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011



 御伽話と出々雲の関係は、道場時代からの古い友達だったらしい。


 旧友と言えば少しばかり首をかしげるかもしれない。しかし御伽話が中学校時代までいた地域では、どうやら空手が盛んだったらしく、道場が様々なところで開かれていたそうだ。御伽話と出々雲はその一つの道場で、共に切磋琢磨をしながら空手に励んでいた――旧友というよりは戦友だったそうだ。


 御伽話が吉衣高校に入学した現在でも、御伽話と出々雲とは何度か連絡を取り合っていたそうだ。出々雲も何度か吉衣高校に行きたいと言っていたそうで、今回その願いが叶って、この学校にきたのだ。


 出々雲が吉衣高校に訪れたのは、あの御伽話が空手部の練習中に失踪した日だった。御伽話が失踪した時刻よりも少し前のことだった。吉衣高校の最寄り駅にきた出々雲だったが、途中道に迷ってしまったらしく、御伽話が迎えに行ったらしい。


 それが御伽話失踪事件に繋がったそうだ。


 つまり今回の事件の発端は、単なる情報伝達不足で起きた、失踪事件でも何でもない、無断での部活抜け出しだったそうだ。


 御伽話自身、出々雲を迎えに行った後すぐに部活に戻って出々雲を紹介しに共に戻るはずだった。しかし不祥事が起きたことで、出々雲を紹介できず、また御伽話も部活に戻ることができなかった。


 出々雲がくることに関して、何も出迎える準備をしていなかったのだ。これは御伽話も出々雲も予想外だったらしい。御伽話自身、いろいろと合宿の準備等で忙しかったのも原因だが、出々雲が急にくると言い出したのも一つの原因だった。


 どうやら出々雲が突然合宿に参加させてほしいと御伽話に頼んだらしく、それで何も準備ができていなかったのだ。


「だから私は槍野に手伝ってもらったんだ。あの子なら信用できるからさ」


 つまり詩辺も御伽話が失踪したことは単なるアクシデントだと言うことを知っていた。それをきいた瞬間、僕は呆れた。


「あいつ、僕に何も言わなかったぞ」


「そりゃあそうだよ。その時は琴星君に関係なかったわけだったし。でも、事態は一変した――」


 出々雲の影がなくなったのは御伽話が急に部活からいなくなったと勘違いされた日の、夜中のことだったそうだ。


 そうは言っても、実際彼女達は影がなくなったところを見ていないらしい。二人は謝罪と紹介を兼ねて、明日部活に出ようと言って眠ったそうだ。出々雲もそれで了承したらしい。


 出々雲と御伽話が影のことに気づいたのは朝方だったそうだ。その時の彼女達は影の存在に気づかぬまま寮を出て、いつものように練習を出ようとしていた。


 しかし――


「槍野がいなかったら、出々雲や私達は大変なことになっていたと思う」


 御伽話はそう言って続けた。


「槍野の判断は的確だった。私達二人はすぐに部屋に戻った。女子寮の部屋には鍵も掛けることができるから、鍵もかけた。槍野がいろいろと知っていたおかげで、私達は何とかここ数日間耐えきれた」


「僕を……待っていたのか。だったら電話一本でもしてくれればよかった――ああ、そうか」


 陸上部は大会の時は基本的に携帯電話を監督に預けておくんだったんだ。だから何も連絡ができなかったのか。


 さすがに僕や詩辺以外の人に教えるのも危険と――詩辺が自己判断でそう決めたのだろう。


 でも彼女の判断は的確だった。


 今も昔も。


「そう。だから、ずっと琴星君を待ってた」


 御伽話からのメールがきてから既に一時間以上が経っていた。まだ空手道場には誰もくる気配はない。まだミーティングが続いているのだろうか。少し長い感じがするが、僕達にとっては都合が良い。


 空手道場にある掛け時計は八時を回っていた。


「ねえ琴星君」


 少しの沈黙が訪れて、御伽話が言った。


「出々雲のこと何とかできない? 私、出々雲のためなら何でもするから。だから、琴星君や詩辺の力で何とかできない?」


「何とかできない、って言われてもなあ……」


 あの時は僕が影を奪われてた。


 だから僕は被害者であり、体験者でもあるんだけど。


 でも第一今回の件は、影が奪われたとは限らない。最初に奪われたと決めてかかっていきそうになった僕だが、しかし僕の過去の件と今回の件では何か関連性があるのだろうか。


 疑問は非現実的なことが起きたせいか、山ほどあった。


どうして影がなくなったのか。


なぜ出々雲小枝なのか。


 そしてここで奪う理由とは。


 そして影が奪われたのだとすれば――多分。


 あいつしか影を奪う奴はいない。


 そして御伽話自身はどうして奪われなかったのか――だ。


 ……?


 そう言えば。


「御伽話。お前の方は、何も問題ないのか?」


「うん……。どうしてかわからないけど、私の影は奪われなかった。それがわからないんだ。もしも槍野の言うとおりなら、私が奪われた方が『都合が良い』はずなんでしょ?」


「……全部きいたのか」


「一応ね。でもね、私は琴星君がしたことを悪いとは思わないし、良いことだとも思わない。だって私自身がその時にその場にいたわけじゃないから。私には決められない。どういう状況だったのかを具体的にきいてないから」


御伽話はそう言って空手道場を歩き始める。僕の中でその御伽話の影の疑問は残ったままだったが、今は出々雲の解決策を考えることが先決だった。


「琴星君。槍野の言ってた、琴星君の影を取り返してくれた人とは、連絡が取れないの? 電話とかできない?」


「いや……そういうのはできないな。一応携帯は持ってるみたいなんだけど、その時の僕は携帯を持ってなかったから、アドレスとか番号とかをきいてなかったんだ」


「そうなんだ……」


 がっかりしたようだった。そんな御伽話をどうにか元気づけようとして、もう一つの案を出す。


「ああでも。詩辺なら知ってるよ。あいつあの時携帯持ってたし。違いないと思う」


「……ありがとう。でもあの子今、携帯ないみたいだし」


「あ」


 そうだったな。


 御伽話は歩き続け、空手道場の扉へと向かっていった。


「どこ行くんだ」


「決まってるでしょ。槍野に連絡をとるの。番号は知らないにしても、あの子の頭の中に残ってるかもしれないから。駄目かもしれないけど、でもやるだけやっておいた方がいいでしょ。だから携帯が寮にあるから行くの」


「なら僕の携帯使えよ」


 そう言って僕はジャージのポケットから携帯を取り出した。充電はほぼ満タンにしておいたのでので、電源が切れる心配はないだろう。


 詩辺のところまで携帯をスクロールする。番号やアドレスを交換したので絶対に変わっていないはずだ。


 電話をかける。僕の方がきっと話が通じやすいだろう。そう言って僕は電話をかけた。


「………………」


 五回コールを鳴らしたが、出ず。


「………………………………」


 十回以上コールを鳴らしても詩辺は電話に出なかった。


「貸して、琴星君」


 今度は見かねた御伽話が詩辺に電話をかけることにした。リダイアルを押す、が結局は出なかった。出る気配さえなかった。


「寝てるのかな……いや、そんなはずはないか。あの子、今の時間帯なら選手権に向けて勉強を始めているはずだし」


「おかしいな。もしかしてもう始まってるんじゃ」


「そんなはずはないよ。大会は午後からだから、朝は皆で勉強するってあの子言ってたよ。……何で出てくれないんだろう」


 僕達は考えたが、詩辺がいない以上答えが出るはずがなかった。


「なら」


 僕は言った。


「御伽話。とりあえず剣道場へ行こう。まずはお前が大丈夫だってことを皆に知らせないと。出々雲のこともあるけど、まずはお前だ。解決できるところから始めよう。これ以上お前がいないと、空手部が大変だ」


「…………そうだね。わかった」


 御伽話は少し怪訝な顔をしたが、考え込んでから同意したところで、僕達はとりあえず行動に出ることにした。


 しかしここからの僕達二人は、お互いがお互いいろいろなことを考えていたせいか、会話という会話がほどんど成り立たなかった。


 本当のところ。


 御伽話からの話を一部始終はきいたものの、僕の中ではあまり確信は持てなかった。


 一体今、何が起こっているのか、だ。


 それが一番の謎であり、そして疑問だった。


 これは中学校の頃のような、僕の身に起きたものと同じような現象が、出々雲の身に起きているのか。それを僕は考えていた。


 中学三年生の夏。


 あの不思議な女性と。


 十歳ぐらいの少女と。


銀髪の少年と。


 あの不器用で馬鹿だった僕をめぐる僕の話と今回の出々雲の件は、何らかの繋がりがあるのだろうか。


 勿論疑っていると言うわけでも――いや第一何を疑えばいいのかがわからない。あの時の僕は神様に何とかお願いをして影を返してもらったものの、今回は誰が――どんな神様が影を持っているのだろうか。


 否、何者が影を持っているのだろうか。


 無論、僕の影を持っていったのは人間の形をしていた、単なる化身に過ぎなかった神様なわけだが。


 はっきり言って、死神だった。


 黒服とか大きな鎌とか、骨になっても生きているとか、悪人の――人間の魂を狩って生きている死神とか。そういうものが死神だと思っていた。


人間に裁きを下すとか、人に対して嫌なことをするとか、そういう人に対して悪いことをするような神様であると、僕はそんな先入観を抱いていた。


 けれど実際は違った。


 実際は――


「ねえ、琴星君」


 空手道場から剣道場に行く道で御伽話は静かに口を開いた。


 僕が出々雲に会ってから既に一時間半以上が経っていた。僕達二人は剣道場に行くまでにいろいろと考えてはいたものの(御伽話の心の中では何を思っていたのかを、表情でしわからなかったが)、結局何も――本当に何も策でさえ思いつかなかった。


 思いつかぬまま、御伽話は言った。口を開いた。


それは意外な言葉だった。


「ありがとう」


「ん」


 思わず御伽話の方を見る。


急にどうしたんだ。


「何が?」


「だから……その、言ってなかったから。いろいろあったけど、でも助けてもらったから」


「……そう言うことはできれば最後に言ってほしいな。まだ僕は出々雲のことを知っただけだけで行動にも移せてない。だから――そういうのは最後にしてくれ」


「…………」


「大丈夫。僕が何とかしてみせる」


「……そうだね」


 御伽話は納得したように言った。


「わかった。私も手伝うからさ、必要だったらいつでも言って。私、小枝と一緒に空手ができるなら、何でもするから」


「……了解」


 そう言って僕達はまた歩きだした。さっきまで黙りこんでいた僕と御伽話だったが、それを機にいろいろなことを話した。


「ところで御伽話。出々雲の方は大丈夫なのか? 誰かに見つかったりしたらまずいだろ」


「ああ、そこら辺は大丈夫だよ。言ったでしょ? 男子寮とは違って女子寮には防犯のために、建設時から鍵がついてるから」


「鍵って。合鍵とかは絶対あるだろ。もし誰かが不審に思ったら……」


「そこら辺も大丈夫。私、女子寮の部屋の鍵を管理している管理者だから。私の部屋の鍵も皆の部屋の鍵も、私の持ってる鍵と当直の先生しか開けられないから」


「何だそうなのか」


「まあさすがに部屋にこもってた時はどうなるかと思ってたけどね。詩辺がそこで止めに入ってくれてなかったらどうなってたことか」


 初めて知った情報だった。女子寮にはそんな複雑なシステムがあるのか。男子寮には、いろいろな当番はあるが、鍵等の普通過ぎる当番は存在していなかった。


「何よ。普通じゃない当番って」


「一例を挙げれば、掃除当番をサイコロで決めたりする、とか」


「なんだかシュールな光景だね……」


「あの時は凄かったな。一年前、僕達一年が一週間連続でやった日があって、全く休む日がなかった。今じゃあ『地獄の雑巾がけ週間』っていう伝説になってんだよな」


「女子寮とは大違いだね……」


「いや、でもその代わりいろいろな先輩と仲良くなったんだぜ。文化系の先輩とかと特に仲良くなった」


「それは良いこと――なの? っていうか、普通に掃除当番を決めれば良いのに」


「それじゃあ駄目なんだな。スリルが楽しめない」


「喋り方が鬼谷君みたいになってる……」


「ん?」


 喋り方が鬼谷みたい、だってか?


 …………あー、成程。


 鬼谷も毎回、こういうハイテンションな気持ちで喋っているんだな。今久しぶりに御伽話にそういう武勇伝を語って、何とか場を和ませようと努力していた僕だけど……


 鬼谷ってそんな気持ちで毎日を過ごしてたんだな。納得。


 そう思いのまま、僕は続ける。


「そうだな。もう一つそういうのがあるんだが、ききたいか?」


「いえ、遠慮しておきます」


 御伽話が普通にひいていた。いや無理もないのかもしれない。鬼谷や九竺だったら、こうこうのは男子高校生のテンションでのってくるのだが。


 ぬう。


女子にはどうやらひけるようなテンションなようだ。いや多分、いつもは突っ込み役になっている僕だから、こういうテンションを見るのは――御伽話は初めてだから、ひかれているのだろう。


 それでも僕はこのテンションで続ける。


 あえて、な。


「じゃあ別の話。この前空手部の山瓦やまがわらに会ったんだけどな。その時僕と山瓦は空手について話してたんだ。僕、空手ってのは人を殴る競技なんじゃないのかって山瓦にきいたら、山瓦はこう言ったんだぜ。『二つの拳は人を殴るためにあるんじゃない』って言ってさ。その後なんて言ったと思う?」


「『書くものだ!』」


「うわ! 何で知ってんの!?」


「知らないわけがないでしょ。彼その後に『食べるものでもある』って言ったのよ。その時私達は呆れてたよ。男子は笑ってたけど」


「…………」


 僕、その時思いっきり笑ってました。


 山瓦は僕や御伽話と同じ高校二年生であり、心優しい空手部員の生徒なのだが……。山瓦がそういうことを言うもんだから、皆笑いすぎてた。


 カミングアウトしてたからな。


「まあ山瓦も大変みたいだね。次期部長としてやることが沢山あるみたいだし。私も勿論サポートするつもりだけどね」


「へー、あいつ部長なのか。そういや鬼谷も大変だって言ってたな。部員をまとめなくちゃいけない、とか言ってたぞ」


「そうそう。やっぱり皆が皆、いろいろなところからやってきてるからね。ここが地元の人もいれば遠方の人もいる。だから性格とかの問題もあるし、そのスポーツに関しての教え方とかが中学校とか道場とか違うから、そういうのをちゃんと部長はしていかなきゃ駄目なんだよ」


「だな。僕も部長をサポートしなきゃな」


「え? 琴星君は陸上部の部長や主将にはならないの?」


「僕? 僕は……多分無理だよ。剣道部と陸上部をかけ持ちしている身だから」


「でも陸上部の部長にはならないの?」


「うーん……」


 言った方が良いのだろうか。


まあ、御伽話には言っておいた方がいいか。喋らなくてもきっと遅かれ速かれわかっちゃうと思うし。


「僕の場合、両方の部活が両方、深い思い入れがあるんだ。だから僕はこれ以上どっちかに深くは肩入れできないし、どっちかをぬるくやることはできないんだよ」


 陸上だって僕の見つけた新しい居場所だ。


 剣道だって僕が昔までやってた居場所だ。


 もしも陸上部の部長になってしまえば、その瞬間から僕の剣道人生は終わってしまうだろう。やっぱり陸上も続けたいし剣道も続けたい。


 まあ実はこの話には、さっきの回想にもない裏があるんだけど。その話はまた別の機会だろう。


「ふーん」


 御伽話は納得しなかったような感じだったが、そう返してきた。まあ全部を全部話したとしても、多分わからないだろうから、今のところはそれぐらいで大丈夫か。


「まあ、とりあえずは普通にやってくさ」


「普通ね。そっか」


 そう言って僕達は一旦話を区切って、剣道場へと向かい続ける。空手道場と剣道場とは学校の北側と南側にあるので、着くのに少し時間がかかるのだ。


「それにしても、誰も見かけないね」


「ああ……そうだな」


 空手道場から剣道場へ歩いている僕達なのだが、歩いている途中ではあるものの、僕達は誰の姿も見かけていなかった。ミーティングをしている剣道部員や、大会前で忙しいはずの空手部員でさえもであった。


 そう言えば僕達が出々雲を寮に運ぶ時も、誰も見かけなかった。誰かの走る足音や部活動の音ももだ。


 いつもなら部活動の音が聞こえるはずの吉衣高校が、静かな吉衣高校と化していた。


「なんか……静かすぎない?」


「ああ。確かに。静かすぎる」


 そう言いながらも僕達は剣道場へ進む。何かあったのかを誰かにききたいが、しかしその誰かがどこにもいなかった。


 と、その時だった。


 きき覚えのある声が響いてきたのは。


「おー! そこにいるのは琴星じゃねーかー! おーい!」


 僕の耳にそんな大声がきこえたのは、丁度学校の校門前のところだった。朝九竺と会ったあの場所だった。


僕は大声に思わずびっくりしてしまったが、その方向を向くと見覚えの顔と格好がそこにはあった。


 朝ぶりの――早朝ぶり顔。


 狐影君だった。


「狐影君」


「いやーありがとう琴星! お前のおかげでこの学校に何とかこれたぜ! 琴星が走っていたからすげー遠くだと思って心構えてたけど、案外近くて助かったぜ! 本当にありがとな!」


「………………」


 もの凄くテンションが高い狐影君だった。


 こんなにテンションの高い狐影君を見たいのは初めて――いや、普段がきっとこんな感じなのだろう。二回しか会ってないとはいえ、何となく僕はそう察した。


 狐影君は僕の方に歩きだす。


「っていうか――そういやお前、この学校の奴だったのか。…………ああ、そりゃあそっか。お前、すげー足速かったもんな」


 歩きながら狐影君は言う。その動作と同時に、御伽話は僕の後ろに一歩ひいたのがわかった。


 まるで出々雲が隠れたあの時のように。


 僕は小声で御伽話にきいた。


「どうした御伽話」


「……ごめん琴星君。あの人、ちょっと怖い」


「ん? ………………ああ、そういうこと」


そういうことか――っていうか無理もないか。 


 僕も狐影君に会った時はだいぶ恐怖を感じていたからなあ。まあ、御伽話が怖がるのも無理もない。小声で話す言葉でさえ、震えているのがわかる。


「安心しろ御伽話。あいつは悪い奴じゃない」


「そ、そう?」


「ああ。多分な」


 僕達に寄ってきたところで、狐影君は言った。


「おーおー。何してんだこんなところで。こんな暑い中で何してんだ――ってああ。そうだよな、お前にもいろいろあるんだよなあ、済まねえ済まねえ」


「無事に着けたみたいですね」


 そう言って僕は続ける。が、狐影君はそんな僕に一言申した。


「ったくそんなかたっくるしい言葉遣いすんなよ。俺様、お前にはすげー感謝しているんだぜ。むしろ俺様がそんな言葉遣いをしてーくれーだぜ」


「は、はあ……」


 そうは言ってもなあ。


 僕、始めにそういう言葉遣いをした人に対しては、直せって言われても、矯正するのに少しぐらいかかる気がする。こんな気分になったのは高校に入学したての時だったか。


 あの時は知らない人ばかりだったからなあ。


 まあ、でも言葉遣いには最大を努力を尽くすとしよう。将来のためにも。


「でもなあ。結局姉さんは見つからなかったぜ。ここにいると思ったんだけど、検討違いだった。何度もここら辺を探したんだけどな。やっぱ見つからなかった。琴星、お前の方は見かけてねえか?」


「そう言えば結局、見かけなかったな」


 ……言葉遣いが変わっていることには気にしないでほしい。


 そう言えば、いろいろありすぎたせいか、そういう狐影君との会話もすっかり忘れてしまっていた。御伽話失踪といい、出々雲の件といい、そしてこんな静かすぎる場所となれば、忘れてしまっても無理はないのかもしれない。


「そうか……」


 狐影君は期待を持っていたようだったが、僕の言葉をきくとがっかりしたような表情をしていた。しかしすぐに話を切り替え、今度は僕の方ではなく御伽話の方を見ていた。


「そっちの高校生さんはどうだ? 白い服を着た――可愛い女を知らねえか?」


「ふ、へっ!?」


 御伽話は急に驚いた。その動作に僕も驚いた。


「な、何ですか?」


「………………」


 狐影君もどうやら驚いたようだった。目を丸くしている。御伽話の慌てぶりから、どうやら何もきいていなかったらしい。


 僕は御伽話に耳打ちする。


「白い服を着た女の人を見かけてないか、だってさ」


「し、白い服の女の人? わ、私は見てませんけど…………」


「…………」


 慌て過ぎだ。


 そんなんでよく、生徒会副会長が務まってるな。詩辺でさえ、そんな風に驚いたりはしない。


 御伽話はどうやら相当な人見知りらしい。っていうかさっき怖いとか言ってたから、その影響かもしれない。


「そ、そうか」


 狐影君もその迫力に圧倒されながらも、そう言った。


「じゃあ琴星。またお前に頼みごとをして良いか? 今度は簡単なことなんだが」


「何だ?」


「やっぱり探すのは俺様だけじゃあ無理みてえだからな。お前を信頼して頼みたいことがある。もしその、白服の女に会ったらこう伝えてほしいんだ。『シュウシュウの準備は終わったってな』」


「シュウシュウ?」


 収集。いや収拾?


どういうことだろうか。


 一体何のシュウシュウだろうと思ったが、多分僕達には関係のないことだろう。僕が考えても答えが出てくるはずがない。


「ああ、そう伝えておいてくれ。そっちの高校生さんもよろしく頼む」


「へ? ……ええ、はい。わかりました」


 御伽話はそう言って狐影君と初めての会話を交わした。


「んじゃ。俺様はまた姉さんを探しに行ってくるわ。まあ俺様はここら辺にいるからな。もしまたなんかあったらよろしくな」


 んじゃ。


 そう言って狐影君はまたどこかへ行ってしまった。僕達はまた止めることもできず――止める理由もなく、狐影君がいなくなるまでさよなら一つ言わなかった。


 いや言えなかったのだろう。


 言いづらかった。


「琴星君」


 狐影君が去った後に、御伽話は口を開いた。


「取り乱してごめん」


 そう最初に謝った。さっきのことを言っているのだろう。僕は普通に返す。


「いや……御伽話。お前が本当に謝るべきなのは狐影君にだと思うよ。僕じゃなくてさ」


 御伽話、人見知りだったのか。


 それだけで、なんかもう十分な気がした。


「ま、まあそろそろ本当に剣道場に行こうぜ。皆が待ってるはずだ。早く行かないと皆が練習を始めちまう」


「そう、だね。そろそろいこっか」


 そう言って僕達はまた剣道場へ向かい歩き続ける。また御伽話が黙り込んでしまったのは、きっとさっきのことでだろう。


 あれだけ完璧と称されてた女子高生の唯一の弱みを知ってしまった僕だから、なお言葉をかけづらい。


 ここは何らかのギャグで笑いをとるしかない!


 そんな思考がよぎったのは、歩いてすぐのことだった。


「琴星薫の面白いはな――」


「いえ、もういいです」


 ………………。


 元気づけようとして元気づけることに失敗してしまった僕だった。


 早く――さっさと剣道場へ行こ。


 溜息。



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