言ってほしくない。冗談で言っているのは友人として重々承知しているのだが、同時に詩辺の友人である僕の心にもズキズキくる。


「あー。そう言えば薫と槍野副会長って幼馴染だったんだっけ。通りで俺のボケにのっかってくれないわけだ」


「そうだよ。だから僕の昔からの友達を悪く言わないでくれ」


「えー。……友達かよ」


「なんだよ。その反応」


 変なところに噛みついてきた鬼谷。鬼谷はそれに対して僕に言う。


「いやだって、詩辺副会長とはいっつもクラスでいちゃいちゃしてるだろー。数学教えてもらったりとかしてさー。それっていいよなー、羨ましーよなー」


「だからって……好きとかそういうのに直結させるなよ」


 鬼谷の言いたいことは何となくわかっていた。詩辺と僕が付き合っているとか、そう思っていたのだろう。


 でも、大体、ずっと一緒にいるからって好意を持っていると言うわけではない。いちゃいちゃしているは……まあ詩辺が僕の方に寄ってくるからな。数学を強制的に教えられてるという感じだ。


 だからそう言う恋人とかの関係じゃない。


「……え? じゃあ好きじゃないのか? てっきり幼馴染同士は幼馴染で結ばれるものだと思ってたんだけど」


「そんな設定マンガかアニメぐらいしかないだろ」


「いやあるぞ。俺なんて、そう言う光景は中学校の頃からあった。今通ってるこの高校でも多分あると思うぞ。そういう恋愛」


「だからって僕達には多分ねえよ」


 一生詩辺とは友達だと思う。いや、親友だろうか。


 中学校の頃同じ部活に入って一緒に練習したり、色々助けてもらったり、助けたりしたけど、多分詩辺には詩辺で好きな人がいると僕は思う。


 まあズバッと言ってしまえば、僕は詩辺に対してほとんど恋愛感情を持っていないことは確かだ。あくまでほとんど、だ。もしかしたらあるかもしれないし、ないかもしれない。


 某野球アニメみたいに、そういう幼馴染関係からゴールインはないと思う。


「えー……ぶー」


 鬼谷が拗ねた声がきこえた。


「良いと思うんだけどなー槍野副会長。三大美女で二番目とは言え、やっぱり学校内じゃトップクラスだと思うんだけどなー」


「はいはい。さっさと勉強続けるぞ」


 話の腰を折り、宿題を強制実行させる僕に鬼谷は推し続ける。


「槍野副会長といい、鞘月副会長といい、呂里華ろりか会長といい、やっぱあの生徒会はすげえと思うんだけどなー。特に鞘月副会長は俺の中でトップだと思うぜ」


 鬼谷が一人演説を続けているのを、僕はあえて止めなかった。こういう話に僕はあまりのれないのが理由だけど、しかしさっきまでずっと雑談をしていたせいか夜は本格的なものになっていった。


「全国大会を駆け抜ける空手部に入っていて、二年生の中でも男子を抜いて一番強いと言っても過言じゃないくらいの力を持つ、生徒会副会長御伽話鞘月。誰にでも優しくて、そしてたくましくて更に強い! これを好きにならないわけがない!」


「ふーん」


「……人の話を聞けや!」


 怒鳴られた。


 普通に鬼谷に怒鳴られた。もうほとんどの部活生が寝ていてもおかしくない時間帯なはずなのに、鬼谷が大声で怒鳴った。


 だから図書室で騒ぐな。と言っても、僕達以外誰もいないけど。


「……薫。槍野副会長もそうだけど、鞘月副会長にも恋愛感情がないって、それはもう男子として駄目人間だぞ」


「そういう、もんなのか……」


 ペンを止めて、鬼谷の話をほぼ正座態勢できく僕。まるで説教されているみたいだ。しかし、これ以上鬼谷を怒らせると何を言うかわからないし、何をし始めるかわからない、前人未到を直進するのが鬼谷だから、僕としてはこの忙しい時に鬼谷を怒らせたくない。


 だから僕は鬼谷の話を……まあきく。


 椅子の上で正座態勢で。


 別にきく意味がないんだけど。身にはならないんだろうけど。


「そうだぞ薫。今年はあの空手部と一緒に合宿をできることに、薫は何も思わないのか? あの鞘月副会長と一緒に合宿ができるんだぞ。嬉しくないのか?」


「うむ…………って、ん? ちょっと待て」


 空手部と一緒に合宿、という部分に僕は噛みつく。


 空手部と合宿――って。


 一体何のことだろうか。


 そのままの意味でとらえれば良い話なのだが、しかしそれは僕達陸上部と剣道部の他に、空手部が合宿を個別にやるということなのか?


 いや、きいてないぞそんな話。


 鬼谷からその話題が出てきてなかったら、僕は何も知らないまま合宿を始めてたぞ。


「ん? 知らなかったのか、薫。急遽決まったみたいだぞ。……ああ、そうか。薫には会った時に言えば良かったと思って言ってなかったな。済まない」


「……空手部と合宿って、どういうことだ?」


 混乱というか、少し戸惑いながら僕はきく。


ん。と言うことは、僕達の異種合同合宿に空手部も混ざるってことなのだろうか。


「いやだから今回、急遽空手部が剣道部と陸上部の合宿に『参加させて下さい!』って言ったらしいぞ。深くは知らないんだけど、なんかある部員からの頼みらしい。情報通の俺でも良く知らないんだけどな」


「へえ……合宿ね」


 別に僕は追求をしなかった。


 こういう部活動同士が共に合宿をするのは、あんまりないことだけど、しかし空手部が一緒に部活をやってほしいと言えば、むしろ人数が多くなって楽しいのかもしれない。


 異種合同合宿。


 いやいやいやいや。


 さすがに三部活も揃うと、逆に駄目だろ。どれだけ空手部員がいると思っているのだ。陸上部と剣道部だけでも一杯いるのに。


 なんか面白そう、と言うよりは普通に怖いわ。


「だから薫。話が戻るけど、鞘月副会長とちょっとは仲良くなれよ。俺がちゃんとフォローとかしてやるからさ。うん。俺って天才だ」


「自分で天才って言う奴は、テストで赤点ギリギリとらないと思うけどな」


 まあ。


 この合宿を機にいろいろな生徒に話しかけてみるのも悪くない。剣道部や空手部の部員と仲良くなるのも、良いのかもしれない。


 あんまり他のクラスで話せなかった男子生徒ともちょっとは話してみるか。そうすれば何か変わるかもしれない。


 変わるっていうか、進むかもしれない。


「じゃ。手配は俺がしておくから。……ん」


 僕の目の前に小銭が落ちてきた。鬼谷が手から落としたものだった。僕は慌ててそれを手皿で受け止める。


 百三十円。


 おいおい。


「僕はお前のパシリじゃないぞ」


「まあそう言うなって。今度なんか手伝ってやるから。勉強でも何でも」


「勉強以外で頼む。……要望は?」


「オレンジジュース。果汁100パーセント」


「はいはい。んじゃ、ちょっくら外まで行ってくるわ」


「へーい。ここは俺に任せとけ」


「お前に任せることなんて何もない。……んじゃ、僕もなんか買ってくるか」


「いってらっしゃーい」


 手を振って僕を見送る鬼谷。その光景に僕はいらいらを覚えないはずもなかったが、まあ今回は鬼谷の頼みをきいてやるとしよう。


 図書室を出て、校舎の外に出る。自動販売機は外にあるのだ。珍しいかもしれないが、僕達の学校の自動販売機には炭酸飲料はない。オール炭酸オフだ。


 勿論、それには理由があるのだが、まあここら辺でざっくりと説明してしまえば、昔の生徒会で決まった校則なのだ。


 全面、炭酸飲料飲食禁止。


 理由は僕達部活生にとって体に良くないからだそうだ。『炭酸は体の成長を妨げる』だとか『プロテインを飲もう』だとか、そういうのが過去にあげられたそうだ。


 その考案は約十年前ほどに可決され、今はこういう状況と言うわけなのだ。まあ、自動販売機にプロテインが売っていないことに関しては、ほとんどの生徒が安堵しているのだが。


 ――そんなことを思っていた時だった。


 そんな自動販売機の前に、一人の女子高生が座っていたのは。





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