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 ここで中学校の話。


 僕は影を奪われた。


 神様に奪われた。


 例えばそんな言葉から話が始まったら、周りの人はどんな顔をして僕のことを見るのだろう。


 影をなくす。


 即ち、人間じゃなくなる。


 いや神様に奪われたと言うのは、実際僕の視点からみれば違うかもしれない。周りの人から見れば『神様に影を奪われてしまった』と思ってしまうかもしれないが、しかしそこら辺を説明しても、仕方がないことだろう。


 そして人間じゃなくなって光の、太陽の下を歩けなくなった。夜にしても街頭の中を歩けなくなった――と言うのは全部嘘な話で。


 実際太陽の下を何事もなく歩けた。障害なんてものはなかった。


 人との接触も、夜の時であれば可能だった。影がないことを知られない夜なら、行動は可能だった。


 夜に行われていた剣道の道場には――いや、その時は吉衣高校を受験するために勉強をしなければいけなかったから、道場には出向かなかった。勉強に勤しんでいた時期だった。


 でも。


あの時の僕――中学三年生の頃の僕は、本当に馬鹿な人間だった。


 剣道にまるで自分の生命全てを燃焼していたかのように、僕は一生懸命練習し続けた。僕の中であの時が一番輝いていたような気がして、何でもできるという気もしていた。それぐらい、何事にも自信はあった。


 けど僕は人間を辞めた。


 何にもできないと知った僕は、人間であることを辞めた。


 今でいう僕の友人である九竺はじめのように、何事も効率的かつ綺麗に行い、そして周りから高い評価を得ることができなかったのだ。


 ただ剣道に明け暮れていた、馬鹿な中学生だった。


 だから影を奪われたのかもしれない。いや奪われたのだろう。僕の中ではそれが最善策だと思ったのだから。


 それが僕の中学生の話。中学三年生の夏休みに起きた話だ。


 でも今は――


「わ、私の、か、影はどこ、なんですか!」


 出々雲が初めて口を開いたのは、僕が空手道場に訪れてから数分後のことだった。


 言葉一つ一つが途切れていた。いやきっと混乱しているせいだろう。言葉の一つ一つに震えがみえ、目が腫れているのもわかった――わかっていた。


僕だってあの時はそうだったから。


僕自身の影がなくなって、奪われてしまった時は――今の出々雲みたいな状態じゃなかったものの、それでも状況的には近かった。


「落ち着いて、小枝」


 御伽話はそんな出々雲を慰めるように言った。


「大丈夫。私が何とかするから」


 だから少し落ち着いて。


 後ろに回って、出々雲の背中をさすりながら御伽話は言った。出々雲は少しだけ涙を見せたが、やがて「はい、鞘月お姉ちゃん」と言った。御伽話のおかげで、少しだけ落ち着いたようだった。


 少し時間を置いてから、御伽話の腕を借りていた出々雲は腕を放した。「もう大丈夫です」と自分で言っていたが、しかし僕からはそんな風に見えなかった。


 強がっているだけに、見えた。


 もう少し時間を置こうか、と僕は御伽話に尋ねたが、大丈夫ですと出々雲が先に言った。そして出々雲はここまでの経緯を話し始めた。御伽話が説明するのではなく、出々雲が話し始めた。


「影がなくなったのに気づいたのは、数日前のことでした」


 呼吸が荒いのがわかる。僕はもう少し落ち着いてからの方が良かったと思ったが、そんな思いとは裏腹に出々雲の話は続いた。


「私がこの学校のきたのは七月下旬のことでした。その時私は鞘月お姉ちゃんと一緒の部屋にいました。鞘月お姉ちゃんとは同情にいた時からの友達で、その縁でこの学校まできたんです。この学校は空手で有名でしたから。最初の晩に、私は鞘月お姉ちゃんと一緒に……」


 足を滑らしたかのように、出々雲は急にその場に倒れこんだ。僕と御伽話は思わず出々雲に寄る。


「小枝! 大丈夫!?」


「すみません鞘月お姉ちゃん。なんか、頭が痛くて……体が、熱いです」


熱い?


それってもしかして――


僕は御伽話に言った。


「御伽話。出々雲を光の当らないところで休ませよう」


「え?」


「ずっと光が当たっていたからかもしれない。太陽じゃなくても、あんまり体温の高いところにいると、体に負担がじゃかるんだ」


 少なくとも僕がその症状におかされた。最初は熱があるだけかもしれないと思っただけだったが、後に影がないせいだったと言うことに気づいた時はさすがに驚いた。


 あの時は夏だったから尚更だ。


 そして今も夏だから尚更だ。


 光に浴びても、溶けたり消えたりはしない。


 でも体には熱が蓄積される。


 あの人が教えてくれたことだ――。


「そう……」


 御伽話は不思議な表情をしていたが、僕の言葉に納得してくれたらしく行動に出た。


「小枝立てる? ちょっと寮の方に戻るよ。あんまり暑いところにいても駄目みたい。だから、とりあえず私の部屋に戻って休もう」


「は、はい……」


「琴星君手伝ってくれる?」


「わかってる」


 僕と御伽話は出々雲の肩を持って、ひとまず女子寮に行くことにした。どうやら相当光に当っていたらしく、相当熱がこもっていた。出々雲の体温が凄く高く感じる。


 太陽は既に昇り始めていた。陽の出る時間が非常に早いのは夏の季節独特だが、しかし今の僕達にとっては邪魔でしかなかった。


 空手道場を出て女子寮に着く間に、僕は御伽話にいろいろききだそうとした。


「御伽話……ひょっとして、出々雲のことで、わざと隠れていたのか?」


「……ごめん琴星君。琴星君には後で説明するつもりだからさ。とりあえず、小枝を私の部屋までお願い。そしたら何があったのか、全部話すから」


「……わかった」


 理不尽な答えだったが、御伽話は何やら考えごとをしていたらしい。きっと僕に説明をするために順序を考えているのだろう。


 それからは僕達二人、黙ったまま歩いた。今の状況を説明すれば出々雲を僕がおぶっている状態である。さっきまで二人で肩を預けながら歩いていたが、早く行ったほうが良いだろうと思って僕がおぶった。


さっきまで唸っていた出々雲も、寮の前に着く時には眠りについてしまった。


「ありがとう琴星君。ちょっとここで待ってて。すぐに戻ってくるから」


「大丈夫か、一人で」


「大丈夫。それに女子寮に男子が入れるないでしょ?」


「………………」


 それもそうか。


 でもさすがに女子寮の前で待ってたら怪しまれるよなあ。


「わかった。じゃあ空手道場で待ってる」


「そうして」


 そう言って御伽話は女子寮の中へと消えていった。僕もこのままこの場所へいるわけにもいかないので、着替えた陸上用のジャージのまま空手道場へ向かう。


 いろいろと謎はあるが、とりあえずは空手道場で待ってるとしよう。


 御伽話がきたのはそれから二十分後のことだった。


 章は変わる。



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