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登場人物紹介
僕――語り部。
御伽話鞘月――友人。
鬼谷蜂聖――友人。
九竺はじめ(くじく はじめ)――友人。
出々雲小枝――中学生。
毬虫スズ(いがむし すず)――神。
狐影――中学生。
詩辺槍野――友人。幼馴染。
空手という古くから伝わる日本のスポーツに関して思いつくものがあるとすれば、僕の通う私立吉衣高校空手部であろう。
空手。
実の名を空手道と言うのだが、しかし社会というか日本全国では「空手」という道のついていない名で認知されている。僕としては空手道の方がしっくりくると思っているのだが、しかし人前では空手道ではなくつい空手と言ってしまうのは、僕の周りの人達が空手空手と言っているからかもしれない。
しかしなぜ。
どうして僕がその空手に対して思いつくのが吉衣高校空手部なのかと言えば、ここの空手部は凄い部だからだ。
毎回の全国大会には必ず出場。
全国からの強者が集まる場所。
吉衣高校空手部は全国でも五本指に入るほどの実力を持つ部なのだ。
毎度毎度の地区大会、県大会を何事もなかったかのように通り、更にその県大会でも準決勝あたりでは同じ学校同士――吉衣高校空手部員同士が勝負すると言う、とてつもない部だ。一昨年あたりに全国大会連続出場三十周年を記念したらしく、市長から表彰されるぐらいの力を持っているのだから、創立してからの伝統は長い。
吉衣高校、空手部。
実をいえば僕は空手については全く無知なわけで――実際僕は空手部員でもなければ関係者でもなく、空手に関してとやかく言えるような人間ではないのだが、しかし僕がこんなことを本当に言っていいのかと思いながら話している。
ちょっとだけ過去話に付き合ってほしい。
ここから先は中学三年生の夏頃に体験入学した時の話だ。言ってしまえば、自由時間に校舎内を徘徊していた時に、体験入学にも関わらず空手部の声――気勢がきこえたのが、空手部との出会いだったと言える。
気勢がきこえたというよりも当時は響いたといっても方が正しい。その迫力は(きこえただけだが)目的であった体験入学よりも、二番目に気にかけていた偏差値よりも、そして僕自身が入部しようとしていた部よりも、空手部は僕の記憶に鮮明に残ってしまった。
その空手部について後で調べてみれば、全国大会出場を毎年記録している部活動だったと言うわけである。
話を今に戻しても空手部の記録は依然として――というか当たり前のように変わっていない。変わったとすれば部員ぐらいというほど、全くもって何も変わっていないらしい。毎年毎年全国大会でメダルや賞を持ち帰ってくる実力は保ち続けている。
何も変わっていない。
それこそ何かおかしな感じがするかもしれないが、しかし顧問――監督や歴代の先輩から受け継いだ実力であるならば納得いく。
それが空手部の話だ。
時代は現在。
世界遺産になった富士山が有名になり、それを一目見ようと最近では観光客でにぎわうようになった、この時代。沢山の外国人がきては季節が終わればまた昔の平和な街に戻り、そして今年も観光客や登山者でにぎわうようになった街になった。
高校二年生、夏。
少数の部活動の大会が何の事件もなく終わった、一時静かな夏がきた。暑さと寒さの温度差が激しい街に夏がきた。
そんな中で行われる夏恒例行事、学校内夏合宿。
二年生の僕達は今回で二回目であるのだが、しかし二回目となると逆につらいものがある。一年生の頃は何も知らずに死ぬ気で練習をして、思いっきり疲れて、その後に設けられる五日間の休みを満喫していた。
そんな風に高校一年生を堪能し鍛錬してのだが――しかし時が過ぎて二回目となると、合宿の怖さを知っているので逆につらいものがどこかにある。
僕としてはなくなってほしいと思う時もあるのだが、その時期に――夏がやってきてしまった今、もうその願いが届くことはないだろう。
でも。
それも後一年。
来年の今頃を考えると部を引退し、晴れて普通の高校生となる。それをどれほど多くの部員が待ち望んでいるかは計り知れず――後一年半すれば大学生や社会人となるのだろう。
急な話。
はっきり言って、僕は真面目じゃない。
真面目のちゃんとした基準は僕にはわからないけれど――でも僕が真面目じゃないと僕自身で思えば、それは真面目じゃないはずだ。
普通の高校生。
これまでスポーツしかやってこなかった僕が、ある時普通の高校生に戻って、恐らくは大学に進学するだろうから、これまで怠っていた勉強をちゃんと始められるのかと不安になっている。
普通の高校生とは一体どういうものなのか、僕は知らない。
それは元々吉衣高校がスポーツに特化した高校だからかもしれない。普通生と部活生との大きな違いがあり、そして部活生は毎日練習に励んでいる。そんな場所にいた僕が、引退して普通の高校生に戻れるのだろうかと考えている。
まあ恐らくあの有名な空手部は早く引退したいと思う人は多いのだろう。いくら全国を駆け抜ける部とはいえ高校生。僕と同じだ。
高校時代に、二年半かけて磨き上げた様々な部分も――きっと大人になれば衰えて、いつかは消えてなくなって、過酷で厳しく苦しかった練習ばかりだった高校生活も将来、思い出してみればきっと笑い話で終わって、誰もが自分のやりたいことに進んでいくのだろう。
空手部も他ならず。
そして全ての部活も、他ならない。
そう思っていた。
でも。
そんな簡単には終わらせてくれなかった。
僕達の夏をそう単純に、簡単に終わらせてくれなかった。
空手部二年代表――次期、空手部主将。
御伽話鞘月。
彼女とあの時あの場所で出会わなければ、きっとこんなことにはならなかっただろう――なんてことを今更言うつもりはない。
例え他の誰かがそれを見て、今回の話の重要人物が彼女だったとしても、この物語は彼女のせいでは必ずしもないはずだ。
彼女が悪いわけではない。
少なくとも僕はそう思っている。
なぜなら、この物語は僕が重要人物なのだから。
僕自身、そう思っている。
そして。
もし僕が『彼女達』に会わなければ――少なくとも、こんな事態を招くことはなかったのかもしれない。
僕に助けられた人は、それは沢山いるかもしれないけれど――
でも多分、一番の原因は僕にある。
そう思っている。
……ここまで話しておいて、やっぱり止める、なんていう僕の気まぐれな性格になってしまう前にそろそろ僕の口から、夏のある日から起きた物語を話そう。
高校二年生、夏。
青春時代と一番誇れる時代の中で、これから僕と彼女を巡る、一夏の苦くて酸っぱい話を十分な時間をかけて話すとしよう。
御伽話鞘月。
これから話す物語は、そんなか弱い女子高生の物語だ。